世界軸23
のんびりしつつも、遊び疲れた子供達を施設の人と共に寝かしつけたリア(異世界)。最後にヴァルディアをひと撫ですると施設の人に礼をして敷地を出る。
「帰っ……」
リア(異世界)が警戒するように辺りを見回した。彼の暗殺者としてのセンサーに異変でも引っかかったかと、リアも見回してみるが。
ある。
魔法使いの感と、ドラゴンの血の直感。2つ合わせたある意味で1段階上の直感が、視線を感じ取る。
「……」
リア(異世界)は分かりやすく戦闘態勢を解く。ど素人でも、今ならナイフ一本で首元を裂く事が出来そうな弱々しい雰囲気は見事だ。しかし引っかかる獲物はいなかった。
背後を振り返る。
「気のせいか」
考えすぎだと結論付けた異世界の自分に、リアは少し焦る。
なにかある。
ターニングポイントのど真ん中に放り込まれた自分だからこそ、ここもひとつの分岐点なのだと分かる。気のせい、ほど分かり易いフラグは無い。
待ってくれ。
世界の因果、確定した世界の糸を歪めてしまう可能性などかなぐり捨て『意識』しながらリア(異世界)の手を掴もうとして。ノイズが脳裏に走り頭痛がした。
「いっ!?」
……あぁ、干渉できない。世界からの明確な拒絶。或いは確定した未来の不可侵。何事も書き換える事の出来ないストーリー。自分は所詮は部外者なのだと突きつけられた。
どうしようにも、やるせなさが胸に湧く。
絶望の未来だけ見せて、同情でも欲しいのか? 託児所の方に顔を向け……ようとして。この世界の自分が、まだ去っていない事に気がついた。
リア(異世界)は、首を傾げながら左手を眺めている。
引き留めようとして、触れた左手。そして振り向き、視線が一瞬だけ交差した。交差して、リア(異世界)は前に向き直ると歩き始めた。
……え、何その反応。
触れるのか? 伝えられるのか?
この呪いの世界軸は……幽霊の自分が『居た』という前提で成り立っているのか?
ノイズは明確な『拒否』。しかし考え方を変えれば『拒否』でしかない。拒否の反対は『容認』。拒否された事実は『世界』が自分を歯車のひとつとして認識しているという事。
ダルクのようにこの世界の『彼等』が異物に気がつき『容認』した時、恐らく自分は干渉できる。
最悪な苦味を、中和できる。
なんて甘い話はない。
…………………
リア(異世界)は少し複雑な路地裏を進み、小さな扉の鍵を開き中に入った。また暗殺者専用の隠し通路かなと思い覗くと、4畳ほどの狭い部屋に繋がっていた。
そして白い肌を露わにしたリア(異世界)がいた。よく見れば胸もほんのり膨らんでる気がするほどの、少女のような身体つきと柔肌。
イヤらしい妄想した人は反省してください。
彼はさっさと服を脱ぎ去り、掛けてあった別の服に着替えた。スーツよりも少し金や銀の装飾品が多く、貴族らしい雰囲気を放っている。
これが、どうやら『表』のリア(異世界)の姿。確かに服は印象の一つになる。少し地位の高い坊や……坊や? やっぱり女の子にしか見えない……。
彼はさっさと外に出ると、表通りに出ていく。
昨日からどちらかといえば裏通りが多かった。
しかし裏通りを抜ければ自ずと大通りに出る。沢山の人や物が行き交っていて、活気に溢れていた。石畳で整備された街並みは文明の程度が高い事が伺える。
仕事に行く人、店への呼び込みをする人、アタッシュケースや大きなカバンを持つ観光客。学校に行くのか集団で楽しそうに歩く制服の子供達。
道路も整理されており、燃料を燃やしながら排気の臭い車が行き交う。
通りには多くの店が連なり、高層建築物が並ぶ様は壮観だ。
少なくとも、ここは辺境では無い。むしろ都市部の可能性が高い。それほどまでの人と熱量と街並み。
リア(異世界)人混みを縫うように、速度を落とさず歩いていく。
…………………
道程を話すのは無駄になるし、特に何もなかったので省略させてもらう。
彼が行き着いたのは、勘違いでなければ行政機関。つまり政治の中枢だった。幾つかのチョックをパスし、彼が向かった部屋。リア(異世界)は扉の前で特別、緊張もなくノックをし呼びかける。
「母さん、入るよ」
「いいよー」
リアも一緒にお邪魔して。
そこには母さんらしき、おっとりとした雰囲気の女性が忙しなく書類と睨めっこしている。
「お帰りリアちゃん」
「ただいま」
短いやり取りだけど、信頼関係が見て取れた。
「ジルから話は聞いているわ。繰り返しになるけど、ごめんねリア。貴方が『適合』してしまったから……」
「いつも謝らなくていいって。どっちにしろ、国の為というよりは……守りたい人の為に動いてるだけだよ」
