閑話2
カラドニウム実験は着々と進み、得たい魔法反応、錬金反応、化学反応は着実に起こり、錬成光が雷の如く轟く中で物質構造も理論上完璧に準えて完成したのは一本の短剣だ。元々用意した素材の量から作れる物を考えて妥当な所である。無骨ながらも少しの掘り装飾がオシャレな鈍くガンメタル色の短剣は、デザイナーのレイアの腕が光る所である。
「用意した宝石と合金で、作れたか……カラドニウムの短剣」
「出来ましたね……」
「うむ……」
ライラは短剣を手に取り、分析装置に乗せると「ティガ、分析してくれ」と頼む。邸宅のコンピューターが排熱の音をあげて、無数のレーザーを照射しながら解析していく。
「マスター、命名『カラドニウム』と原子構造が一致しました。現状、作成者は皆様3人の名前で登録します」
「……感慨深いものがあるな」
「宇宙由来の謎金属が、地球の素材でなぁ……」
「魔法って本当に凄いね」
「魔法ってもなぁ、錬金術が要なんだ。レイア、君は錬金術の王を名乗って良いと思うぜ」
「腕を褒められると照れるね。でも、師匠を差し置いて名乗るのは……」
「いいじゃないか、このカラドニウムを最初に錬金術で作ったのはレイアなのだからな!!」
「先輩達の解析が無かったら無理でしたよ?」
「謙虚だなー、このこのー」
「わぷ!?」
ライラはレイアを撫でまわし褒めちぎる。それを微笑ましげに眺めるティオとティガ。
そして暫く経って落ち着いた皆はリビングに戻ると、深くソファに腰掛ける。
「ティガ、この物質の発表は暫く保留にしといてくれないか? 親父には報告してくれて良い」
『分かりました、重要機密として暗号メールにて送信します』
「ん。しっかし……レイアくらい腕の立つ錬金術師がいなければ、カラドニウムの加工は出来ないとなるとなぁ。量産は難しいな……。機械での合成加工には数年はかかりそうだし」
「僕も現状、量産は難しいと思う。物質の構造組み換えって、感覚的には壊れた精密機械をドライバーで治すような繊細な作業だからね。物体が大きくなると、それだけ脳の処理が追いつかなくなる。ドラゴンの血を受け継いだからか、多少の無茶は出来なくはないけれど……今の技術力じゃ、一度の加工は重量でいうと80kgくらいしか無理かも」
「結構いけるじゃん!? ん……脳波の読み込み装置を取り付け、それによりCPUとティガを含むAIによる並列思考を」
「サラッと怖い事言うのやめよ……」
「でも、ティガというAIの魔法使いがいるんだし夢はあるよ」
『ですが、流石の私でも錬金術は未知の要素。ネットの海に潜っても難しそうです。レイアさんの脳をフルスキャンできる装置でもあれば』
「怖いよ!?」
ライラは短剣を手に取ると器用に手の中で回しながら「まぁ、しかし1人の科学者としては……」と呟く。
「あれだな、パワードスーツとか作りてーなって思うんだけどな。しっかし、何かの作品のパクリにしかならんのが難点だ」
「出来ないとは言わないのは流石だな。しかし、アイア○マン然り、ブラッ○パンサーしかり。少なくともパワードスーツ特有の、伽藍堂なのに数トンを持ち上げるパワーをどう出すか……は、カラドニウムが解決してくれるか?」
「骨格は割と簡単だからな。アシスト機能も、酷使できるカラドニウムがあればいける。問題は『デザイン』だ。中身は簡単でもパクリにならないデザインが欲しい」
「先輩!! 僕の西洋甲冑は!?」
「西洋甲冑か。私は最先端系を目指すつもりだったが……確かにレイアの甲冑はデザインいいよな。最先端だとどうしてもアイア○マンには勝てねーし」
「お褒めいただき光栄です。師匠から継承してます」
「うむ、デザインは最重要といえよう。しかしなぁ、問題はそこだけじゃないぞ。飛ぶ事を視野に入れるなら、熱核ジェット機構による飛行か、《浮遊》系列の魔法を使うのかも。ハードウェアはティガに協力してもらうとして、プログラムも組まなければならぬが」
「そこで我が社の機密技術をつかーう!!」
指パッチンをすると、リビングの大画面モニターが点灯する。モニターには既に設計図らしきモノが描かれており、ライラが元より研究していた事を示していた。
