間話2+序1
アルテイラ連合国は春夏秋冬があるが、ウーラシール連合国は基本的に温暖な気候でカラッとした爽やかな暑さのある国が半分を占めている。この世界情勢で世界地図を描くには複雑な要素が多いので中々に難しいものだが、まぁ要するに観光が盛んで海やプール等のレジャーが豊富な国という事だ。もう少し細かくするならば、魔法使いの魔力についての研究と魔物の生態についての考察を行っており、医療機関や食物問題について詳しい国で、自国の豊かな土壌を使い様々な作物を作っている国でもある。なので、フルーツなども豊富に育ち、食べ歩き観光なども人気だ。
そんなウーラシールの空港に降り立ったリアは、凝り固まった肩を伸ばす。
「んー!!」
傍ではルナとクロエがパンフレットを見ながらコソコソと会話をしているが、自分の為にと計画してくれた旅行なので藪を突くような事はしないリアであった。
「お姉様、先にホテルにチェックインしましょう」
「3人でも充分な、広めのホテルをとったから、のんびりできると思う」
「おう、楽しみにしてるよ」
空港に停まっていたタクシーに荷物を積んでから乗り込み、都市部に向かって走る。その傍ら、運転手の女性が話しかけてくる。
「お客さん、観光かい?」
「はい、そうですけど?」
そう言うと、運転手は少し苦い顔をしてこう言った。
「なら、悪い時に来たねぇ。今、ウーラシールではテロ事件が多発していてね。魔導機動隊が警戒網を敷き詰めているのさ。だから、何をするにしてもパスポートの提示とかを求められるだろうよ」
「テロ……せっかくのリア姉との観光になんて邪魔な」
「ですね、クロエちゃん。もし出会したら完膚なきまでに滅ぼして……」
「2人とも危険な事はしないこと。全く、心配させないでくれ」
にしても、テロかとリアは思う。国が連合国として変化して50年、宗教や元の国の対立は確かに存在しており、テロリストを生んでいたのは事実だ。しかし、その辺は既に英雄達が解決している筈であり、今回もしテロを企む者がいるとするならば突発的な行動の可能性が高い。まぁ、どちらにしても観光に水を差されて嫌な気分になった。
そうして、他愛無い会話をしているとホテルの前に到着した。ホテルは100室はありそうなほど巨大で要塞のような様相を呈しており、リゾート地らしく屋外ナイトプールも設置された中々にリッチな出立だ。
そんなホテルにチェックインし、2泊する部屋へと訪れる。特別なスイートルームらしい。部屋は広く、3人眠れるキングサイズのベッドもあるが、個人用のベッドルームも完備されており、バルコニーからは広大な海が見える。メインルームには未成年なので飲めないが高級ワインなどが置かれており、ルームサービスとしてフルーツの盛り合わせが鎮座している。部屋の中央にはテレビも備え付けられており、この国特有のニュースや番組が放送されているようだ。リアはテロの話を聞いて後でテレビやSNSをチェックしようと思いながらも荷物を置くと、キングサイズのベッドにダイブした。
ベッドはリアを包み込む様にフワリと受け止める。
「ふわふわー!!」
全身の力を抜いて寝転がる。旅行に行った時特有の、綺麗でふわふわのベッドイベントだ。そうしてリアが堪能していると、ルナがふわりと浮かび上がり静かに右隣に寝転び、クロエが左側からのそりとベッドに登ると、リアに抱きついた。
「えへへ、お姉様……」
「リア姉……」
2人はリアの腕を手に取ると抱きしめて幸せそうな顔を浮かべる。それが嬉しくもあり、リアは改めてお礼を言った。
「ありがとう2人とも」
「いえ、デイル様のおかげでもありますし」
「でも、俺の為に計画してくれたんだろ? 素直に嬉しいよ」
ルナは顔を赤らめて「ふふっ」と微笑む。一方のクロエは、腕をどかし脇腹によじ登るとリアの胸を枕に顎を乗せて、見つめ合う。
「リア姉、ルナ姉、後で海に行こ。私、海って初めてだから、3人で行ってみたい」
「いいぞ、みんなで行こうな」
リアはクロエの頬を両手で挟み込みムニムニとする。その隣から、ルナがクロエの頭を撫でた。こうして側から見ると、まるで夫婦と子供の様である。
………………
海!!