……なるほど。適合者という稀な実績によって強制的に暗殺者となったのか。母さんの引き継ぎ、と言ってしまえば残酷な話だ。でも、リア(異世界)は変身システムに適合した事を嬉しく感じているらしい。
「……ありがとう。今度の休みにでも、一緒に食事に行きましょう?」
「堅苦しいところじゃないと嬉しいな」
軽いやりとりを交わした後、空気は真剣なものに変わる。
「さて、リアちゃんに潰してもらった男だけど。泳がしておいた政治家なのよ。資金の流れ……マネーロンダリングを幾つも介したようだけど、教団施設3つに辿り着けたわ」
「朗報じゃん!! やっぱここ、中央都市にある感じ?」
テーブルに近づくリア(異世界)に合わせて、ノルン(異世界)は地図を持ち出して広げた。
「えぇ、都市部の……ここと、ここと、ここ。もう既に変身できる暗殺者を筆頭にチームを作って派遣したところよ」
「どこどこ……」
リア(異世界)の目が大きく開かれた。震える指で、ひとつの赤い丸を指さすと口を開く。何度も確認して、息が詰まったように青い顔をする。
「ねぇ、母さん。ここには誰が?」
「そこはレイア達に……」
「ごめん、俺も行く!!」
「え、まっ……リアちゃん!!」
制止を振り切り、リア(異世界)は駆け出した。当然リアも追従する。
彼はひとつの部屋を開き、隠し収納庫から装備を取り出して急ぎ着替えていく。
別世界軸とはいえ、自分なのだ。気持ちは痛いほど分かるし、胃液をぶちまけてしまいそうな焦りには共感できる。
地図のひとつの赤い印。
そこは、託児所だった。
ここは別世界軸。だから、物語なんて悠長なモノはない。全ては突然で、全てはある種の運命。必然とも言える。
誰かや何かが、前振りしてくれる訳がない。リアは自分の考えが甘かったと思う。この世界軸で何か出来るなんて自惚れだ。
自分に特別な時間など無い。ヴァルディアの呪いは最悪を見せつけたい……。
やはり自分は『観測者』でしかないのだ。
でも……本当にそうなのだろうか?
全ての世界軸のヴァルディアが悪い人間ではないと分かった。そしてこの世界軸の純粋無垢なヴァルディアが呪いに転じてしまった時に宿った狂気。その中に彼女の意思が少しでも残っていたなら。
本当に見せたいものがあるのだとしたら。
………………
裏路地に入り人の気配が感じない場所で、リア(異世界)は南京錠に鍵を差し込んだ。
「変身」
『RAVEN』!! と音が鳴り変身が完了すると、向上した身体能力任せに飛び上がり屋根を駆ける。
リアは抱き付くように彼の首に腕をまわし必死でしがみつき共に移動した。
「レイア、先輩……頼む!! 間に合え!!」
「もっと急げ俺ェ!!」
渡鴉の名に恥じない速度。たった1分で駆け抜けて、託児所の中庭に飛び降りる。そこには黒い山羊頭の人型が5人と、変身しているであろう装備などを着た2人が戦っている。1人は銀の甲冑のような、それでいて動き易い装備なのであろう。立体的な機動力で山羊頭を斬ろうとしているようだ。
一方で糸のようなモノを漂わせている1人は、子供を守るのに注力しているのか、はたまた能力なのか。子供の前に立ち指を動かしていた。
リア(異世界)は指を動かしている人物に駆け寄る。
「先輩!!」
「リア!!」
声から、子供を守っているのがダルク(異世界)だと分かる。彼女は不可視の糸を操っている様子で、あやとりのように指を必死に動かしている。
「狙いは子供達で間違いない!! レイアの援護してくれ!!」
「範囲毒が使えないのが歯痒いですが、レイアに合わせます!!」
リア(異世界)は駆け出すと、子供に狙いを定めているのか、兎に角ダルク(異世界)の後ろに行こうとする山羊頭の1人を相手取る。相手は火の能力を使うようで、向かってきたリア(異世界)にノールックで火炎放射のような炎の拡散系攻撃を放った。
のだが、山羊頭の首がガクンと揺れる。まるで不可視の糸で首を引っ張られたような動き。明確な隙に爪を突き刺した。
「《麻痺》」
山羊頭は空中から姿勢を崩し落下していく。それを銀の甲冑……レイア(異世界)が掴むと盾にしながら突き進むが、相手の山羊頭の1人は仲間など気にしていないのか、黒く長い鞭で迎撃する。たった一撃で、衝撃波が起こる程の攻撃がレイア(異世界)を襲うが、彼女は躊躇いなく山羊頭の盾で防ぎ後退した。そこで起きたほんの少しの隙を突き、装備していた短剣を凄まじい速度で放ち、鞭を持っていた山羊頭の脳天に突き刺さった。
そして。仲間の鞭で腕がちぎれた山羊頭と、脳天に短剣の突き刺さった山羊頭は。それぞれ何事もなかったかのように立ち上がった。
