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世界軸14


「ありがとうニャルラトホテプ」


「緊急事態だもの、別に礼はいらないわ」


 道を歩きながら、ニャルは髪を揺らした。隣にいるのは、今日本区域を走り回っているショウケイ。


 日本区域というのは、本当に特殊な場所だ。他区域と違い、元は島国であり独特の生死感や宗教、無数の神々が無数の理由で崇められている。その殆どは、自我を持たない小さな神格かもしれないが、それでも神なのだ。元々、モルディギアンが動かなくとも、日本という区域はある意味で『守護』されている。ならなぜニャルは納骨堂の神に依頼したか。それは……納骨堂が動く、死者の安らぎが動けば自ずと神々も眠りを覚ます。


 日本ではあるが故に、先も言ったように無数の神がいる。自我のない神も。なら、自我のない神がとてつもない力を持っていたら?


 日本区域は神々の歴史の島。そこには、何千年と続く神話がある。もし、その中に。出自や権能によって制御の効かない神がいるのなら。


 誰が抑える?


 誰が、島国から出さないように押し込めるのだ?


 その時、大きな地響が鳴った。やはり呪力はそう作用するのかと、ショウケイはため息を吐いた。


 手に持った錫杖の環輪が煩く鳴り響く。きっと、これから眠りを覚ます神々を打ち倒す物語は、自分達で完結できればいいが。


………………………


 ライラは空から降ってきた第二のポッドを回収する為にパワードスーツ《バルバトス》へと着替え、ティガの制御するシストラムを従えて空に飛んだ。途中に飛んでいる魔物を消し飛ばしつつポッド直前まで来ると、リアの遺体が乗っていたポッドに比べ、やはり3倍はデカい。


 今回は生きた人が乗っているのかもしれない。だが、それ以上に厄介ごとが乗っていた場合は投げ出してもいいだろうか。そんな気持ちを抱きつつ、落下するポッドにスピードを合わせて搭乗口らしき扉をノックする。


「もしもーし、誰か乗ってますかー?」


 すると、ピコンと電子音が響いた。反応があった事にギョッと驚く。頼む面倒は辞めてくれ。そう思った時間にして1秒後にザザッとノイズ音が鳴り、次に……聞き慣れた声がした。


『ほぅ? 計算通りか』


「!?」


 ……ありえない。


 間違えるはずも無い。何度も何度も何度も聴いたその声は。



 間違えようも無い。自分の声だった。



 機械音のノイズが混ざっているが、サポートに徹しているティガが『ありえません……』と動揺している。未知なる物体から自分の声がした時、人はどんな反応をするのか。この時の私は、唖然と思考停止が最も適した表現だ。なんて考えていると、HUDにノイズが走る。嫌な予感がしたと同時に、天才の脳は嫌でも考えを走らせる。


「ティガ……」


 諦め混じりに最強のAIに問いかける。焦った声が返ってきた。


『えッ!? ファイアウォールへの侵入を感知!! 迎撃プログラムを起動……は、早い!! 突破されます!!』


「いや、いい。私のプログラムを突破できるのは……私だけだ」


『そういう事だよ、この世界軸の『私』』


 可能性を考えなかった訳ではない。寧ろ、最も高い想像を引いたのだと思った。同時に無性な『恐怖』を抱いた。まずは、敵なのか、味方なのか。異世界からヴァルディアとリアがすっ飛んで来たのだ。可能性はずっと考えていた。


 故に過去に読んだ無数の推測論、物理学に精神にフォーカスを当てた論文。無数に脳裏をすぎる。さて、世界はどう受け入れる?


 答えはないという事は、完全なる未知であり。未知にあるのは『希望』と『恐怖』なのだ。人は……未知を恐れる。


『怖い、と思うのは正解で君が正しく『中立』な証だよ。まぁ、もう『中立』ではいられないがね』


「!!」


『そして私と言葉を交わした事で、同調できた。『私』も見えるはずだよ。人が目を逸らしてきた『呪い』が』


 静かな、諭すような言葉が胸に響くように吸い込まれていく。ティガの困惑したような『マスター?』という問いが、自分の微かな覚悟を奮い立たせた。


「全監視網展開」


『りょ、了解しました』


 世界にある全てのデルヴラインド社製の監視カメラの情報を、自宅のスーパーコンピューターに解析させるようセッティングを行う。


「おい、ポッドの私。ついてこい」


『了解だよ』


 この短時間に、明晰な頭脳は色々と考えた。全ての可能性は杞憂でないと、安全だと誰も保証はしてくれない。その極限の恐怖の精神だからこそ気がつかされたのだ。脳が無意識にセーブをかけていた本能。


 人が恐怖から……ありとあらゆる『呪い』から目を逸らしていた事実に。見て見ぬ振りは出来ない。


 それは……リア、レイア、ダルクが既に体験している。特にリアは顕著だ。彼女の周りに起こる全ての厄介ごと。友達として、先輩として……だから、私も歩まなければならない。向き合う時だ。神も幽霊もいると証明されてしまった世界に落ちた、新たな世界。呪いを。



