勇者になれるか?3
レイアの奇彩髑髏から放たれた《暗赫》をまともに喰らったとはいえ、1秒という思考の時間はギルグリアを致命傷から助けた。リアの《境界線の狩武装》を参考にした《結界装甲》を身に纏い、強靭な翼を閉じガードの態勢に入る。それから、威力を相殺する為《紫点画消》用に溜めた魔力を全て《順序破壊》に変えて放つ。だが、魔法と物理が衝突し合い加速した新たなエネルギーは、予想を超えた『破壊力』と『貫通力』をもって……例えるなら散弾銃の弾を風だけで迎撃するようなもの。相殺を掻き消し、《門》は開く以前に形成段階で破壊される。
………………
暗い赫、結界はズタボロで傷付く翼と削れていく装甲の中、ギルグリアは思った。現代において、自分に傷をつけられるのは英雄達かリアくらいだと思っていた……やはり心のどこかでこの少女の事を侮っていたらしい。ドラゴンとしての経験故か、それとも数多くの魔法使いを見て目が肥えていたのか。見抜けもしないとは呆れる話だ。
この目の前の少女は世界の『特異点』にもなれる実力を秘めていた。ヴァルディアが時代を動かしたように、英雄が平和を築いたように。目の前の少女にも『出来る力』が備わっている。魔王にも、勇者にもなれる。そんな圧倒的な魔法という力を。
それを理解していれば、高速移動での回避ができた筈だ。
だが、こうして喰らっている今……教訓にすべきだと自身に言い聞かせつつ、ギルグリアは自身の鱗を引き千切る。血が渦を作り、キラキラと軌跡を作りながら傷口に魔法陣を描いて出血を止める。
「魔法の真髄に近づきし者よ。素直に賞賛しようレイア、お前は強い!!」
ギルグリアの装甲の隙間から、ゆらゆらと炎のように紫色の魔力が吹き上がり、右手に掴まれた鱗がぐにゃりと変形し、紫の魔力に包まれると膨大な数の魔法陣を展開していく。
「だからこそ、魅せよう。ドラゴンの攻撃を。《龍錬金:黒銀の槍》」
遥かな過去。自身の先祖とも言えるドラゴンが、悪に落ちたドラゴンと対峙した時に使ったとされる錬金武装。己が一部を『素材』とする事で、魔力の回廊をも込めた特殊武装を生成する。それは魔法使いの資質、素質、魔力そのもの。ゆえにドラゴンの血肉ともなれば、破格の素材ともなり『等価交換』において最高の取引材料となる。たった鱗一枚でも、だ。
魔法陣は封印を紐解くように展開と消滅を繰り返しながら、少し時間をかけて鱗は形を変えていった。軈て、これといった特殊なデザインでもない1本の黒い槍を形作ると、溢れ出ていた魔力が全て槍に収束していく。
ギルグリアは体勢を変える。レイアの《暗赫》を真面に受け、翼膜に穴が開き、肉や殻を削られながらも悠々と王者らしく君臨した。
右腕の筋肉が隆起し、血管を張り巡らせるように魔力の線が走る。ドラゴンの強靭な筋肉全てに魔力が行き渡り、純粋な《身体強化》が成された。
「我ギルグリアの名に誓って、敬意の元に……穿て」
そしてギルグリアは槍を構え、投擲する。空から轟音が響き、《暗赫》は中央から割れるように払われていき、音速を超えソニックブームを起こしながら槍は突き抜けていった。空の上から、明るい太陽が地上を照らす。暗かった世界に光が差す、その光景はまるで神話の一部を切り取ったかのように美しい。
……………………
周囲の濃密な魔力の奔流、そして暗い赫の向こうから見える煌々とした『紫』から、何か予兆を感じ取っていたレイアは、奇彩髑髏に指示を下す。この特殊な魔力合金と召喚魔法による構築の組み合わせは、オクタくんの水素爆発にも耐えうる防御力はある。あとは、実力だ。
リアとはまた別の角度で《結界魔法》の奥義《境界線──》と名のつく魔法を研究した上、未来からの来訪者である大人リアから引き継いだ《境界線の剣》を自分なりに分析して……組み込んだ。
正直、逃げるだけならば《門》を使えば良い。極めれば良い。展開速度を極限まで上げて《裏門》という魔法も考えた。
だが、もし背後に護るべき人がいたとしたら? 1人、2人ならば《門》でどうにかなるだろう。だが、大勢の場合はそうはいかない。
《門》は万能ではない。
だからこそ、ギルグリアの一撃を受け止めることに意味はある。
「奇彩髑髏、展開。守備、迎撃!!」
奇彩髑髏が上体を起こすと、肋骨が開き、ピシリと空間に亀裂ができるように魔力が迸り展開される。身体から剥がれるように幾つもの六角形をした魔力合金の装甲が魔力の線に沿って展開された。これが、レイア我流の《結界魔法》である。物理と魔力、両方を用いた極限の守りである。
「……」
だが、ここまでしたところで。第六感が告げてくる。あの一撃は不味い、逃げろと。そもそも、ドラゴンと人とでは元から隔絶した実力がある上に、魔法使いとしての技術の研磨、経験の差もある。そんなギルグリアが、自分を認めると言った後に放つならば……少なくとも侮った攻撃ではないはずだ。
……身構えている時に死神は来ない。確かに人はどれほど力をつけたとしても、死ぬ時はあっさり、突然だ。しかし、今の自分に死神は……来ない。だから……!!