他の3人。杖を持った山羊頭、銃を携えた山羊頭、双剣を持った山羊頭は動かない。原因はダルク(異世界)の糸だと察した2人は一度、彼女の元に戻った。
「気分が悪いね……。敵だとしても、仲間をなんとも思っていないのかな?」
「レイア……」
「あっと、ごめんよ。僕の悪い癖だね。敵と割り切ってはいるよ?」
ぼそっとダルク(異世界)が「でも嬉々として盾にしたよね?」という呟きは無視された。
それにしても、と。リアはこの世界軸のレイアも何かを背負っているのだと思った。しかし彼女のストーリーを知る機会は無いのだろう。
一方で手で目に見えない糸を操り続けるダルク(異世界)。
「よーしいつでもサイコロにできるぜ」
「1人は捕えたいですね……」
「腕がねぇアイツにしよう」
ダルク(異世界)が糸で切り殺そうとした瞬間、5人の山羊頭が動く。腕がない奴は糸を焼き尽くそうとしたのか、口から広範囲に炎を撒き散らす。その頭上から飛び上がった杖持ちが氷柱を放ち、銃持ちも狙いを定めて弾丸を放った。
しかし飛来するものなら全てレイアの迎撃範囲だ。彼女は手に持つ剣で、全てを叩き落とす。
その時、舞う土埃を利用して、双剣持ちが影のように背後に移動していた。だが糸による情報が一瞬で共有され、リアが子供達に近づく前にアッパーで勝ち上げると、綺麗な回し蹴りで《毒》を付与し相手側に蹴り飛ばした。
「サイコロにできるんじゃなかったんですか!?」
「火炎放射の熱でほんの少しズレたんだよ。んんん、だからほらぁ!!」
ダルク(異世界)は、両手で拳を作り握ると、思いっきり引いた。瞬間グシャという肉の切れる音と、血の濃厚な匂いが漂ってくる。
子供達は必死に目を逸らしてくれているのがありがた……ヴァルディア(異世界)だけは前を見ていた。リアは彼女の目を見て息を呑む。戦いを見ているわけではなく、まるで虚空に何かがあるかのように、視線を漂わせていた。
だから、リア(異世界)は2人に任せて変身を解くと、ヴァルディアの前に座り前を見ないように頭を胸に抱く。
「安心して、終わったから」
「うん、でもね……なにか、私にはあるみたいなの」
「……あいつらに言われたのか?」
「私には資格? ってやつがあるって……」
「大丈夫だ、ヴァルディア。君はただの……可愛い女の子だ……ッ!? カハッ」
言い終わる前に、言葉が詰まった。そして、リア(異世界)は口から生温かい液体を吐き出す。止められなかった液体は、ヴァルディア(異世界)の顔に飛んだ。彼女は目を見開く。
「えっ……」
いつの間にか背後に立っていた山羊頭が、リアの首を掴み上げる。
レイア(異世界)とダルク(異世界)も異変に気がつくが、山羊頭はリアを盾にするように前に突き出した。
そして建物の上……だけではない。周囲を見ると、目視だけでも十数人は山羊頭がいた。
「がっ、あがっ」
「リア!!」
ダルク(異世界)が糸を繰る。彼を掴む腕を切り落とす程の鋭い糸が鞭のように放たれ、奇妙な事に相手は避けない。ただ、切断もできず……まるで、隙を作ったようだと思った。
けれど相手が何を考えているかなど、どうでもいい。リアは南京錠を構えて「へ、んじんっ」と呟く。
レイヴンは再び舞い降りた。しかし、変身した瞬間。リア(異世界)の胸を無数の黒い触手が貫く。生温かい血が、飛び散った。山羊頭はつまらなさそうにリア(異世界)を投げ捨てる。
見ていたリアは、強烈な無力感に動けずにいた。否、動いた所で……なにができる?
こんなに、あっさり死ぬのか?
彼が倒れた事で、2人だけではない。タイミングが遅くとも駆けつけたらしい仲間達も現れて、乱闘が始まった。
「ねぇ、起きて!! 起きてよ……」
動かない血塗れのリア(異世界)に縋るように、ヴァルディア(異世界)は触れる。けれど、手につく生温かい血の感触に、顔面を蒼白にさせ、嗚咽した。
別に『特別なストーリー』なんてないのだと。特異点だとか、そんなことはどうでもいい。運命とはこういうモノなのだと突きつけられた。
そう思ったんだ。だけど、これは呪いとなってもなお、ヴァルディアが連れてきた世界軸だという事を失念していた。
そして、苛烈な戦闘の中で山羊頭がヴァルディア(異世界)を担いで連れ去っていく。リアは彼女がずっとリア(異世界)に手を伸ばしている光景を見る事しか出来ずにいた。
動いてくれよ俺、とリアはすり抜ける手で自分を揺さぶる。そして……リア(異世界)の指が、微かに動いた。
《Last・RAVEN》!! ここが『渡鴉の終着点』。
場違いな音声が響いた。
異世界編みたいにしたかったけど、プロット無いとやっぱりグダグダになったので大幅カットしました




