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死者蘇生12

 レーナも合流してから2回目のループについての話し合いが始まった。誰もが前回のループの惨劇を思い出して苦い顔を浮かべる。特にレイアは顕著だ、死の体験という経験は確実にレイアの精神を蝕んだ。が、そんな中でレイアが率先して口を開く。隣でリアが既に結界を構築し警戒しまくっているが……ひとまず無視して。


「たぶん、僕の魂は一度身体から離れたと思う。その時に……僕は宇宙に浮かぶ巨大な天の川を覆うように存在する触手のような……良い例えが思い浮かばないな。ただ、人知を超えた何かを見たよ」


 死んだ後、魂がどこに行くのか分からない。だが、レイアの魂はこの広大な宇宙に潜む何かを見たらしい。それを聞いてレーナは考え込んだ。宇宙に関連する『神話生物』を思い浮かべて、心当たりがなくもなかった。というのも、フル・リフレイン校を卒業した後で、彼女は『ミスカトニック大学』に通っていたのだ。ミスカトニック大学には、人知を超えた稀覯本などが多数蔵書されており、神話の世界に足を踏み入れた者が通う事でも有名だ。わかりやすい例をあげるとするならば──ネクロノミコンが蔵書してある。勿論、表向きは普通の大学ではある。なので、経験豊富なレーナの頭の中で、とある魔導書が浮かんだ。


「レイアさんの魂も含めて、キルエルに殺された人々が『生贄』になっているとしたら、なんらかの儀式的な事象が絡んでいる可能性があります。それに、シエルさんが内包する『ショゴス』含めて気になる魔導書がひとつ。皆さん『エイボンの書』をご存じですか?」


「エイボンの書……? あっ、それならチカの家にあったような?」


「リアっちが手に取ってた奴か、確か断片だった気がするが」


「あるのですか? ふむ……もしかしたら、今回のループはその魔導書が原因の可能性があります。そのチカさんの家に向かいましょう」


 時間はまだある。一同はレーナの提案に取り敢えず乗った。他に可能性も思い浮かばないのもある。


 少々手狭だが、レーナも乗り込んだ車の中でリアが目に闘志を宿しながら口を開いた。


「そのエイボンの書で仮にループが解決したとして……キルエルはどうする?」


「そこなんだよなぁ、あいつもループに巻き込まれているって事は、前回の事も覚えているだろうし、態々死に際に私らを殺そうと攻撃してきた所をみるに、中々に執念深い性格らしいしな」


「僕は……意外と今回はすんなり帰ってくれるんじゃないかなって思うよ」


「殺されたレイアさんの言葉に乗りますけど、今回もしキルエルが攻撃してきた場合、私が《鎖魔法(スペル・アリシィダ)》で拘束します」


「今回は倒すんじゃなくて、縛ってお帰り願うって事か?」


「はい、今回も倒そうと思えば倒せるのでしょうが……流石に最後の攻撃は見えなかったですし」


「恐らく時間停止だね、僕らの対応すら凌駕する完璧な時間停止」


「わ、私は皆が無事なら。私も頑張る」


 シエルは拳を握り締め無力感にさいなわれる。彼女も皆の力になりたいが、扱えるようになったショゴスの力はそう強くはなかった。いや、皆が強すぎるだけかもしれないが。


「シエルにはチカの家に戻った時に何かあるかもしれないから、その辺の協力を期待してるぜ」


 ダルクはシエルの心を読み解き、安心させるように言葉を転がす。シエルはそれが分かったからこそ、笑みを浮かべて「ありがとう」と言った。


 それから、話を変える為にリアが聞きたい事を口にする。


「ところで、レーナがさっき『儀式的』って言ってたけどさ。もしかして、死者を出さない方法でもループを止められるのでは?」


 リアの考察に、レーナは少し考えてから返した。


「その可能性もありますが……恐らく、『死』はついて回ると思います」


「死がついて回る?」


「はい、2回のループで分かった事は、魔導機動隊の隊員数名が間違いなく死んだ事。つまり、このループにおいて彼らの死は確定している可能性があります。勿論、前回お亡くなりになったレイアさんも」


「それはなんとも……怖いね」


 また死ぬ可能性を示唆されたレイアは無言になり身体を振るわせる。すると、シエルがそっとレイアの手に手を重ねた。温かな人の体温が感じる。死者蘇生の完成形の少女からは、確かな温もりがあった。


