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世界軸19


「装備完了」


 コートの裏に色々と仕込んだリア(異世界)。思わずリアは格好いいと中2心がくすぐられる。だが今から行われる殺しという行為に少しだけ気分が落ちる。殺しの肯定は、心を縛る事と同じだ。他人の人生をその手で終わらせるのだから。リアだって人間だ。どうしようもない悪人に手を差し伸べるほど善人ではない。

 でも……ヴァルディアを殺した感覚は今も消えてはいない。


「んじゃ、ジルさん行ってくるわ」


「無理だと思えば真っ先に逃げろよ。それと一応ダルクの奴も動いてるけど……アイツの行動は読めんしな。鉢合わせで殺し合わないように気をつけろー」


「先輩も参戦するなら、俺要らなくね?」


「あくまでも観察、リアのセンスを鍛えるんだと」


「やりそー。はぁ」


 リア(異世界)は扉を開くと、音もなく外に出る。外はちょうど陽が沈み始めており、仄かに薄暗い。完全な夜に実行しないのは、なんとなくだが慎重な人間ほど夜間を警戒するからだと察せられる。


(しっかし、速いな。本当に13歳か? 異世界の俺よ)


 コートがはためかないように歩く技には舌を巻く。やがて、3キロは走っただろうか。住宅街の景色が変わる。大邸宅が多く立ち並ぶ様は、まさに金持ちの区域と言わんばかりだ。周囲にはチラホラと警備の人間も見える。このまま突っ切るのか。リア(異世界)ならば、木々に隠れながら進めそうだなぁと考えていると。


 彼は腕を一軒の屋根に向ける。そして、小さな「カシュ」という音と共に何かが射出され……引っ張られるように屋根へと飛び上がった。


「はぁ!?」


 目の良さから尖ったモノが射出され、リア(異世界)の腕とワイヤーで繋がっているのが見えていた。彼はワイヤーを使った装置で立体的に移動できるようだ。

 そうなってくると、追うのがかなり大変になる。リアは魔法を使わなくても2メートルは跳躍できるが……。三階建ての建物をジャンプで登るのは無理。


(真面目に走ってきたけど、浮かんで移動とかできないのか?)


 文句は言いつつも。リアとて魔法に頼りっきりではないのだ。登攀スキルは普通だが、身体能力の高さを活かして駆け登る。屋根に到達する頃には、距離は開いてしまったがリア(異世界)の姿が見えた。あと久しぶりにまともな登攀をしたが、いつまで経っても胸は邪魔だなぁと思った。


 駆け抜ける速さは13歳とは思えず、必死になってリアは追いかける。屋根を器用に渡り歩き、時々さっきのワイヤー移動をするのだが、やめてほしい。追いつくのに必死だ。ただこの幽霊状態は物理ダメージがないのか、身体をどれだけ酷使しようが、ぶつけようがダメージはないので、かなり無理に動かせる。だからこそ、追いかけられるとも言える。


 ……だいたい5分。時間にしては短いが、距離にしてはかなりの距離を移動した。屋根の上でようやくリア(異世界)が立ち止まる。目の前にある豪邸がターゲットなのか、低く屈んでコートから双眼鏡を取り出すと観察を始める。


 黒いスーツの警備らしい人物がそこら中に配置されていた。この中を本当に飛び込むのか? 魔法無しだと、リアとて命をかけて行かなければならない場所だと察せられる豪邸の警備に、リア(異世界)も厄介だと思ったのかため息を吐いた。


 双眼鏡がゆるりと動く。今度は窓から中を観察するように。

 とは言うものの、殆どの窓にはカーテンがかけられ様子を伺うのは難しい。


「真正面から行こう。屋敷の間取り図的に、2階はブラフの可能性があるし……。それにまぁ……全員殺せば同じだしな。にしても『態と襲撃の情報を流して良かった』。正面玄関から入るやつなんて少ないからな」


「え?」


「ほんと、配置が分かり易い」


 独り言を呟いてから、腕の機械のワイヤーを射出して飛ぶように敷地内に侵入するリア(異世界)。ずっと気になっていたが、登攀する時に意識すれば『透過しない』事に気がついていたリアは、コートの裾を掴んで一緒に飛ぶ。わりと楽しくて「うぉぉおー」と声を上げるが、当然リア(異世界)には聞こえない。


 なんか物理法則めちゃくちゃだけど、気にしたら負けだ。ひとつ確かな事があるとすれば、自分の意識次第な所がある。


 さて、静かに侵入したリア(異世界)は拳銃を抜くと、中庭の噴水近くを巡回する黒服の背後に立つ。体格差があるが器用に黒服の口を塞ぎ脳天に銃弾を撃ち込んだ。悲鳴すらあげれず崩れ落ちる黒服を抱えると、音を立てないよう噴水に沈める。他の黒服は気がついていない。


(凄いな。人殺しの技だが……俺は魔力無しにやれと言われたら中々に難しい)


 ここまで手慣れているという事は、13歳であり得ないほどの修羅場を潜り抜けてきた事が窺えた。


「1人減った事に気がつかれる前に、使いたく無いけど仕方ない」


 噴水広場から離れて、屋敷の扉前を警備している黒服に焦点を当てる。

 黒服から逸れた適当な場所に銃を向けて、撃ち込む。当然、サプレッサーが着いていても弾の着弾音は消せない。黒服は即座に着弾地点に目を向け……。


 リア(異世界)は音を殺して駆け抜けると、飛び上がり黒服へと首の四文字固めを決め、捻る。首を絞められ呼吸の出来ない黒服は悲鳴をあげれず、そのままリア(異世界)が撃ち込んだ銃弾に崩れ落ちた。


(す、すげ……)