 ……ポッドから、再びノイズが響いた。



『おー!! ライラ!! やはりバトルスーツやパワードスーツは中々にいいな!! 格好いいぞ!!』


「ティオもいんのかよ」


 あぁ、親友。やっぱお前は、私と歩みを共にする運命なんだな。


 どの世界でも。その事実だけは変わらない。思わず笑みを浮かべてしまった。


……………………


 説明せずとも展開は進むもので。ポッドはヘリポートに着陸させると、ライラは工房に戻り素早くパワードスーツを脱ぐ。その折に、ポッドに気がついたルナとクロエが駆け寄ってきた。


「ライラ先輩!!」


「先輩!!」


「いいところに、2人とも付いてきてくれ。今から説明するよりも、あー付いてきてくれたら大凡理解できると思うから」


 下手な説明は、逆にややこしさを生む。彼女達に状況を伝えるなら一緒に来てもらう方がいい。そう判断したライラの考えを理解したルナは、再びのポッドに少し怯えるクロエを安心させる為に頭を撫でて手を繋ぐ。


「すまん……正直に言うとな、私だけだと不安もかなりあって。一緒に来てくれてありがとう」


 恐怖は足を止める。しかし、仲間というのは手を引っ張ってくれる存在だと思う。そんなライラにルナは笑いかけた。


「お供しますよ、ここを任されましたから」


 クロエも頷き胸を張る。


「けど先輩、たぶんアレも世界軸の関連物だよね?」


「当然。既に『私』が乗ってるのを確認済みだ」


「……異世界の、ライラ先輩ですか」


「だから余計に不安なんだよ。私、だからな。一応戦闘態勢は整えておいてくれ」


 ポッドに近いて行くと、ガチャガチャと解錠音を響かせてから、阿弥陀籤のような模様が浮かび扉がゆっくりと開いた。


 最初に降りてきたのは、1人の女性だ。背は高く、青みがかったプラチナブロンドの長い髪は腰の辺りで乱雑に切られている。顔つきは凛々しく、そのまま今のライラを大人にしたような見た目である。


 ライラは魂で理解した。『私』だと。少し警戒するライラに、ライラB(仮名)は歯を見せて笑みを浮かべた。ゆっくりと右腕を上げる彼女に合わせて、ライラも腕を上げた。そして、ガシッとぶつかる。


「よーっす!!」


「うぇーい!!」


「「打ち解ける(んだ!?)(ですか!?)」」


 さっきまでの杞憂はなんだったのか。兎に角……ライラは別世界軸の自分にとてつもない信頼感を得た。まるで、とても仲が良かったのに生き別れた姉妹と出会ったかのような感覚だ。同時に、コイツは悪い奴じゃないと魂が通じた気がした。それは向こうも同じ様子だ。


 そうしていると、ポッドからもう1人飛び出してきた。藤色の髪をポニーテールにして、薄汚れた白衣を着た小柄な女性。


「無事に着いてよかった。そして、こんにちは諸君!! 遂に時空すら支配したこの我が来た!! 安心すると良い!!」


 快活に笑みを浮かべると、白衣をバァサとはためかせて二マリと笑う。ティオだと3人は心で理解した。そして、コイツは2X歳で中二病継続中なのかと思った。


……………………


 ダルクはレーナの探偵事務所に到着する。裏路地の洒落た通りに、小さな看板を携えた事務所が見えた。《門》ですっ飛ばして来なければ分からないような、しかし問題が起きた時に自然と誘導されるような、不思議な場所だと感じた。


 石造りの階段を登り、木造の戸を叩く。扉はすぐに開き、仄かにコーヒーの香りが吹き抜けた。


「待ってました、どうぞどうぞ」


「邪魔するよっと」


 本を片手に、レーナがダルクを招き入れる。ダルクも気楽に中に進む。部屋には、応接室らしき向かい合わせのソファとその間に挟まるローテーブル。その上には雑多に本と地図が広がっていた。最奥にはデスクとパソコンのモニターが鎮座していて、正に探偵事務所といった家具配置である。というか、配置的にはジルの底の虫と変わらなくて、探偵ってどこも同じなんだなと思った。


 部屋に入ってから、レーナに「適当に座ってください、あっコーヒーか紅茶どっちがいいです?」と聞かれたので「コーヒーで」と答えつつ。地図を覗き込んで、一言問いかけた。


「どこまで分かってる感じ?」


「竜の対となる石碑、は観光名所になっていないかと調べています。それにたぶんですけど、古代に生贄とかが行われてた場所ではないかなーってあたりをつけてますね」


「なーるほど……。まぁ、昔の神への供物って言ったら……人身御供だよな。古代のまじない的な魔術にも、死者は記号になる」


 ダルクも、ぶっちゃけ同じ事を考えていた。特に観光名所のような有名な場所にフォーカスするのは正しいと思う。というより僻地にあるような場所ならば、砂漠から砂粒ひとつを探し出すような事だ。もし件の魔導書がそんな難題を出したなら、こっちから出向いて燃やしてやろう。


