リヴァイアサン2
「テロを起こしておる奴らを何人か捕まえて話を聞いたところ、どうにもリヴァイアサンを復活させようとしとるようなのじゃ」
「復活させて、確か力を得るみたいな事を言ってました」
「そこんところが、よー分からんのよなぁ。復活させても言う事を聞くような存在とは思えん。まぁ、テロリストの思考回路など分からぬのが当たり前だが」
運ばれてきたケーキを一口大に切り分けると、ミヤノは口に放り込む。それから「うむ」と前置きして話を続けた。
「なんで、今回活躍してくれたお主らにも我々に協力してほしいと考えておってな。デイルの弟子ならばそこらの魔道機動隊よりも優秀じゃろうて」
「うーん、高くかってくれているのは嬉しいんですけど……」
リアは困り顔でルナとクロエの頭を撫でる。2人とも少し嬉しそうに微笑んだ。
「この国を訪れたのは、2人が俺の為に旅行を計画してくれたからなんです。だから、危険な事を安請け合いするのは違うかなって。確かにテロリストに白昼夢を見せられた事もあって気にはなるんですけど、今回は魔道機動隊の人に任せて、首を突っ込むのは辞めておこうと思っているんです」
リアとて気にはなる。深海教会やリヴァイアサンの話、そして信者らしき仮面の人物に見せられた白昼夢に映った景色などを思い浮かべると協力はしたいとは思う。しかし、今はバカンス中なのである。折角の旅行を台無しにはしたくない気持ちが強かった。それに、魔道機動隊は優秀だ。自分の力を過信していないリアは、彼等に任せる事の大切さも分かっている。
「そうか……しかしなぁ」
リアの言いたい事を理解した上で、ミヤノは渋る。というよりも。
「無関係、ならば良かったのじゃが」
「え? どういう……?」
「白昼夢を見たと言っただろう? それはな、深海教会の者リヴァイアサンの『呪い』を撒く時に発生する『感応現象』なのよなぁ。だから、今この国の医療は混乱しておる。呪いを受けた者が数多くいてな」
そう言って、ミヤノは袖を捲った。細く柔らかそうな腕をリア達の前に突き出した。3人はそれぞれ反応を示す。彼女の手には鱗が生えていた。肌も若干青みがかっており、まるで侵食するかのように上腕へと鱗が疎に生えていっている。
「このように、あっしも呪いを受けたのじゃが……恐らく、リア・リスティリア……お主はドラゴンブラッドのお陰で免れているはず」
「確認してみぃ」と言うので、リアは爪の先から見ていったが、確かに鱗の一枚も生えていなかった。頷くと、ミヤノは続けて口を開く。
「やはり、ドラゴンの血には防呪の効果があったか。しかし、そこな2人、ルナ・リスティリアとクロエ・リスティリアは恐らく『呪い』を受けてしまっておる筈じゃ。今回テロに巻き込まれた患者の多くにも既に発現してしまっておるからな」
「え、ちょ、確認を!!」
焦ったリアは慌てながらルナとクロエの袖を捲る。曝け出された柔肌には……薄らと数枚の鱗が生えていた。事実を確認した3人は、驚きと同時にどこか納得もしながら現実を受け止める。リアは黙り下を俯いた。
「……」
「お姉様……」
「リア姉……」
「ガシッ!!」とルナとクロエはリアを抱きしめる。抱き返して顔を上げたリアの瞳には、確かな『覚悟』が宿っていた。
「このまま放置した場合、どうなりますか?」
「お魚」
「えっ?」
「半年でお魚になる。味は鰤に近いかのぅ?」
「食ったの!?」
「2人ほどそうなってしまってなぁ、味も見ておいたのじゃ」
「大概やばい人だった……」
「人の魂を降霊させまくって、お稲荷様を信仰しておれば自ずとサイコパスにもなろうて」
リアはとても苦々しい顔をしながら「うぐぅ」と唸ると。
「良いでしょう、協力します。全身全霊を持って」
リアは2人から手を離す。辛く怖いのは2人のはずなのに、2人とも凛とした表情をしていた。
「流石に包丁で捌かれる最後はごめんですね」
「せっかくこの世に生を受けたのに、1年でお魚は残酷ってレベルじゃないね。リア姉、私達も協力するよ」
