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勇者になれるか?4


 奇妙な相対。恐らく、彼の龍が死後、ヴァルディアのおもちゃにされた『赤龍』なのだとレイアは思った。しかし、なぜ自分を呼び出したのか。ここはどこなのか。聞きたいことは沢山あるが、取り敢えず……叫ぶ。昂り荒れる感情は抑えられない。


「負けたぁあ!!」


 地団駄を踏み、頭を両手で掻きむしりながら本気で悔しく思う。あれだけ準備を万全にして、魔力も冴え渡り、新たな魔法という力を得て、先輩達の協力があっても尚、ドラゴンという生物の頂点には届かなかった。リアの隣に立つには、ギルグリアという壁を越えなくてはならないと一方的に思っていたレイアはため息と共に意気消沈する。項垂れ倒れ込むように尻を地面につける。


「くやじぃ!!」


 赤龍は膝を抱えてズーンと音がしそうな程に落ち込むレイアを見て、どう慰めようかとオロオロしつつも。


「あの、えっと……頑張ったじゃないか。ギルグリアは黒龍、ドラゴンとしての最強の一角だ。そう易々と越えられるものじゃないよ」


「優しい言葉はいらないよ!! 結局、届かないなら意味はないのさ!!」


「むぅ……」


 ここで言葉が止まってしまうのがコミュ障である。だが、『この空間の構築』を理解している赤龍は、どうにか勇気を振り絞り口を開く。


「……それでも、俺は認めたよ。ヴァルディアと戦った君、努力してきた君、魔法の『真髄』に迫る君を」


 そこまで言われて、レイアは顔を上げた。厳ついドラゴンは優雅に佇みながらも、目をギュッと瞑り小声で「次なんて言えば良いだろう? あー、自己紹介する機会逃しちゃったし。時間もあんまりない……」とぶつぶつ呟く彼を見て、気持ちに整理はつかないが今はこのドラゴンに向き合おうと腰を上げた。


「慰めてくれてありがとう。自己紹介や君が僕を呼んだ理由とか……そろそろ話をしようか?」


「!? い、いいのか?」


「うん、僕はレイア。レイア・ヨハン・フェルク。一介の魔法使いさ。君は?」


「……俺は赤龍『シュル・カラレア』。一人暮らしをしていた時、ヴァルディアに毒を盛られて殺された後、実験台にされ、今こうして魂のカケラとして今世を彷徨い、安らぎに眠れない哀れな生物だ」


 カラレアはまた小声で「あー、興味なさそうなのに自分語りしちゃった、恥ずかし」と呟いた。全て聞こえているのだが、聞かなかったことにして。レイアが徐に手を差し出すと、オロオロとしつつもカラレアは器用に爪を彼女に向けて互いに握手をした。


 ……先の自己紹介で、少なくない罪悪感を感じたレイアは先に謝る事にする。


「先に……僕達も君の血肉を利用した事を謝らせてほしい、すまない……」


「別にだいじょぶ……君達が俺の血肉を大切に保管してくれたおかげで魂だけだった俺が自我を取り戻せたと言うか、君の仲間のおかげで死肉が活性化して、今世に繋ぎ止められたと言うか……えっとその、とにかく助かったところが、ぁあの」


「つまり無理矢理、君をこの世界に繋ぎ止めてしまったんだね……」


「そ、そういうつもりでは……!! 元はと言えばヴァルディアが悪いのだからな。それにドラゴンの俺が輪廻転生に乗れるかも分からんし、ぶっちゃけ死ぬのは怖い。あ、この場合は……仏教的に成仏というのかな」


 また落ち込みそうなレイアを必死になって励まそうとしつつも、時間が少ない事を悟ったカラレアは「続けても良いか?」と問いかける。レイアは強く頷いた。


「勿論だとも。君がこの……世界? に僕を呼び出した理由を知りたいからね」


「そのだな。まずは君に見せたかったんだ。この空間は魔法使いとしての極致のひとつ、魂の心象風景を具現化し結界という殻に押し込めた、自分だけの世界。俺が生涯をかけて研究した魔法の一つ。ここで、君が少しでも何かを掴めればと。『真髄』を掴んだ君ならば……そう思ったんだけど……」


