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世界軸2


 どうしようも出来ないな、と思ったライラは取り敢えず映像データを本社に送り、追従するように墜落していく。やがて、当然の帰結、謎のポッドは海に突っ込んだ。このまま沈むか? とも思ったが、ポッドは水飛沫を上げながら浮かび上がってきたのでライラとしてはホッとする。


 同時に、少なくとも水よりは密度が小さい金属か……中に空気が入っているか。どちらにせよ、宇宙から帰還する用のポッドも海水に浮かぶので、そう珍しい事でもないのだが。


 思い悩んでアプローチをかけようとか、自宅のドローン装備を飛ばそうか迷う。


 その時。


 本社からメールが届いた。名義はディオ、父からだ。


『娘の頼みだから、それなりに手を回したが。発言権が無くなるから、今度からは自分の価値を世界に知らしめ、自分の発言権を得るんだぞ』


 厳しい言葉だが、まぁ当たり前だ。もうすぐ卒業する事になり、進路的にも在学して学歴を伸ばすか就職するかの2択である。とは言っても進路は決まっているのだが……親離れはしなければならない。とは言いつつ文面がそこまで刺々しくないので、少なくともこのディオは娘の一年間の成果は認めてくれているようだ。ライラは簡潔に感謝のメールを送り返した。


 そんな時、空を切るような音を響かせ高速で回収船がやってくる。グラル・リアクターを積んだパワー全開回収船なのでマッハでの到着である。座標地点に到着した回収船がマニピュレーターを伸ばすと、格納部分にポッドを収納した。同時にある程度の解析が行われる。まず、構成される金属だが。


「アルミニウム合金……さして珍しくないな。ポッドの中身は……壁の他にデータ嵐でも吹いてるのか? 見えねぇ。仕方ない、帰って弄るか」


 ライラはバルバトスの飛行データを自宅サーバーにアップロードしながら、回収船と共に自宅へと飛んでいった。


………………


 ライラが帰る頃には、いや……もしかするとライラが顔を踏みそうになった時に危険を察知して起きていたのかもしれない。夏とはいえ朝は少し肌寒いのかカーディガンを着たダルクがヘリポートも兼任している波止場で座っているのがカメラに映る。ライラは回収船よりも速く飛ぶと、ダルクの前に降り立った。ダルクはさして驚く様子もなく語りかける。


「朝から飛行テストかー?」


 ライラは甲冑型の頭部ヘルメットをオープンにして顔を曝け出すと、地上の空気を吸ってから問いかける。


「最初から起きてたんだろお前。だいたい事情は分かってんじゃねぇの?」


「流石に分からない事もあるって。で、何回収してきたん?」


「私にもよー分からん、なんか大気圏から突入してきた謎のポッド」


「なにそれ、興味びんびん」


 話しているうちに回収船も追いつき、波止場で止まると大型マニピュレーターを伸ばしてポッドを掴み地上に置いた。回収船で計量も行ったが、重さは500kgくらいのようで、そこそこ重い。


「ティガ、運び入れ用の台車持ってきて」


『収容場所は格納庫でよろしいです?』


「頼んだ」


 自動回収台車がやってくる間、ダルクも物珍しそうにポッドの周りをぐるりと周りながら観察する。しかし、彼女もライラと同様の感想しか浮かばない。


「私も見た事ねぇな。さして珍しくも無いデザインだけども」


「他国や魔法に詳しいお前でも分かんねぇ?」


「分からん。とは言っても、私だって完璧な記憶能力がある訳でもないしなぁ」


 コツコツと叩いてみたり、取っ手のような出っ張った場所を引っ張ってみたり。途中から拳に魔力を纏ってぶつける、ダルクが探偵の時に扱う魔力ソナーを当ててみるが、中身は分からなかった。


「アルミニウム合金だな。電子的に……かは分からないけど、中身は見れないようにシャットアウトされてんね」


「……ダルクのソナーでもそうか。取り敢えず、分解しようにも運び込まないとな」


……………


 装着盤に着地すると、スルスルとバルバトスの装甲を外していく。流石に少し蒸れるなと思いつつ、制汗スプレーで首元を冷やしてから格納庫への歩みを進める。


 時刻は5時。程々に陽の光が地上を温め始める頃。流石にディオがある程度の発言をしているとはいえ、降ってきた謎の物体を独占で解析するのはそれなりに不味いらしく、ひっきりなしにメールと電話が入ってくる。鬱陶しい、ひとつ思ったライラは申し訳ないがティガに全てを丸投げした。


