世界軸22
幽体と位置付けはしたが。リア(異世界)を追う時に『登攀』できた事を思い出して、もしかすると無意識でも『意識』すれば物に触れるのではないかと思い至る。
さっそく、事務所の棚にあるファイルに手を伸ばしてみると。
「触れた!!」
ファイルの一つを手に取る事ができた。こうなってくると、先の考察も真実みを帯びてしまうのだが。まぁ動ける事が分かったのは嬉しい。
そして適当に選んだファイルを開いてみると、今までの調査記録が記されていた。
「宝玉ねぇ」
仲間の暗殺者が録音と通信と写真で確実に突き止めた、山羊頭達の目的……かもしれない事柄。彼等が仮にしていた拠点で、ひとつの小さな宝玉を恭しく祀っていた事。その宝玉の為に仲間を増やしている。最終的な目的は不明。
予想も考察も出来た内容だ。知りたいと思う情報はなかった。
だから、次の情報を求めて動こうとしたその時。
「だーれ?」
気の抜けた声が背後、息がかかる距離からした。リアは声にならない悲鳴をあげ、ファイルが手から落ちる。
背後を見ると、ダルク(異世界)が興味深げな顔で自分を見つめていた。長い睫毛がよく見える距離で、まるでリアが居ることを確信しているように見つめてくる。
「……へぇ」
ダルク(異世界)は顔を引き、落ちたファイルを拾うと棚に戻す。そして何事もなかったかのように事務所の扉から出ていった。
幽霊状態なのに、驚きでバクバクと心臓が鼓動を鳴らす。
「……バレてる?」
そんなバカなと言いたいけど『ダルク』ならあり得そうだという、謎の信頼感がある。そして見逃された事も。なんで、と思う。この事務所はかなり重要なのは素人でも分かる。
事務所に保管された情報を誰かに見られる事は避けたいだろうし、山羊頭のような魔術を使う不確定要素が居るのに見逃す意味の検討がつかなかった。自分に勘づいているなら、敵の攻撃の可能性は必ず考える。
しかし同時に深読みかもしれないが……彼女が『調べていいよ』と言外に告げた気もする。
とはいえ。やはり思うのはひとつ。どの世界でも共通している気がする。
「怖いよぉ」
あの人なんなの。助けてレイア、ルナ、クロエ、先輩……。
…………………
さて、ダルク(異世界)は何かを勘づいたのかもしれないが、出来ることはやっておきたい。リアはジルの専用デスクに備え付けられた引き出しを開い……鍵がかかっていた。
……幽霊状態を利用して解錠できないか? と自分に提案する。
手を突っ込むと透けて通る。指先を意識すると中に入っているであろう何かに触れた。ただ、引っ張り出すなんて事は突然出来ない。けれど中々に良い結果だ。そのまま、鍵に向かって指先を意識する。指を鍵代わりにシリンダーを動かして……動かし……動……うごご。めちゃくちゃ難しい。
そうして1時間格闘を続け、試行錯誤した結果。
「開いた!!」
汗を拭って一息つく。やりきった……と思ってる暇はない。1時間経ったのだ。彼等がいつ帰ってくるか分からない。
改めて覗き込む。
開いて出てきたのは大量のファイルと、小さな金庫だ。ファイルにはひとつずつ丁寧にタイトルが記されている。
目を移らせてファイル名を見ていた時。『適合者試験』という、気になりすぎるタイトルを見つけた。変身能力……『RAVEN』。リア(異世界)の持つ、他の世界でも珍しい能力の一端を垣間見えるかもしれない。
高なる心臓とワクワクを感じながら、ファイルを抜き取ると机に置いた。
ただ、のんびり1ページから読んでいる暇はない。ここは自分の運に任せて真ん中あたりを開いた。
『記録024:オーパーツ『RAVEN』
事前記録:オーパーツの消失は起きなかった。しかし彼の来訪と同時にオーパーツ『ARACHNĒ』の消失を確認。捜査部隊を派遣。
被験者:リティウス・アグラ。
適合試験:失敗。
反動毒の解除には成功。その後の仕事に支障無し。
変身システムのオーパーツが選ぶ適合者は、やはり純血統から選ばれるのだろうか?
