勇者になれるか?2
(なんだ……このプレッシャーは……)
ギルグリアは目の前の少女に困惑を浮かべた。リアと歳の変わらないグレイダーツの弟子。ドラゴンの自分からすれば、本気で相手をするとはいえ『まだ弱い』とナメていた部分がある。
(ふむ……どう仕掛ける? 我が動いた瞬間に小娘は……。隙がないうえに、グレイダーツに似た雰囲気)
…………………
(今回の戦いで僕は『オクタ君』は使えない。自分の力のみで示さなくてはならない……オクタ君の奥の手《水爆》が使えたら……いや、無いモノねだりはよくないね)
スッと息を吐き、ギルグリアの動向を観察しながらも、先手を打つ事にする。魔力量が増えた事と、《門》という特殊な魔法を使い続けたが故に習得できたとっておき。印を結び、『召喚』する。
「《召喚:『門界』》!!」
レイアの背後から孔雀のように糸のようなか細い魔力が幾重にも広がると、大小様々な無数の『扉』や『窓』が現れては閉じてその場から消えていく。その数はざっと300を超えており、一瞬で空間を埋め尽くしたかと思ったら全て閉じて消えた。
不可解な動きだとギルグリアは思った。召喚魔法使いだからこそ、初めはグレイダーツのように特殊な権能を持つような擬似生命体を埋め込んだ人型を召喚すると考えていたが、門? しかも展開して閉じるだけという意味不明な一連の魔法に眉根を寄せつつも。爪に魔力を纏い口元に火炎を滾らせる。
(頭が痛い、把握にかなり神経を使わせられている。だけど、まだだ)
「《召喚:……」
レイアが印を入れ替えた、その瞬間。
「魔法ならば、我には効かぬ。《順序破壊》」
《解呪》の権能を持つ剛爪が振るわれる。空間を揺らし、全ての魔法を切り裂く一撃がレイアに向けて放たれ……。
ガコンッ。と音が鳴った。
《順序破壊》は、レイアがいた空間にある《門》の扉を切り裂いており、そして眼前に銀色に輝く短剣が突き出されていた。2体、両目を向けて。銀剣からはリアの放つ《境界線の狩武装》の魔力と似た性質を感じる。瞬きすらしていない、刹那の展開。そう、《門》にしては展開が早すぎる。
「!?」
ギルグリアは口に溜めていた火炎を解放する。強烈なドラゴンのブレスは、召喚された戦乙女を焼き焦がしながら海を焼く。海水が蒸発し、辺り一面に水蒸気が立ち込める。
そんな中『強靭なはずの両目に短剣の刺さった』ギルグリアが、舌打ちまじりに驚愕する。戦乙女は焼けた翼をはためかせ、短剣を押し込んできた。
(強敵と対する時、視覚を潰すのは戦術の一つ。そして、召喚魔法使いは必ずしも本体が戦う必要は無い)
「《龍の剛爪》!!」
このまま魔力探知のみで戦う事も出来なくはないが、異様だった。この一帯に漂うように魔力が流れている。故に、レイアを正確に探知出来ずにいた。いや、探知出来ないというよりも……『何処にいるか分からない』。だから、一先ず視界を治癒しようと邪魔者を退ける。
戦乙女の腹が4枚に切り落とされ、魔力となって塵となる……。
その時、ガコンッと音が鳴った。
消えかけだった戦乙女は傷一つなくそこにおり、短剣に踵落としをいれる。
「ぐぁぁあ!!」
押し込まれた短剣は仄かな熱を保つように痛みを与え、目を切り裂いた。ギルグリアは久方ぶりに感じる痛みに、手を一つ。取ろうとしたところでガコンッと音が鳴ったが気にしている余裕はない。
「《龍の咆哮》!!」
空間が軋む。周囲の全てを吹き飛ばす音の暴力は戦乙女をも巻き込んで、消し去る……筈だった。戦乙女は既に居らず、代わりにガコンッと音が鳴ると……咆哮が逆流してくる。
「ぐぬっ!?」
全身を打ち付ける、しかし魔力が変換されダメージとなって降り注ぐ咆哮に歯を強く噛み締め思考する。さっきから何がどうなっている、と。攻撃が逆転している……?
(いや、違う。そうか!!)