 そうして、一行はチカの家に蜻蛉返りする。この家に、答えがあると信じて。


………………


 チカの家を開くと、エルの姿が見えなかった。まぁ、玄関で無力感に苛まれるよりはいいかもしれないが……シエルは魂の繋がり故か、嫌な予感がした。


 一同は静かに階段を登り、あの研究室を目指す。そして扉を開くと、一冊の本を持ったエルがびくりと体を震わせた。


「貴方達……どうしたの?」


 さっき別れた筈なのに戻ってきた自分達に疑問符を浮かべるエル。しかし、全員がその手に持つ謎の本に視線がいった。そこで、率先してダルクが彼女に問いかけた。


「エルさん……何をしようとしていた?」


 ダルクの問いに、エルは目に見えて動揺すると本を落とした。そしてよろめきながらも一同から距離を取ろうとする。


「え、なんで……」


 彼女の落とした本をリアが手に取った。瞬間、脳裏に様々な情報が巡り頭痛がする中で、外国語だがどうにか読み取れる情報のみを掬い上げる。


 これは、魔力を貯める魔導書。

 

 時空や空間すら支配する、神に関する情報の嵐。ヨグ=ソトースについて。


 そして最後に《ヨグ=ソトースの招来、退散》の呪文。『すてるふすな いあーる うーい おらい おらい いあーる ふんぐるい おんぐ さどくえ うが=なぐヨグ=ソトース』。招来は文字通り呼び出そうとする呪文で、使うには数多の人間の精神力が必要な事。退散は術者の精神力でお帰り願う事。つまり、この神を呼ぶ為には生贄が必要という事で。そして、生贄は恐らくキルエルの攻撃で死んでしまった魔導機動隊の隊員で解決してしまったのだろう。


 リアは直感で悟った。今回の原因はこのヨグ=ソトースとキルエルが絡んで起きた時空間異常なのではないか? と。同時にエルに対して同情的な感情が生まれる。


「エルさん……シエルに、いやチカに会えたから、もう全てを無かった事にしようとしたんですか?」


「……っ」


 エルは俯き震える。時々嗚咽が聞こえ、彼女が泣いている事が分かった。そんな彼女の身体を抱きしめるようにシエルは腕をまわす。慰めにはなった様子で、エルはポツポツと語り始めた。


「……エイボンの書には、時空を支配する神の存在が記されていました。当然、アールグレスには言ってません、これは私の研究の一つでもありましたから。私の我儘。チカに会えたら、犠牲になった人全てを元に戻す為に過去に戻るつもりだった」


「時間に囚われていたのは、貴方も同じだったんですね」


「……」


 観念したようにエルは脱力する。そして、シエルを抱き返した。


「ごめんなさい。貴方のことを無かったことにしようとした事。許される事ではないって分かってる。けど私はもう一度、会えれば充分だった……」


「うん、分かったよお母さん。大丈夫、私は……」


 しかし、次にエルを見ると。彼女の顔から生気が消えていく。感情が抜け落ちたような顔をして、瞳から光が消える。


「私……は、唱えて、しまった。ヨグ=ソトースに、精神を捧げて……」


「自分を犠牲にする魔術……果たして、エルさんは過去に戻れるのでしょうか?」


 エルから魂が抜けていく気がしたレーナは思わず呟く。エルの魂は恐らくヨグ=ソトースの力を借りて過去に向かうが、この世界が変わるというよりは、どこか別の時間軸に移動すると考えた方が妥当だと思った。彼女は世界軸が一本であるという理論よりも、パラレルワールドが無数にあると考えるタイプの人間だった。


 シエルは静かに涙を流し、エルを担ぎ上げると自身の部屋のベッドに横たわした。恐らく、もう彼女は魂の抜けた抜け殻のようになってしまうだろう。それを悟ったからこそ、なんて声をかければいいか分からなかった。だが、考えていたよりもシエルは、いやチカは強い娘なようで。


「終わらせよう、今回が最後だよ。みんな、お願い力を貸して」


 目に強い意志を宿し、全員に願う。当然、皆が頷いた。


……………


 外に出ると、レイアの召喚したシストラムに乗り空へ向かう。そして、空高くに到達した時点で、全員が魔導書に手を向けた。魔導書はリアに情報を伝え終わるとダンマリとしてしまったが、まだ効力はある筈と持ってきていた。必要かどうか分からないが、無いよりはいいだろう。


