死者蘇生⑧
外に駆け出し、玄関の扉を開くと辺り一面を眩い光が降り注いでいた。まるで雲の隙間から覗く陽光のような温かな光。その元を辿るように空を見上げると、天空に聳える厳かな門がゆっくりと開いていた。扉の向こう側は眩い光で満ちている。
周囲を見ると、魔導機動隊の隊員らしき人が避難誘導をし、空にはシストラムや戦闘機、魔法使いが飛んでいる。通報するまでもなく、大事になっている様子だ。
だが、誰もなす術が無い現状。見ているしかなくもどかしい気持ちと焦燥感が胸の内に溢れ出す。チカはそんな門を見上げて、自身の胸元で手をギュッと握る。声が聞こえて来る気がした。まるで、召喚された事を怒るかのような騒ついた声が。神話生物としての勘が警鐘を鳴らす。
そうしている間にも門は開いていき、ついに天使らしき存在が姿を現した。
魔法陣らしき美しい円陣を幾つも浮かべた、白い巨体がゆっくりと降臨してくる。全長140メートルはあろう巨大な身体は『球状』であり、ふわふわとした無数の触手が身体中から伸びている。その中心では巨大な目玉がギョロリとしており、人間を見下すように下界へ視線を向けている。背中らしき後部には、翼らしきものが右左にそれぞれ3対生えており、鳥の羽が舞い降りるようにキラキラとした光を撒き散らしていた。
頭上と下部には青白いヘイローが浮かんでいて、それが天使である事を証明するかのように輝いている。しかし、綺麗であると同時にどうしようもなく不安にさせられる不気味な光りであった。
そうして降臨した天使『エルトラ=キルエル』は、翼をはためかせて、光を放つ自身の体を回転させる。それだけで衝撃波が発生して周辺を飛んでいた魔導機動隊の戦闘機が破壊されて落ちた。それを見ていた4人全員があまりの大きさに呆気にとられる中で、シエルが最初に反応する。
「あっ……リア!! 結界を張って!!」
「え?」
「攻撃が来る!! キルエルが怒ってる!!」
「ッ!! 《結界魔法》!!」
瞬間、リアの結界が頭上を覆う。直径150キロ以上の超大型結界を即座に張ったリアは、急激な魔力消費の反動により鼻血を垂らした。
すると、キルエルの翼に無数の光の点が現れ、光を集めて放たれる。まさに光の雨としか形容のしようがない攻撃が降り注いだ。高熱量を持った光の雨は、一撃一撃が重く、リアは結界が溶けるのを感じながら、順次修復していく。しかし、キリがない。
「くっ……!!」
その時、リアの目が光を帯びる。ドラゴンの血を活性化させて、魔力に特殊な地脈エネルギーが混ざる。リアの中に流れる血が覚醒し、地面から地脈エネルギーを吸い取り魔力に変換していく。
その間に、魔導機動隊が攻撃を開始してしまった。無数の攻撃系魔法の嵐がキルエルを襲う。だが、どれも傷ひとつつける事なく無駄に終わってしまう。このままでは、この街は間違いなく滅ぶ。そして、攻撃により怒ったのか、キルエルは静かに「フォン……」と音を鳴らすと、再び光を集め始めた。今度は長めに溜めて、全てを消し去ろうとするかのように光は大きくなっていく。次の攻撃は広範囲の結界で抑え切れるか分からない。
人が沢山死ぬ。
チカはダルクの身体を揺すった。
「ダルク!!」
「!! あ、あぁ、分かってる!!」
頭脳を再起動させたダルクは、隣で呆けているレイアの頬を叩く。
「痛っ」
「レイア!! シストラムを召喚してくれ!! 急ぎで!!」
ようやく現実を見たレイアは、深く頷くと魔力を激らせる。
「《召喚:シストラム》!!」
巨大な機械兵器が姿を現し、敬礼するように脚を折りたたみ佇む。コックピットは既に開いていて全員が乗り込めるようになっている。レイアの魔力が続く限り作動し続け、空も飛べる魔力の兵器が、レイアを除く3人には希望の星に見えた。だが、肝心な事をレイアは問いかける。
「でも、飛んでどうするのさ!?」
あんな巨大をどうするのか。その問いに、リアが答えた。脳みそ単細胞かな? と言いたくなるような、単純明快でしかしそれしかする事がない答えを。
「殴りにいくぜ!!」
ダルクがリアの肩にポンと手を置きうんうんと頷く。シエルも賛成と言わんばかりに「早く行こう!!」と皆を促した。レイアはとても冷静だった。そんなんでどうにかなるのなら、最初から悩みはしないと。だが……思考を放棄して「よし、行くか!!」と開き直った。どちらにせよ、対話が不可能な以上、殴るくらいしか事を進展させる方法は無いのだから。