「えと、つまり魂の世界ってこと?」


 よく漫画とかである設定だなと思う。最近、リアに触発されてゲームやライトノベル、アニメに触れる機会が多かったので余計に思った。


「あぁ。生きとし生けるもの全てには、大なり小なり魂の中に世界を持っている……と思う。ご、ごめんね? 実験とかあんまりしてないというか友達が少なくて、検証できたのは自分の霊魂だけでさ。ギルグリアは昔はとげどげしくてあんまり……。あ、友達ではあったけどね? えっとだな、それで……レイア、君の《召喚魔法》は、己の『想像の具現化』であり、魂の世界と強く結びつく魔法なんだ」


 物凄く早口言葉だ。その様子を少し可愛いなと見ながら。


「そうなの? 師匠からそんな話聞いたことはないんだけど」


「召喚魔法は使う人が少ないから……文献にも残らず失われた情報は多い」


「なるほど……」


 言われて改めて世界を見回す。澄んだ青空の気持ち良い透明感のある世界、暖かな日差しは目の前のドラゴンが優しい存在だということを示していた。雲ひとつない晴天が魂の景色というならば、どれほどの純情さをもっているのだろう?

 ただ、魂と強く結びつく……。最近、魂という言葉によく縁があると感じつつ問いかける。


「それで?」


「ごめん、話が逸れた。つまりだ、俺の記憶と魔法を引き継いでほしい。本当は『ダルク』という少女に託そうとも考えていたのだが、レイアが隣を歩きたい……他人の為に自身の死すら顧みない覚悟、俺の血を引き継ぎ長い時を生きる事になる友に添おうという『愛』の美しさに惹かれてしまったんだ!!」


「あ、愛!? リアとはそういう関係じゃ!?」


「いい、言わなくて良いぜ。尊いよな、絆ってやつは」


「ぜーったい絆とか以外の、なんか変に拗れた事考えてるよね!? リアの事は、す、魔法使いとして好きなだけだから!!」


 顔真っ赤で反論するものの、何故かチクリと胸が痛んだレイア。嘘をついた事への罪悪感なんだろうかと考えると、余計に恥ずかしさで顔が熱くなる。だから慌てて話題を修正する。まぁ、このドラゴンは茶化したり馬鹿にしたりはしないだろうが。この気持ちは仕舞っておかなくてはならないから……。


「そ、それで引き継ぐ云々の話だけど……」


「あっ、うん。だからね、せっかく魂の記憶も蘇った事だし、君のような逸材で適任がいるなら是非にって……。その、意外と死ぬ時はあっさり死ぬものでさ。遺書すら書く時間はなく、あんまり後世に残せなかった召喚魔法もあるし」


「僕は全然構わないぜ?」


「ほんとに!? ありがとう!! これで、俺が生きた歴史が残せる」


 空中にふわりと1枚の紙が浮かぶと、カラレアは指先を少し切り、血をつけた。その紙をレイアの前に持っていき、羽根ペンを取り出すと手渡す。レイアも慣れた手つきでサインを刻み、ここに取り引きと契約は成った。


 《契約》は履行され、頭に情報が流れ込んでくる。だが、まだ思考はできる。


「はぁ、憂がやっと消化できた。俺は満足したぜ……」


「……消えずに暫く現世に残る事は出来ないのかい?」


「残りたいけどなぁ……。本当は、もうこの世にいちゃいけない奴なんだ、俺は。死者は去らなくちゃならない」


 死。誰もが平等に訪れる、絶対の運命。それに抗おうとしている自分は……。もし魂の景色を映し出せると言うなら、醜いものの気がして怖い。


「そう……うっ」


 視界がぐらつき、足元がおぼつかない。ふらりふらりと立つことすら難しくなり、仰向けになりながら倒れ込んだ。


 澄んだ空はどこまでも遠く。けれど、手を伸ばせば届きそうな気がした。


「……血を貰うなら、カラレア……君のがいいな」


「……ドラゴンが人に血を分け与えるのは、かなり特殊な事なんだ。愛、友情、人間への可能性、未来への投資。ダルクという少女には俺の潜在意識が可能性を認めたんだろう。けど、新鮮なギルグリアの血を貰う方が安全だし、霊魂の俺のじゃ不安要素もある。なんだかんだ、あの捻くれドラゴンだったギルグリアは良い意味で変わったから、君を無碍にはしない筈だ。だから、彼から血を貰うといい」