全魔力で!!
瞬間。風音を置き去りにして、結界に紫が激突する。衝撃音だけで耳から血が流れ、全身を打ちつけたかのような衝撃に見舞われた。しかし、確実に初撃は受け止めた。だが、眼前に迫る力の暴力に息を呑む。
「ッ……!!」
レイアは即座の判断で、展開していた六角形の装甲を結界が崩壊しない範囲で寄せ集めると、槍の鋒に集中させる。広範囲に展開した結界を縮小させて、槍に集中する。
しかし、ピシピシと結界に亀裂が入る。第一層の魔力による防御が突破され、魔力合金に突き刺さり……ギリギリと徐々に突き進んでくる。一枚、また一枚。魔力合金を突破していき……。
拮抗できたのは、5秒ほど。
次の瞬間には、槍は突き抜けた。槍の暴風に巻き込まれて、レイアの身体は共に下へと落ちていく。
海に飛来した槍は衝撃と魔力により海底まで突き刺さると、海水を吹っ飛ばし地盤を捲り上げる。レイアはそんな捲れ上がった地面に叩きつけられた。
「かはっ!!」
肺どころか全身の肉が潰れ、骨が砕けるような感覚。身体の節々や口から真っ赤な血が溢れ飛び散り、思考が真っ白に染まる。魔法使いにとって、思考が途切れる事は負けを意味する。槍が結界を超えた時の衝撃が凄まじく《門》で逃げる余裕もなかった。
空には自身の自信作である奇彩髑髏が崩壊していく様が見て取れる。槍は奇彩髑髏をも突き抜けてきたようだ。最も頑丈な筈の自信作を打ち砕かれ、途轍もない悔しさを抱く。
まだ、戦いたい。だけれど意識の限界がきて、閉じたくないのに瞼が落ちる。
「こぽっ、げほっ、いてぇ」
そしてレイアは静かに気絶する。
海水が逆流し迫るなかで、黒い暴君は静かに告げた。
「天晴れだ、レイア・ヨハン・フェルク」
勝者はギルグリアである。だが、ドラゴンに確かな『死』の気配を与えた彼女に、ギルグリアは心の底から賞賛を告げた。
…………………
「《結界魔法》!!」
現場に急行したリアはまずは逆流する海水を結界で押し留めると、息を切らしながらレイアの元に駆け寄る。ルナとクロエも駆け寄り、顔を覗き込む。
「生きてるよね!?」
「お姉様、私が脈を……心臓は動いていますね」
生きている事が分かって安心するが、予断を許さない状態なのは目に見えて分かる。
それでも、見ていたからこそギルグリアはレイアに対して敬意を持って対決した事は分かっていたので、彼女を糾弾する気はさらさらない。が、兎に角誰でも良い。レイアはこのままでは死んでしまう。焦りから慣れない《治癒魔法》をかける。そんなリアの側で、ルナとクロエ、人型に戻ったギルグリアも駆け寄り《治癒魔法》を発動させながら少し苦い顔をした。
「……我の全力の一投を、この娘は数秒とは言え拮抗させた。しかし少しばかりはしゃぎ過ぎてしまったか」
「その言葉は侮辱だぞギルグリア。お前の名前に誓って敬意を示したのなら……受けた傷も含めてレイアを賞賛すべきだ」
リアの言葉にギルグリアは少しだけ口角を上げる。
「うむ……我はこの娘を認めた。だからこそ死んで欲しくはない。だが、ドラゴンの血を使うにしても、やはり最後に確認をしないことにはな」
「うーん、あの治癒力は魅力的だがドラゴンの血が使えても……。治癒中、変に骨とかくっ付いたら厄介だからなぁ……」
「お姉様、傷口は塞がりましたが。私にはもう患部を冷やすことくらいしか出来ません……」