久しぶりの開放的な海に3人は水着に着替えて向かう。
リアは黒のビキニタイプだ。女の子になって一年の歳月により、黒いビキニを着れるくらいには心に余裕ができた。それに、単にエロ格好良いというのもある。格好良さは男の浪漫であり、あとは単に自分を着飾る事を覚えたと言う事だ。自身のスタイルにも自信があるので、これが正解と言える。それに、黒いビキニに綺麗な黒髪がよく映えた。
ルナは紺色のビキニタイプの水着だが、パレオを巻いて大人っぽく仕上げている。ルナも成長したなぁとリアはしみじみ実感した。可愛いのもあるが、少し大人の色気が出ている。ルナはこういう清楚系がよく似合う。
クロエは幼い体躯に合わせて淡い水色のワンピースタイプの水着だ。子供用だが、意外と胸のあるクロエが着ると少しだけあどけなさが薄れる気がする。しかし、中身は生後数ヶ月、子供というには幼過ぎており、自身の魅力に気がついていない様子だ。守らねばとリアは思った。
そうして、3人はホテルを出るとすぐ側にあるビーチに向かう。テロ事件が起きていると言われはしたが、客は多く賑わっている。砂浜はサラサラとしており、サンダルを履かなくとも足を怪我する事はないだろうが……さっき聞いたテロに関するあれこれを事前にSNSで確認していたリアは直ぐに動ける様に履いておく。この人の多さだ、外国ということもあり、地理にも疎いのでもしルナやクロエと逸れれば探すのが大変だし、何か厄介ごとに巻き込まれる可能性がある。段々と、自分が厄介ごとを引き寄せる体質だと思い始めているリアは、警戒して損はないだろうと考えていた。
そんな警戒心マックスなリアとは打って変わり、クロエは目をキラキラとさせながら「これが……海!! すごい、遠くまで見渡せるし、これが水平線……地球が丸い証拠だね」と感動していた。少し及び腰になりつつも波際に近寄ると足をつけて「冷たい!! これが全部塩水なんて信じられない」とリア達に駆け寄り感想を口にする。幼子らしい感想に、リアとルナは目線を合わせて微笑んだ。
クロエは泳いでみたくなったのか、再び海に駆けて行き、ルナも付き添いでクロエの元へ向かう。リアは大人らしく彼女達を見守りながら、波打ち際で足を冷やし暑さを和らげていた。すると、ルナとクロエが駆け寄り、リアの手を引いて海側に引っ張る。
「せっかくですし、お姉様も肩まで浸かりましょう!!」
「リア姉、泳ぎ方教えて!!」
「仕方ないな……ふふっ、じゃあ行くか」
警戒して心労を溜めるのも2人に対して失礼かと思ったリアは手を引かれるまま海に向かう。そして、3人は1時間ほど海に浸かり遊ぶのだった。
ところで、忘れそうになるがリア達は綺麗な黒髪に空色の瞳の持ち主であり、美人であるのもあってか人目を引く。ナンパされるのは当然の結果と言えた。だが、ナンパ=恋人作りかヤり目的としか考えていないリアは、片っ端からしばき倒した。砂浜に男達の無惨な成れの果て……首から下が砂浜に埋まっている……が大量に生産され、魔導機動隊が必死に掘り起こして救助していた。リアは申し訳なく思いながらも、長女らしくルナとクロエを守れたと思えば後悔はしない。
ただ、意外とイケメンに可愛いやら美少女、遊ぼうと誘われるのは悪い気はしないと、女体化してから初めての感情に少し戸惑うリアであった。
……………………
置いて行かれたキルエルは、ベッドに寝転がり携帯ゲーム機をいじりながら、携帯端末でソシャゲをしつつコーラを飲み、チョコレートを口に放り込む。器用に全てを熟すキルエルは少しだけ膨れっ面を見せていた。
「まったく、確かに新参者だし邪魔者かもしれないが、行き先だけ告げて置いていくことはないじゃろ。まぁ、仮に誘われてもゲームで忙しいから行きはしないがの」
ゲームがひと段落したのか、ベッドに大の字に転がりキルエルは呟く。
「それにしても、ウーラシール。天使としての記憶では……確かあの海に『リヴァイアサン』がいた気がするのじゃ」
キルエルは携帯端末を操作してウーラシールについて調べる。すると、テロ事件の情報がいくつか上がっており目をひいた。そして、自身が生まれた頃の事件を思い出す。