 それから、これも申し訳ないが、一応レイアを起こしてくれとダルクに頼む。ダルクも「錬金術ね、りょーかい」と、意図を理解してくれるのはいいが不気味なほどに軽く了承する。気持ち悪いなマジで、と思うのは友達ゆえ。何事にも利子をつけにくる彼女も、この一年で変わったという事だ。何回も言うが、1年の繋がりは本当に人を変える。自分もそうだ。


「さてさて、どう分解すっか。でもなぁ、せめて中の気圧を測定出来ないと下手に分解したらドカンの可能性もなぁ」


 気圧によるドカンは割と怖い。中に何かあった場合、潰れる可能性もある。やはりレイアの錬金術である程度分からなければ下手な分解はできないか?


 いろんなセンサー類でカンカンカンとしばきながら待っていると、パジャマ姿のレイアが欠伸をしながらやってきた。


「先輩〜、朝からなんだ〜い」


 まだ眠気が覚めていないのか、ポワポワと可愛らしい声を出している。そんなレイアの腹にダルクが魔力を纏った拳で一撃入れた。ライラは手に持っていた工具を落とす。眠気覚ましくらいにコーヒーでも淹れようかと思った矢先にこれである。友達だが少し毛嫌いされる理由はそういうとこだぞと思った。一方、無動作による一撃により鳩尾にダメージを受けたレイアは息を吐き出すと同時に腹を抑えた。


「うごぁ!? は? 朝から喧嘩売ってるのかい!?」


「眠気覚めた?」


「……」


 無言で拳を振り上げるレイアをまぁまぁとライラは宥める。自分達のような先輩に遠慮をしなくていいのは良い事だが、ダルクは殴ると面倒くさい。特に反撃と報復が。


 それを分かっているのか、レイアは青筋を浮かべながらもため息を吐いた。


「ライラ先輩!! それで要件とは?」


「おっ、私を無視する気だな、おりゃおりゃ……いってぇ!?」


 と思ったら普通にダルクを殴って黙らせた。ライラは一連の行動に思わず笑みを浮かべてしまいながら「おはよう、朝早くにすまないな」と謝意を示した。対してレイアは首を振って「いえいえ、僕の力が必要ならいつでも呼んでください」と謙虚だ。


 床に蹲るダルクを蹴っ飛ばして、レイアはライラの隣に立った。


「改めて、僕を呼んだ理由は?」


「なんとなく察しはついてると思うが、コレ」


「あぁ、まぁ察しはしてました。えっと、何かのシェルター?」


「いや、どちらかといえば大気圏突入用のポッドかな。それで本題なんだが、どの検査機器を使っても中身が分からないんだ。だから、錬金術である程度、中身や気圧を探ってほしくてな」


「なんでご立派なポッドがここにあるか理由は聞いても大丈夫かい?」


「……そうだな、掻い摘んで話すよ」


 ライラは朝からの一連の流れをレイアに話した。それを聞いたレイアは苦笑いを浮かべて本音を溢した。


「厄介ごとの気配しかしないね……」

…………………


 そっとレイアがポッドに触れると、錬金術特有の光が血管のようにポッドを走る。今回は分解ではなく、純粋な成分分析である。これが、何気に高等技術でもある。錬金術の基本は、素材を理解した上での分解と構成を魔力を対価に行う事。だから、純粋に構成されたモノを調べるという行為は分解をせずに構築しろと言っているようなもので、要するに恐らく今の世の中で出来るのは一握りの人間だ。


 少し汗を流し、慎重に探っていく。外側はアルミニウム合金だと分かっているので、その先へ。


 そして、レイアが恐らくポッドの内側……中を構成する壁の成分と構築を探り当て、しかし瞬間戸惑った。


「え?」


 もう一筋、汗が流れる。同時に魔力操作を素早く行わなかった結果、錬金術の分解の対価である魔力が消えるのではなく『吸収』された。そう、吸収である。ありとあらゆるエネルギーを吸収し、無に帰す最強の金属。