そうなれば、現在の適合者である『ノルン・リスティリア』の子供が最も可能性が高い事になるが……少なくとも10年以上は時間を要する。山羊に対するカウンターを考えなくてはならない。
彼の試験が終わると『ARACHNĒ』は保管ケースに戻っていた。どうも、このオーパーツは彼の事を毛嫌いしているようだ』
……あの『錠前』の変身システム、その実験記録らしい。だが『オーパーツ』と記録されているところを見るに……もしかして、誰も機能の本質や変身システムがどういうモノなのか理解していない?
理解できない能力……。リアの世界に置き換えると、効果の分からない魔法陣を発動させて、発動した謎の魔法を振るうという事だ。何が言いたいのかといえば、力が良くても……反動や副作用が怖い。
毒の変身アイテムの実験とか絶対に関わりたくないな。
それでも次の適合者を探さなくてはならない程に『山羊』という組織、あるいは個人が危険視されている?
いや……山羊頭とリア(異世界)の戦いを見たからこそ。厄介なのは肌で感じている。その山羊頭が気分が悪くなる程度の毒……か。
(うーん。分からないことが多い)
唯一安心できるのは、ダルク(異世界)の話ぶりを考えると、仲間は解毒できる毒に留まっていること。あとは毒自体も風ですぐに晴れるか、その場に留まるのが難しいモノだった。
それとかなり気になる記述が2つ。先代が『ノルン・リスティリア』ということ。どう考えても母さんの名前だ。つまり、この世界の母さんもかなり重要な立ち位置にいるのか?
あまり母さんの事を悪く言いたくはないが、子供を暗殺者にしなくてはいけない程に切羽詰まっているのか?
(リア(異世界)帰る時に付いて行こう。この世界の母さんの事が知りたい)
あと不思議な記述は。
謎の他オーパーツらしき存在の消失と再出現の現象。オーパーツが毛嫌いする……つまり感情があるのか? 変身アイテムに?
でも、リア(異世界)は変身する時に何もないところからオーパーツを出現させた。彼の呼び声に応えた証拠だ。
(ほんっと、不思議な世界軸すぎる)
他にも『変身システムの考察』や『血統の関係性』。『オーパーツの消失と再出現の記録』、『オーパーツの転移先』などなど。漁り出したらキリがない。特に変身名がラベリングされたファイルはとても見たい。
だが……そろそろ彼等も帰ってくる。リア(異世界)の年齢を考えるとジル(異世界)も流石に酒などは飲まないだろうから、時間的にこれ以上の探索は危険だ。
そっと引き出しを閉じ鍵をかける。同時に、静かに事務所の扉からカチャリと鍵の差し込まれる音がした。ここで撤退、の判断は間違っていなかった。
帰ってきた彼等は各々着ているコートなどをハンガーに掛けた。
ラフな格好になると、3人はソファに座る。そしてジル(異世界)が中央にあるテーブルに地図を開く。
……ダルク(異世界)は、自分の存在を仲間に話していない? 話していれば家宅捜査並みに部屋を捜査するはず。
ダルク(異世界)の顔を見る。やっぱり、何を考えているのか分からない人だ。
リアはダルク(異世界)の横に座ると地図を覗き込んだ。漫画や小説にある、拠点を結ぶと実は魔法陣になっていた!! 的な事はなさそうで。今日リア(異世界)が潰した拠点にジル(異世界)が丸をつける。
「政府からの依頼は一先ず終わりだなぁ」
「今月で5件だね」
「んで、逃げられたのは2件か」
「少なくも感じるが、別働隊のアサシンからの情報によると拠点らしき場所を潰したらしいし、かなりの進歩だな」
「現場は残酷だったって話は中々にキツかったですけどね。腸だけが抜かれた遺体とか、親族の苦悩を考えると……」
「……なぁ。必要な事なのは分かるけど、肉食った後に死体の話はやめね?」
