リヴァイアサン11
身体の重たさから意識が浮上していき、ゆっくりと目を開く。朝日に照らされた室内。天井は見知らぬが、そこがホテルのものだということは直ぐに分かった。あの後、魔力切れやら無茶のしすぎやらで気を失ったのか……。リヴァイアサンはしっかりと倒せ……いや、今寝ていられるのなら倒せたのだろうと湧き上がった不安を落ち着かせて、とりあえず起きあがろうとしたのだが。
「んぇ」
両手が上がらないどころか、身体がガッチリと固定されている。思わず下に目線を向けると、胸を枕にして眠る黒髪が見えた。どう見てもクロエである。そして右にギルグリア、左にルナが足を絡ませながら腕を抱きしめて眠っていた。
側から見ればまさにハーレムそのものだが、リアの心はこの一点に尽きた。
「めっちゃシャワー浴びたい……」
海水だけでなくリヴァイアサンの血を浴び、臭くはないのだが不快感はとてもある。そんな彼女の呟きに反応する声があった。
「おはようじゃリア」
「おう、起きたか」
「おぉ、やっと目を覚ましたか!!」
「わぁ、豪華メンバー」
覗き込み微笑むデイル、グレイダーツ、ミヤノの顔を見て、本当に終わったのだと実感したリアは身体に入っていた力を抜いた。安心したようにベッドに身体を沈めるリアを見て、ミヤノが代表して状況を口にした。
「ありがとうリア。お主のおかげでリヴァイアサンを真に滅する事ができた」
「俺だけじゃないですよ。みんな、頑張った。英雄だけじゃない、ルナもクロエも、魔道機動隊の人達も。街の治安を守ろうと動いていた民間公魔法使いの人も。皆の努力があったからこそです」
「……そうじゃの。皆の力があったからじゃの。しかしお主の功績が大きいのも事実。リアが勇気を示し、あの大太刀を起動できたからこそじゃ」
「勇気を示した、ですか。ふふっ、なら素直に受け取ります。ミヤノさん、師匠、グレイダーツ校長もお疲れ様でした」
「久しぶりに巨大な結界を張ったからのぅ、ちと疲れた。歳はとりたくないものじゃなリア」
「私は街の方を対処してただけで然程、疲れてねぇしな。ふっ、頑張ったなリア」
グレイダーツは優しい瞳でリアの頭を撫でた。英雄からの撫で撫でに表情筋が緩むリア。そのリアを見ながら、ミヤノは「そのままではもう少し起きれぬじゃろうし。シャワーの代わりにあっしが身体を清めよう。《洗滌》」
「ふぉ」
身体を覆うように魔力が這いずると、全ての汚れを纏めてミヤノの手に集まり球体となって収まった。それをミヤノは部屋のゴミ箱に投げ入れる。
「凄いスッキリ。そして便利すぎる……ちょっと教えて下さいミヤノさん」
「いいぞー。まだ帰るまでには時間があるのじゃろ?」
「はい、後2日は泊まる予定です」
これでようやくリゾート……砂浜はめちゃくちゃだしホテル側も対応に追われて大変。尚且つ、顔バレしている自分はメディアに追われそうだなぁと思っていると、流石に表情に出過ぎていたのかグレイダーツが苦笑を浮かべた。
「ギルグリアは拒否しそうだからいいとして、ルナとクロエはミヤノのおかげでメディアから隠蔽できた。まぁ、ドラゴンなんて私の召喚魔法って事にしておけば問題はない。後はリアの意思を尊重するが、受けるか? 取材とか」
「当然、有名になりたいですから……って即答したいところですけど、下着姿晒しちゃったからなぁ」
目を閉じて羞恥と欲望をぐるぐるとさせる。痴女として有名にはなりたくない。しかし、ここまで大々的に放送されたら時間が経つにつれていつか身バレするだろう。ならば……。
「まぁ、受けますよ。せっかくの機会です」
「分かった、変な記事を書かない記者にだけ話を通しておく」
「何から何まで、ありがとうございます」
「まー、我が校の宣伝にもなるしな」
ニッと笑うとグレイダーツは奥のソファに戻って優雅に紅茶を飲み始める。グレイダーツはもう少し残るとして、デイルは髭を撫でながらリアに語りかける。