「うむ、話はまとまったようじゃの!! では、詳しい話といこうかのぅ!!」
……………
ミヤノはタブレット端末を取り出すとリア達に差し出した。
「実はリヴァイアサンの伝説というものが存在していての!! 封印の仕方は分かっておるのじゃ」
「封印ですか」
3人でタブレット端末を覗き込む。そこには特殊な大人数による儀式的な鎖魔法と結界の複合魔法と、恐らくこのウーラシールの土地神の聖属性の力を借りた地脈に縛り付ける呪法が載っていた。深海教会がどう動くか分からない以上、復活した時のことを想定して動いていると見ていいかもしれない。
しかし、言葉にするのは簡単だが、想像よりも綿密に計画されており、隙はないように思う。特に土地神ウカノの存在。ミヤノを主体とした、ウーラシールに古くから祀られている神様の力を降臨させて行う聖属性の特殊な呪法は、彼女にしか出来ない技だろう。人魔大戦時にも、彼女が聖属性の呪法や魔法で魔物を倒した伝承は残っているので確信できた。また、封印するのはリヴァイアサンの伝承にある天津の鱗に、本当に攻撃が通るのか不明だからだという。天津の鱗は、伝承において完全反撃の力を持つとされている。物理か魔法かは分からないが、つまりはどちらか一方……下手をすれば両方とも攻撃が通らない可能性があるのだ。だから、ここに自分が入る隙は無いのではと3人は思った。
「私達は何をすればいいのでしょう……?」
ルナが素直に感想を漏らすと、ミヤノは。
「あっしが行う儀式はウカノという神の力を借りるのじゃがな、中々に難儀な神様なのじゃよ。稲荷信仰のおかげで機嫌は良いし、この土地を思うからこそ力を貸してはくれるようじゃが」
言葉に詰まったところで、クロエがビシッと手を突き出し続けた。
「私分かったよ、つまりかなりの時間を要するんだね。私も降臨の儀式系は身に染みてよく分かるから。供物の収集で今は動けないとかもありそうだね」
「その通りなのじゃ。それに《結界魔法》は特殊な魔法。デイル・アステイン・グロウから師事された者しか扱えぬ、儀式の必要な結界とは異なる『境界線を引く』魔法じゃ。発動は早く、対価は魔力のみ。だから、ルナとクロエには起きるであろう津波から街を守ってほしくての。それに、複数のテロにより街人の避難を進めておるが、深海教会の動きが分からん以上は人員を割くのが難しいのじゃ……」
役割が分かり、ならば協力する事もやぶさかでは無い、もとい呪いが染みついた以上やらなくてはならないので頷こうとしたところで2人は首を傾げた。
「あれ、お姉様は?」
「そうだよミヤノさん。リア姉が《結界魔法》を1番上手く使い熟せるのに、なんで名前を上げないの?」
ミヤノは扇子を取り出すとリアに先端を差し向けて眉間に皺を寄せる。
「分かっておる。というより、デイルの奴が自慢しておるのを聞いてるのでな。あっしとしてもリアには是非、防衛の方に回ってもらいたいのじゃが」
「じゃが?」
「魔道機動隊の上層部は、これを機に伝承や伝説を世界中から集めておってな。何故だと思う?」
何故だと思うか、そんな事考えれば直ぐに分かった。
「まさか、討伐するつもりですか? 天津の鱗はどうするんです」
「……次のページを見るのじゃ」
ミヤノが扇子でタブレット端末を叩くので、リアは次のページに移行する。そこには、一つの伝承、伝説が記されていた。
あるところに、8つの首を持つ大蛇の怪物が居た。大きさは人20人分以上もあり、巨大な大蛇は口から炎を吐いては人間を喰らい成長を続けた。この大蛇は後に、『人々の恐れ』から神格を受けた魔物とされており、特殊な鱗や皮は魔法攻撃を弾き、剣では皮を切れない。要するにリヴァイアサンと似た性質を持つということだ。
それにリヴァイアサンの伝説を知る者は、この国には多いらしい。教科書にも登場するくらいであり、また300年という短い登場周期により『恐れ』は多く溜まっている事だろう。恐れ、と聞けばリアは『澱み』の一件を思い出した。アレも似たようなものだったのだろう。
