死者蘇生11
キルエルを押し返す為の門が溶けて消えかけている。このままでは……送還する術が無くなる。つまり、本当に倒さなくてはならなくなるという事だ。キルエルは今は不気味なほど静かに浮かびながら、魔導機動隊の隊員を倒すべくレーザーを乱射している。
当然、攻撃はこちらにも向いており、急いでレイアがシストラムを召喚すると空中に逃げる。オクタが水の結界でレーザーを迎撃する中で、ギルグリアが少し申し訳なさそうに口を開いた。
「どうにも、火炎だけでは殺しきれないようだ。しかし『必殺の魔法』を使えば街に被害が及んでしまう可能性がある、難儀なものだな」
リアとレイアは《治癒》の魔法をダルクの腕にかけながら話を聞き頭を悩ます。シエルは泣きそうな顔をしながらダルクを心配している。
そんな中で、比較的冷静なレーナがひとつの案を提示した。
「つまり、街に被害がなければ大丈夫という事ですか?」
「うむ? そうなるが、何か策でもあるのか?」
「はい、これでもフル・リフレイン校の卒業生ですので。これから大規模な《門》を開き、キルエルを海の上に移動させます。皆さんには《門》にキルエルを叩き込む為に暫し足止めを頼みたいのですが」
ダルクがレーナの言葉にピクリと反応する。口元には笑みを浮かべて、左手には怒りからか青筋が浮かんで見えた。
「私にやらせろ」
「先輩、無茶したら……」
心配するリアを手で制しながら、立ち上がるとロケットランチャーを取り出して口を開いた。
「大丈夫だ。ドラゴンの血のお陰で体力は回復してる。……キルエルには1発ぶちかまさねぇと気が済まねぇんだ。レイア、シストラムの操縦権を貸してくれ」
レイアも無茶はしてほしくない反面、彼女の怒りも分かるのでなんとも言えない顔をしていた。しかし、ダルクが笑いかけると、諦めたようにため息を吐いた。
「……分かったよ先輩。でも、僕らも乗ってる事を忘れちゃダメだからね?」
「分かってる、ちと足場が欲しいだけだ」
空を見ると、魔導機動隊の隊員らしき人が四苦八苦し戦闘機やシストラムがどうにか対処している様子が見えた。ダルクはそんな彼等に聞こえるように周囲へ薄く魔力を巡らせると、口元にも魔力を溜めて声を発する。その声は、空に拡散するように響き渡った。
『魔導機動隊、各員!! 今すぐ天使から離れろ!! 指示に従わない者の安全は保証しかねる!!』
瞬間、時が止まり、キルエルが魔導機動隊の隊員にレーザーで攻撃を加えていく。ダルクはキルエルも頭が回ると舌打ちをしてシストラムを操作する。同時にレーナが座標を決めて大規模な《門》の構築に入った。
「完成までの時間はおよそ15秒、その間、キルエルをどうかこの空に留めてください」
時が動き出す中、全員が頷く。まずダルクが《武器庫の門》を開くと空に弾丸と弾頭の弾幕を張った。一撃一撃が致命傷となるような現代兵器の雨はキルエルを確実に捉えて貫き時には爆発させる。キルエルはたまらず再び時間を止めるも、ダルクの操作するシストラムは悠々と攻撃を回避していく。その間に、ギルグリアが下から《黒龍の火炎》を放ちもう一度キルエルを焼く中で、オクタがキルエルの左右に巨大な氷の壁を作り出すと思いっきり挟み込む。ギルグリアとオクタの炎と氷の攻撃が融合して巨大な爆発が起き、雪のように氷の破片が地上に降り注ぐ。レイアは契約しているオクタから魔力を借り、100体近いグレートソードを持った《西洋甲冑》を召喚するとキルエルの残った翼を切り落とし、空に固定するようにグレートソードを突き立てる。リアは元より、結界で動きを封殺しながら結界で守りに徹する。途中ダルクから「足場、頼めるか?」と言われたので空に向けて《縮地》で飛べるような足場を作った。
総攻撃を喰らったキルエルは、しかしそれでもくたばる様子はなく巨大な目玉をぎょろぎょろとさせながら地上を睨みつけるように視線を落とす。
15秒、時間にしては短いが、今現在はとても長く感じる時間の中で。レーナが《門》の構築を終えた。キルエルのすぐ真下にキルエルも余裕で通れる《門》が開いた。瞬間、ダルクが空を駆ける。雲よりも高く飛び上がると。
「落ちろ……!!」
キルエルの真上に、一本の槍が落ちる。青白い光を放つそれは、ダルクがライラから譲ってもらった半暴走状態のグラル・リアクターを装着した特殊な爆弾である。世界にたった一本しかない、グラル・リアクターのついた爆弾槍はキルエルに突き刺さったまま暴走を続け、臨界点に達すると……。
瞬間、空気が揺れた。雲が晴れ渡り、地面が揺れたと錯覚する程の衝撃は街の窓ガラスを割っていく。青白い光の奔流、魔力や電気エネルギー、特殊な魔力の融合反応を伴った凄まじい暴風とエネルギーの嵐がキルエルを襲い、そして叩き落とした。キルエルはレーナの展開した《門》を突き抜けると海の上へと転移する。
