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世界軸7


 しばかれた頭を撫でながら、不満そうな顔でグレイダーツを睨むクロム。しかしやり返さずにクロムはため息を一つ吐くと見解を述べた。


「分からんが、魂の残滓……のような。不思議なエネルギーを感じる。だが普通に『魔力』じゃないか? と問われれば否定できないくらいの微細なものだ」


 ミヤノとて、魂の降臨は幾度も行っているのでエネルギーの違いは分かるのだが。流石は専門に研究しているだけあるなとクロムの言葉を信じる。自分には魔力の機微は分からない。


「人の魂のエネルギーは千差万別じゃからなぁ。してクロム的には『呪物的なもの』と思うかの?」


「どうだろうな……私は確かに魂を研究しているが、別に『呪』には詳しい訳ではない。というか、ミヤノの方が詳しくないか? これ、封印の仕方が明らかに神仏の類いに見えるが」


「あっしはウカノ様以外の神に仕えた事が無いのでなぁ。確かに神事には詳しいのじゃが……。ウカノ様に聞けば何か分かるやも知れぬが、今は眠っておられるしのぅ」


 話に耳を傾けていたグレイダーツも、この2人が分からないならもう封印を紐解くしかないと思う。だが、やはり気になるのはリアとレイアから直接伝えられた『手帳』と『ヴァルディア』の影。にわかには信じ難いが、異世界からやってきたこの物体を国からの依頼とはいえどうしたものか。そしてそれ以上に。


「あいつ、いつまでも付き纏ってくるな……」


 死んだのだから静かにしていてほしい。切実にそう思う。そしてもうリアを解放してやれよとも。……クラウが擦りつけた運命の誘因も、よく考えれば『呪い』なのではないか? と思ったところで丁度デイルがジルと通話を繋げた。


『お久しぶりです!! 謎多き遺物があるって聞きましたよ!! しかも『呪物』なんてワクワクしますね!! ただ今は浮気調査中なんであんまり時間はないっす。魔導機動隊からの正式依頼なら別ですけど……』


「私らも先行調査ってだけだからな。資料纏めたら後は魔導機動隊に任せねばならぬ」


『なるほど、デイルさん達に魔導機動隊が依頼したのは『知識』を求めてっすか。よし、出来る限りお手伝いしますよ!!』


「ならば早速じゃが」


 デイルはタブレットのカメラをポッドに向ける。中身を見たジルは『うわ、思っていたよりも異質な……』と本音を溢した。同時に、画面越しですら威圧感があり喉を鳴らす。


『すいません、もう少し近づけてもらっても良いっすか?』


「あい、分かった」


 ジルの頼みでデイルはタブレットを近づける。暫くタブレットの向こうからパソコンのキーボードから鳴る音と、紙の擦れる音が微かに聞こえる。ジルは必要な書類を纏めて取り出して照らし合わせながら記憶と整合していき、正確な情報を導き出そうと試行錯誤するが。


『札の文字は、日本で使われた漢字やカタカナ、英語にドイツ語の文字などを崩した、所謂『くずし文字』に近いと思います。ただ、使われてる言語は連合国になった時に定められた『共通文字』なんじゃないですかね?』


「共通文字は元々、わしらが連合国として国を纏める前から、言葉の壁の撤廃の為に作られた100年以上の歴史ある文字じゃが……」


『そこなんすよ。なら態々、読み方の良くわからないくずし文字で書く意味も……いや、アルテイラ連合国に東の島国あるじゃないですか? 食文化が豊富で今はリゾート地が多い、元は『日本』って呼ばれていた国が。元々、呪い系統は中国、エジプト、日本区域が有名です。最も古い呪いは日本区域の神話が有力、という話もあります』


「日本か……あまり馴染みの無い場所じゃの」


『そうですねぇ。俺も一回旅行には行ったくらいっす。でも古墳って呼ばれる古い墓や、神社やお寺、神事に仏教、有名で俺的には凄く興味を惹かれた即身仏。昔から呪いとは密接な地域だと思います』


「ジル、お主はルーツはそこにあると?」


『そこまでは……。ただ、封印の仕方は日本式に近い』


 ジルの話を側で聞いていたミヤノも、ウカノ様のルーツは確か日本ではなかったかと思う。日本神話における豊穣の神に連なる系統に、ウカノノミコトと呼ばれる神が存在する事は認知している。