 空に出たのは、出来るだけ高いところ……宇宙に近い場所で呪文を唱える必要があるからだ。それから、空に向かう途中で全員に呪文の情報を共有しておいた。


「皆んな、準備はいいか?」


「いいぜ、噛むなよ」


「早口言葉みたいだからねぇ、僕は噛みそう」


「わ、私も」


「私は余裕ですね」


 その時、キルエルの門が軋んだ音を鳴らした。まだ時間はあるが、キルエル自身何かをしようとしているのかもしれない。全員がリアの結界の上に置かれた魔導書に両手を向けた。


「じゃ、唱えるぞ?」


 頷き、深呼吸をすると、全員が呪文を唱えた。


『すてるふすな いあーる うーい おらい おらい いあーる ふんぐるい おんぐ さどくえ うが=なぐヨグ=ソトース』


 瞬間、身体から魔力と共に謎の脱力感が襲うも、立っていられない程ではなく。4人の精神力は分散して消費され、その詠唱は確かに唱えられた。


 ジリジリと耳鳴りのように音が鳴る。しかし次の瞬間「パリンッ……」と何かが割れるような音が鳴った。空に満ちていた重圧感が消えたような気がする。あれは、キルエルが出していた重圧感では無かったようだ。


「終わった、のか?」


「分からない、けど……やる事はひとつ」


「キルエルにお帰り願う事」


 さて、3回目はどうなるか。それは誰も分からないが、もしかしたら、前回殺した事で対話が出来るのではないかと希望的観測で地上に降り立つのだった。


……………………


 キルエルの門が静かに……2回の戦いが嘘のように静かに開いた。しかし、キルエルが出てこない。全員が首を傾げていると、魔導機動隊が攻撃を加えようとしていたので、リアは咄嗟に結界で囲い止める。すると、本来はもう落ちる筈の戦闘機は無事に門の下を通過した。死のループは回避された様子だ。


 それから警戒していると、突如光の球が現れる。リアが結界を張り全力で皆を守るように構えるが、光の球は温かな光を持って広がると皆を飲み込む。


 次に目を開くと、全員全裸で謎の空間にいた。柔らかな光で満ち、恥部はいい光加減で隠れていて、何気に配慮がなされている。そんな空間に1人の少女がいた。髪は光輝いていて、頭には天使の輪っか、ヘイローが浮かんでいる。顔立ちは彫りは浅く無機質さを感じさせるが美しく、よく絵画などに書かれる天使を想起させる出立だ。そんな少女は泣きながら捲し立てるように人差し指を向ける。


「貴様ら!! 今回は停戦といこうじゃないか!! 我は死にとうない!!」


 思っていたよりも幼さを感じさせる声で彼女は言う。リアは彼女の言葉を聞き、問い返した。


「お前、キルエルか?」


「いかにも、我が時間を操る天使キルエルだ。謎の時間異常に飲まれて前回焼き殺されたキルエルじゃよ」


 どこか、古風な口ぶりである。そして少女は前回を思い浮かべたのか、震えながら健気にこちらを睨む。だが、こちらもレイアを殺されたのでリアが鋭い目で睨み返した。すると、少女はびくんと肩を震わせ怯む。


「に、睨むな!! 今回はもう何もしないと言っているだろう!!」


「あー、キルエルだってなら聞きたいんだけど、時間異常はお前が原因じゃないの?」


「それなんじゃが、我の力が誰かに干渉したようでな。その誰かが何者か分からぬが、こうして我も時間異常に巻き込まれた。我も被害者じゃ!!」


 つまり、キルエルの力とヨグ=ソトースの力が干渉した結果、今回のループが起こった、という事なのだろう。同時に、キルエルが……いや、天使は神話生物の全てを知っているわけではないことが分かった。


「ふーん、なら、今回は解決か……?」


「なに? 貴様ら、この時空間異常を解決したのか?」


「恐らく、きっと、めいびー。キルエル、あんたがこうして語りかけてくれてよかったよ。このままお帰り願う事は出来るか?」


「勿論、そのつもり……じゃったが。前回焼き殺された情報を引き継いでしまったせいでヘイローが割れてしまってな。暫く地上で療養しようと思う」


 キルエルは頭のヘイローを掴むとヒビの入った所を見せた。天使が焼き殺されるというのは、想像を超える精神ダメージを与えた様子だ。ダメージはそのまま精神を削り、ヘイローを割った。まぁ、1度目もそこそこぶっ飛ばしたので、それもダメージにはなってはいる。キルエルは案外プライドが高いので言わなかったが。


