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1学期②

 魔物という存在は『凶暴な生き物』として世間一般に知られているが、それが一体どのような生き物なのかを知っている人は少ない。


 かく言うリアも師匠と出会う前は『人間を襲う、魔力を持った害獣』程度の認識しかなかった。


 しかし、師匠から魔物について学ぶ内に、俺の中で魔物という存在の奇怪さが際立ち、印象はガラリと変わった。


 まず魔物とは世間一般では『知性のない生き物』とされる事が多いが、それは間違いである。と言っても、リアとて最近までは世間一般と同じ見解であったが。

 考えが変わったキッカケと証明となったのはレイアの使役している蛸に似た魔物(オクタ君)が理由だ。彼女と蛸の魔物は《魔力の糸》を用いてではあるが意思疎通が可能である事が分かり、魔物に知識のみならず『感情』がある事を証明した。それはある意味、歴史的にも類をみない事例だ。軽く魔物という存在の概念を覆す可能性すらある。


 とは言っても、これは本当に特別な例で。


 実際に研究の為と言って魔物を街に入れた場合、立場が危うくなるのはレイアの方だ。魔物に対する法律の根本を変えない限り魔物を街に引き入れるのは難しい。だからこそ研究が進み辛く難航している。


 それでも彼女は召喚士という役職を魅力的に、また将来的に目指す人を増やす為に魔物についての概念を変えていくつもりなのだろう事は短い付き合いだが理解できている。確かに使役でき意思疎通できる魔物が他にも見つかれば、召喚士になろうと思う人は増えるだろう。時が来ればリアもできるだけ手伝うつもりだ。


 さて長々と世間一般人による魔物の認識を語ったが、ここからが本題だ。


『魔物は、どこから生まれるのか』


 この問いは終戦から50年近く経った現在も不明とされており『魔物の身体構造の謎』や『絶命した後、灰になるのはなぜか?』『基本的に知性の無い筈の魔物がなぜ魔法を使えるのか?』などのテーマと共に多くの学者達の研究対象となっている。

 ただ不明と言っても『証明』ができないだけで、多少ではあるが発生の原因は分かっているのだ。


 まず環境が悪い……もっと悪く言えば汚染されている場所だ。それから濁った魔力の濃い場所が多いとされる。

 濁った魔力とは何かというと、魔力も空気と同じような物で環境が悪ければ汚染される。それらが浄化される事なく溜まったものをまとめて『濁った魔力』と呼称されているのだ。

 なら浄化はどうするのか。それは人間や植物などの『魔物ではない』生き物が自然と呼吸をするように行っているらしい。殆どの人は実感をしていないだろうが。


 それはさて置いて。


 魔物が発生する場所の条件が満たされると、周囲の虫や動物の死骸を媒体に生まれる事もあれば、何もないところから生まれる事もある。この2つの生まれ方のせいで上記の発生条件も本当なのかと断言できず研究が続いてしまっているのが現状だ。


 しかし、だからこそ人や植物が密集する都市部などでは『魔物が発生する事は極稀』とされている。その理由は空気中の魔力が綺麗だからだ。


 となると。今いるこの場所、グレイダーツ魔法・魔術学校は都市部のど真ん中。特に発生する可能性が少ない。パーセントで表せば0.1%以下だ。


 だからこの場所で目の前にモノ……魔物を見るなんて事は普通にありえない事であった。


……………


 プルンプルンと揺れる球状の青白いゼリーのような物体がいる。


 大きさは手のひらサイズで透き通った身体には内臓などは無く、明らかに生き物とは言い難い。にも関わらず、そいつは生きていますとアピールするかのように全身を使って跳ねたり揺れたりを繰り返していた。


 足元にいる魔物は、授業で魔物について学ぶ時におそらく1番最初に紹介されるであろう程に有名な『スライム』だ。スライムは生まれる時に水などの液体を媒体にする場合が多いとされ、青い個体は基本的に有害性は限りなく少なく一般人でも倒せる程に弱いとされる。しかし、それでも侮ってはいけない。弱くとも魔物なのだ。大戦時には酸を含んだスライムや大型の人を飲み込めるサイズのスライムもいたとされ、種類も他の魔物と比べて比較的に多いのも特徴である。その為に青くても絶対に無害とは限らない。