「わしは一旦帰るとするかのぅ。その前に……リアよ」
デイルは携帯端末を取り出して何処かに電話を……いや、誰にかけているかなんて簡単に見当が付いた。
繋がると同時に耳元に携帯端末を当てられる。すると、鼓膜に愛する母ノルンの声が響いた。
「あ!! 起きたのね!!」
「おはよう母さん」
「リアちゃん!! 怪我は!?」
「大丈夫だよ、ルナもクロエも元気ー。心配かけてごめんね」
「ほんとうに、ドキドキしながらテレビを見てたのよ〜。夏休みに帰ってきたら、3人ともうんと撫でさせてもらいますからね!!」
ほっとしたような安堵を感じる声色で言うノルンにリアも自然と笑みが浮かんだ。すると、携帯端末が誰かに手渡させる音が聞こえてくる。
「皆様、本当にお疲れ様でした」
我が家の家政婦、オートマトンのアイガだ。久しぶりに声を聞いたなと思いつつ、彼女も心配してくれた事実に嬉しく思う。
「アイガも心配かけたな」
「はい、私も皆様の体温を感じたいです。夏休みを楽しみにしております」
「うん、ありがと」
再び携帯端末が受け渡させる音が鳴る。ノルンに代わったようだ。
「それでリアちゃんにひとつ言いたい事があります〜。えぇ、有名人になりたいリアちゃんなら取材とか受けるのでしょう。ただ、アイガちゃんも協力してくれたけど、どう足掻いても下着姿で戦った動画は消せなかったわ。この先、ネット上で嫌な事を書かれる可能性があるの……だから、辛い事に直面したら、学校を休んで帰ってきていいのよ」
「!!」
あぁ、やっぱり俺の母さんは優しい。
横で聞いていたデイルも、有名人として思い当たる節があるのかリアの目を見て頷いた。
優しい人が周りにこんなにも沢山いる。その事実を改めて確認し、心に暖かなものを感じつつ、リアは満面の笑みで「うん……」と答えるのだった。
…………………………
「あぁ、そういえば忘れていた。ほれリア」
そう言ってデイルは小瓶を4本取り出した。中には琥珀色の液体がゆらめいている。
「なんのポーション?」
「感覚鈍化ポーションじゃ」
感覚鈍化ポーション。主に人魔大戦時代に開発された即効性の水薬のひとつであり、痛みなどの感覚を鈍化させ治療する為に開発されたものだ。ただ、このポーションのせいで街を守ろうとした魔法使いが特攻し、死ぬ間際まで戦った事もあり、少しだけ悲しい歴史を背負っている。
……しかし、自分は怪我はしていないし、ルナ達も健康そのもの。
「……もしかして、なんかあります?」
「ここからはミヤノにバトンタッチじゃ、すまぬ力になれなくての」
デイルは《門》を開くとそそくさと帰っていった。師匠の行動にハテナマークを浮かべているリアに「デイルなりの気遣いか……あっしの分まで」と小瓶を手に取るミヤノ。そして、四つ全てを手に取るとゴミ箱にスパンキングした。びっくりして肩を振るわせるリアを他所に、ミヤノは俯きながら静かに口を開く。
「ダメなのじゃデイル……ウカノ様に満足して眠ってもらう為には薬を飲む事は……許されぬのだ」
もぞり、ギルグリアが動いた気がする。起きたのかと思いながら、ものすごく深刻そうな声色なのでリアはおずおずと問いかけてみる。
「……もしかしてウカノ様が、何かとんでもない事を要求しているとか?」
「……」
「え、沈黙怖っ」
リアの元にミヤノは近づくと、とんでもない事を口走る。
「リア、お主は週何回オ○ニーする? あ、デイルに事前にお主の事情は聞いておるよ。女になってからで構わん」
「オナ○ーっすか……」
勝手にバラすなよ師匠と思いつつ。
質問の意図を勘のいいリアは、なんとなく察した。これはあれだ……えっちな奴かもしれないと。そして恐らく自分は逃げられないのだろうと。
それから愚直にも真剣に過去を回想して。
「まだ、ないです」
「……女になったら普通せんか?」
「なんだかんだ忙しい1年だったのと、性転換魔法の副作用かここ最近、ようやく枯れてた性欲が出てきたところなんですよ」