 同じ事を魔法なしでやれ、と言われたらハッキリ言える。無理だ。身体技術の技量が違いすぎる。しかもリア(異世界)はまだ13歳。小柄で体重も軽い。


 ……この領域に至るまでにどれ程の訓練と殺しをやってきたのだろう。

 先も言ったが修羅場だって潜り抜けてきたであろう胆力もある。けれど得た技術の全てが殺しに集約されている事実に、異世界の自分へと複雑な感情が湧いた。


 リア(異世界)は茂みに黒服の遺体を隠して、降り立ってから1分と経たずに屋敷の正面両扉へと接近する。


 両扉に何か小細工でもするのかと思ったのだが。普通にノックした。もし、この屋敷の主人がどこまでも臆病ならノックの回数なりで警備が強くなったのだろう。


 なるほど? 事前に襲撃が来るかもと思わせる事で追加の警備を雇う。警備にだって練度があり、いきなり屋敷全体の警護に当たるとなると事前準備に時間がかかるというもの。


 なので、この場合は普通に扉が開く。きっとリア(異世界)は確信してノックしたのだろう。


 出てきた黒服を綺麗なフォームで地面を蹴り上げ、身体を捻り、右足の爪先で口を砕く。文字通りだ。歯も唇もぐちゃりと嫌な音を立てて、黒服は声をくぐもらせる。その隙に顎下に拳銃を向け撃ち抜いた。


(こっわ、異世界の俺こっわ)


 残酷レベルの上昇に恐れ慄いていると、リア(異世界)は黒服を引っ張って入り扉を閉める。


 玄関は電灯で照らされ視界良好だ。外は暗いが時間にしたらまだ5時ごろ。屋敷の住人は起きている。

 玄関先には大広間となるホールといかにもな豪邸にある巨大な左右に分かれた2階への階段。


 そして警備の黒服が5人練り歩いており、丁度玄関を見た1人に見つかった。しかし、口を開くよりも先に脳天を弾丸が貫く。


 リア(異世界)は、ワイヤーの装置を天井に向かって撃ち込み素早く飛び上がると周囲を見回した。そして、グレネードのような物を取り出すとピンを抜いて床に落とす。


 大理石の床へ落ちたグレネードのような物はカン、カラカンと金属の跳ねる音を鳴らしてから転がる。

 当然、全ての黒服の注意が向いた。瞬間……強烈なフラッシュが放たれた。


 読めていたリアは対策できたが、いきなりのフラッシュに対応できなかった黒服は全員目を抑える。大きく長い隙だ。拳銃で2人の脳天を撃ち抜き、ひらりと舞うようにワイヤーで移動すると真下にいる黒服に向けて踵落としを決める。よく見ると、靴の踵にナイフが飛び出ており、脳天を抉り突き刺さっている。


 残り2人は階段踊り場にいるが、そろそろ復帰しかけていた。まずいんじゃないのか? と心配するリアだったが。


 リア(異世界)はワイヤーで天井に飛ぶと、コートの中から何やら装置を2つ取り出した。装置2つは間隔を開けて天井に取り付けられる。そして、まるで蜘蛛が獲物を捕らえるかのように黒服の首に向けて投げ輪のようなワイヤーが発射された。


 ワイヤーは見事に黒服の首に輪っかをかけて、天井へと引きずり上げる。そして首のワイヤーで天井へ固定された。


(えっぐ)


 首を吊られた黒服はもがくだけもがいて、生命活動を終えた。


「クリアー」


 靴に付いた血を床で擦り取りながら呟く。悪人かもしれない。けれど人を殺した。なのに、少しの感慨も感情もない平坦な呟きだった。


(……慣れてる、か)


 これがきっと異世界の自分の日常なのだと理解した。だから、この一連の任務をしっかり見届けなくては。どれだけグロくても、どれだけ悲惨でも。見なくてはならない。


(見なくてはならないんだけど、ぶっちゃけどこまで見りゃいいんだよヴァルディア。お前なんか全然、関係なくね?)


 しかし考えられる最悪の結末は予想できる。リア(異世界)は殺し屋だ。つまり恨み怨みは充分。その矛先が託児所……ヴァルディアに向かった場合。


 彼はどうするのか。このヴァルディアの呪いが見せる景色の結末に、少しだけでも救いがあらんことを。


……………………


 廊下を練り歩く黒服を音を殺して始末していく。もうここまで来れば、リア(異世界)の手つきやり口も理解できてくる。ただ、お前はやれるのかと言われれば無理だが。


 そんなリア(異世界)は、ある扉を通りかけた時に、鼻をスンと鳴らした。


「嫌な匂い」


 そんなものしないけどなぁとリアは思いながらも、リア(異世界)の睨む扉を隣で眺める。眺めて気がついた。ドアノブに青錆が出来ている。あとは館の中なのに鍵穴。

 ここまで、豪華な邸宅はだいたいが新しく、古い物は取り替えてある印象があった。だから、この館の主人でありリア(異世界)のターゲットは少なからず几帳面か潔癖の気質があると当たりをつけていた。なので、青錆のあるドアを放置しておくだろうか?


 リア(異世界)はドアノブを掴むと回す。しかし鍵はしっかりかけられており開く事はない。


 まぁ、分かってましたと言わんばかりに肩をすくめたリア(異世界)は、コートから……針金をぐちゃぐちゃに絡め合わせた鍵のようなモノを取り出した。


「……」


(あんまりワクワクさせんなよ……そのひみつ道具みたいな物の説明欲しいぜ)


 何気に科学技術凄くね、と感嘆する。

 リア(異世界)が針金の鍵をゆっくり差し込んでいく。不思議な事に鍵はするすると入っていき、10秒ほど経った後に回すとカチッと音が鳴った。なにその万能マスターキー、怖い。

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