リヴァイアサン9
静寂は長くは続かなかった。パキパキと氷に罅が入る音が鳴る。リヴァイアサンが生きている証拠だ。
「やはり凍らせただけでは死なぬか。今のうちに準備を整えておこうかのぅ。《人工太陽》!!」
ミヤノが空に向かって1枚の札を投げる。神社に貼ってあるような、不思議な術式を描いた札は空高く登ると、白熱する球体に変わり、周囲を照らし出す。まるで真昼間のような明るさにリアは感嘆した。人工太陽とかどれだけのパワーと魔力が必要なのだろうか。維持する為の魔力量や術式の巧みさにミヤノという英雄の力の一端を感じつつも小さな拍手を送る。
「すごーい太陽だぁ、視界良好ですねー」
もはや何をしても驚くまいと思うリア。一方でギルグリアも同じ気持ちだったのか一言感想を口にした。
「わ、我でも出来ぬぞ……なんだこの敗北感は」
「ふふっ、人魔大戦の時は夜に戦う事もあったのでな。その時に編み出した魔法よ。更に!! ウカノ様の力で澱んだ魔力を浄化する機能もある。つまり、リヴァイアサンにとってこの光は毒なのだ」
「我の炎より効果的……?」
胸を張って答える。ギルグリアは地味なダメージを受けて項垂れた。自身の火力では火傷すら負わせられない天津の鱗にダメージを与えられるという事実に相当のショックを受けている。それから、ミヤノは魔力を激らせると、無数の札を周囲に浮かべる。準備は万端らしい。一方でリアはさっきから魔力を捏ねくり回しているクロエに目を向けると。
「ところで、クロエは何を……?」
「ん、私は反撃役」
「反撃?」
「きっと、来るはずだから」
「んん?」
その時、氷のピシピシという音が「ガガガガッ」という破砕音へと変化した。氷の礫が周囲に吹き飛び、空高く氷の塊が吹っ飛ばされるとレーザーで粉々になった。リヴァイアサンは凄まじい速度で移動し鱗の隙間から放たれる小型レーザーで削りながら一瞬で氷壁を打ち砕いた。
再び海水が逆流し、飛沫がこちら飛ぶ程の大きな波がうねりをあげた。まるでミヤノの人工太陽の光から逃げるように深く潜り、そして次は凍らせまいとしている様子だ。ルナも苦々しい顔を浮かべて「この波の速度では凍らせるのは難しいですね」と言いながらも、リヴァイアサンが渦を巻く周囲の海を凍らせて動きを封じにかかる。だが、波に飲まれて凍りにくい。しかし、新たに生まれた氷塊は確実にリヴァイアサンの動きを封じていっている。
だが、現状は好転しなかった。渦の中で煌々とした光が発せられる。まるでミヤノの太陽に対して反抗するような程の輝きが海の中を駆けずり回る。どうやらリヴァイアサンは動き回りながらレーザーの光をチャージしているらしい。それも長く長く、一撃で全てを葬らんとすると程の魔力を漂わせて。周囲の海水が泡立つ。ルナの凍系魔法よりも膨大な熱量をもっていた。
「海の中でもチャージできんのか!? まずい、下手したら師匠の結界が」
「私の出番が来たね」
クロエが両手をパンと合わせると。リヴァイアサンから少し距離を置いた海から、星属性の光が溢れ出した。
「《召喚:スライム『龍』》」
「スライム!? ちょっと待てクロエ、テレビ中継されているから不味くないか?」
「大丈夫だよリア姉、私が今から生み出すスライムは濁った魔力じゃなくて聖属性の魔力が核になってる。それに、あれを見ても誰もスライムなんて思わない」
クロエが微笑むと同時に、海水が巨大な渦を巻いて空に伸びていく。リヴァイアサンの体格に引けを取らない大きさだ。仄かに金色の光を帯びた海水の柱は徐々に形を変えていく。
それは、昔話の物語に出てくるような龍だった。西洋のドラゴンとは違う、どちらかというと連合国になる前の、とある島国の文献にあるような古き『龍』。長い蛇のような胴体に鋭い鉤爪を携えた前足。金色に光る鱗に、上部には全体をなぞるように魔力の光が揺らめいている。顔はギルグリアとは違い温厚そうで、それでいて確かな獰猛さも感じさせる、と表現すればいいのだろうか。頭には大きな角が2本生え揃っていて、更に立派な顎鬚に長く細い髭が2本生えている。口は大きく、剥き出しの歯が力強さを感じさせた。
確かにこれを見てスライムと思う人はいないだろう。新たな巨大物体の出現に魔道機動隊から困惑した動きが見られる。だが申し訳ないが説明している間はない。