「ありがとうジル。して、これは剥がして良いモノじゃと思うか?」


『思いませんね……。今すぐ火山の火口にでもぶち込んだ方が安全だと思います』


「あいわかった。すまぬな、忙しいところに」


『いえ、お役に立てず……。すいません、そろそろ依頼者が来るので切りますね』


 通話が切れ、皆が顔を合わせる。ぶっちゃけるともう自分達に出来る事はここまでだと。しかしそんな中で真っ先にクロムが口を開いた。


「剥がそう。中身が気になる。日本は私も魂の研究で行った事は多々あるしな。というより元々呪物でも無い可能性はある。それに敵対存在や害意に警戒しすぎだ」


「とは言うがな、あのヴァルディアが関わってるんだぜ?」


 グレイダーツの不安はそれに尽きた。自分だってヴァルディアが関わっていなければ、今頃このお札塗れで包帯の巻かれた物体の中身を見ようと、鋏でチョキチョキしていた所だ。それはミヤノとて変わらぬらしく、頷いて同意を示す。


 そんな中で、デイルはクラウから間接的に付き合いのあった、ある同級生を思い浮かべていた。留学生の彼は日本の魔力と大陸の魔力の研究をしていて、『濁った魔力そのもの』も研究していた。そして人魔大戦の時に日本の防衛を担って英雄に登録されていた筈。しかしどのような魔法を使ったのかまでは記録されず、彼は大戦の後日本に永住する事に決めたと言い残して消えた。もう40年は連絡を取っていないが……。日本の『呪』に関しては彼に頼れないだろうか。


「クラウと仲の良かった、鍾景ショウケイを呼ぶのはどうじゃろう?」


「まーった懐かしい名前が出てきたな」


「ショウケイなら、あっしも付き合いはあったぞ? それもかなり。あやつは神事に興味津々でウカノ様とも多少交流はある。あっしが行けば話くらいなら聞いてくれるやもしれん」


 デイルの提案にグレイダーツは少し悩む。


「でもなぁ、自称『呪術師』だろ? 学生の頃でアレなのに今どうしてんの?」


「碌な歳のとり方はしてなさそうだな」


「てめぇが言う資格ないけどな」


「は?」


「あ?」


 またいがみ合い始めたグレイダーツとクロムを、ミヤノがお祓い棒で叩いて黙らした後、ひとまず方向性が定まった。4人が痛感した事は、いくら英雄といえども専門家ではないということ。魔法ならば一級、それ以外は二級だ。例えるならば、デイルはリアのように料理は作れないし、グレイダーツはドラゴンの血を再現できない。


 その後、4人は魔導機動隊に一応の簡易報告書を作り渡して国へ一旦保留にした方が良いと通達。下手な爆弾を爆発させたく無い上層部としては、英雄達の話を素直に聞いておく事にして、魔導機動隊による厳重な管理の元に保管する約束をした。


 しかし……ポッドの金属の公表に関しての秘匿期限は残り少ない。もう既にデルヴラインド社が『カラドニウム』の特許だけは申請してしまっていて、各連合国のトップ陣営にだけ情報は伝わってしまっている。そしてポッドが宇宙監視網を掻い潜ってきた以上はポッド本体だけでなく、中身の公表も急がなくてはならない。


 未知に好奇心を抱く人間は多いかもしれないが、その逆も然りなのだ。トップ陣営ならば下手な事はしないだろうが、下につく上層部から意見が溢れないとも言えないし、本当に危険ならば国民に公表する事も視野に入れなければいけない。


 まったく面倒な物が落ちてきたなと、皆がため息を吐いた。


 ただ、恐らく落ちてきたのではなく、別世界から跳躍してきたであろう事を知る者は、リア達一行と英雄、ライラの父ディオと、アルテイラ連合のトップ1人にしか伝わっていない。


…………………


 リアはデイルの電話から、結局あのポッドの中身については未だ分からず、協力者を呼びに行くと日本区域へ出かける事になったと伝えられた。


 時間的には急いだ方がいいのだろうが、彼らがどうしようもない以上は、いずれ魔導機動隊の管轄に移行するのだろう。そうなる前に、師匠達実力者にどうにかしてほしいものだと思いながらも、皆に情報を共有しておく。と、そこでティガがふわふわと飛んできて、手帳の解析をしたらしい。魔法を科学で紐解いてきた先人達の知識と、世界最高峰の人工知能が成せる技だ。