「竜の石碑ねぇ。ぶっちゃけ、マジモンのドラゴンいるからなぁ。今思えば、この世界って割と竜関連の石碑多いよな」


「ですねぇ。それに神話の方にも竜はいますし。まぁそっちはミスカトニック大学が請け負って調べているようですが」


「神話のドラゴンとか嫌な予感しかしないが。観光名所ねぇ」


 ダルクは色々な地域を訪れては魔法を身につけてきたので、それなりに風土や土地勘を持っている。そこで、ひとつ閃いた。


「太陽と月、って言うと魔法的な線を考えちまうが、これ『時計』や『暦』の可能性と『神』を指す可能性があるな。なら……四季のある日本区域とか?」


「どうしてです?」


「神の多さと、単に作物関連で暦を重視していたんじゃないかなって。それに、地震や津波といった災害から逃れる為に、生贄も多かったんじゃねぇかなぁとも。まぁ、神ならウーラシール連合のどこかじゃない? って言われたら反論できないけど」


 しかしウーラシールならばミヤノが既に見つけているだろう。

 そして……日本区域は渡航が面倒で一度しか訪れていないダルクは、此処だという場所が思いつかなかった。

 一方レーナは、散らばった資料を纏めていく。


「私的にはマヤ文明や古代エジプト文明を調べていましたが……」


「……昔って、今より信仰も強くて、生贄とか気にしないからな」


「現代に生まれた私達は幸せなのかもしれませんね」


 それから、刻々と時が過ぎていく。この間にも、人々が疲弊していく事を考えると急がなくてはならない。とは思うが、自分達以外にも探している者は多く、使命感でやっていて義務はない。インターネットが繋がっている今、のんびり調べさせてもらおう。そうして、取り敢えず日本に関連するあれやこれやを調べていく。


「日本神話、けっこう面白いですね」


「だな、んで一番でかい竜といえば……『八岐大蛇』か。蛇じゃねぇの?」


「どうにも、蛇とは名ばかりで竜のようですね」


「あぁ、それに文献を見る限り、生贄もあった。んで最後は神に斬られて終わりか。酒で弱体化できるあたり間抜けだな。それに倒したスサノヲ……太陽の神、アマテラスや月の神ツクヨミ。この辺も当てはまる」


「あ、調べたらありましたよ。八岐大蛇からドロップした草薙剣が奉納されている場所」


「ドロップ品とかあるのか。おっ、それに生贄になる娘が、退治の報酬になったってあるな。神様なのに無償の奉仕はしない、気に入ったぜ」




 ……この世界は一つの特異点である。

 神話や歴史に正解はなく。魔術書が『どこの世界軸の話』を出したのか? などと考える者は……2人くらいだろう。




 レーナの考察したマヤ遺跡や古代エジプトは、ある意味で一つの正解でもある。暦を読む石碑はあるし、太陽と月を意識した建造物も多くある。生贄だってあった。


 しかし、それは別の世界の話だ。


 神呪、渦巻くのは日本区域。世界にばら撒かれて魔物が発生し人魔対戦のようになってはいるが……呪いが行き着くのは最も内包している大列島の日本なのだ。


 そして、この世界軸は科学と魔法が競い合うように発展しており……。果てには神が居て、呪いはベールで隠されてきた。いや、ミヤノ含む英雄が発表していないだけで、神力も大っぴらには発表されておらず、知らない人も多い。


 だからこそ、全ての幕が上がった今……。純粋な神力と呪力の塊は、なにを求めているのか。


「ハズレならそれでいいから……。よし、レーナのいうマヤやエジプト、気になるところ片っ端から行くか」


「そうですね、探偵は歩いて調査してこそですし。ミスカトニック大学に頼んで、秘匿《門》の場所を聞いてきます」


「おぅ、便利だなソレ。場所覚えとくか」


「勝手に使ったら、足跡残りますよ?」


「やめとくわ。でも実を言うと進学先として考えてんだよ。けどオープンキャンパスとかやってねぇんだな?」


「なのに学生は意外と多いんですよね。あと、ダルクが気になるなら、今度お世話になった教授にキャンパスの案内を頼んでおきましょうか?」


「え、とてもありがたい。その為にも、さっさと終わらせねぇとな」


 レーナは魔術的な記号と魔法陣の刻まれた革の手袋を左手に嵌める。それから拳銃を一丁腰のホルスターに入れた。拳銃の中には特殊な銀弾が入っている。


 ダルクも《鍵箱》からフル装備を取り出すと、魔導機動隊よりも豪華な装備で武装していく。さながら、特殊部隊のようだ。


「ダルクって、魔法使いですよね?」


「いやぁ、ぶっちゃけ攻撃なら銃撃つ方が早いから……」


「それはそうですね」

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> ぶっちゃけ攻撃なら銃撃つ方が早いから…… それは確かにそう
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