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 汗をタオルで拭いながら、リアは恐る恐る帰宅の挨拶を口に出す。


「た、ただいまぁ……」


 母親である「ノルン・リスティリア」の経営する宿屋の扉を開け、忍び足で中に入った。

 辺りを見回す。中には誰1人として客はおらず、閑古鳥が鳴いていた。


かーさん、いないのか?」


 バレる時が遅れただけだが、少しホッとし胸を撫で下ろしたのだが……次の瞬間である。


「おやおや〜可愛いお嬢さんだねぇ〜」


 ぬっと擬音のなりそうなくらい突然、背後からおっとりとした声色で声をかけられ、それと同時にふんわりと誰かに抱きつかれた。気持ちのいい温かさと女性特有の柔らかさが背から全身を包む。

 後ろに顔を向けると、おっとりとした雰囲気に自分と同じ色の長髪を後ろでに三つ編みにして、タレた目元がチャームポイントの、美人と地元で有名なリアの母、ノルンが居た。


「可愛らしいお嬢さん。何泊するの?」


 何泊するか聞きながら、ノルンはリアの頭を撫でまくる。

 リアは頭を撫でられながら、必死に考えていた台詞を口に出した。


「ちょ、ちょっとまって。俺さ、女だけど母さんの息子のリア、リアなんだ、頼む信じてくれ!! あの師匠のせいでこうなったんだよ!! 着ていた衣服も今朝俺が着てたものだろ?」


 リアはノルンの顔を見上げながら言い切った。当のノルンは、口元に手を当てながら少しだけ目を大きく開く。親子だからこそ分かる、これは驚いた時の表情だ。


「あら〜、リア君、女の子になっちゃったの〜」


 ノルンはリアを再び抱きしめる。今度の抱擁には親愛が含まれており、少しだけ力が強い。

 そして、親愛があるという事は、母が信じてくれた証ではあるのだが……。


「信じてくれるの? 早くね? あっさりしすぎじゃね?」


「ん〜? だって、もしリア君が女の子だったらーって、昔想像してた姿そのものだしねぇ〜。なにより、他の娘が自分はリアだって言うメリットもないでしょ〜」


「……確かに」


 納得だ。誰が好き好んで自分の名を偽るだろうか。しかも分かりやすすぎる嘘までついて。

 そんなメリットは毛ほども無い。ならば残る可能性は、デイルに何かされた、それしかない。


「いやーにしても、流石私の子だね〜。男の時はカッコよかったけど、女の子になっても凛としてるし可愛い〜」


 可愛いと褒められて、なぜか少し頰が熱くなるのを感じる。

 ノルンはそんなリアの事は御構い無しに抱きしめながら鼻歌を歌っていた。


 と、その時。

 バンッと扉が開かれる音がしてそちらに目を向けると、灰色のローブをきたデイルが息を切らしながら宿に入ってくる。


「その様子を見るにちゃんと息子だと分かってもらえたようじゃな?」


 そう言って安堵している姿を見て、リアは正直イラっとした。


「……ちっ」


「露骨に舌打ちされた!?」


 髭もじゃのお爺ちゃんが店先の柱に顔を押し付け泣き始める。

 余計にお客さんが寄り付かなくなりそうだからやめてほしいと思えるくらい冷めた感情で見やりつつ。


「母さん、そろそろ」


 ぽんぽんと鼻歌を歌うノルンの手をリアは叩く。ノルンは眠そうに眼を開いた。


「んっ、仕方ないわね、少し残念だけど〜」


 そう言って腕から解放してくれた。

 リアは解放されて即、デイルが蹲っている場所まで歩いて行き、思いっきり尻を蹴った。


「あひぃ、痛いっ!! お主、ちょっとは師匠に敬意をだなぁ……あ、ごめん、そんな目でワシを見ないでくれ!! 何かに目覚めそうじゃあ!!」


 蹴った反動で四つん這いの体勢になり、更に何かに目覚めそうなやつに敬意など欠片でも抱くわけない。


「……しねばいいのに」


「うひぃ」


 変な声でデイルは身悶える。

 もうやだこの師匠とリアは溜息を吐いた。そこらのオタクの方がまだマシじゃないかと思えるくらい、憧れの魔法使いがキモく見える日が来ようとは思わなかった。見た目だけは渋くてカッコいい爺さんなのに。