「それでも、出会って間もないけどさ。奇妙な縁を感じてね」


「俺も、どこか長く付き合った友達と話している気分だよ。そして、レイアのような魔法使いに求められるのも悪くないな。あっ、まってごめん、今のセリフはなんかキモかった!!」


「ふふっ、そんな事ないさ」


 レイアの目が霞んでくる。魂の世界からの覚醒が始まっている。


 ここまで来て、この魂の世界という魔法は、とても面白い魔法だと思う。自身の世界を相手にも押し付けて閉じ込める。絶対の領域を作り上げて、自分に有利な土台を作る魔法には、数え切れない可能性がある。


 だから、見つけた。カラレアを本当の意味で引き継ぐ、一本の糸を。


「《造血》」


「ん、魔力で造血機能を促進して、血液を急速に作る応急処置の魔法だけど」


「『肉体は魂の器である』って言葉があるんだけどね。君の魂が今、僕に残っているなら」


 顔は見えないが、カラレアが息を呑んだ音が聞こえる。


「俺の血、俺の遺伝子、俺の意思。なるほど、この魔法なら……」


「成してみせるよ、君の好意に感謝を示す為に。じゃあ、現世で」


 レイアはふわりと光の粒になって、魂の世界から姿を消した。ゲストが退室した事により、カラレアが構築した領域は崩壊し始める。


「全盛期ならば何時間でも保てた領域が崩れていく。俺の力は、既にあの世なんだろうか? 最後に振り絞って構築した世界が終わった時は……死ぬのだろうか? 魂は何処へ行くんだろう……怖いな」


 崩れる領域から目を背けて、瞳を閉じた。暗闇の中で、パキパキとガラスが割れるような音が響く。しかし、自分の生きた証を残せた事が、何よりもカラレアの心を落ち着かせた。


 その時。


『夕刻の赤、焔を統べし者。汝の名は──』


 自分を呼ぶ、レイアの声が聞こえた。


…………………


 目を覚ますと同時に、脳は現状の状態を処理し、的確に指示を与えてくる。要は、全身を突き刺すような痛みが迸った。全身骨折の手術後なのだから当然である。もはや、知らない天井だ……なんてお約束すらできず、レイアは思わず悲鳴のような声を上げる。


「痛ってぇぇえ!?」


「レイア!!」


「まずっ、麻酔切れてる? ティオ、特製の痛み止め打って」


「分かったのだ」


 駆け寄るリアの声が耳に届く。どうやら先輩達が治療してくれたようだと分かり心の底から感謝する。と、ティオ謹製の即効性のある痛み止めのおかげで思考が回り始めた頃合いに、顔に影が差し、リアが覗き込んでくるのが見えた。目の下にクマができており、睡眠が取れていないことが分かる。何日か眠っていたのだろうか? 心配かけたなぁと思うと同時に(やっぱり綺麗だな、君の空色の瞳は)と晴天の青空を思う。


 さて、皆が集まってくる音が聞こえるが、痛み止めのおかげで思考が冴え始める。再起動した天才の脳は、魂の領域で得たカラレアの魔法を処理していく。


「……龍の二重螺旋より、我が血脈と生命に刻みたまえ──《造血》」


「レイア? うぉっ!?」


 いち早く異変に気がついたギルグリアが、まだ見た事もない驚愕の表情を浮かべてレイアを見る。レイアの周りに魔法陣が波紋を広げていく。そして中心にいる彼女を龍の翼のような紅色のエフェクトが包み込む。まるで、赤子を抱く繭のように。


「《造血》? それにこの気配……赤龍の血がなぜ?」


 レイアの中に血が造られていく。混ざり合い、結合し、反復して、DNAを書き換えていく。ドラゴンの血が適応する身体へと。


「前へ進め、運命よ!!」


 翼が開く。折れた骨はレイアの魂を元に復元されていき、傷口は塞がっていく。魔力系による縫合だったのが幸いしてか、傷跡は残らない。


 病室にいる全員が、何が起きているのか困惑を浮かべる中で、レイアはふわりと浮かぶとベッドから降りる。そしてゆっくりと目を開くと、瞳孔がドラゴンのように縦に長くなっていた。