「そうだな……明日にするか。今日の仕事は終わりだ。リアとダルクは安全の為に、今日は泊まっていけ」
「だってよリア〜? お姉さんが添い寝でもしてやろうか?」
「うっざ」
手でシッシッと追い払うジェスチャーをする彼だが、顔には朱色が差している。純粋に気恥ずかしさからか……まさか? 可能性はゼロではない。
その女もやめておけ。リアは心の中で思った。
………………
知りたいは止まらない。気になるも止まらない。この世界軸のヴァルディアが見せたい景色。呪いが世界を渡れる程に焦がれた思い。この先、リア(異世界)の終着点を見る前に、知りたい事は知っておきたい。
その時、ダルク(異世界)が一瞬だけこっちを見た気がした。そして、思い出したかのようにさっき持っていた鞄を持ち出す。
「寝る前に証拠の検査しとこうぜ」
「明日で良くないか?」
「……今やりたいんだよ」
ダルク(異世界)は、鞄から回収した書類と品物をテーブルに置いていく。回収物の中には存在感を放ちまくる、焼けこげてしまったボロボロの大きな手帳があった。
「暖炉の中で燃えてるのを、消火して回収したんだよ。表紙が革で出来てたから、ギリギリ燃えるのに時間がかかったんだろうな」
「……ほぉ? レアモノじゃん」
「だいたいの証拠はいつも燃やされてますもんね……」
3人も、他の回収物よりも焼けこげた書物に興味津々の様子。焼けこげているので慎重に、ダルクが表紙をめくる。
「日記だな、当たりだ」
この世界軸の物語が進んでいくのを感じた。
………………
『キリスト教の敬虔なる信徒であった私が、彼女に鞍替えをしてから10年が過ぎた。山羊の溺愛を受けるのも時間の問題となる。
魔術を発動させるには、生贄を捧げなくてはならない。近いうちに仲間が生贄を分けてくれる。私も溺愛を受ける事ができるのだろうか。不安だ』
『安らぎとは、結局のところ……。どれだけ高い地位に登ろうが、どれだけ大金持ちになろうが、得られるのは難しい。真なる安らぎが早く欲しい』
『私も一度だけ宝玉に謁見したが、彼女の視線を感じた時の幸せは一押しだった。はやく、もう一度、はやくはやくはやく』
『魔術の方陣を何度も確認する。もう脳にこびりついたくらい反復した。今では日記にサラッと書けるほどに。(以下、魔法陣らしきものの簡易な書き殴り)』
「アイツら、安らぎとは程遠い武装集団なんだけど」
「民間人を攫っては殺すテロリストですよね」
「完全に同意。にしても珍しい魔術の痕跡だ。解析班に回すか」
リアは彼等が真剣に考察をする中。あぁと天を仰いだ。どこか見た事のある、既視感のある魔術の痕跡。
「山羊頭は……神話関連かぁ」
自分が経験した、幾度かの不思議で魔法とは違う。けれど確かに存在する謎の力を持つ存在。
何度目かのため息を吐いた。
「レーナに色々と詳しく聞いておけばよかった。でも山羊が信仰する彼女ってなんだ?」
山羊頭といえば悪魔関連が浮かぶが、信仰を鞍替えするレベルならば悪魔崇拝は違うと思う。
結局は彼等の動向を見守るしかない事実。そしてこの世界軸の自分が辿る末路を想像して『運命』の残酷さを痛感した。
……………
翌朝。リア(異世界)はジル(異世界)から報酬金を受け取ると菓子店に向かい、幾つか購入すると託児所に向かう。リアも当然、後ろをついて行った。
これはいつも通りのやり取りらしく、菓子を配り、昨日見た景色のようにヴァルディア(異世界)がリア(異世界)に懐きまくっているのを眺める。
ぽわぽわと和やかな雰囲気を出して、未来の旦那候補を捕まえる様子は平和だ。
平和なまま、山羊の団体も壊滅して終わり!! ってなりませんかね。この世界軸で幸せそうなヴァルディアを見て、特異点というクソッタレな運命を呪わずにはいられなかった。
暗い話は嫌いだ。




