2日目⑦
「くぅ……」
腹部に重みを感じて意識は夢から引き上げられる。昼過ぎの暖かな陽射しが視界に入り眩しさに目を細めた。
光に慣れ始めた視界の中、自身の腹部に目を向ける。そこに映し出されたのは腰に跨るように座る1人の人影。逆光の中であっても尚分かる、長い黒髪と整った顔立ちの女性だ。
ここまで来れば誰だか分かる。こんな事するやつは1人しか知らないとも言えるか。
リアは眠気が残る頭で腰に跨る我が妹、ルナに声をかけた。
「何してんだ」
「ふっふっふ……」
ニタリと擬音を幻視するくらい綺麗に口元を歪め、ルナは微笑む。その笑みは解放感に溢れているように見える。
「よくも、裏切ってくれましたね、お姉様ぁ……」
裏切ったとはエスト先輩に連れて行かれた際の事を言っているのだろう。でも、あれはルナが悪いのではとリアは思う。
だから思った事をそのまま口に出そうとしたのだが。
「裏切ったもなにも、それはルナが悪いんj……んんっ!!」
自身の都合が悪くなる事を言われる前に、ルナはリアの口を両手で押さえて言葉の続きを言わせないようにする。
「裏切ってくれたお返しとして、お姉様から私はご褒美を頂きます」
そう一方的に言ってからルナはリアの胸元に手を伸ばし、カッターシャツのボタンを1つ外した。その行動に驚きつつも、ここ最近の変態的なルナの言動から「あぁ、別に不思議でもなんともない」とリアは考えてしまった。これはもう手遅れかもしれない。
だが何をするつもりか分からないが、これ以上好き放題やらせる訳にはいかない。リアは自身の世界に入り込んでいるルナにチョップを入れようと手を上げ……ようとした。
だが何かに引っ張られて手は上がらなかった。
ルナから視線を外し嫌な予感を感じながら自分の手首を見る。
予想通り、手首には白い布が巻きつけられていた。その布はベッドの柵と繋がっている。布の手錠といったところだ。
もう片方の手首を見ると、そちらも案の定布の手錠がされている。それから、なんと両足にも。
(成る程、両手足とも縛られてたのか。どうりで動かない訳だ……。って、冷静に分析してる場合じゃねぇな)
流石にここまでくると頭の眠気も吹き飛ぶ。
「やめようルナ!! 今なら間に合うから!!」
外れる事を願って抵抗の意思を示しながら必死に両手足を動かすも、全然外れる気配がない。
一方のルナは「はぁ……はぁ……」と興奮仕切った顔で頬を赤くしながら、もう一つのボタンを外す。
胸元から下にかけて肌もブラジャーも露わになってしまっていた。服という拘束から解かれた胸は呼吸とともに小さく小刻みに揺れる。こんな事なら時間稼ぎにしかならないにしても、ネクタイくらいはしておくべきだったとリア思った。だが後悔しても遅い。
「はーぅ、お姉様……私ゾクゾクしてきました」
変態的な事を言いだしたルナを批難するように軽く睨む。しかしルナは全く怖気つくどころか、逆に愉悦を感じたように笑みを強くして身体をビクリと震わせた。
ここまでくると、流石のリアでも少しだけルナが怖くなってしまった。性的な事はされないだろうと高を括っていたのだが、ルナの顔を見ているうちに楽観視している場合ではないと本能が警告を発する。
リアとて確かに可愛い女の子と付き合いたいしイチャイチャしたいとは思っている。精神が女に偏り始めたせいで最近は微妙なところだが。
それでも、相手は妹だ。例え美少女であっても自身が向ける感情はあくまでも兄妹愛。だから恋愛感情にはならない。
にも関わらず、ルナのここ最近の言動は兄妹愛を超えて変態方向に進んでいる。間違いなく。
その為このままルナの好き放題にさせてしまうと、なんだか最後まで行ってしまうような気がした。ナニがとは言わないが。
最後まで行ってしまうと今の生活や関係が崩れてしまうかもしれない。
それはとても怖い。
「ルナ、今ならまだ許すから、外してくれ……」
ちょっとシリアスな雰囲気を醸し出しながらリアは潤んだ瞳で懇願するように願う。