「シストラムの技術進化により得た、パワードスーツに必要不可欠なジェット技術を用いて、初期設計案を立てた。熱を無効にする以上は、排熱機構は必要なくなるから設計は楽だったぜ。動力源は勿論『グラル・リアクター』。そしてエネルギーが揃えばあとは簡単だ。考案した『特殊プリント基板』を用いる」
「特殊プリント基板?」
「魔法陣の仕組みをプリント基板技術を用いて刻み込む。名の通りプリント基板は薄いのが特徴で、配線を無くせるのが特に利点だ。そして電気で起動できるようにするんだよ」
「まって、それってさ」
「電力をエネルギーに、基板と電気回路で魔法レベルの効果を発動させる。あとは、ティガがいるんだ。基板プリントの最先端コアを用いたプログラムを組み、システムによる飛行技術を実現させる!!」
ティオとレイアは「おぉ」と口を開いた。彼女は、電力で魔法と似た効果を発動させようと言うのだ。それが、どれほど社会に影響を齎す革新的な技術になるのか。少なくとも世界が変わるレベルの発明になる。
「ま、出来ればの話だけどな。このカラドニウムはまだまだ未解明の物質に他ならない。プリント基板を持ち出したのは、映画やアニメと違って伽藍堂の甲冑にパワーアシストや演算機器などなど、機械類を埋め込むのが難しいのと、単に『エネルギーが分散』しないから」
「あー、そもそも問題、エネルギーを吸収して無に帰す素材が、機材トラブルを起こさないかは実験しないと分からぬしな」
「そーいうこと。さて、じゃあ今日最後の実験だ!!」
「「?」」
「カラドニウムは、全てのエネルギーを吸収して無に帰す万能金属。ならば、なんでも切れる魔法《境界線の剣》でもカラドニウムは切れないのか? 気にならない?」
「……気になる」
「魔力で粒子が振動する以上、発散ができれば無限に防御力は維持できる……という仮説を立ててはいるが」
「そこなんだよなぁ。仮に吸収限界があるとしても、そうだなぁ、リアの《境界線の狩武装》の一撃に耐えられるくらいの耐久性は欲しいだろ?」
目を瞑り場面を想像する。もしレイアの西洋甲冑のような、カラドニウム製のパワードスーツを着ていたとして。あの理不尽な破壊の拳を受けたら。
「確かに『矛盾』という言葉の語源みたいな事態になってきたね。ちょっとワクワクする」
「我もかなり気になってきた。レイア、頼めるか?」
「よしきた、《境界線の剣》」
優しい光が溢れて、全ての条件を無視して切り裂く魔の剣が顕現する。
「……ところで《境界線の剣》って切れ味どんなものなの?」
「切れ味?」
「そー。なんでも切れるなら熱したナイフでバターを切るようなものなのかなーって?」
「うーん、そこまで良くはないね。例えるなら、絶対に切れる斧で薪を割るくらいの力加減かな? 僕のはあくまでも、未来から来たリアの贈り物を独学で分析しただけだからね。たぶん、リアのオリジンなら熱した包丁でバターを切るくらいの切れ味かな?」
昔の決闘の際に自身の召喚した大剣の盾を容易く切り裂いたのを思いだしてそう言った。
「未来から来たリア……その話すごく興味深かったんだよなぁ。私達がタイムマシン作るんだろ? まぁ、何回もした話だし今は置いておいて、外行くぞ!! 実験開始だー!!」
「「おー!!」」
……………………
「すごく今更なんだけど、《境界線の──》というシリーズの魔法はたぶん、効果と魔力が比例するんだ」
「というと?」
「リアも昔、一本引き抜くだけで大半の魔力を持っていかれてたけど、境界線の剣はそこに加えて『モノを切る』という『現象』を魔力で起こす。つまり、大なり小なり追加で魔力が必要なのさ」
「あまり魔法を研究していない私が言うのもアレだが……めちゃくちゃ興味深いな」
「そう、興味深いのはここだけじゃなく。この効果によって切る対象を選択もできる。つまり、自分や仲間の胴体を切っても効果は出ないようにも出来るわけで。言うなればゲームとかの味方への攻撃を無効にする、だね」
カラドニウムの短剣を台座にセットし、ティオと観察と記録用の機材を設置しながら、レイアの説明を聞く。
「なんで、カラドニウムを切ることはたぶん出来る。ただ、全てを吸収するならば……」
「事象の矛盾か」
設置し終えたティオとライラが下がり、レイアが短剣の前に出る。銀色の剣は太陽の光を受けてキラキラと輝き魔力の鱗粉を散らす。