「苦労を言葉の節から感じるの。お主も大変な人生を送っているようじゃ。しかし女の快楽は知らぬときたか。そのな、ここからが本題なのじゃが」
ミヤノがフワリと魔力を放つ。すると、ルナ、クロエ、ミヤノ、そして自分の首に半透明で淡い黄金色を放つ首輪が現れた。まるで枷のようだ。
「ウカノ様はこのように、力を与えた者は逃さぬ。それでの……落ち着いて聞いて欲しいのじゃが、ウカノ様の要求は我々の『身体』じゃ」
「もしかして、えっちなやつです?」
「えっちなやつ」
そうかぁ……えっちなやつかぁ。
いまいち実感できていないリアはそれでも現状を飲み込みながら、ルナとクロエを見る。
「ミヤノさんもですけど、ルナとクロエは納得しているんです? 納得していないなら神様でも戦いますよ俺」
「神を倒すか、なかなかに豪胆な娘じゃ。しかし3人とも力を受け取る時、覚悟の準備はしてきておる」
「そっかぁ、ルナは昔から覚悟する時はとことん突っ走るからなぁ、謝るんじゃなくてありがとうって言っておくよ。でもクロエは倫理観的に不味いのでは。この子の事情、師匠から聞いてます?」
「聞いておる。そしてクロエちゃんはお主の為に覚悟を決めたのじゃ。『リア姉は私が守る』とな。じゃが、確かに倫理観的にやばい絵面にはなるじゃろうなぁ……」
「うっ、クロエ……うぅ……すまない未熟な姉で……」
…………………
ミヤノと会話をしていると、右腕を抱いて寝ていたギルグリアの拘束が和らいだ。そして、彼女は腕を伸ばすとリアの頭を撫でる。この流れで聞いていない方がおかしいし、ギルグリアなら寝ながら会話を聞くくらいできるかと思っていると。首元の淡い黄金色に輝く首輪に手を伸ばした。
「黙って聞いていれば、なんだその理不尽は……? 我ですらリアとはまだ、閨で交尾しておらず……夜の睦言すら無いというのに、神などに先を取られる? 納得できるわけがなかろう」
しかし、首輪は透けており取ることはできない。ギルグリアの機嫌がどんどん悪くなる。せっかくのクールビューティな顔が、今は般若を浮かべていた。
なんと言えばいいのだろうか。リアはまだ神様といえど身体を許すと言う覚悟ができずにいるし、ここ半年少なかったとはいえ、常に愛を囁くギルグリアを邪険にできずにいるのも事実。いや、はっきり言えばもうギルグリアには心を許している。だから、彼女の怒りも分かるのだ。先に愛していた女……まぁ元男だけど、それを見知らぬ神様とやらに身体の関係だけ先に取られる事の理不尽。
どうしようかな、ギルグリアが納得できる言葉は……ないなぁと困っていると。紅茶を飲んでいたグレイダーツがとんでもないことを言い放った。
「我慢ならねぇなら、お前も参加してこいよ」
「なに?」
「リアの気持ちとか理解できるようになってきただろうし、子供とかを作る訳じゃない、言葉は悪いし言い方はアレだがウカノ様がやりたいのは『ハーレムパーティー』だ。女だらけで求めるのは快楽だけの宴。たぶんお前の顔面偏差値なら余裕で受け入れてくれるだろうぜ?」
「つまり、我にリアを守れと。うぬ……」
ギルグリアの黄金色の瞳がこちらを覗く。視線が交差した。今、自分はどんな顔を浮かべているのだろうか。分からないが、ギルグリアは再び優しく両手で両方の頬をムニムニしてくる。15秒ほど続け満足したのか手を離すとミヤノに向き直った。
「ミヤノとやら、我も参加できるか?」
「ウカノ様なら大歓迎だと思うぞ?」
ギルグリアはリアの頭を両腕で抱きしめる。彼女特有の優しい香りが鼻腔を擽り、少し落ち着いた。
「リア……我の花嫁よ。傷つけさせはしない」
「あ、ウカノ様は処女はとらんと言っておったから大丈夫じ「本当か!?」うむ」
ギルグリアは「はぁー」と安心したようなため息を吐き、リアは小さな声で「嫁じゃねぇから」と呟くのだった。