「昔、リヴァイアサンを召喚しようとした邪教徒がいたが、まぁまさかな。ピンポイントで再びリヴァイアサンでテロを行おうとする者など流石に……」
キルエルは思う。自身の光の攻撃と時を止める能力でリヴァイアサンを倒せるかと。答えはノーだ。というよりも、キルエル自身は一度殺された体験をしたのだ。ぶっちゃけると、時を止めれるだけで自信は弱い部類だと思っている。事実、ギルグリアとサシで勝負すると間違いなく負けるだろう。
そんな天使であるキルエルさえ忌避する存在、リヴァイアサン。太古の昔に生まれたとされ、ちょうど1000年前に人々の強力な呪いにより海の底に封じられた龍型の魚類。海の力を司り、津波や水素爆発すら操るとされており、もし封印を少しでも解いてしまえば、人間達への恨みにより大きな災害を齎すだろう存在。そう、災害だ。天使の世界で修行をしていた時に説明された、我々とは異なる強者。『クトゥルフ神話』にまつわる者や『神々』に、『神話生物』とされる天使の力に匹敵する能力を持つリヴァイアサン等の絶対強者。それらは、神や人間の手により多くが封印、もしくは討伐されている。
そんなリヴァイアサンだが、キルエルの生まれた300年前に一度、先に語った様に邪教徒が反転の儀式を行い、封印による眠りから覚めて破ろうと暴れた事があった。天使は祈る人間にしか干渉しないが、当時の国がキルエルの上司であった熾天使を信仰していたのもあり、1人の人間に干渉して起こる津波を堰き止めた。後に英雄とされる魔法使いとなるのだが、伝説は薄れ今は歴史の教科書に大きな津波があったとしか残っていない件だ。当然ながら邪教ごと宗教団体は始末され、血生臭いながらも解決した……筈だ。
信仰というものは不思議なもので、たった1人でも残れば再び再興される事がある。
故に、キルエルはこのテロ事件の裏に宗教団体がいたら面倒だなと思った。そしてもしリヴァイアサンを復活させようとする者がいれば……。
まぁ、リアなら倒せるだろうと、どうでもよくなりゲームに戻る。
そんな時、玄関のチャイムが鳴った。
「む? もしかしたら我がMITURINで頼んだゲームのパッドセットが届いたのか?」
そう思い、玄関に向かうと扉を開く。すると、淡いピンクブロンドの髪を揺らしながら、1人の少女……ダルクが片手をあげて立っていた。
「よぉ、キルエル。ちょっと付き合ってくれない?」
「デートのお誘いか? 我の時間は安くないぞ」
「デートに誘うかよお前を。リアっちからの頼みでな。お前に外の世界を案内してほしいって。ゲームばかりしてないで、映画でも見て外で遊ぶ事を覚えろだと」
「我が何をしようが我の勝手じゃろう」
「と、言うのはリアっちの頼みでしかなく……私個人で頼みがある。ここにドラグーンクエストの最新版と課金カード5万分があるが」
キルエルの目がキラキラと輝いた。
「我に出来る事ならなんでも言うが良い!!」
「話が早くて助かるぜ」
そうして、ダルクはキルエルを連れ出し探偵事務所へと足を進めた。途中、リアの約束も守っておこうと駅近くのファミレスでキルエルに奢ってやったが、ドリンクバーでミックスして不味い液体を作るなど、中学生っぽい事をしたり、食事の食べ方が汚かったりと意外と年相応に見えた。これはリアも苦労しているだろうなと思いながら、ダルクは話を進める。
「実は私に時止めの修行をつけてほしくてな」
「んん? 我に頼まなくとも、既に時は止めれるだろう?」
「なに、天使の時止めを学びたいんだよ。人間の《時間停止》魔法じゃ限界がある」
「ふむ……まぁ、天使の魔法は『純粋』だからな。まじりっけの多い人間の魔法では、確かに燃費が悪いだろうし……いいだろう。今日一日、付き合ってやろう」
「感謝するぜ」
「なに、ドラグーンクエストの礼だ」
ダルクもリアと同様に、死者蘇生の一件で無力感を感じていた。だから、純粋に力を求める為、またドラゴンの血を使い熟す為にキルエルに頼み込むことにしたのだ。尚、出費は学生の自分にしては中々に痛いが、それに釣り合う修行が出来ればいいなと思うダルクであった。
「ところでダルクといったか。今、リア達が旅行に行ってる連合国でテロ事件が多発しているのを知っておるか?」
「まーた厄介ごとに首突っ込むのかなぁ」
……………
