世界軸12
レイアが比較的海に近い陸地を防衛すると言うので、リアは別れた。彼女の戦いがどうなるのか分からないが、グレイダーツが南に参戦すると聞いたので大丈夫だと思う。信じることは大切だ。それに陸地続きのアルテイラ連合国にとっては、南は交易路でもあり、魚介類の貿易場でもある。つまり、海からもわんさか来るわけだ。
一方でリアはレイアと真反対の東を迎撃する。山々の連なる、実に戦い難い土地だが。だからこそ敵味方を識別できる結界魔法の真価が発揮され……るのだろうか。リアは自分が最早、拳で殴りに行く物理マンになってないか? と自問自答した。
それはさておき、過去の墓地や自然伐採による動物の死骸などは増えている事からも、魔物の発生率は観測データより上くらいになっている。
身体をほぐして、魔力を確認し、戦場の慣れない空気を感じていると。隣からぬるりとデイルが現れる。おちゃらけた雰囲気の無い、本気の顔をしていた。
デイルの結界には特殊な機能が備わっている。弾幕系の自動迎撃機能だ。魔物の魔力というものは研究が重ねられており、大体は識別がつく。ので世界の重要な都市を囲うように展開された結界だけでも、ほぼ魔物の軍勢の迎撃はできる……訳ではなく。事前に準備をしていた結界とはいえ、いずれは魔力切れになる。
そう考えているのはデイルとて同じ。防衛機構の結界には電池のように魔力を充填してあるが、迎撃機能が発動する度に削れていく。
そして今回は50年で再発達した、アルテイラの都市部なのだ。
東だけ、けれど生活圏だ。デカいという規模でなく、1人でやるのは不可能だ。不可能なのだが、ここにはリアだけでなくデイルもいる。というか、普通にいっぱい人がいた。当然、魔導機動隊の人達も大勢。西と北を心配する余裕はない。しかしこれならば、そう思うのだが。
不安なのが『呪力』の影響だとデイルは考えていた。魔物を形成する濁った魔力と似ているようでどこか違う。負のエネルギーというショウケイ以外はあまり重要視せず。また日本区域という特別な土地柄故に広く知られなかったエネルギーが世界にばら撒かれた。その影響が何に作用するのか。今、魔物の軍勢が発生しているが、果たして本当に魔物なのか?
迎撃するまでにそこそこ時間があるので、デイルはリアにも事情を話しておく。
リアは少し考え込んでから、一息置いて。
「ボスとかいれば楽だよね」
一考する。デイルはあの爆発の汚染で一気に魔物が現れたと思っていた。しかし、魔物といえど形を作るには核となる『生き物の死体』が必要なのだ。それが、その核が濁った魔力の器となる。生きた動物が、魂と同じ姿を模るのと同じように。
しかし、ならばこそ。この世界の『法則』『ルール』『絶対のレール』『鉄則』。魔力によって齎せ、魔力によって脅かされるシステムに、なぜ『制限』が生まれるのか。細々とした虫の死骸まで処理できないのに。世界に瞬間的に、爆発的に、エネルギーがばら撒かれたのなら。
なんで、こんなに『少ない』のか?
考えられる可能性は、神力と呪力の衝突で魔力が掻き消されたと考えてみたが。それでも、各国が魔物討伐と英雄達の打診した魔導機動隊の魔法使い達が迎撃しなければいけない数。穢れた魔力は間違いなく拡散したのは確定している。
ただ、思ったのは。ショウケイの言う通りに呪力からも魔物や化け物は生まれる。つまり、ボスはいるのかもしれない。
……だからと言って、普通の魔物も放置できないので、結局は殲滅戦になるのだが。
(遺骸の行方も気になるが。一先ずは目の前の事に集中するとしよう)
久方ぶりの英雄の再来。歳を重ねたとはいえ、魔法使いとしては世界一級のデイルは黄金の光を激らせながら《境界線の黄金剣》を引き抜いた。
「リア」
「おう」
リアの周囲を銀色の魔力が舞い、一気に収束。魔力は銀色の籠手と装衣となりリアを包み込む。《境界線の狩武装》。リアだけの最強が発動した。
「わしらだけでない。多くの人間が動く。だからこそ憂いは一旦忘れて、今は目の前の事に集中するのじゃ」
「俺にも頼れる先輩が出来たんだ。自分1人で何でもできるなんて考えてねぇよ」
魔物の軍勢との距離は40キロメートルほど。これだけならば1時間は猶予がある。空には魔導機動隊の戦闘機やシストラムが舞い飛び、部隊はフォーメーションを組んで装甲車で走っていく。防衛結界に届かない住民も、衛星通信で事情は知りシェルターに避難した筈だ。
