世界軸17
空の上から現場を眺める。あの腕が放った光は神社を完全に吹き飛ばし、所々溶岩のように赤熱していた。熱風が渦を巻き、凄まじい風がかなり高い場所にいる3人の元まで届く。
「近づくとか以前の問題だろこれ」
「そもそも、アレはなんでしょうか……。ショウケイさんはご存知で?」
「知らん……なにアレ……怖……」
言いつつもショウケイは今までの経験、歴史、可能性を考える。まず呪力のヴァルディアを神力で吹っ飛ばした後に現れた。放った後、あの濃密な神力はどこへ行った? 呪力のヴァルディアと衝突して魔力に変化するには、あまりにも強大だ。あとはヴァルディアの『本能』。衝動で動いていたとして、思考が回っていた可能性は否定できない。そもそも、思考がなければ草薙剣のある此処には来ない。
考えられるのは……八岐大蛇の神力とヴァルディアの衝動に共鳴されて引き寄せられ、呼び起こされたナニカが神力を得た?
つまり……あれ、神様的なやつじゃね?
「ショウケイさんのフラグ回収した感じかな?」
ダルクが呟く。そして確信的な言葉を続けた。
「にしても、あの光の球体……まるで小さな太陽じゃんね。ショウケイさん、そこら辺から正体当てる事できない?」
「太陽、星……アマテラス様なら岩戸に隠れていらっしゃる。となると滅んだ神の残滓……地上を照らす太陽のように消える事のない残滓の神。『天津甕星』?」
レーナが魔導書を見つめながらショウケイの呟きに応える。
「解説はいらないです、後で調べます。肝心なのは……私達で勝てます?」
「腕しかないのが幸いだけど、腕だけでアレだ。ちょっと難しいかもしれない。君達、死ぬの覚悟できる?」
ダルクとレーナは視線を交差させ、頷いた。
「死にたくないっす、けど……必殺技ならあるんすよね」
「私も死ぬ気はありません。そして癪ですが私にも究極の一手があります」
「……そうだな。ちょっと待ってくれ、今から来れそうな学友に片っ端から連絡を」
ショウケイが携帯端末を取り出した時、3人に強烈な圧が降り注ぐ。天津甕星がこっちを見ていると判断するには早く、だが作戦すらも立てていない現状に焦りを感じる。ダルクとレーナの言葉を信じるしかない。迫り来る膨大な熱量の熱線を回避する為にショウケイは《門》を開いた。
……………………
《門》で位置が変動する刹那の間に、ダルクはぼんやりと思う。自分達だけでここまでしんどい状況なのに、リア達の方は大丈夫なのだろうかと。
(なんて言ってる場合じゃねぇな、私も意識切り替えてけ)
さて攻略の糸口を探さなくてならない。あれが舌噛みそうな名前の神格、その腕だとして。何を対価に滅せられる?
「ま……頑張りますかね」
出たのは階段の下。上から熱気が立ち上っているのが見える。手札を確認して階段を駆け上がる。
ショウケイとレーナがどう動くか分からないが、自身にできる事と言えば。神を形成する器を崩す。その為の手札の一つが草薙剣。しかし、あくまでも手札であり通用する保証はない。言ってはなんだが、草薙剣自体にそこまで呪力を感じないからだ。
(ペーネロペイアmark.3はただの的にしかならねぇ。あと最も厄介なのは、広範囲攻撃を何発も撃てる可能性だ。死ぬ死ぬ、でも確認しないとどうしようもないのも事実)
階段を登り切ると、レーナが腕から放たれるレーザーを回避しながら攻略の糸口を探っているのが見えた。ショウケイは呪力を扱えるので、その辺からアプローチをかけつつも先程の広範囲攻撃をさせないようにしている。
(久方ぶりの死の気配がする)
ダルクは大口径リボルバーを取り出すと、特殊弾を詰める。魔法の込められた弾で、大凡一撃で液体窒素レベルの凍結を起こす手札の一つだ。作戦と呼べるかは分からない。ただ、あの腕の周囲に浮かぶ球体から解体すれば隙は出来る。
なんて、甘い事を考えていた。腕が手のひらを空に向けた。
空気が脈動するのを感じる。ダルクの額に冷たい汗が流れた。直感で感じる濃密な『死』の気配。そして手のひらに小さな黒い点が現れた。
瞬間、強力な引力に引っ張られる。足に力を入れて踏ん張るなんて事は出来ず空を飛ぶように引っ張られる。ショウケイは錫杖で耐えており、レーナは姿が見えない。割とやばい。
(間違いなく黒い点に接触したら死ぬ!!)