全員がシストラムに乗り込み、飛翔する。
「もうー!! 脳筋しかいないのかい!?」
レイアは《戦乙女》や《西洋甲冑》を召喚しながら叫ぶ。手には魔力を小分けにして生成した魔力少量で持続時間1分限りの《境界線の銀剣》を握らせている。
その傍らダルクは銃火器を展開していき、リアは《境界線の狩武装》を纏った。シエルは片手をショゴスのブレードに変えて待機している。
その時。光が舞い降りた。無数の光の光線が、再び街を襲う。どうにか結界は保っている、そう考えていると、キルエルの眼球のど真ん中に巨大な光の弾が集まり始めた。狙いは……自分達らしい。チャージ時間は短く、しかし確実に当たれば溶ける熱量が放たれた。
迫り来る光の弾はリアの結界と拮抗する。レイアの戦乙女と西洋甲冑もその手に持つ剣で光の弾を切り落とす。その間にシエルはショゴスの身体を構えると大きく口を開くように展開した。そして飲み込むように「バクンッ……」と喰らいつき飲み込む。光の弾はシエルの攻撃により消えた。
「対話がしたい!!」
シエルはキルエルに向かって叫ぶが、返事は再び迫り来る光の弾であった。シエルは先程飲み込んだ光のエネルギーを逆噴射すると、光の弾にぶつけて相殺する。
「無理か……」
リアがポツリと呟き、レイアが「いや、殴る気満々じゃないか」とツッコミを入れる。一方でダルクはシエルに「やるじゃん!!」と褒め称えてロケットランチャーを構えた。
……
………
…………
キルエルが権能を発動させる。
瞬間世界は少し色褪せ、時が止まった。誰も動かない、動けない静かな世界で、キルエルはリア達に念入りに光の弾を展開していく。
キルエルの目的は、召喚が終わるまでに出来るだけ魂を回収する事だった。だが、無理矢理召喚された身である。危険を犯してまでやりたいとも思わない中途半端な思考回路だった。だから、己の脅威となり得るかもしれないリア達を無視できなかった。あの少女の纏う武装は、明らかに自身を害する。大変興味がある、是非魂を回収したいと思った。
これで、身体という枷を外す事ができる。そう思ったキルエルだったが……止まる時の中で、シストラムが動いた。そして、光の弾を避けるように飛び回る。
「うぉおおおお!! 危ねぇええ!!」
ダルクの雄叫びが木霊した。ダルクは自分自身時を止めた世界で動けるおかげか、キルエルの時止めに介入する事が出来た。だから、シストラムの操縦権を無理矢理自分に変えると、光の弾を避けて見せた。
時が動き出す。
光の塊が空中で爆ぜる音が響き、リア達に襲い掛かるが幾重にも展開された《結界魔法》により防がれる。レイアは奇妙な感覚を覚えながらもシストラムを操縦し、スラスターを最大噴射した。
流星のように迫り来るシストラムの中で、リアは拳を握りしめると、足をひき構える。そして、遂にシストラムがキルエルの下部に到達すると。
「《皐月華戦・改》ッ!!」
拳がキルエルを捉える。
破壊の奔流が迸った。ズドンッと巨大な爆弾が爆ぜるような衝撃波が発生し、周囲を飛んでいた全てのものを吹き飛ばす。キルエルは球体の身体を凹ませ、捩じ込まれるように門の向こう側へと押し込まれた。
シストラムが一度距離を取り、ダルクの放つ無数のロケットランチャーの弾と、レイアの《武器庫の門》がキルエルを襲う。爆発が幾つも起き、キルエルをさらに押し込んだ。そして、次にシエルが右腕のショゴスを大きな拳の形に変えると構える。リアも掌を構えて、姿勢を低くし身体をひねる。
シストラムは再び、キルエルに肉薄した。瞬間、シエルの純粋な暴力の一撃と、リアの広範囲の掌底が突き抜ける。
「はぁッ!!」
「《葉月華掌》!!」
2発の膨大な質量の暴力により、キルエルは更に門の向こうへ押し込まれる。しかし、体を回転させると再び時を止めた。だが、時止めを予測していたダルクは事前にレイアから《境界線の銀剣》を借り受けていた。とっておきのパイルバンカーを取り出すと、シストラムに固定して、先端に銀剣を備える。そして「ガゴンッ!!」と火薬の爆ぜる音と機械音が鳴り響きシストラムが墜落する程の衝撃が走る。パイルバンカーの先端は、強烈な一撃を持ってキルエルを貫いた。
そして時が動き出す。
「うぉおお!? 落ちてる!?」
「事前に説明したろレイアぁ!!」
「のぉおぉん、飛べぇ!!」
レイアはシストラムのスラスターを吹かし空中でどうにか全員を落とさないように体制を立て直すと、再び飛び上がる。