しかしそんな事でルナのテンションが収まる訳はなかった。
「あぁ、涙目が可愛いぃ!! はぁぁぅう!! ぁっと、鼻血が……」
湿った雰囲気をぶち壊しながら叫ぶようにガッツポーズ。
(頭ピンクすぎるだろ)
ルナにはシリアスな雰囲気なんて全く通じなようだ。まぁ、なんとなく分かってたけどと心の中で愚痴り、深いため息を吐いた。そんな中でルナはリアにビシッと人差し指を向けると指示のような言葉を飛ばす。
「では、お姉様。そのまま涙目で此方を睨みつけていて下さい。あ、ブレザーは脱がさせてもらいます!! でも安心してくださいね?半脱ぎ状態にしておきますから!!」
一体何を安心すればいいのだろうか。考えるのも面倒になり達観し初めていたリアは、されるがまま身を委ねた。ルナはいそいそとブレザーのボタンを外して肩から腰の辺りまでずり下げる。
その時に胸のボタンが一つ無くなっている事に気がついた。いつ取れたのだろう? 気がついてなかっただけで、もしかしたら一日中外れてたのかもしれない。それだったら、死にたくなるくらい恥ずかしい。
リアは色んな羞恥に悶えながら記憶を探っている時、ルナの手は徐々に移動していき、下半身へと向かった。
そして、なぜかニーソックスを膝下までズラし、スカートをパンツが見えないギリギリまで捲った。そのせいで太もも全体が露わになり少しだけ肌寒い。それからリアは、思考するのを1度中断し、再びルナの顔へ目を向けた。
ルナは隠すものが無くなったリアの太ももを、優しく、舐め回すように右手で撫で始める。くすぐったさから少し身じろぐ。
それから彼女の表情は髪に隠れて見えないが、三日月のように歪んだ口元だけはよく見えた。
時間にして数分程ルナは太ももを撫でていたのだが、一通り満足したのか、太ももから手を離し、制服のポケットに右手を突っ込む。そして、ポケットから携帯端末を取り出した。
「お姉様……はぁ、はぁ、ふぅ」
彼女は携帯端末のカメラをこちらに向けた。その瞬間「パシャリ」と撮影音が響く。今の半裸状態の姿を、撮影されてしまった。
もうボタンが取れたとか、そんな事の比じゃないくらい、リアの中で羞恥心が膨れ上がる。
「と、撮るなぁ」
カメラから逃れようと必死に身体を動かすが、しっかり拘束された手足の布は解ける事はない。
顔を真っ赤にしながら暴れるリアにルナの興奮は高まっていく。
「はぁ……その表情、素敵です。素敵すぎますよ、お姉様ぁ……」
ルナは鼻息を荒くし血走った目で、様々な角度から撮影を始める。彼女の目からは段々と光が消えていく。リアはもう抵抗が無駄にしかならないと悟り、体から力を抜いた。
ルナは急に抵抗をしなくなったリアの姿と、目から光の消えた表情を見て、ビクリと体を震わせた。下半身から背筋にかけて、ゾクゾクとした感覚が走り、興奮は限界まで高まる。
「あぁ!! 全てを諦めきったその表情もイイ!! ふぅ……しかし、保健室のベッドに拘束されたお姉様は乱れた服も相まって、やはりとてもエロいですね。本当はこのまま性的な意味でおいしくいただきたいのですが……今は無理ですからね……残念です。だからこそ、その分もしっかりと撮影しておかなければ!!」
聞きたくもない感想を言いながら、ルナは撮影を続けた。それと同時に何やら不穏な事を呟いていた気もするが自分何も聞いていない。聞こえていても覚えてない。
そうして、暫くの間、静かな保健室に撮影音とルナの興奮した声だけが響いたのだった。
……………
「はぁーふぅー、堪能しました……この写真は私の宝物にします!!」
満足気な笑顔で大事そうに携帯端末を抱き抱えるルナに、リアは感情のない声で「そうか」とだけ返事した。この数分で、多くの大切な何かが消えていった気がする。
それからルナはポケットに携帯端末を仕舞うと、肌をツヤツヤとさせながら手足に巻きつけられた布を解いていった。
こうして、ようやく解放されたリアだったが、疲れきった精神のせいで暫く動きたくなかった。
布を鞄にしまったルナは、動く気配のないリアを心配してか、顔を覗き込みながら声をかけた。