星を司るなら、超引力の塊くらい作れなくはないのだろう。
らしくはない。ただ生存する為に……今はショウケイと頭の回転が速いレーナを頼るしかない。《門》を開く? 時間を止める? ダメだ1秒以上かかる。
たった刹那の時間だというのに、やけに思考が回るなぁ。ダルクは走馬灯かよと頭の中で吐き捨てながら、最速で《鍵箱》を捻る。現れる『ペーネロペイアmark.3』。超大型シストラムはダルクよりも先に黒い点に接触して……吸い込まれる。
キラリ、と青白い光が見えた。そして眼前を青い光が多い吹っ飛ばされる。ライラに超高速自爆機能をペーネロペイアに搭載してくれと頼んで、めちゃくちゃ嫌な顔をしながら、かなりの額をふっかけられたのを思い出し……やっぱ命よりは安いなと思った。
そして擬似的ブラックホールという考えは当たっていた。故に崩壊させるのも簡単だった。シストラムの崩壊爆発で、さっきの腕が放った爆発とほぼ同じレベルで周囲が吹っ飛ぶ。
だが転がる事はなく、誰かに受け止められた。
「《ナーク=ティトの障壁》。大丈夫ですか?」
「助かったぜレーナ……」
爆風が吹き荒れる中、入れ替わるようにショウケイが前に出ると錫杖を鳴らす。
一瞬で全ての土埃や爆炎が晴れた。目の前の腕は、手のひらの指や腕の部位が幾つか欠けている。だが……腕は緑色の光を放ち始める。起きるのはブラックホールの引力とは反対に、今度は吹き飛ばす斥力。
錫杖が鳴った。
「呪道《脇道》」
全ての斥力が上に曲げられる。空に放たれた斥力は雲を晴らして突き抜けていった。アレをまともにくらえば、身体がバラバラになっていただろう。2人は寒気を感じながらも体勢を立て直す。
錫杖が鳴った。
同時にレーナも腕に魔力を回して詠唱する。ダルクは綺麗なフォームを作ると草薙剣を握った。
「呪法《階差降》」
「《ニャルラトテップの楔》」
「《身体強化》」
ショウケイの神をも一時的に引き摺り下ろす呪いと、レーナの神を縫い付ける邪神の加護。ダルクの放った草薙剣は狙った通りに手のひらに突き刺さる。黒い楔が幾つも打ち込まれ、斥力を放っていた腕から血液のように神力が噴き出る。そこへ食い込むように呪力が注がれていく。
腕は暴れ回り、周囲を粉々にしながら小さな太陽を作ってはレーザーを放つ。ダルクは太陽に向けてリボルバーの引き鉄を引いた。放たれる6発の弾丸全てが太陽に当たり爆ぜる。
錫杖が鳴った。
「呪道《脇道》」
レーナ、ダルクのいる場所ととショウケイの立っている場所だけ爆炎が逸れる。ショウケイは今までの流れから、神の腕が焦っているような印象を受けた。予想ではあったが、この腕から弱い状態でも本体を構築したいという意志がある……確信した。
錫杖を鳴らし鋒を腕に向けると、大きな呪力の弾を放つ。
「呪術《死配》」
腕はそれを迎え撃つ為に神力を放出すると壁を作る。この呪いは強烈な死の気配だけを飛ばすブラフなのだが、必死な腕は対応してしまった。
その神力の放出を狙っていた。
錫杖にありったけの呪力を込めると、力業だ。
「いっけぇ!! 俺の呪力ぅう!!」
黒い炎のようなオーラを放ちながら錫杖が飛んでいく。腕は神力を惜しみなく放ち止めようとするが、神を射殺さんとする錫杖と拮抗していた。ショウケイはこのまま貫ければ……!! と唇を噛み祈る。そしてガリガリと音を立てて回転する錫杖は徐々にだが神力の壁を突き破らんとしている。
一方で祈るくらいなら動け派の2人は会話を交わす。
「ダルク、私の切り札をひとつ使いたいのですが……ショウケイさんの前に割り込む方法とかありませんかね?」