話を戻し、そんな大蛇『八岐大蛇』を倒したのは、複数の討伐隊と1人の青年だった。稲荷信仰の根強いこの地において、複数のお稲荷様に祝福された青年は、地脈の力と聖なる光で剣を打ち、特殊な大太刀を作った。そして同じく祝福を他者に与えて討伐隊を編成したらしい。
その剣はこれでもかと聖なる属性により、魔物の濁った魔力を消し飛ばし、遂には巨大な八つの首を全て切り落とした。八岐大蛇は核を砕かれ灰になり、人々は後に勝利の鍵となった大太刀を500年以上信仰した。
「後に伝説の大太刀『天草払の大太刀』と呼ばれる特殊な武装は、あっしの管理する神社に文献と共に奉納されており、まぁ要は伝説に縋ってみる事にした訳じゃ」
「でも、不確定要素を入れるのは……」
「ルナの言う事も分かるがのぅ。果たして、この多くの者が患っておる呪いは、封印しただけで解けるのかも分からんからの」
全員がそう言われて言葉に困った。それはそうだと納得したからだ。深海教会との繋がりはあり、恐らくリヴァイアサンの力を借りたこの呪いは封印だけで解けるのか、そんな事誰にも分からない。
扇子で口元を隠し、首を振る仕草には余裕さを感じるが……しかし、実際はかなり切羽詰まった現状なのが窺える。ミヤノはため息をひとつ溢した後に、扇子を閉じてタブレット端末を叩いた。
「ほれ、次のページをめくってみぃ」
ミヤノに促されページを捲ると、酷く錆びついた大太刀の写真が映し出された。大きさは自身の身長と同じくらいでかなり大きい。リアはまさか? と問いかける。
「これが、天草払の大太刀ですか?」
「うむ!! 紙も切れん鈍じゃー!!」
ほっほっほと笑うミヤノとは違い、3人は微妙な表情で互いを見つめ合う。大太刀が主体の作戦なのにダメじゃんと3人は思った。そんな中、ミヤノは3人の思いを察し、片目をお茶目に閉じて口を開く。狐耳がピコンと動いた。
「しかし希望はある。この大太刀は面白い事に……」
ミヤノの身体に高速で魔力が流れるが、その魔力は途端に聖なる光に変わった。ほんのりと太陽光にも似た淡い光を放ったミヤノには、どこか敬いたくなるような神聖さがあった。
「このあっしが直々に聖属性の塊をぶち込んだところ、全体が淡く光ってな!! もしかすると……まぁ……」
光を収めて顎に手を当て、どうしようか迷うような仕草をするミヤノにリアは首を傾げた。そっと視線が繋がる。ミヤノはまるで賭け事に成功したかのような無邪気な笑みを見せると。
「リア、お主にこの大太刀を託したい」
「え?」
「なんで、と思っておるかもしれんが、適任がおらんのでな。あっしの腕力では《身体強化》の魔法をかけても持てん重さじゃし、1番の理由はリアにも小さな『信仰』は宿っておるからじゃ。使えるやもしれん者に託すのは悪い案では無い。そもそも、上層部はこの大太刀には期待しておらず、別の伝承や伝説による討伐方法の実験や魔法による討伐隊を編成しておるしな」
「俺に、信仰?」
「これまでの様々な者たちとの繋がり、友情や勇気、感謝や尊敬は人に『信仰』という力を与える。リア、お主はお主自身が思っているよりも人気だと言う事じゃ」
「人気だなんて、えへへ……。うーんでも……」
俺が受け取っていい物かとリアは悩むも、そもそもの話、これはルナとクロエの……いや、この街の人々の呪いを解く為の戦いだ。だから、使える物は使う、そんな気概があった。
「分かりました、俺が賜ります」
「そうか!! では、ほれ」
ミヤノが扇子で空を撫でると、光を放ちながら一本の大太刀が現れた。黒い鞘に紅い注連縄が巻かれた大太刀は、一見国宝のような雰囲気が感じられた。
大太刀、天草払はゆっくりとリアの前まで近づいてきたので、リアは全身に魔力を回し両手で受け取った。ずっしりとした重さは歴史を感じさせるが、やはり特別な力などは伝わってこないなと思った。
粗方の展開は決めた筈なのに妙に筆が進まぬ。スランプやもしれぬ