「まさか……赤龍の意思が?」


「ギルグリア、君のこと友達だと思ってたみたいだぜ。名前で呼んでやれよ」


 ニコリと勝気に笑みを浮かべるレイアの歯には、しっかりと犬歯のような歯が伸びている。


「まず、みんなに。ありがとう我が儘に付き合ってくれて。特にギルグリア……君には感謝してもしきれないよ」


「我は別に……」


 リアがギルグリアの脇を突いて「ツンデレめ、素直に受け取れよ」と笑みを浮かべながらも、ほっと胸を撫で下ろしてレイアに近づく。


「危篤状態で怖かった。友達が死ぬかもしれないって。でも、もう大丈夫なんだよな?」


「うん、心配かけたね親友」


「レイアぁ!! ぶっちゃけなんで目がドラゴン化してるの? とか気になるけど、とりあえずお帰り!!」


 飛びついて抱きしめるリアを受け止める。背後で先輩3人がニヤついているが、皆微笑ましい者を見るような目で少しむず痒い。でも、やっぱ嬉しいなと思う。だが、喜ぶのはまだ早い。リアが離れると同時にギルグリアが問いかける。


「それでレイア。どうやって《造血》を? しかも、DNAの書き換えによるドラゴンの血の生成、それによる適合……。なにより、色濃く感じる赤龍カラレアの気配」


「全部彼に、託された。認められた。そして引き継いだんだ。だから、ごめんギルグリアの血はいらない」


 託された? ハテナを浮かべるリア達を他所に、ギルグリアは彼女の少ない説明で分かったらしい。


「そう、か。意思というモノは面白いな」


「本当に、意思や魂ってやつはまだまだ未解明だと思うよ。おっと、それで急がなくちゃ」


「急ぐ?」


 レイアは身体に繋がったコード類を引き抜く。リアは慌てて肩を掴む。


「ちょ、まだ安静にしないと。どうなってるのか分かんないけど」


「大丈夫、馴染んでる。《身体強化》」


「馴染んで……えっ、なんで《身体強化》?」


「ティオ先輩、痛み止めの効果ってどのくらいで?」


「1時間くらいは痛みを感じない身体だけど……」


「よし、好都合。リア、心配しなくていいから少し離れて」


「お、うん」


 言われた通りに離れる。ライラ、ティオ、ダルクもリアの隣に寄り添うように離れた。ギルグリアだけは、何を見ているのだろうか。目つきが鋭くなる。


「ふぅ……」


 重い緊張感が漂う。心を落ち着けようとしているレイアの息だけがやけにはっきり聞こえてくる静寂の中で……。彼女は右手を左肩に当てると。カッと覚悟を決めた目で魔力を激らせる。


「チェストォォオ!!」


 瞬間、左腕が吹っ飛んだ。ただ、リア達よりも色濃いドラゴンの血を手に入れたレイアは、即座に左腕を再生させた。悲鳴すら上げる暇もなく、とんでもない自傷行為を行ったレイアにリアは飛びつく。


「おばか!? 説明してくれ!!」


「どーどー。説明よりも見た方が早いぜ」


 血溜まりの中に落ちている、まだまだ温かい左腕を拾う。そこで、察しのついたライラか問いかけた。


「……触媒か?」


「正解だよ先輩。よし、準備完了。僕の血肉を糧に蘇れ……。『夕刻の赤、焔を統べし者。汝の名は──シュル・カラレア』」


 真名を呼びしろに、召喚の儀式は成された。左腕はぐにゃりと形を変えると、血と肉を分離、結合、変質、変形し、幾重にも形を変えながらも、確かに『ドラゴン』の形になっていく。


 グロいようで、しかしどこか神秘的で美しくもある《召喚魔法》。小さなドラゴンの器は完成し、21gの重さを足して。


「おはよう、カラレア」


「……ぉ、うん。おはよう。本当に召喚したよスゲーな」


「ま、世界最強の召喚魔法使いですからぁ?」


 出会ったばかりの2人は、気安い態度で再び相見えた。

Q.1ヶ月なにしてたん?

A.(´・ω・`)

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― 新着の感想 ―
[気になる点] > 真名を伸び代に 伸び代?呼び代? [一言] > カラレアはまた小声で 小声(ドラゴン比) > この空間は魔法使いとしての極致のひとつ、魂の心象風景を具現化し結界という殻に押し込め…
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