 そして、大凡全ての日記を読み終え、データ量800GBだと伝えられた。膨大な量に見えて、終わりがある事が分かったリアは、他世界では楽しそうな彼女の結末は知らないが少し悲しくも思う。


 そうしてバーベキューも終わり、片付けも終わらせて。皆はリビングで寛ぎながら、ティガから手帳の内容を伝えられる事になる。『中身の詳細を知りたいならば、ティオ様の速読に頼らせてください』と頭を下げた。ティオは苦笑いして「最初からティガに任せた方が早かったな、すまぬ」と自虐したのでリアがなでなでしては宥めておいて。


 彼女の旅は気になる。けれど、今は急を要する。読む事はいつでも出来るのだから、手を回すのが先だ。


『隣国にはすぐに辿り着き、ギルドを通して情報収集を行った結果、グールと呼ばれる食人鬼が出没すると聞いた。その話を聞いたイブ=ツトゥルのお嬢様は、ナイトゴーントはそこに居ると言い、明日ナスの谷と呼ばれる場所に突っ込む事となった』


『寝る前に気になる事を留める。リアはここに来るまでのひと月の旅で『呪力』を見出した。呪力ってなんだと思ったが、イブが事細かに解説してくれた。元々、リアには才能があったらしい。魔力が魂から発する余剰エネルギーであり、まっさらな『プラス』であるなら、呪力は極端に澱んだ『マイナス』なのだと。1年と少ししかこの世界におらず、魔力についてもいまいちよく分からない私達が首を傾げると、イブは私の方を見ながら『感情から発生する不思議なエネルギーでもあるから、ヴァルディアにもあるよ』と言われた。


 同時に私達の世界にもあった『怖い話』のような事象がこの世界にはあるらしい。エクソシストやらの悪魔や、東の島国にあるようなオカルト。物騒な儀式に厄介な神様。イブは私にわかりやすく説明する為、1つの炎を灯してみせた。


 感覚で分かった。イブの手に浮かぶ炎から、強烈な威圧感がある』


『呪力の炎を見たおかげか、呪力の感知に少し敏感になったらしい。イブはいずれ呪力自体も見えるようになると言い、しかし魔力と違い呪力を使うのは難しいらしい』


『イブとナイトゴーントの純粋な殺し合いは、凄まじいモノだった。ナイトゴーントは、鬼のように2本のツノを生やした穏やかそうな少女であったが、イブを見た瞬間、食人鬼で襲撃してきた。それらをイブは触手で纏めて潰して、ナイトゴーントと殺し合いを始めてしまったのだ。


 話し合いは? このあとお友達になろうとか言えるのか?』


『殺し合いなのに、青春のような汗を流して2人ともノックダウン。殴り合って友達になる青春モノののドラマやアニメは見たことがあるが、地形が変わる程の殺し合いでも出来るのだな、とドン引き。


 それから、ナイトゴーントにここで何をしていたのか聞いたところ、ノーデンスという神の遺産を護っていたのだとか。この世界の神話、なんかめちゃくちゃ身近だな……。


 しかし遺産はもう既に、呪物に落ちてしまった。遥か昔に手に取った人間に集まった何万……下手をすれば億人からの恨み怨みが、呪物に変えたらしい。感情から生まれるエネルギーなのだと改めて分かった』


『だから呪いってなんだよ!!』


『ノーデンスとニャルは元々敵対していたのだとか。殺し合いもそこそこに、お互いに力をぶつけ合ってきた。呪いとは神の業でもあるのだろうか?』


……

………

…………

……………


『イブは少なからず『神の血』を引いている。故に使える超再生能力や強力な防御は、主に『神力』で補っているが。人の業から生まれる『呪力』でも同じ事は出来る。つまり、神になるか、意識を保ったまま魔物に墜ちればいい』


…………


『この世界の私が殺された、とニャルから通達された。死因は……頭部が無かったそうで、即死だろうとのことだ。ニャルの警戒網を掻い潜っての犯行であり調査はしてくれるとのこと。そして……その時に残された一本のナイフをいるかと聞かれて、私は受け取る事にした。