ショウケイと錫杖の間には呪力の推進力で荒れている。その中を歩く方法などひとつしかない。
ダルクは魔力を指に纏うと、簡潔な魔法陣を描いた。それをレーナの頭に導くように飛ばす。レーナの頭の中に短期的記憶として、一つの魔法陣が完璧に浮かぶ。
レーナが理解する間にダルクは急いで《門》を開いた。魔法陣を大凡理解したレーナはダルクの進歩に興味を示しながらも、これならいけると思う。
「分かりました。《門》を蹴破って前に出た瞬間に」
「おう、任せたぜ?」
ダルクの背後に無数の歯車を思わせる魔法陣が浮かんだ。
そしてレーナがダルクの出した《門》を蹴破り……時が止まる。
ダルクの《時間停止》は一定の魔法陣を記憶して発動した場合に限り、効果内でも動ける。
レーナの視界が場面を切り替える。ショウケイの前に立ち改めて腕を間近で見ると、とても強い圧力を感じる。時が止まって、たかが腕だけでこれなのだ。本体が居た事実が信じられない。
……仕事を果たそう。レーナは小さな手帳と大きく真っ赤な宝石が嵌め込まれたブローチを取り出した。
ブローチを見たものは、恐らくこう感じるだろう。あり得ない程の魔力と濁りの無い純度が込められていると。これ一つで、大凡普通の人1万人分の魔力があった。
姉の残した遺物のひとつだけれど、使わなければならない時だと諦める。
時間が止まっているはずなのに、手帳から紙がパラパラと千切れて周囲を舞う。魔法陣を形造るなか、レーナは歴史的にも価値の高いブローチを惜しみつつも踏み砕くと、地面に古代文字を含む不思議な魔法陣が浮かんだ。四方八方魔法陣、その中央にいるレーナの拳に全てが収束していく。
「すぅ……《身体強化》」
最後に筋力へのバフを入れた。
ゆっくりと拳を引き地面を踏み締める。
魔法陣が一際輝き……レーナは拳を振り抜いた。
「《ヨグ=ソトースの拳》」
同時に時が動き出す。
レーナの放った一撃は『滅び』と表現するのがピッタリであった。周囲は魔力の衝撃で白く染まり、拳の先からおよそ20キロメートルほどを、おおよそ音速よりも少し早い速度で破滅の魔力が駆け抜ける。
ショウケイの錫杖は腕に突き刺さり呪力を叩き込む……という仕事を果たすと同時に背後から迫り来るヨグ=ソトースの拳により砕け散った。いや、錫杖だけではない。
破壊の奔流は15キロメートル先までの建物すら消し飛ばし、横幅2キロメートル程も地面を抉りとった。まるで空虚が広がるように。空気が震える。揺れ動いた地面がゆっくりと振動をしていたが、徐々に静まっていった。
地面をも揺らす威力に慄く暇もなく、ダルクとショウケイは風圧で吹っ飛ばされて転がっていく。寧ろレーナの魔力制御が完璧でなければ……想像するだけで恐ろしい。
放ったレーナ自身も、ここまで綺麗に制御できるとは思っておらず。というよりも精々がショウケイの槍の手助けをするくらいだと思っていたので寧ろ恐怖を抱く。ルーナの借りを返す為にとニャルから教えられたが、下手に街中でぶっ放さなくて良かった。
そして肝心な天津甕星の腕だが。
そこには何もない。
神の拳を再現した一撃は、神の腕を木っ端微塵に滅した。ショウケイの錫杖も活躍したのは確かなのだが……影が薄いのは仕方ない。それに呪力や呪術というのは世界にとっては毒でもある。たとえ暴虐無人で自我の無い神だとしても、魔力で祓えるなら、そっちが正解なのだ。
……………
ダルクは身体に乗っかる瓦礫を退けるとヨロヨロと立ち上がった。レーナも隣に駆け寄り、肩を貸して支える。どこか遠い目でダルクは惨状を見ながら呟いた。
「確かに倒せた、それはいい事だよ。でもさ、これ……魔物の被害よりヤバくね?」
「……やばいですね」