 そんなスライムは暫しの間俺達の足元をぴょんぴょんと跳ねていたのだが、急に跳ねるのをやめて止まった。

 目がないので見えているのかは疑問だが、心なしかこっちを見ている気がする。


「……どうする?」


 判断に困り、他の3人に判断を仰ぐ。

 すると、プルプルと震えるスライムを見ていたレイアが、提案とばかりに手を挙げ、それから指差した。


「とりあえず、捕まえようぜ。《結界魔法》で閉じ込めてくれないかい?」

「りょーかい」


 スライムを中心に正方形の結界で囲んだ。座標を指定していない為、固定されていない結界は、中でスライムが暴れているのかカタカタと揺れる。それを拾い上げ、テーブルの上に置いた。

 置いてすぐに、セリアが興味津々と行った顔で観察を始める。


「私、スライムって初めて見たわ」


 セリアの言葉にリアとルナは驚いた。


「そうなんですか?私達の実家がある場所だと、スライムくらいなら偶にいますよね、お姉様?」

「そうだな、よくいる」


 田舎だから弱い魔物なら結構出現する事が多い。そしてリアの中で唐突に現れるスライムは、あの黒い悪魔ゴキブリと同じ扱いである。


 リアとルナの反応に、セリアは口角を少しだけ吊り上げた。


「そうなの……私、都市部から出た事がなかったから知らなかったわ。今度捕まえに行こうかしら」

「捕まえて何するつもりなんですか?」


 何をしでかすつもりなのかと気になったルナは、正直聞きたくはなかったがセリアに問いかける。そんなルナに、セリアはうっとりと顔を歪ませた。


「ほら、よくあるじゃない?服を溶かすスライムってやつ。あれを作ってみたいのよ」

「欲望に忠実なのも大概にして下さい……」


 セリアの隣で聞いていたリアもルナと全く同じ様な事を言いかけた。

 服を溶かすスライムって……同人誌か。しかし、セリアなら本当に作ってしまいそうな気がして、思わず体が震えた。


 そんなリア達に、スライムに向けて携帯端末を向けパシャりパシャりと音を鳴らしていたレイアがポツリと口を開いた。


「それ以前に魔物を街に入れるのは犯罪だぜ」


 携帯端末を操作しながらのレイアの発言にリアは思わず「レイア、その台詞はブーメラン」と言いかけたが、セリアがいた事に気がつき、声が出る前に口を噤んだ。そしてセリアもそう言われるのは元から分かっていたのか、がっかりする様子もなく涼しげな顔で返す。


「そうね。まぁ、私が欲しいのはあくまでサンプルだけだし、街に入れるつもりはないわ。それに……私なら動くスライムくらい作れるし」

「マジですか」


 得意げな顔で胸を張るセリアの台詞には、確かな自信が表れていた。これ程の自信ならば、この先輩はきっと作ってみせるだろう。しかし、セリアとは打って変わってリア達3人は、もし本当に作ろうとした時は全力で阻止しようと、心の中で誓うのだった。自分が被害に遭うのは嫌だから。


 それから、ちょうど会話が途切れた辺りで、タイミングよくレイアの携帯端末が着信音を響かせる。


「誰から?」

「師匠から。さっき、写メ撮ってメールで送ったんだ。どうすればいい? ってさ」


 問いに答えながら、レイアは携帯端末に視線を落とした。

 そして、レイアは一通りメールの文面に目を通すと、眉根をピクリと上げた。


「……『授業が終わったらそのスライムと、リアを連れて校長室に来い』だってさ」

「え? 俺も?」

「うん、なぜリアもなのかは分からないけど。放課後、予定とか大丈夫かい?」

「俺は無いが……」


 チラリとルナに視線を送ると、グッとサムズアップで返された。


「私の事は気にしないで下さいお姉様!! 今日は1人で帰りますよ」

「えっと、気をつけてな」

「もう、お姉様!! 私、心配される程幼くはありませんよ」


 クスクスと笑い合うリアとルナを見ていたセリアは、微笑ましそうに眺めながらも、内心では全く別の事を考えていた。


(姉妹丼もいいわね)


「!?」


 リアは足元から湧き上がる怖気に、一瞬で鳥肌が立ち、それから周囲を見渡した。だが勿論、その原因が見つかる事はなかった。


 それから数分後、昼休みの終わりを告げる予鈴が校舎中に鳴り響いた。

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