 リアは精神的疲れと、魔法の修行の際に酷使した身体の疲れから「はぁー」と長く息を吐き出した。取り敢えず、デイルの事は後回しに。


「母さん、俺、汗流しに風呂入ってくるから、こうなった経緯を師匠から聞いといて。俺から説明は無理」


「は〜い、お風呂は沸いてるからごゆっくり〜」


「うん、ありがとう」


 変態から逃げる様に風呂場に向かおう……として「わしも一緒に」とか言い出した師匠に氷魔法で作ったナイフを突きつけて黙らせてから、再び風呂場に向かって歩き出す。


 背後から「わし目覚めた」とか聞こえたけど無視だ。だが、さっきまでより、歩くスピードが速くなった。


……


「……それで〜?デイル様、私の息子を娘にした本当の理由を話してくださいませんか〜?」


「ぅうむ……」


 パンパンと灰色のローブに付いた埃を払いながら立ち上がるデイルに、ノルンは真剣な眼差しを向ける。


「……わしの注意不足、いや保管不足といったところか。まさか、弟子リアがわしの『手帳』を見て……まさかの禁忌魔法を覚えよってな。と言ってもわし自身、あの手帳にあの魔法が刻まれていたことを初めて知ったのだが」


「あらあら、やるわね、リア君」


「本当に、よくできた弟子じゃよ。だが、あの魔法は下手をすれば我が身を滅ぼす事になりかねん。そこで、わしは1時間ほど記憶をどうにか消そうと考えたのじゃが、生憎そんな都合のいい魔法などなくてのぅ。《忘却魔法オブリビオン》で記憶を消せれば良いのだが、この魔法はいかんせん不完全で下手をすれば全ての記憶を消し飛ばして廃人にしてしまうかもしれんし、弱くしすぎては効力が無くなり意味がない。以上の理由から行使するわけにもいかなかったのじゃ。それに《忘却魔法オブリビオン》は国の法律で禁止されている魔法でもあるしの」


「だから、性別を変えちゃったんですか?」


「わしの頭の中にある数々の魔法の中で《性転換魔法》の副作用を用いるしかなかったのじゃ。自身が1時間前後の間、何をしていたか忘れる、またはぼんやりとしか記憶に残らない、という副作用をな。それに、この魔法はあるかどうかすら曖昧な、失われた魔法ロストマジックであるしのぅ。法律には当てはまらんし、知っている人間などわしのかつての友人くらいじゃろう」


「成る程〜。で、うちの息子は元に戻るんですか〜?」


「すまんが、おそらく無理じゃ。もう一度《性転換魔法》を使えば可能かもしれんが、あの魔法は身体の構造すら作り変えるものじゃからな。一度ならまだしも、二度もそれを使えば副作用がどのように現れるか分からぬ。下手をすれば、細胞から崩壊する」


「そう、ですか〜、分かりました〜」


 ノルンの柔らかな物言いに、デイルは少し面食らった。

 少なくとも罵詈雑言を浴びせたり、泣かれたりするだろうと思っていたからだ。こんな穏やかな反応は完全に予想の範疇に無かった。


「わしを恨んではおらんのか? 息子を娘にしたわしを」


 思わず飛び出た問いに、ノルンは腕を組みながら優しげな口調で応えた。


「別に? だって可愛いじゃない、リア君。いや、リアちゃんかしら?」


 そう言って「ふふふっ」と柔らかく微笑むノルンは、本当に良い母親だとデイルは思う。そして……昔の親友を思い出し、流石は娘だと1人で勝手に微笑みながら口を開いた。


「……貴方に似て、美少女じゃしな」


「あらあら〜お口が上手いですね〜。まぁ、それに性別が変わっても『愛』している事に変わりはありませんよ。親子としての、確かな繋がりも感じましたし。娘に変わっても受け入れられます。リアちゃんには申し訳ないですけど」


「そう言ってもらえるとわしも心が軽くなるものじゃ」


「それに、デイル様は私の息子を助けてくれたのでしょう? それなのに恨みなんてしませんよ〜。というより、半分はリアちゃんの自業自得ですしね」


「……本当に、すまぬな」


「良いですよ〜。そんな事より、今のリアちゃんに着せる服でも考えましょう!!」


「それならば魔法少女の衣装など、どうかのぅ?」


「あら、良いですね〜。モジモジと恥ずかしそうに顔を赤らめながらこちらをキッと睨むフリフリ衣装姿のリアちゃんを想像すると」


「最高じゃのぅ……」


 こうして、母親と賢者の対談はリアがいない所でエスカレートしていった。

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― 新着の感想 ―
[一言] この師匠がいい奴すぎて驚きました… それと二人とも趣味合致してるっぽいし、リア君は終わったねw
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