「じゃ、いきまーす!!」
「うぃーす《情報の保管庫》発動!!」
ライラの周りに魔力の計測機能が浮かび上がる。機材との接続も終え、脳内という絶対のメモリーに情報が保管される。
レイアは腰を落とし、まるで居合をするかのように《境界線の剣》を後ろに向ける。つまるところこの実験に必要なのは切る意思と条件に見合う魔力である。同時に、自身の成長をここで証明する事になる。
カラドニウムと《境界線の──》魔法。どちらが強いか、勝負だ。
閉じていた目を開き、踏み込む。
銀色の軌跡を描き、カラドニウムの短剣の刃と境界線の剣の刃がぶつかり、そして。
「!!」
かたい。
刃が拮抗し、エネルギーを吸収するカラドニウムの短剣が熱を帯びる。本来、熱を吸収し金属らしい冷たさしか感じられない筈のカラドニウムが熱を発しているのだ。つまり、予想外の結果が出ている。
すさまじい突風が巻き起こり、白い光が周囲を照らす。
「熱源反応!! ティガ、解析!!」
「元素や酸素の燃焼じゃない? 白熱反応は……何が熱を発生させている?」
「分からない、全部解析に回して……って、レイアは大丈夫なのか!?」
「なんとか大丈夫です!!」
しかし、拮抗は長く続かない。バチバチと火花のような光が散る。燃焼反応により、何かしらの『素』が燃えているのは分かる。だが、レイアは直感で『燃えているのは魔力と幾つかの元素』だと思った。その時、ズッと境界線の剣の刃がカラドニウムの刃を突き進む。
(剣が……)
魔力が沸るのを感じる。ドラゴンの血が純粋なる力が。レイアはニヤリと微笑む。理解した、自分の魔法。そして、《境界線の──》とは何かを。
絶対はない。この世界の法則、純粋で平坦な法則。それらを無理矢理、捻じ曲げてしまうのが《境界線》と名のつく魔法なのだと。
「ッんぐ!!」
だからこそ魔力が勝つ。この世界を支配する万能粒子は、未知の金属を、所詮は万能なだけの金属を『殺す』。
ギィンッ!! と音が響き、銀の弧を描く。宙を舞ったカラドニウムの短剣の刃は真っ二つに裂かれ、上半分が地面に落ちて乾いた音を響かせた。
「予想通りだったかな。めっちゃ硬かったけど……切れたよリア、君の魔法で」
今回の『矛盾』した対決は、レイアに軍牌が上がった。
………………
お疲れ様会である。リア達が来るのが明日なので、その前に色々と片付けてしまおうという算段もあるが、3人は純粋に疲れた。
「そっかー、でも結果としてカラドニウムを破壊できるのは実質、この世界に3人って事になるか?」
「リアほど英雄マニアじゃないからねぇ。他にも破壊できる人はいるかもしれないね」
「そんなほいほい居たら困る。ってか、私らの世代、大概おかしいよな」
「先輩ブーメランですよー」
ライラに返答し、デリバリーした熱々のピッツァをモグモグしながらレイアは答える。ティオはコーラを啜りながら、ある可能性を提示した。
「そもそも、カラドニウムは宇宙のどの辺で取れたモノなんだ?」
「さぁ? 宇宙分野は親父の専売特許だからなぁ。何光年……まではいかないんじゃないか?」
「また適当な……」
「今度、聞いとくよ。でも、なるほどなぁ。採取場所……特に地球からの距離か」
ピッツァをメロンソーダで流し込んでから、レイアもティオの言う可能性に気がついた。主にライラの呟きから、答えは自ずと行き着く。
「もしかして、カラドニウムは地球にもある……?」
「宇宙誕生は謎めいてるからな、可能性はなくもないんじゃないか? そもそも、地球由来の素材で作れた事自体が奇跡だからな」
「むぅ。とすれは……これも可能性の話になるが、最低でも下部マントル。だが我の見解としては、内核にあるやもしれん」
「地球にも謎金属があるかもしれねーって考えると、1人の科学者としてはワクワクするぜ」
その後、ライラはデルヴラインド社が所有する土地か、深海や活火山での地層の調査計画書をサラッと作成するとティガを通して父親に送っておいた。
それからは、話はパワードスーツやシストラムの強化、また魔力についてや魔法の法則などに移り、3人と1機は姦しく尽きない話題を、深夜を回っても楽しく議論し続けるのだった。