「どんなに魔物を倒しても、やはり取りこぼす命はある。じゃからリア、背負う覚悟ができたなら来るがいい」
「命の重さ、分かってるつもり。結果的に大丈夫だったけど、目の前で友達が死ぬかもしれないって経験もしたからさ。それにここに立っている以上は……俺だけじゃない、全員覚悟してるよ」
…………………
ダルクはグレイダーツ校の城の天辺で胡座を組み、考える。黙っていたが、修行と出会い別れの旅の中で神力も呪力も知っていた。故に、ショウケイが考えている事と同じ、ある一点を不思議に思っている。
「神力と呪力を同時に内包する事なんて出来ねぇだろ」
神力は強烈な聖……プラスのエネルギー。
魔力は中立……何物にもなれる万能エネルギー。
呪力は強烈な負……マイナスのエネルギー。
プラスとマイナスは……小学生でも分かる。打ち消し合う筈なのだ。故に、同時に存在する場合は中立の魔力に変わる筈。そうじゃなければ打ち負かした方のどちらか、プラスかマイナスに傾いたエネルギーしか残らない。それが定説。しかし呪力に関しては、ほぼ日本区域に限定される為に研究は遅れている。それに神力と違い、呪力からは魔物のような脅威が生まれ、また呪力を認識するにはそれなりに努力や適応がいる。
神力は余程の事……前回ではリヴァイアサンの事件が無かったらリアですら認知する事はなかっただろう。
……知識や見解を広げるには遅過ぎた。
そもそも、神力はミヤノを筆頭に少数。呪力に関してはショウケイという英雄の単独研究と後世の育成で今まで完結しすぎていたとも言える。
神力と呪力は、存在を知らずに生涯を終える人も多いくらい、未知なのだ。
「さしものダルクさんも、流石に無理かもしれないなぁ」
始まる前から否定するのは自分のポリシーに反する気もするが、全くのノーヒントでミレニアム問題を解けと言われてるような事なのだ。どれだけ天才でも途方に暮れる。
「人類の危機だけど、なんで調査するのが私やねーんとは思っています。しゃーなし、手当たり次第に連絡取るか。というか、そのショウケイって人もたぶん動いてるだろうし。なるようになれー」
…………………
リアとデイルは最前列にいる。後方まで数キロあるが、リアは全部を倒せるなどと自惚れはしていない。ただ『覚悟』だけはあった。
けれど、誰もがそうではない。
遠くから悲鳴にも似た鳴き声や、怨嗟のような雄叫びが鳴り響く。魔物との接触は近く、誰もが緊張の渦の中にいた。最早、歴史の教科書として残る一戦が、本当に始まろうとしている。自分達は国を、世界を守る為に魔法使いや魔導機動隊という組織に志願した。けれど、誰もが恐怖を消せる訳ではない。だからこそ、デイルはここで、一手を打たなければと考えていた。
「して、リア」
「集中してんだから気が逸れる話は無しな。それでなに?」
「わしは奥義を1発放つ。その間、わしは『詠唱』し、魔法陣を並べて、繋ぎ、構築する。つまり、無防備になる」
「守ればいいんだな?」
「頼めるか?」
「弟子を信じろ。《結界魔法・城壁》!!」
第一陣との接触まで秒読みだ。リアは自分が展開できるありったけの範囲の結界を張った。何キロメートルかは分からないが、左右どちらも地平線の先まで展開される。そして、魔物相手に待ってやる義理もなし。籠手の隙間から魔力を吹かし、《破壊》を溜めながら、靴の裏で魔力を滑るように爆ぜさせる。《縮地》。
突き抜ける一陣、破壊の風を纏った拳は、魔物の軍勢に強烈な圧を叩きつける。
「《皐月華戦・改》ッ!!」
広範囲を吹っ飛ばし、洗練され凝縮した会心の一撃は数キロ先の魔物を一瞬で灰へと変える。まるでモーセが海を割ったように、眼前の魔物は全て消し飛んだ。
しかし。
「ぶっちゃけ、ちまちま殴ってたら終わらないな!!」
あくまでも一直線に向けた攻撃である。こうした機会が無ければ本気で放つ事のない攻撃だからこそ、1発目は試しにしてみたが。環境破壊が凄まじいので悪手だ。
ので、やはり頼れる自分の最高を。ドラゴンの血による強化と血脈エネルギーを魔力に変換し、必死で結界魔法が発動する。
「最大出力!! 《結界の大槌》!!」