「カラドニウムで出来てる……」


 故に、あり得ない。この前作ったばかり、そして現状、製造できるのはレイアとライラ、加工できるのはレイアのみの金属なのだから。ライラが作った可能性はない。彼女はAIのティガの手を借りた上で、莫大なコンピューター技術とこの家の施設のリソースを全て用いた上で、1時間でナイフ一本を作るのがやっとなのだ。ついでに分解はレイアにしか出来ない。


 だから、不可能なのだ。大気圏突入用ポッドなんてものは、レイアにしか作れない事になる。当然ながら、そんなもの作った記憶はない。なにより、バルバトスの製作に時間を割いていたレイア達にとって、そんなもの作る時間も無い。


「時間的な逆理、にならないか?」


 聞いていたダルクが床で大の字になりながら、2人の考えを代弁した。だが、ならば誰かが未来からこれを送ったと?


「不可思議だな」


「僕もそう思うよ。過去にこんなモノを送って何になるんだい?」


「そんなの、開けてみなければ分かんないじゃん? あと私的にもう一つの理論がある」


 バネのように弾んで起き上がり、いつの間にかポッドの上に腰掛けたダルクが、腕を組んで口を開く。


「時に、2人はマルチバースという言葉を知ってるかな?」


「多元宇宙の干渉とでも言いたいのか?」


 それはないだろと言いたげなライラに、ダルクも「まぁ、そうだなぁ」と納得する。もし、多元宇宙論での物体飛来なら、とんでもない事態である。

 微妙に話についていけてないレイアが首を傾げる。ダルクはレイアに簡潔に伝える。


「要するに、宇宙には自分達と同じような惑星系態がいくつも存在していて、私たちと同じような存在がいる、とでも考えてくれ」


「宇宙が……なら、これもあるんじゃないかい? 『世界軸』理論」


 レイアの呈した理論の一つに、ダルクも少し考え込むように目を閉じた。ライラもポッドを触りながら『世界軸』かと呟き困惑する。


 『世界軸』理論。例えば未来から来たリアが行った過去改変。彼女の世界は既に決定づけられており、例え過去に戻ってルナを救おうが自分の世界では彼女は死んでいる。つまり、過去改変とは異なり、幾重にも分岐した時間の世界とは別に、似て非なる世界が横に並んでいるという考え方だ。要約するとマルチバースと考え方は一緒ではあるが、それの並行世界と結びつく考え方である。いや、寧ろ並行性と同じ理論かもしれないが……過去改編による時間の分岐とは違い、もはや次元を飛び越えて魔法のない世界や、科学のない世界があるという『可能性』の話だ。いっそ、異世界と言えば簡単かもしれない。隣に異世界がある、それが『世界軸』。


 そしてこの理論を当て嵌めるならば、カラドニウムがここにあるのも納得できる。横に並んだ別の世界ならば、マルチバースと同じく可能性はある。異世界だけれど、並行世界の一つならば自分達と同じ存在がいて、カラドニウムを作った可能性があるからだ。


 だが、全てを加味しても。


「余計にこのポッドが意味不明になったな。まさか次元移動装置とでもいうのか? タイムマシンよりも確率は不可能だぞ」


「どのみち、中身見ないと」


 ダルクの言葉は最も。結局は中に何があるのか次第である。しかし、ここにきて少し怖いなと思った。魔法使いや科学者は未知に挑む者だが、理論がぶっ飛んだ場合、余程の狂人でない限り恐怖を抱くのは当然だ。ダルクも例に漏れず、渋い顔をしている。


 だが、1人の研究者としては、この未知と疑問に満ちた箱を開けたい好奇心が沸々と湧いてくる。もしかしたら取り返しのつかない事態になるかもしれない、という憂は抜けないが、それでも。


 カラドニウムはつい先日、作ったばかりの金属である。なのに、こうして目の前に造物として存在する原因を特定したい。


「開けよう」


 気持ちはダルクとレイアも同じようで、2人とも無言で頷いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] とりあえず各種防護はしっかりしてから開けないと……
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