「私はもう何も手伝えないよ」
「いや、ルナもクロエもありがとうな」
一緒に《治癒魔法》をかけて手伝ってくれた2人の頭を撫でていると、少し遅れて他のメンバーも駆けつけた。まず、ライラが肩に乗っていたティガに頼みレイアをスキャンする。
「マスター、今すぐ執刀が必要なレベル、複雑骨折です」
「そうか……リア、レイアを下から結界で押し上げて、手術台みたいにしてほしいのと、レイアを中心に無菌室みたいな空間を結界で作れないか?」
「できます!!」
「おう、ならいけるな。ティオ、ダルク。手伝え」
「当たり前だぞライラ」
「私は器具の受け渡ししか出来んぞー。あと貸しひとつ」
「しゃーねー。ま、レイアの為だ。その代わり道具類はかなり使わせてもらうぜ」
「おう、でも……ふっ、可愛い後輩のガッツが見れたからな。格安で提供させてもらいますよっと」
「ダルク、前に渡した増血剤や麻酔、酸素循環薬あるか? もし心臓が止まった時、怖いのが脳死だからな」
「当然、ダルクさんは完璧で究極の天才だからな。輸血パックも、呼吸器も揃ってござりますぜ」
先輩達はテキパキとレイアを手術する準備を整えようと行動を起こす。
そこへ、ウカノが「まぁ、待て。先に己らを綺麗にしてからだ」と口を挟む。
「《洗滌》っと。うむ、綺麗になったな」
ティガが驚きながら「マスター、皮膚と服から有害となる雑菌全てが消滅しました」と報告。かなり有難いアシストに「ウカノ様、感謝します」と言い手術着に着替えた。
病院に運ぶよりも、先輩達に任せた方が安心なのは確かだ。大丈夫、レイアは無事。そう思いはするものの心配なのは変わらない。そんなリアの肩をミヤノが優しい顔で叩く。
「まぁ、安心するのじゃ。レイアの魂を《魂縛》で現世に押さえつけてある。時間の猶予は充分あるよ」
「……見てるだけしか出来ないってここまでもどかしいんですね」
「お主は無菌室を作るという重要な役目を果たしておる。卑下するものではない。ただ、少しでも出来ることを増やすという向上心は若い頃だからこそじゃ。見てることしかできないと思うのならば……精進あるのみじゃ」
「はい……」
…………………
夢を見ている。漠然とそう思った。
どこまでも澄み渡る青空。心地良い風。水面は浅く、冷たいのに不快ではない。仄かな潮の匂いが、夢なのに生々しい。
というか……ウユニ塩湖だこれ。
なんて分かりやすい、ってかベタだなおい。そう思っていると、唐突に突風が吹き、巨大な影が太陽を隠した。空を見ると。
ドラゴンがいた。
赤く赤熱したような筋肉。炎の如く鮮烈な紅色の殻、甲殻や鱗。爬虫類を思わせる体躯だが、その威風堂々とした姿は爬虫類なんて分類にはいない事が一目で分かる。鱗に覆われた顔はニタリとした笑みを浮かべており、口元から覗く鋭い歯と牙は鉄を砕けるであろう程の堅牢な見た目をしている。そして前に曲がりくねった赤茶けた角が、絶対強者としての尊厳の如く生えていた。
視線が交差する。荘厳で威圧的な見た目をしている割には、不思議と強者の圧力……とでも言えばいいのか、とにかくプレッシャーは感じない。優しい目をしている。
……沈黙。
「ど、ども?」
「お、おう人間……」
レイアは思った。失礼だが、あっコミュ障だなコイツ、と。
リリンク買ったので次の更新は遅れます