 意味はある。


 呪いについて詳しくなった私は、このナイフには『死体の腐敗を止める呪い』があると分かった。つまり『繋ぎ止める力』』


…………


『旅の果てに何かを得るのなら、同時に失う物もある。私は、リアにとてつもない重荷を背負わせてしまった』


『《自動筆記開始……》やっぱり『私』だった。そして考えが甘かった。理性の無い獣だろうと思っていた特異点達は、この世界の私を喰らった事で知識を得たのだろう。始まる殺し合いに、勝たなければいけない。私はここで、巨大化した特異点を潰す。それが世界の特異点である私の仕事だ』


『《自動筆記開始……》私の魔法、魔物操術によるほんの少しの隙をつき、イブとナイトゴーントがノーデンスの残した呪物を使った。木樵の呪い、私が喉から手が出るほどに欲しかった呪い。全ての命は存在した瞬間に世界樹の系譜に連なる。これは、あの世とこの世からの一撃。それにより世界樹の系譜から私を消しとばす。


 死んだ私から、神力、魔力、呪力。ありとあらゆるエネルギーが爆発して、戦いの地を汚染していく。イブはこの汚染がやがて世界を超える可能性があると言った。それだけはダメだ。唯一の方法は、残り一つの特異点となった私が木樵の呪いを受け入れる事。この呪具により全てを吸収して、世界の狭間にでも墜ちればいい』


『リアが、リアが!! 呪術《隔蓮檻》は、彼の魂を『負』に変えて発動した。神力と魔力と呪力。そんな世界をも滅ぼす強大な特異点のエネルギー全てを吸収して、華奢な身体に閉じ込めた彼は……。


 人間の魂など何処にあるのだろうか? 脳か? 心臓か?


 心臓に突き刺した呪具『繋ぎ止めるナイフ』には意味はないかもしれない。溢れ出る呪力が……もうリアは居ないと言っている様に感じる』


…………


『世界を一周して、エルフの村に戻ってきた。エルフさんはいつまでも純粋であってほしい。3人はエルフの村で一服していくらしい。私は……背負った棺桶の重みと、ナイトゴーントから託された木樵の呪物を手放せず断った』


『リア・リスティリアをどうするか。ニャルはそれに尽きると言った。情があるからこそ、今は棺桶に眠らせて預けているが、本来ならば最早、この地球という世界に置いておくのも危険だと。下手をすればニャルの主人を起こしてしまう可能性もあり、そうなればどっちにしろ世界は一度滅ぶ。なんだよそれ、主人怖すぎ』


『よし、私と一緒に……世界の狭間にでも飛ぼうか。ごめんリア。結局この世界じゃ治す方法は無かったよ。でもさ、こうも思えないか? リア、君も『特異点』だと』


『ニャルから《イシス》《イーデ・エタド》の封を施してもらった。呪文の意図は分からないが、少しの間ならばリアの身体を完全に鎮めてくれるらしい。時間は無い。仲間には……』


『この美しい世界で生きてくれ。皆なら、私たちの世界も救えるだろう。ポッドは一つ貰っていく。ただ、書き置きくらいは許されるよな』


『寂しい思いだけはさせない』


……………


 そこまで読んだ所で、全員の視線がリアに向いた。リアは自分を指差し皆の顔を見渡す。全員が頷いた。


「俺!?」


 ティガの厳選した重要点だけを読み上げ、おそらくあの封印物の中身であろうモノが判明した瞬間。リアは思わず叫んだ。無関係だと思っていたのに、突然名指しされたようなものだ。しかも、まさか自分が入っているなんて誰が思えようか。


「予想外すぎて……にしても、別世界のヴァルディア、イケメンすぎねぇ?」


「寂しい思いはさせねぇってさ、良かったなリアっち」


 どこにどうしたら、いや言葉にはし難い感情を抱きながら、リアも含め全員が思った。ヴァルディアはまーた面倒なモノを連れてきてくれたなぁオイ、と。

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― 新着の感想 ―
[一言] 向こうのヴァルディアを見ると、こっちの世界のヴァルディアはヤンデレみたいなものに見えて……来るか?
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