それと、そういえば最近クロエがのめり込んでいた死に覚え系ゲームにこんな敵キャラいたなぁと思いながらも、眺めてる場合じゃないなとリアも魔力を練る。その手をルナとクロエが握って止めた。
「ルナ、クロエ?」
「お姉様、クロエちゃんを信じてあげてください」
「今の私は絶好調、リヴァイアサンの攻撃なんて私の龍の前では無力だよ」
ミヤノは後方先輩面で頷く。リアは2人の視線を受けながら困ったように魔力を転がす。《境界線の結界》を張る分の魔力は残っているし、いざとなればまた空中に霧散している魔力や地脈から吸収すれば良い。だから、予防線として自分も、そんな思いでやっぱり手を出そうとしたリアの肩をミヤノが叩いた。
「一応、あっしの方でも結界を張るのでな。リア、お主は時を待て。それに聖属性の魔力変換には少し時間がかかるのでな。チャージしたところでウカノ様のブーストが乗らぬのじゃ」
「聖属性……」
数千枚という大量の札が空を舞う。札は海岸沿いにピンッと停止して光の線で結び合うと、巨大な結界を構築した。ミヤノはどうやらリアに魔力を使わせたくないらしい。そしてミヤノに言われて転がしていた魔力に意識を向けると、確かに仄かだが神聖な雰囲気を感じる。これがウカノ様の力なのだろう。同時に生命エネルギーのような活力を感じた。暖かい魔力だと思う。
と、悠長に対策している時間はもうない様子だ。リヴァイアサンが渦の中央から氷を突き上げて空中に飛び出した。口を目一杯に開き、灼熱し過ぎて『白』となった熱球から、全てを滅ぼさんと極太の一撃が放たれる。
レーザーは海を焦がし、海水を蒸発させながら解き放たれた。当たればミヤノの結界もデイルの結界も保つか分からないと思えるほどの熱と光を前に、クロエの召喚したスライムの龍が立ち塞がる。思わず細目になるほどの光に、しかしその行方を見ずにはいられない。
そして……スライムの龍がその大きな口を開く。すると、まるでレーザーが吸い込まれるように口の中に収束していく。体感だがとても長い時間放たれた魔力と自然エネルギーの奔流は、スライムの龍の体内に流動し回転しながら溜まっていき、腹が大きく膨れ上がった。リヴァイアサンのレーザーを全て受け止めた上で爆発させる事なく流動させていた。
クロエが得意げな笑みを浮かべる。
「ね? 言ったでしょ? 終わったら頭撫でてねリア姉」
「あのクロエちゃん、私も撫でますよ?」
「ルナ姉は、いいや」
「なんで!?」
そう言うとクロエは手をリヴァイアサンに向ける。すると……スライムの龍が大きく口を開いた。龍の腹の中で回転を繰り返し、澱んだ魔力から浄化された神聖な魔力に変換されたレーザーエネルギー。大きく口を開くと、エネルギー全てを口元に集めてリヴァイアサンと同じように球を作り、そして。
「返すね」
クロエの一言がトリガーとなり、龍の口から淡い黄金色のレーザーが放たれる。海を焦がす事なく、しかし引き裂きながら放たれた聖属性のレーザーがリヴァイアサンの身体に直撃して、そのまま水平線の向こう側まで突き抜けていった。
巨大な咆哮が響き渡る。リヴァイアサンの天津の鱗から煙が上がっているのが見える。焦げて火傷を負っていて、散々ギルグリアと攻撃を叩き込んだのに欠ける事すらなかった鱗が損傷していた。
「ん、これで攻撃が通る。でもまだだよ。押さえつけて」
龍は空を駆けるとリヴァイアサンの頭を巨大な手で鷲掴みにして空に登る。リヴァイアサンは抵抗し口を開いてレーザーを放とうとするが、龍の頭が変形し口に突っ込んでいく。スライムなのだから形を変えるのは簡単だ。そして暴れるリヴァイアサンの身体に龍は巻き付いていく。
「あっしの出番かの」
「私もいきます」
ミヤノが札を飛ばし、ルナが凍系統の魔法を発動させた。焼けた鱗を再生させないように札が張り付いていき、上から超低温で凍っていく。札による封印の拘束とルナの低温により動きが鈍くなり、身動きが取れないのが分かる。弱っているのは明確だ。
ここまでお膳立てされれば……流石のリアも黙っていない。
「よっしゃ、トドメいくぞギルグリア!!」
「うむ!!」
意気込んだその時、カタカタと背中から音が鳴る。ミヤノがそれを見て、驚いた。
「天草払の大太刀が反応しておる……?」
こういった特殊な武器の発動条件は基本的に不明だ。だからこそ、なぜ今になって?