「……お姉様、布解けてますよ?大丈夫ですか?」
「アァ……ソウダネ、ダイジョウブダヨ」
「や、やりすぎましたかね……?」
虚ろな目で片言を話すリアに、ルナは己の行動を少し反省する。正直に言うと、本当にちょっとしか反省していないのだが。
なんとも重い空気に包まれ始めたその時。
いきなり「シャー」と音を響かせて、ベッド周りのカーテンが開いていった。
音のした方へ目を向けると1人の若い、白衣を着た女性が立っている。
顔立ちはルナと引けを取らないくらいに整っているが、胸は自身のものよりも大きいのではと思う程たわわに実っていた。
栗色の髪はふんわりとしたルーズサイドテールにされており、彼女の雰囲気と合っていて、どこか品すらも感じる程に似合っている。
こういう人を淑女と言うのだろうかと、柄にもなくそんな事を考えてしまうくらい、綺麗な女性だ。
そんな彼女はこちらに歩いてくると口を開いた。
「ルナちゃん、お姉さんの様子はどう?」
優し気な笑顔を浮かべながらポワポワと擬音がつきそうな声色の彼女に、ルナもまた笑顔で答える。
「はい、もう大丈夫だと思います、コトセ先生」
はっきりと答えるルナ。どうやら目の前の女性は「コトセ」という名前らしい。先生と呼ばれてたのと白衣を着ている事から保健室の養護教諭だろうか。
「それは良かった……?」
ルナの言葉にコトセはホッとした顔をしながらそう返そうとしたのだろうが、無表情のリアを見て首をかしげながら迷うように言葉を切った。
コトセは困った顔でルナへと目を向ける。
「あの、お姉さん、なんだか凄く疲れた顔をしているのだけど……」
「気のせいです」
ルナはそう即答した。ムカつくくらい可愛く爽やかな笑顔で。
「何が気のせいだコラ」と、抗議しようとしたのだが自分よりも先にコトセが口を開いた。
「さすがに気のせいではないと思うわ。これでも保健室の先生だもの」
「ぐぬっ……」
苦虫を噛み潰したように口を閉ざすルナに追い打ちをかけるようにコトセは続ける。
「私がお薬を取りに行っている間に、一体何をしていたのかしら?」
威圧感を感じさせる笑顔でコトセはルナに詰め寄った。リアはコトセが自分の事を気遣ってくれている事を確信して、思わずハラリと涙を零した。しかしルナは目を泳がせながら、それでも口を開かずに逃げの体制をとった。
「くっ……戦線離脱です!! 《念力魔法》!!」
ルナの体が淡く薄い青色に包まれ鞄ごとふわりと浮き上がる。それから地面を蹴り高速で保健室から出て行こうとしたところで「ゴン!!」と硬質な物がぶつかり合う音が鳴った。
「ふぎゃ!?」
ルナは急いでいたせいで扉の存在を失念していたらしい。そして急に止まれず扉に頭をぶつけ、変な声を出しながら頭を抱える。しかし、すぐさま扉を開くと逃げるように外へ飛び出していった。
慌ただしい彼女がいなくなり保健室に静寂が舞い戻る。
コトセを見れば小さくため息を吐き出していた。
ため息を吐く程に迷惑をかけてしまっただろうか。そんな思いからリアは軽く頭を下げて謝った。
「妹がすいません……」
「大丈夫。気にしていないわ」
謝罪に対してコトセは少し気まずそうにしながらもニコリと笑って首を振った。
なんというか、良い先生だ。彼女から感じる暖かい雰囲気もあって思わずそんな事を考えた。
その間にコトセは白衣のポケットから小さな小瓶を取り出した。
それをリアの手に渡す。
「一応、魔力の回復を手伝う水薬を作ってきたから飲んで。たぶん、1時間くらい休めばだいぶ回復すると思うから」
差し出された小瓶をありがたく受け取り、蓋をあけた。瓶の中を覗くと、黄色い液体がゆらゆらと揺れているのが見える。それから、薬草独特のツンとした刺激臭が鼻を突き抜けた。
小瓶の飲み口を口に付け、一気に中身を流し込む。
冷たい液体は喉を冷やしながら体内へと流れていく。薬草本来の苦味に、どこかほんのりと甘さの加わった、栄養ドリンクのような味がした。