青白い透明な結界が、雲を割る。遥か地平線の先まで展開された結界は風を受けて不気味な音を轟かせる。そして勢いよく降下していくと、ガラスが崩れる軽快な音を鳴らしながら押し潰して崩壊していく。『境界線』の指定により、人々や動物、自然に影響はなく。穢れた魔力だけを祓う。人々からは天からの一撃に見えた事だろう。
「連発は無理だな……」
魔力の回路が焼き切れ、両腕から血が滴る。ドラゴンの血が無ければ、両腕を犠牲にして放つ事になったであろう程の大魔法だった。ぶっちゃけクソ痛いので2発目は勘弁して欲しい。
けれども、これが本番ではないのだ。リアが頼まれたのはあくまでもデイルの護衛である。
古き英雄は再び、表舞台に立つ時が来た。今度は科学も発展し、報道のカメラが旋回する為に、人々が見る事の無かった50年前の再現が成される。リアは結界魔法の人々を守る美しさに憧れたが、結界魔法というのは『境界線を引いて魔力の壁を作る』魔法。難易度が高いのはそのせいで……だからこそ、習熟すれば唯一の存在となる。
「リア、下がるのじゃ」
「あいよ」
デイルからの号令でリアは自分の張った結界まで後退する。
時に……境界と境界。二つの不可侵が構築され交わる時……完全なる『魔の無』を作り出す事ができる。魔法の無とは全て魔力に帰すこと。全てを魔力が引き起こす全てを無かった事にできる、起こり得た事象を捩じ伏せゼロに戻す。この世界の動きは、魔力によって成される。魔力とは万能エネルギー。だが、あくまでも法則によって成り立つもの。魔法とは、世界からの借り物でもあるのだ。だからこそ、魔の『法』とも呼ぶ。
だが、今からデイルが使うのは世界の法律に喧嘩を売る魔法。境界線の守護という世界の法則の壁に手を突っ込んだ存在だからこそ、世界が認めてしまうソレは、魔法となり顕現するのだ。
まさに神業。
「構築完了、生縁は対、時煌々と地は灼熱、太陽と大地、魔力の恵は月に廻る。《境界線の法……》」
この魔法に、名前なんて無い。魔法で魔力の法を消し去る。名前がある方が、無粋というものである。
そして、風音が吹き抜ける。爽やかで、けれど何処か悲しさも感じる冷たい風。
木々を抜けて大陸を駆け抜けた魔法の風が過ぎ去った跡には、大量の灰が散っていった。魔力は紐解かれ、魔力全ては母なる大地と月に還る。
…………………………
リアは、やっぱり凄いなと陳腐な感想を浮かべながらため息を吐く。
自分は《境界線の法》を使えない。
何故か。それは『強烈な挫折』の経験が無いからだ。
デイル・アステイン・グロウには、ヴァルディアと彼女に連なる物語において、挫折や喪失感を経験している。デイルも《境界線》魔法の核心を掴んだのは戦争の後だ。挫折し、けれども再起した時に掴んだ、今度こそ手放さない為の『法』……その『境界線』は強烈な経験値とも言える。
そして成功と挫折は表裏して、繰り返す事は、経験値の反復横跳び。その反復横跳びを、自分はあまりできていない。スポンジが水を吸うように知識をつけ、努力によって成し得た力。だが、結界魔法において自分は絶対に出来ないと思った事は一度たりとて無い。
だから、過去の『出来なかった自分』は挫折には含まれない。
なら? 自分の挫折は何か。それは自分の力で大切なものを守れなかった時だ。何度でも言うが挫折というのは学ぶ上で最も特別な経験値である。
もし、未来からの自分の干渉が無く、ルナが死んだなら?
もし、ヴァルディアの襲撃やキルエルの攻撃でレイアが死んでいたなら?
もし、アラドゥとの戦いでダルクが死んでいたなら?
悲劇はとてつもない動力源だ。未来の自分がやってきたからこそ分かる。挫折と動力は掛け算となり魔法の力を成長させる。……まるで、暗い『呪い』のように。
「そんな経験で得られる力なら、いらねぇな。けど憧れも辞めれないよね」
リアの呟きを聞いていたデイルは、そっと肩を叩いて労った。
「時間は稼いだが……まだ来る。わしはかなり消耗したからの。少し厳しいやもしれぬ」
「そか、じゃあ俺も頑張らないとな」
そう呟いたと同時に。
「ドォオオン!!」と数キロ先で大きな破砕音が轟いた。本当に遠く、豆粒サイズでしか目視できないが……感じた。呪力……粘り着くような暗い、魔力に似たエネルギーを。それにデイルの《境界線の──》に消されなかったという事は、魔力ではない。
「行くか……」