………………
たらりと溢れる汗を拭い、レイアは空の上から戦況を見る。帰ってきた戦乙女を『魔力に還して吸収』する。
先程の一連の動作……余りにも繊細な操作が必要で、これを自動でできるようになれればと思うが、ここにくる前に完成させれた事が奇跡の魔法だ。自身の魔力が上がったこと、《門》の技術が向上したこと、召喚魔法の練度が向上したこと、複数の要素で成り立つ一種の『領域魔法』《門界》。展開して固定しストックしてある門を《召喚》し自由に入れ替える魔法。まだ『数に限りがある』という問題が残っており、ゆくゆくは魔力の限り展開と補填を繰り返せるようにしたいところだ。そして、この空間にいる限り、全方向10kmに《解呪》を放つ……などしなければ全ての攻撃、反撃は《門》を通り行われる。つまり、自分は前線に立つ必要はない。
そもそもの話だ。
《召喚魔法》使いは『後衛』だ。当然、本体が強いに越した事はなく、魔法使いといえど近接戦に持ち込まれたら格闘……肉弾戦になる事もあるので慢心してはダメだが。今最も警戒すべきなのは、ギルグリアが自身を見つけて《門》で近接してくる事と広範囲攻撃を撃ち込まれる事。だから、魔力の流れを乱し真っ先に視界を潰したが、即座に回復してくるだろう。《戦乙女》と《西洋甲冑》の召喚……最も足りないのはリアの持つような『パワー』だと感じる。パワーさえあれば、戦乙女の踵落としでもっと目玉に押し込めたはずなのに。
(ネガティブになるのは僕の悪い癖だね)
ギルグリアに挑む為には、幾らでも手を尽くす。そう考えてレイアは《召喚:西洋甲冑》を発動すると、50体ほど並べる。《門》で呼び出したので、今回は魔力でなく金属の鎧だ。しかも、特殊合金。これはライラに協力してもらって作った作品を《錬金術》で複製した。そして西洋甲冑の全員がそれぞれ剣にバトルアックス等の凶悪そうな武器を持っているが……これがドラゴンの鱗や皮膚に効くかと言われれば、まぁ効かないだろう。ただ、少しでも傷をつけれれば……それでいい。その為に魔力の貯金を崩し、刃に沿って《境界線の銀剣》の残滓を付与してある。
そして全鎧には《錬金術》による簡易『魔術』が刻まれている。
「よし……」
ガコンッと音が鳴ると。
西洋甲冑全てはその場から消え失せた。
…………………
目を抉り出し、即座に再生させたギルグリア。ドラゴンの血肉を使った高速再生など何百年ぶりだと舌打ちを打つ。しかし下手な《治癒》の魔法よりも即座に再生できるこちらを選んだのは……見た事ない魔法への警戒だ。攻撃が反転して襲ってきている訳ではないと勘で理解しつつ現状を優秀な脳が整理する。不思議な現象が起こる時、必ず「ガコンッ」という音が鳴る。そして先に見たレイアの背に展開された無数の窓と扉。恐らく《門》。
ガコンッと音が鳴る。
音と同時に全方位を囲む西洋甲冑。最も近接している西洋甲冑はこの場に現れた瞬間から既に武器を振り下ろしており……。巨大故にギルグリアの高速飛行より先に切先が触れる。掠れる。
(境界線の──。流石に傷くらいはつくか)
受け止めて爪で切り裂く。魔法を使うまでもなく西洋甲冑は粉々になった。特殊金属をも切り裂く爪はやはりドラゴンといえよう。ただ、それもレイアの想定通りである。刻まれた術式に魔力が流れて、空中で西洋甲冑が溶ける。
「!!」
液体金属のように身体にまとわりつき、関節を固めてくる。それだけじゃない、鱗の隙間や攻撃で負った微かな傷口を開くように入り込んでくるのだ。そして対応しようにも隙間を縫って他の西洋甲冑も攻撃してくる。
(まるでヴァルディアのスライムのようだが、ふむ。理にはかなっているな!! ここまでやりずらい魔法使いも久しぶりだ)
液体金属は口に入り込もうとしており、下手に口を開けない。詠唱を封じられた。しかしギルグリアはまだまだ余裕である。
コポッと液体金属が気泡を立てる。瞬間、パンッと音を立てて全て吹き飛んだ。なんて事はない、ただの『魔力放出』。だがドラゴンの行う魔力放出は雲をも裂くほどの広範囲と勢いを乗せて放たれた。全ての西洋甲冑、液体金属は吹き飛びガコンッと音を鳴らし消える。海は大きく弾け飛び空から海水を降らした。
空中にいたレイアは風に煽られ吹き飛ばされそうになるが、召喚した戦乙女に捕まりどうにか留まりながらギルグリアのいる場所に視線を向け、息を詰まらせる。
身体から蒸気のように湯気を上げて佇む姿は、龍という生物の頂点にも位置する『格』を感じさせた。身体が熱しているのか、はたまた魔力なのか。黒い鱗や甲殻の隙間から紫色の光を放ち、ゆらりと動く。
「《順序破壊・『世界』》」
瞬間……魔法は駆け巡り地球を飲み込んで、『世界全ての魔法』が機能不全を起こした。当然、ギルグリアの魔法によって。