キルエルが門を通ったのを確認すると、ギルグリアも門をくぐり、海の上に落とされたキルエルに渾身の《破壊魔法》を放った。一本の熱線が空を焦がしながら駆け抜けるとキルエルにぶち当たり、白い光を伴って爆発する。生まれた小さな太陽は、キルエルを確実に焼き……。
キルエルは、最後の抵抗と時を止めた。全ての力を……命すら使い尽くし、ダルクすら動けない程の効力を持って時間が止まる。もう命はここで尽き果てる。そう考えたキルエルは、この人間達には勝てないと思いながらも。権能を発動させて魂を見るとリア、ダルク、レイアの位置を掴み取り座標を指定するとレーザーを放った。最後にこの人間達だけでも道連れにしようと思って。
そして時が進む。
キルエルは焼け死に、海に落ちていく。
……リアは警戒していたのに反応できなかった。レーザーは丁度《境界線の狩武装》の纏っていない所を通過して、右肺にも突き刺さる。「カハッ」と血を吐くもその場で倒れる事はしない。どうにか大怪我で済んだ様子だ。
……ダルクは警鐘を鳴らす第六感から、事前にリアに結界を頼んでいたのもありレーザーを回避する事に成功する。最後に何かしてくると予測していてよかった。そう思っていると。
レイアの胸を、3本の光が貫いたのが見えた。レイアは膝をつきその場で倒れる。
シストラムは墜落しそうになりダルクは急いで引き継ぐと、リアとダルク、オクタ、レーナは顔を青ざめさせてレイアの元に駆け寄る。ひどく……鉄錆の匂いがした。
リアは抱き抱えるようにレイアの身体を持ち上げる。すると生暖かい感触が腕を伝う。腕を見ると真っ赤に……いや、下には血溜まりが出来ていた。胸には3か所穴が空いていて、そこから血が流れ出ている。「かひゅ……」と息を漏らすレイアの口からは血が溢れ出す。
命が、生命が、抜け落ちていくのを感じる。
「レイア!!」
「レイアぁ!!」
「レイア……!!」
「レイアさん!!」
4人はレイアに呼びかける。レイアの身体が冷たくなっていき、彼女の目から光が消えていく。レーナは急いで渾身の《治癒》魔法をかけると胸の傷を治療するが、レイアの身体から生気が抜けていくのを止められない。魂が、離れようとしている。
死を手に感じる。
リアは目から涙が流れ出るのを感じながら、レイアの顔を覗き込む。
「死ぬなよ……!!」
「……」
口元に笑みを作ろうとしたのか、レイアの頬が引き攣る。しかし、笑みを作り切る前に……目から光が消えた。
「うぁあ……」
静寂の中、リアのうめき声だけが響く。
息が詰まる。動悸が激しくなり、目から溢れる涙が止まらない。
「ぁぁぁぁァァア!!」
リアの慟哭が木霊した。全員が言葉を失う。この一年、付き合ってきた親友とも呼べる者の死に情緒も感情もぐちゃぐちゃになり、ダルクすらも無言で涙を流した。
……同時に小さく電子音のような「ジリジリ」という音が鳴り響く。時を刻むように音は鳴り続け、視界が明滅し始める。瞬間、足場を無くしたかのような浮遊感を感じ、目も開けられない眩しさから思わず瞼を閉じると。
周囲の喧騒が消え、静まり返る。またどこかに着地した感覚がして目を開くと……車の中にいた。
「……」
ぼーっとする頭が急速に再起動し始める。
発動条件が不明だが、恐らくループした。という事は……。
背後を振り返ると、青い顔をしたレイアが自身の腕で身体を抱き締めて震えていた。リアは喉の奥がキュゥーと締まるような感覚がした。親友が生きている、それだけで自然と涙が溢れ出てくる。シエルも目に涙を浮かべて隣で名を呼ぶ。
「レイア!!」
シエルがレイアに抱きついて涙を流す。ダルクも2回目のループに気がつくと車を止めて、千切れた腕が戻っているのを確認しつつ背後でのやりとりを聞いてホッと息を吐いた。思わず「心臓に悪すぎる」と零し、だが神がいるなら今回のループに感謝を送る。座席に深く腰掛け、目を閉じて空を仰ぐ。
……そんな中、リアは無言で車から降り、後部に向かうとドアを開いてレイアを引っ張り出した。シエルの腕から離れたレイアは、リアの手に導かれるまま腕の中に入る。リアはぎゅっと強く抱きしめた。
「…‥リア? 大丈夫、僕は生きてるよ」
「うん……」
「君も口から血が出てたけど、大丈夫かい?」
「うん……大丈夫」
「……リア、寒いから少し温めておくれよ」
「幾らでも」
それから、再びレーナが合流するまで、リアとレイアは抱きしめ合った。レイアは自身の死の感触に精神が削られたが、リアの献身的な抱擁により、取り乱さずに済んだ。リアは親友の死を見て削られた精神を、彼女の体温を感じる事で回復していく。
お互いに信用と信頼、以上の感情がそこにはあった。レーナは思わず近づくのを躊躇いながらも「……よかった」と胸を撫で下ろす。
そうして、ループの2回目が始まった。




