世界軸18
ダルク達が戦闘に入る頃。リアも呪いの塊と対面していた。ヴァルディアの影を思わせる塊から漏れ出た呪力が魔物を形成しては増やしていく。デイルには慕っている友人が多い様子で、ヨボヨボのお爺ちゃんからどうみても幼女だろと言いたくなる、表舞台には出てこなかった学友達が駆けつけてくれていた。
だから、このヴァルディアと自分だけが戦う必要は無いのだ。
無いのだ……なのに。
自分がやらなくてはいけない気がして、無理を言って前線に出た。自分の活躍はそこそこ伝わってるらしく、彼ら彼女らは「決着つけたいなら頑張れよ」と背中を押してくれた。
………………
近づいていくが、不思議と戦闘の気配を感じない。魔物は襲ってくるが、逐一殴り消し飛ばしながらもヴァルディアの影は動かない。遠くからは呪力の塊に見えていた影には、もう何も力が残っていないように感じて。例えるなら哀愁とでも言うべきか。諦め、喪失、心に穴をあけた者が漂わせる空気のような。粘り着く、けれど妙な同情を誘う感覚にリアは足を止めた。
影がこっちをじっと見ている。目はないのに、何度も何度も味わった事のある目線。これは……ルナやクロエが自分に向けるようなモノと同じ……。
親愛……?
なぜ?
あり得ない。
なのに嫌じゃなて。
胸がざわつく。
ヴァルディア。軽い気持ちで狂気を振り撒く存在。
彼女の影、呪いの塊から発せられた異様な気配に戸惑っていると、影はゆらりと動いた。咄嗟に警戒態勢をとり拳を構えた。
……変化は一瞬だった。人が無意識に行っている瞬きを意識しなければ止められないように。どんなに警戒態勢をとったリアとて、瞬きくらいの隙はある。
だから、世界が塗り変わったのを脳が理解するのに5秒は要した。
「……は?」
草原でも森でもない。さっきまで居た戦場は……『石造りの街並み』へと変化していた。まるで2世紀前まで文明が巻き戻ったかのような景色。
「なにが……?」
状況についていけず呆けていると……通行人と肩がぶつかり『すり抜けた』。
同時に纏っていた《境界線の狩武装》が何故か消えており、私服へと変わっている事に気がつく。
「魔法が……魔力が……」
神力も魔力も呪力も。何も感じない。産まれてから呼吸をするように世界へと蔓延していたエネルギーが全く感じられない。まるで血潮を失ったような喪失感に焦るが……感情に反して呼吸は荒れず、何処までも思考は冴えていた。
スン、とこの異様な光景と現象を受け入れている。ヴァルディアの影の呪いなのだろうか。どちらにせよ止まっていても何も始まらない。
踏み出した。
人混みの中を、まるで幽霊にでもなったかのごとくすり抜けて進んでいく。誰もリアには気がつかない。なのに踏み締める地面の感触、頬を撫でる空気は『本物』だと感じた。
「レイアの《魂静世界》と似た感じもする。異世界の……ヴァルディアの魂の世界なのか?」
もしくは、呪いの中でも薄れない記憶。狂ってもなお残り続ける幸せの残滓。全ての世界軸のヴァルディアが悪いわけではないのは、分かったつもりだ。だから、この質感のある世界は幻影のような類なのではないかと推測する。
街の景色を見渡す。街灯は古いが電球が使われており、最低でも電気を扱う程度には科学が進んでいるようだ。
その時すぐそばを1人の少年が大きな紙袋を持って歩いていく。黒髪に空色の瞳をした女の子のようにも見える少年だ。ちょうど、リアが男の時に長髪にすればいい感じだろう。そして、家族よりも更に強い『繋がり』のようなモノを抱く。
(……俺?)
リアは思わず、少年の後ろ姿を追った。幽霊みたいな存在になっているおかげか、追っても全然気がつかれない。
さて、ヴァルディアの呪いの塊が『俺』にこの景色を見せている要因は何なのか。この、おそらく別世界軸のリアから彼女の人生が見られるのか。
しかし、見せて何になるんだ?