もう少しで門の向こうへ押し返せそうだ。そう思っていると、キルエルの浮力がフワリと消えて自由落下を始めた。
「ちょ、《結界魔法》!!」
リアの結界により、キルエルが落下し街に着地するのを防ぐ。キルエルは暴れるように体を回転させて、結界を破壊しようとしてくる。
こうなると、門の向こうへ押し返すのは難しくなった。だから、リアとレイアは右手に魔力を巡らせると。
「《召喚:オクタくん》」
「《召喚:ギルグリア》」
それぞれ、切り札を切った。《門》を潜り現れたオクタは、深くフードを被り顔は見えないが触手は健在で、人ならざる異形の雰囲気を放っていた。彼は呼ばれた理由より先に天使の姿を見て「ほぉ?」と興味ありげな声を漏らす。ギルグリア(人間形態)はまず最初にリアに抱きつき、次いで天使を見上げて「ふむ、天使か……」とどこか物知りで納得の様子。
「ギルグリアは天使の事、知ってるの?」
「うむ、100年ほど前に一度殴った記憶がある。あやつらはだいたい野望ある人間に呼び出される厄介な存在だが、どうやら此度も人間に呼ばれてお怒りの様子だな」
「なんとかできる?」
「門に押し返して扉を閉じよう」
リアとギルグリアが会話する傍ら、オクタとレイアも会話をする。
「オクタくん、あいつを門の奥に押し返すの手伝ってくれないかい?」
「任せろ、久方ぶりの出番だ。活躍はするさ」
触手でグッドサインを作ると、顔は見えないが笑みを浮かべた気がした。レイアはギルグリアにも「よろしく頼むよ」とお願いし、ギルグリア自身も快く「あぁ、我も久方ぶりの活躍の場だ、存分に役立つとしよう」と歯を剥き出しにして笑った。
……自由落下を始めたキルエルは、結界に阻まれ落ちれない事を悟ると、再び光の弾を形成し始める。何がなんでも地上に降り立つつもりのようだ。だが、ここには英雄を除いて地上最強のパーティーが出来上がっている。
最初に動いたのはオクタであった。彼は空中で直径30メートル程の巨大な水の弾を500個ほど作り上げると凍らせて氷槌に変える。そして、右腕の触手を振ると。キルエルの目玉に向かって叩きつけた。氷が砕け、キルエルの目に波を作る。キルエルは大粒の涙を零しながら瞳を閉じると、光の弾を乱射した。その全てをレイアの召喚した戦乙女や西洋甲冑が叩き落としていくと、顕現時間の残り少ない《境界線の銀剣》をぶん投げて、瞼の上から目玉に突き刺した。
キルエルの動きが止まる。
それを機に、ギルグリアが飛び上がると、口を大きく開く。魔法陣が幾重にも展開されていき、そして下から強大な魔法を放った。
「《黒龍の火炎》」
空をオレンジ色の煌々とした炎が覆い尽くす。その炎の竜巻はキルエルを焼き焦がしながら押し上げていく。ヘイローは砕け、翼は良い燃料となった。そして時間にして10秒弱、ウェルダンされたキルエルから金切り声に似た悲鳴のような音が響くと門の直ぐそばまで押し返す事ができた。そこへリアがすかさず結界を叩き込み更に押し込む。
それからリアはギルグリアと共に飛び上がると、拳を握った。そして結界を足場にして2人同時に《皐月華戦》を放つ。「ドンッ」と雲が捌け青空を覗かせる程の衝撃を持った一撃は、今度こそキルエルを向こう側へと押し込んだ。
キルエルの前身が門の向こうへ入ったのを確認すると、オクタが門の扉の両側へ巨大な触手を召喚し、勢い良く閉じた。
閉じられた門は、ポロポロと欠けていき、光の粒となって消えていく。
「キルエルの声が聞こえなくなった……?」
「それって、つまり?」
「向こう側に帰せたみたい」
シエルの呟きに、全員が顔を見合わせる。そして、リア、レイア、ダルク、シエルの4人は「いぇーい!!」とハイタッチを交わした。
…………
キルエルの帰還により、賢者の石は砕けて召喚の魔法陣は焼き消える。アールグレスの姿はそこになく、どこかの次元に飛ばされてしまったようだった。恐らく、違う世界軸、時間軸の過去へと飛ばされたのだろう。チカがいるのかも分からない別世界へと。キルエルとの契約は履行された。
……空から一部始終の全てを見ていた1人の少女がいた。顔が均衡を……黄金比を超えて不気味なまでに整っている。人形職人が丁寧に作り上げたかのようだ。更にこの辺では珍しい濡鴉のような艶やかな黒髪と、黄金の瞳が、どこか浮世離れしている。病的なまでに白い肌は真珠のようで、どこか無機質さを感じた。
そんな少女は黄金の瞳で下界を見下ろし、興味深そうに眺めてから、姿を消した。