──驚いたリアは急いで結界を張り直し、ウカノも力を発揮して保護の加護を発動する。
渦を巻き廻る、廻る。世界をも巻き込む一撃。圧倒的な魔力量による純粋な《解呪》の波動は、レイアの小賢しい《門界》を粉々にした。
「……そんなん、あるぅ?」
あまりの、陳腐な言葉でしか表せないが、まるでゲームにおけるチートのようだ、ちょっと理不尽すぎると憤ったところで。ギルグリアの姿が掻き消える。レイアは咄嗟の判断で衝撃吸収シールドを取り出すと。
「ふんっ!!」
「っぶね!?」
瞬間的に移動したギルグリアの尻尾による叩きつけが背後から襲う。それを盾で防ぐが空中では踏ん張れず吹き飛ばされ、海に叩きつけられた。パァーンッ!! っと水飛沫が上がる。
「かはっ!!」
大の字で叩きつけられた上、全身打撲による衝撃で筋肉が固まる。しかし電気を流すように魔力を巡らせ……速度にして1.5秒。だが、その長すぎる隙を逃す程にギルグリアは呑気ではない。音速で急降下しレイアの身体を前脚の巨大な手で掴みあげる。骨が軋む音レイアは肺から空気を吐き出した。
「ここまでだな、だが中々に面白い魔法が見れた。伸び代もある。認めてやらん事も……」
「……るな」
「……なに?」
「舐めるなよ」
レイアが片手で印を結ぶと、霧散した《門界》の魔力がレイアに収束していき、同時に《門界》によりストックされた5つの《門》が即座に召喚されると、扉から何かが飛び出していく。そして形を成しながら急加速するとギルグリアに突っ込んできた。押し付けるような威圧感と濃密すぎる魔力にギルグリアは直感的にレイアを手放すと翼と腕で防御体制をとった。レイアは落下しながら呟くように詠唱する。
「《錬金召喚:鎧戦骨・奇彩髑髏》」
巨大な影がギルグリアに喰らいつく。
空から、遠くからでしか観れないであろうソレは、陽の光に照らされて姿が照らし出される。
全長約32メートル。高さ最大14メートル。
まるで妖怪の『がしゃ髑髏』と呼べそうな存在は、あまりにも禍々しかった。
ギルグリアに噛み付く、人のモノに似た巨大な魔力合金とレイアの魔力で作られた髑髏。
黒く艶を放ちながらも、赤黒く表面を薄く魔力が波を打つ。髑髏の中には肉の代わりに赤黒い魔力の粘液体で構成されており、眼孔からは涙のように赤い線が滴っている。まるで怨み呪っているかのようだ。
そこから伸びる、赤黒い血管のような粘液線が張り巡らされた脊髄に、身体を構成する多すぎる魔力合金の肋骨。左右共に56本ずつある肋骨は、肺に似た赤黒い年液塊を内包していた。
肉となる粘液体は少ないにも関わらず、魔力合金とレイアの魔力により異常な程の堅牢さと握力を持つ両腕は、それだけで鋭い刃物になる。しかし、その先にある手には鋭利でシンプルなデザインの鎌を携えていた。死神にも見え、同時に死神の方がマシだと思える。一般人ならば「まだ死神の方が勝てる」、そう思わせる程である。
最後尾には仄暗い空間が揺らいでおり、まるで深淵から這い出てきた化け物のよう。恐らく《門》の一種だろう。
噛み付く力が尋常ではなく、万力が如くギリギリと締め付けられるギルグリアは、咄嗟に《順序破壊》を放った。しかし、奇彩髑髏が崩れ落ちる……なんて事はなかった。次に魔力を放出する。海が荒れ狂う程の圧力、しかし揺るがず、両腕の力いっぱいでギリギリ閉じないくらいの咬合力を発揮し続ける。
(いや、解呪は発動した、が。これは、もしかすると表面を覆う薄い魔力は境界線系統の魔法に似た結界の一種? それか、粘液体に何か隠し要素があるのか。とにかく、まずいな。こうなれば《紫点画消》で吹き飛ばす……)
なんて、考え事をしていると。奇彩髑髏の喉奥が仄暗く赤色が光り始める。《門》により遠隔から魔力を注入された奇彩髑髏は、無数の赤黒い魔法陣を光らせながらチャージする。そして時間にして1秒、髑髏は天を見上げ、ギルグリアは解放される。そして、自由になったギルグリアへ大きく口を開いた髑髏から『破壊』が放たれた。レイアの純粋な魔力……魔素が奇彩髑髏の口の中で瞬間的に順転し加速、魔素は衝突し合い巨大なエネルギーの塊となったそれは、たとえ強力な《解呪》をかけても消えない、魔力と物理の『力』を形成する。
「《暗赫》」
空を染める、暗い赤。
突き抜けて、成層圏で拡散し、太陽光を遮って一瞬だけ周囲を赤い影が覆う。その一撃はウーラシール全土だけでなく、他の連合国でも確認された。
1ヶ月書かないと普通に書き方を忘れますね
他の人の作品読んで勉強してきます(次の投稿遅れる言い訳)
Q.レイアこんな短期間で強くなるの?
A.この作品で1番の天才はレイアです。ダルクは努力の天才、リアは努力と才能の中間を意識しています