 それを聞いて、全員がやっと胸を撫で下ろした。これで、今回の事件は終わりだーと深く溜息を吐く。そんな中、レーナが興味深そうにキルエルを観察する。彼女からすれば、神話生物と同等の存在は探偵として興味を引くのだろう。


 そうしていると、キルエルがリアを指差して言った。


「……少女の姿で顕現したいのじゃが、お主の所で世話になれんか?」


「なんで俺?」


「あの衣が美しかったからな……」


「衣って、《境界線の狩武装》のこと?」


「バルバティアというのか。うむ、あれは天使にも敵う魔法じゃ、気をつけた方が良いぞ。天使の間で警戒される可能性があるからな」


「嫌な情報聞いちまった」


 リアはゲンナリしながら再び溜息を吐いた。とは言いつつも、この天使が本当に他者に危害を加えないかなんて分からないので、快くはないが受け入れる。自分が監視しないとと使命感に駆られる。


「いいぞ、その代わりグレイダーツ校長には報告させてもらうが」


「うむ、人間の高位置にいる者か。構わんぞ」


「なら、話はこれで終わりだな」


「そうなる。いいか? 我、一旦元の姿で降臨するけど絶対攻撃するなよ!!」


 キルエルがそう言うと、再び眩い光で包まれ、視界が戻ると元の場所にいた。


 キルエルが門を開き、ゆっくりと降臨してくる。魔導機動隊が攻撃しようとしていたので、リアは仕方なく邪魔をしておくと、キルエルは小さな光の球になりリア達の元に飛んできた。


 光の球は先程の少女の形を形成する。髪はほのかに光を帯びており、頭には天使の輪っか、ヘイローが浮かんでいる。とりあえず全裸なので仕方なくリアはジャージを脱ぐと彼女に着せる。ダルクも腰回りが隠れるようにスカートを取り出すと無理矢理装着させた。


「むぅ、服というものは中々に拘束されているようで好かん。しかし、我降臨、と。アールグレスの契約を履行、完了じゃ」


 キルエルから光が放たれる。アールグレスは、どうやっても過去に飛ばされる運命のようだ。自業自得と言えばそれまでだが、リア達は少しだけ憐憫で哀れだと思った。それはそれとして、ダルクは聞きたかった事を問いかける。


「ちょっと聞きたいんだけどキルエルさんや、喋れたならなんで2回も攻撃してきたの?」


「うむ? 我は人の魂を眺めるのが趣味だからな。特に、勇猛果敢に立ち向かう魂は美しい」


 それを聞いたリアとレイアはヴァルディアを思い浮かべて苦笑いを浮かべた。


「良い趣味をお持ちで」


 ダルクはキルエルの趣味には否定的だ。それも当然、彼女は人間の魂の輝きを見る為に攻撃してきたというのだから、前回腕を落とされた身としては腹が立つというものだ。それに、リアは肺に傷を負い、レイアが殺された。仲間と呼ぶには充分な時間を共に過ごしてきた彼女達を傷つけられたのだ。やはり、この天使の感性は人間とは違う、受け入れ難いと感じた。


 ダルクはもうキルエルとは関わるつもりはなくなり、グッと肩を回し息を吐いた。今回の死者蘇生にまつわる一件はこれにて落着したが、まだ問題はたくさんある。


 だが、都合の良い事に3回目は戦わずに済んだ。なので取り敢えず……コーヒーでも飲んでゆっくりしたい気分だった。

キルエルは最初からコミュニケーション取れる存在としていましたが、この作品においては味方の戦闘力は充分なので戦わせました。


TRPGで扱う場合、探索者に銃火器を持たせてください。体力は25くらいで倒せますが、ループ内で必ず1人は殺してヨグ様の描写をしてください。そこで魔導書の事に気がつくかはダイスを振らせて結果次第でエンディング分岐です。


尚、キルエルとシエルをお持ち帰りするかどうかはダイス目次第という事で。これにて死者蘇生は終わりです。

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[一言] リアさんがまた少女をお持ち帰り?してる……
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