「あれ、意外と美味しい」
「良かった。実はそれ、試作品でもあるのよ。水薬は苦くて苦手って言う生徒が多いから」
「分かります。俺も苦手ですし」
瓶の蓋を閉めて先生に返してから、軽く肩を伸ばす。
ちょうどお昼時だし、もう少しだけ休んだら帰ろうか。そんな事を考えベッドに体を預けようとしたのだが。
「あっ、自己紹介をしていなかったわね」
そう言って、コトセは胸ポケットから名刺を取り出し、両手で差し出した。リアは体制を立て直し名刺を受け取る。
「私は養護教諭の『コトセ・エリーシャ』って言うの。よろしくね。それで、名前を聞いてもいいかしら?」
「リア・リスティリアです。妹のルナがお世話になっております」
「いえいえ……ふふっ、よろしくね、リアちゃん」
母以外で大人の女性に「ちゃん」付けで呼名前を呼ばれたのは初めてだ。そう考えると、名状し難い気恥ずかしさをかんじてしまう。ましてや年上の綺麗な人に言われると余計に。
思わず、軽く錯乱したようにドキマギとしてしまい、一先ずリアは話を変える為に別の話題を口にする。
「そういえば、この水薬は?さっき作ってきたみたいな事を言っていましたが……」
「ルナちゃんがね、お姉さんが魔力切れだからって私に水薬の調合を頼んできたの。ふふっ、可愛いくて良い妹さんね」
「ルナが……ははっ、まぁ確かに可愛いですよ」
なんて言いつつ(でも、それは本当に俺を思っての事なのか、はたまた保健室から先生を追い出す為だったのか、どっちが本音か分からないな)と考え、微妙な笑みを浮かべる。
コトセはリアの微妙な笑みを疲れていると受け取ったのか、この後の予定を問うた。
「まだ疲れているようだけど、もう少しだけ休んで行く?」
「……一応そうするつもりです」
「そう、あ、じゃあ時間はあるわね。カッターシャツのボタンが取れているようだし、なんなら私が縫っておくけど、どうする?」
「え、いいんですか?」
願ってもない事だし、縫ってくれるのなら手間が省けて有難いが、保健室の先生だし忙しいのでは?
そんな考えから、どうしようか悩んだ。そして、リアの考えを読んだのか、コトセは苦笑気味に口を開く。
「部活説明会だとそれほど保健室に来る生徒もいないから、正直暇なのよ。だから遠慮しないで」
そこまで言われて断るのも申し訳ないと思い「あ、ならお願いします」とコトセの提案を受け取った。
ルナに半脱ぎにされたブレザーを脱いで、カッターシャツのボタンを全て外して脱いだ。それを軽く畳んでからコトセに手渡す。
コトセはカッターシャツを片腕に掛けながら、下着姿のリアを見て、意外そうな顔をする。
「あら、スポーツブラなの? せっかく大きいのに、勿体無い」
「あんまり、そういうのに興味がないので」
興味がないというか、心が男なんで可愛いブラジャーを着けるのは恥ずかしい。なんて言える訳もなく、無難な回答を返した。
それに対し、コトセは優し気な声色で
「でも、それだと好きな男の子に見せる時困るわよ?」
「そうですかね……」
返答に困り言葉を濁す。
コトセはそう言うが、第一、好きな男の子なんてできないと思う。再三言うが、心はまだ『男』なのだ。だから今は男を恋愛対象に見れない。精神が女に偏っている今、この先どうなるかは分からないが。
そんなリアの内心など知る由もないコトセは「あっ」と声を漏らし、申し訳なさそうに口元へ手を当てる。
「ごめんなさい、疲れてる所に長話をしてしまって……。えっと、じゃあ1時間後くらいに起こせばいいかしら?」
気遣ってくれたのか、休むように言ってくれて、更に起こす時間も聞いてきてくれた。その心遣いを嬉しく思いながら、彼女の提案通り、1時間後に起こしてもらえるように頼んだ。
「じゃあ、1時間後に、お願いします」
「えぇ、風邪を引かないようにしっかり布団をかけてね」
それだけ言うとコトセはカーテンを閉めて出て行った。
布団に横になり、掛け布団を羽織る。ほんのりと冷たい布団が肌に触れ、心地良さから意識はすぐ眠りに落ちていった。