リア達が旅行に行っている間に、レイアはライラとティオのいるライラ邸を訪れていた。理由は魔力向上の修行だ。レイアは自身に足りないモノを考えてた。あの時、一度死んだあの瞬間を思い出すと今でも寒気がするが、感情は逆に昂る。これから先、もし『神話的事象』にぶち当たった時、今度こそ死ぬ可能性がある。天使の一件からも、敵対存在が魔物だけではないと思い知ったのもあり、修行に余念がなかった。
とは言ったものの。一介の召喚魔法使いである自分が何を出来ようか考える。そして、単純に思いついた事が一つ。
リアの結界と同じ様に、レイアの召喚する『鎧』や『戦乙女』は、魔力を込める程に強度と持続性が高くなる。それは当然、召喚する武器にも同じ事が言えた。
要するに、リアの真似になってしまうが、自分を守る為の『鎧』と、召喚魔法を強くする為に魔力量の増量を目指そうと考えたのだ。更に、魔力の器というものは寿命にも影響を及ぼすとされる。ダルクの習得した《時間停止》の魔法は、そうして寿命を伸ばし『仙人』と呼ばれる程に長生きしている者から学んだという話を聞いた。ならば、自分も挑戦するしかないという結論になった訳である。余談だが、英雄達の寿命が長いのは、基本的に魔力の器が大きいからでもある。
しかし、言うのは簡単だが実行するのは難しい事で。
リアが旅行に行った日、部活動に参加していたレイアは、ライラとティオにこの前の死者蘇生の一件を話し、こんな事を言われた。
『それなら面白い薬があるぞ、魔力量とは己の器の大きさで決まるものだが、それを増幅出来るかもしれん』
『シストラムの研究をしていた時の副産物として、グラル・リアクターを用いた特殊な環境を構築するルームが作れそうだが……修行するって言うなら使ってみるか?』
当然、レイアは提案に乗った。渡りに船だ、どんな手を用いても良い、自身の成長に繋がるのなら、なんだってやってやる。そんな気概を持ち、翌日。休みの日にこうして訪れたと言うわけだ。
ライラ邸のインターホンを押すと、フワフワとティガが飛んできた。
「レイア様。お待ちしておりました」
「こんにちは、今日はよろしくね」
「はい、マスターとティオ様は研究室にいらっしゃいます。こちらへどうぞ」
先導するティガの後をついていき、家の中に入ると早速、地下室に案内される。そして階段を下り終えると、白衣を着た2人がひと1人が入れそうなボックスの前で唸っていた。しかし、レイアが訪れた事に気がつくと笑顔で振り返る。
「おー、待ってたぜぇ」
「うむ、こうして3人で集まると、シストラムを開発した時を思い出すな」
「僕は大した事してないけどね。2人が天才すぎて自信無くすよ」
「レイアが言うと嫌味になるぞ」
「レイアは自信を持っていい。まぁ、昨日のシエルという娘とキルエルという天使の話を聞く限りだと、中々に難しいのも理解できるが」
「励ましてくれてるの?」
「うむ……」
「ふふっ、ありがとうティオ先輩」
「おっと、私もレイアには期待してるんだぜ。決闘でリアを倒せる逸材だからな」
「リアか、彼女は中々に強くなるのが早いからねぇ。追いかけるので精一杯だよ。ところで、今日の修行の説明を受けてもいいかい?」
「あぁ、説明しよう!!」
という訳で始まった説明会。
まず、ティオの開発した魔力増幅薬と、魔力回復薬を飲む。これにより、魔力の器に魔力が満タンに満たされた状態を作り上げる。
次に、ライラの開発した修行ルーム……通称『魔力搾り部屋』へ入る。この部屋は、入るだけで魔力を絞りカス以上に消費させられる。
つまり、湧き上がる魔力と増幅された魔力を、常に極限まで消費するという事だ。これにより、魔力の器を無理矢理に拡張させる。
「中々にしんどそう……でも修行っ!! って感じでワクワクするよ!!」
「私は作っててうげってなったけどな。絶対入りたくねぇ」
「たぶん、普通に気絶するかもしれんぞレイア。もしかしたら、逆に魔力の器が壊れる可能性もある。それでもやるのか?」
「うん、進まなくちゃ、自分を変えられないから」
レイアの目には覚悟と共に、どうしようもなく『渇望』の色が見えた。ライラとティオはそんな目を見て、後輩の背中をそっと押す事にするのだった。
ティアキンやってました