分からない。だけどレイアの魔法と同じように魂の世界に閉じ込められたのならば……この世界から脱する条件は不明。追うしかない。
……………
「私ね!! 大きくなったらリアのお嫁さんになる!!」
直感で理解した。こいつはヴァルディアだ。ヴァルディアの口からあり得ない単語が飛び出している。しかも相手はリアであった。
「いつも飽きないな。でも、楽しみにしてるぜヴァルディア」
俺……もとい、ヴァルディアの見せる世界のリアはそこそこ裕福な家庭らしい。コートに金糸が入っているし、靴は革。ネクタイに金色のピンが刺さっている。
一方でヴァルディアは孤児院……そんなに人数はいないので、孤児院というよりは託児所なのかもしれない……の出らしい。服が質素だ。だが、身綺麗で痩せてもいないので衣食住には困っていなさそうだ。この国もそれなりに統治が成されているのだろう。
そんな子供達にお菓子を、と大きな紙袋には大量のクッキーが入っており、子供のリアは皆に配っていく。遠くから託児所の職員らしき男女が微笑ましそうに眺めているので良くある景色なのだと思う。
でもヴァルディアと結婚は異世界でも嫌だ断れ。
でも、こうして見ると本当に微笑ましいな。自分の世界のヴァルディアなんて命狙われた記憶しかないんですけど。そうひとりごちていると、子供リアのポケットから電子音が響いた。彼は子供達をどーどーと手で制しながら端末を取り出す。一世紀古い携帯端末のようだ。
「あー、今から向かう」
短く会話を終えると、子供達にありったけの笑顔を見せる。
「すまん、ちょっと用事ができた!! また会いにくるから、みんな良い子でな!!」
「えー」
不満がる子供達の頭をそれぞれ撫でる。ヴァルディアはそんな彼のコートの裾を掴む。
「大丈夫、消えたりしないよ」
「ほんと?」
「あぁ、必ず会いにくる」
「うん」
(完全に恋人フラグ立ってんなおい、まじで辞めてくれ)。リアは苦い表情で眺めながら、託児所から出て足速に歩く自分を追った。
………………
取り敢えず分類する為にリア(異世界)と名付けた自分を追う事、数分。彼は裏路地に入っていく。路地裏は2世紀前のヨーロッパ系世界特有の、じめりとした雰囲気があったり、アウトローな大人が酒を飲みながら談笑していたり。とにかく堅気の人間は入りたくない雰囲気である。
そこをスルスルと進んでいくリア(異世界)。彼の歩き方は影に徹するように、存在感が極限まで削られており、闇に溶け込むような黒いコートと風のように進む事で、チラリと見る人はいるが絡む人間はいない。
初見で裕福な家庭の子供でしかないと判断したが、改めよう。リア(異世界)は、なにか特殊な技能を学んでいる。デイルからある程度、格闘技や剣術は学んだからこそ、身体の動きから判断した。自分だって3年以上、いや今でも研磨している。魔力を扱う上でも体術や剣術が重要になる場面は度々あるので、鍛えていて損はない。
そんな彼は目的地に着いたのか。辺りを一瞬だけ見渡すと何の変哲もない木の扉を開いて、音も無く入っていく。リアはすり抜けられるのでそのまま入った。
中は喫茶店のような……どこかで見たような、と考えたところで(ジルさんの事務所?)と思いつく。内装がかなり似ていた。その事務所の主人であろう、ホットパンツにタンクトップを着た、グラマラスな身体と赤髪ウルフカットのカッコいい系美人が椅子から立ち上がる。
「来たか、ノルンから催促されてうんざりしてんだ。さっさと仕事の話をするぞー。あ、コーヒーは自分で淹れろ」
「お疲れジルさん。毎回毎回言ってるけど、明らかに13歳のガキにやらせる仕事じゃねぇんだよなぁ」
「恨むなら母を恨め。終わったら焼肉でも奢ってやるよ」
「生きてたらね」
物騒な会話してるなと思っていると、ジル(異世界)がテーブルに地図や写真を並べ始めた。リア(異世界)は写真を手に取ると「ふーん」と呟く。
リアもテーブルを覗き込んだ。並ぶのは屋敷らしき見取り図と周囲の写真。見知らぬ男の写真と名前、職業、家族構成などなど。他にも趣味嗜好や会社の役職など、どう調べたのか分からないが色々な書類があった。
書類に目を向ける。たまたま目に入った趣味嗜好の中の『幼子』の2文字に眉を顰めた。リア(異世界)を見ると、彼も2文字に眉を顰めている。吐き捨てるようにため息を吐いた。
「キルでいいんだよな?」
「あぁ、膿は切らないとな」
「分かった、まーどのみち母さんの依頼だし、やるしかないんだけど」
「リアのメイン武器と拳銃の類は揃ってるからいつでもいいぞ」
「分かった、今から遂行する」
「サプレッサー忘れんなよ」
ここまでくると流石にリアでも分かった。このリア(異世界)は、たぶん殺し屋をやっている。第六感からか、彼の苛立ちが漂ってくる。嫌々という感じはしない。
異世界の自分が人を殺してるところを見るのは……色々と考えさせられる。だけど、この世界のリアにも信念があるはずだ。薄暗い業の彼、その結末に行くのか分からないが見届けよう。
にしても、不謹慎だが……元の世界にも銃火器はある。けれど純粋に硝煙の匂いがする世界というのはとても興味が唆られる。
それから、この世界は呪いのヴァルディアに『蓄積された記憶』だと考えていたが……違うと断言する。ヴァルディアが全ての人々の行動を記憶できる訳がない。なので同時にこう考察した。もしかしたら対峙したヴァルディアの『世界の記憶』なのではないか。特異点と呼ばれる彼女だ。異世界の記憶を引っ張ってきても驚かない。
まぁ、どのみち魔法でも証明しずらい現象に巻き込まれているのだ。変に考察したり焦ったりはしないようにと肝に免じ。
視線を戻す。せっせと拳銃の点検をしたり、よく分からない小型の装置を点検したりする異世界の自分を見て思う。
初見の時からずっと思っていたのだが。
……本当に男か?
程よい長さの黒髪だが、可憐な少女にしか見えないんだけど。もう少し付け加えるなら、ボーイッシュで格好良い系少女って感じ。異世界の俺ってこんな感じなのなぁと思う。
元々の自分の、男の時の姿を自覚しておらず普通に母に似た男の子だと思っているリア。なので、この感想をルナが聞けば必ずこう言うだろう。「何度でも言いますけど!! 男の時に自覚はなかったのですか!? お姉様のおかげで性癖が歪んだ人いっぱい居ますよ!?」と。