湧き出す疑問に首を傾げている間に、リアが手にとってゆっくりと大太刀を少しだけ抜いた。すると。
錆びた大太刀が光だした。
同時に、リヴァイアサンの中間付近から青白いレーザーが吹き出した。
…………………
天草払の大太刀。それは、創造主だけでなく、人々の希望を一身に受けた大太刀である。八岐大蛇を討伐する際、人々は彼らに希望を託した。希望を見出した。期待して、声援と応援を送った。つまり、天草払の大太刀の発動条件は……人々の応援や声援と希望であった。
今回のリヴァイアサンの討伐において、ここまで戦ってきたリア達に人々は希望を抱いていた。テレビで中継された事もあり、期待と応援の輪が広がり、世界中から人々の声援が届いていたのだ。
1人の希望は小さいかもしれない。しかし、ここまで大きく広がり、1人の少女に希望を託したという事の証明である。
更に、リヴァイアサンの中にいる魂達も同じだ。自分達を解放してくれる可能性のある少女に希望を見出すのは当たり前の帰結である。
故に天草払の大太刀はリアに力を貸す事にした。そして長い時を得て目覚める……。闇を打ち払う大太刀として覚醒し、錆は剥がれていく。その美しい刀身は青白く脈打つような模様を描き、美しさで人々を魅了するかのよう。試しに魔力を流してみると、刀身が淡い黄金色を纏った。
「うん、力貸してくれよ大太刀……ところで、リヴァイアサンから吹き出してる青白いレーザーなに?」
「魔力とは少し違……いや、あれはシストラムとやらの攻撃じゃないかの?」
その場にいる全員が、そういえばシストラムの武装にレーザーのようなものがついていたなぁと思い出し、同時に「ん?」と首を傾げた。
「なんで……内側から?」
「まさか、体内にいた?」
シストラムに乗った魔導機動隊の1人が、もしかしたらリヴァイアサンの口から体内に入ったかもしれない。その事に気がつくと、あまりの勇気に賞賛を送りたくなった。だから、リアが《門》を開き全員がリヴァイアサンの真上へと転移する。ルナ達は援護を、リアが大太刀を担いでギルグリアの頭に乗り突撃した。
レーザーは天津の鱗を焼き切るように動く。そして、突き破るようにして6つ目を光らせながら、シストラムは飛び出した。頭部のカメラアイがリア達を捉える。
「カッケェな、あんた」
目線で通じ合った2人、リアが意図を理解して頷く。するとシストラムはエネルギーブレードを展開してリヴァイアサンに突き刺しながら高速移動を始めた。
リア達もそのシストラムに倣い、リヴァイアサンの巨大に聖属性の特攻が乗った大太刀を突き刺すと高速で切り裂きながら移動を始めた。血が吹き出し、魂が解放されていく。大きく口を開き咆哮しようとするリヴァイアサンの口にクロエのスライムが入り込み、切り裂いた傷口にミヤノの札から封じる為の鎖が飛び出して突き刺していく。更に傷口はルナの魔法で凍結して回復を阻害。
これなら、確実に倒せる。そう思った、矢先。
ドラゴンの感覚故にギルグリアは気がついた。だから、翼をはためかせて距離を取る。
「ちょ、なんで離れるんだよ!?」
「体内に膨大なエネルギーの塊を感知した!! まだ何か隠し玉をもっているようだ!!」
「まだあんの!? シストラムの人、退避ぃ!!」
すいませんアーマードコアやってました……




