死者蘇生⑦
車に乗り込んですぐに、ダルクは深く深呼吸をする。微かに震える指先を片手で掴み、肺に空気を取り込んだ。そんなダルクを見て、異変でもないが、少しだけ気になったシエルは端的に思い浮かんだ言葉で聞いた。
「ダルク、怖いの? 私は……色々と怖いよ。身体の事も、魂のことも、天使のことも。不安で仕方ないよ」
ダルクが少し驚いた顔をし、聞いていたリアとレイアは真ん中に座るシエルの手をそれぞれ握ると、安心させる為に微笑む。一方で、ダルクは苦々しい表情を作るとゆっくり口を開いた。
「そりゃあ……怖いだろ。だって天使だぜ? 神話生物って奴の事すらまだ飲み込めていないってのにさ。シエルも情報過多で混乱してるだろうに、すまないねぇ」
吐き出すように言葉を転がして、ダルクは目を瞑る。
「私は幽霊系が怖い。何故か、物理的攻撃が効かない上、存在の証明すら不安定だからだ。肉体言語ってあるだろ? 極端な話、大抵の生物は拳さえ通ればどうにかは出来るんだよ。なのに、全く効かないどころかオカルトチックな方法でしか倒せない敵なんて恐怖でしかないぜ。だから嫌いなんだよ。
そのうえ、更には神話生物ときた。そして天使まで出てきたら、流石にな。あのアラドゥの時のミ=ゴって奴も……ヴァルディアだってそうだったのか? って思うよ」
ダルクの呟きに、リアも思考を走らせながら答える。
「……ヴァルディアと神話生物には繋がりがあった?」
「かもな、だが今、肝心なのは神話生物じゃなくて天使だ」
片目を開き、口元に笑みを浮かべながらも。
「果たして、本当に魔法使いの攻撃が通るのか。そもそも、天使って殺していいの?」
物騒な事を言うダルクに、シエルは。
「私は、話し合えればいいなって思ってる」
「話し合いか……まぁ、確かに平和的解決だな。だけど、天使ってそもそもどんな形か分かんねぇのがな。神様って奴の使いだし無機物の可能性もある」
リアとレイアは頭上にハテナを浮かべて首を傾げた。
「え、人型じゃないの?」
「僕は背中に翼の生えた人を想像してたけど」
「……とある聖書とかに登場する天使は割と面白い形してるらしいぜ。だから、私はそもそも話ができる存在が出てくる確率は半分に考えているんだ」
「そう言われると……確かに。どんな存在か分からない、言葉が通じるかも不明ときたら、下手をすればヴァルディアよりも面倒な相手って事になるな」
「だろ? どんなパワー持ってるかも分かんねぇしな」
「超能力的なの出されたら、流石の俺も怖い」
いつも勝ち気で強気なリアですら、真顔で怖いと言った。そして恐怖が伝播するように、車内を重い空気が降りる。
ダルクは車のエンジンを入れると、アクセルを踏んだ。兎にも角にも、目的地である研究所に行かなくては話が進まないし、最悪の事態になってしまう。急がなくてはと、アクセルを踏みつつ安全運転で街中を走り抜ける。
流れる外の景色を見ながら、シエルは呟いた。
「私が止めないと……」
責任を感じ、同時に世界の命運すら左右する対談になるだろうと、肩を震わせる。私に出来るだろうかと、チカの魂が不安でうねりをあげているようだ。
どうしようもない不安が胸に溢れる。私の言葉は届くのだろうかと。
皆が皆、可能性を考えて、結果を見据えて、不安になる中、場を和ませようとしたのかダルクがこんな話をし始めた。
「みんなはキルエルって天使はどんな見た目してると思う? 私はロボットアニメみたいな機械じみた巨人か巨大なマリモだと思うぜ」
「あー、ロボットはなんか分かるー。ん? マリモ?」
皆が緑色の球体を思い浮かべる中、発言した当人のダルクは饒舌に思い出を語る。
「昔、呪われたマリモと戦った事があってな。こう、木々を操って攻撃してくる『神聖なる者のカケラ』って呼ばれてて……まぁ、だから神の遣いみたいなやつに対しては『苔』か『マリモ』のイメージしか湧かねぇんだ」
「マリモが天使かぁ、可愛くていいね」
「だろ?」
車内に穏やかな雰囲気が流れる。話題転換には成功したかなと思ったダルクは、3人に「みんなはどうなの?」と問いかけた。
「僕はさっき言ったようなイメージだね。あっ、ほらファーストファンタジー4に出てくるサファロスみたいなやつ」
リアとダルクが「あー、なるほどね」と同意する一方で、シエルはゲームなどやらないのか首を傾げている。チカの魂の記憶にも無い様子なので、今度リアがゲーム機ごと貸す約束をしたところで話を戻した。
「シエルはどう?」
「私……? うーん、可愛いのがいいな……」
「お、シエルもマリモか?」
「ふふっ、いや、私はどうせなら……柴犬かな」
「……柴犬の天使か、話聞いてくれそうでいいな」
「敵なら逆に倒しにくいけどね」
そんな風に和やかな空気のまま車を走らせる。やがて森林地帯に入っていく。森の中というのもあるが、空に鎮座する扉のせいで夜のように暗い。
ここを抜ければ、金持ちの多い別荘地帯だ。なるほど、確かにこの場所ならば人の出入りは少ないしセキュリティーも強力だ。研究施設にするにはもってこいの場所だろう。
「さて、じゃシエル。言う台詞は決まったか?」
「うん、お父さんに思いと言葉を伝えてみる。駄目ならその時は殴ってでも止める」
「シエルの説得次第だからな。よし、着いた」
ごく普通の大きな一軒家に車を停めると、4人は降りる。空を見上げると、あいも変わらず大きな門がそこにはあった。開く様子はないが……時間の問題だろう。
ダルクはノートPCを取り出すと、入り口をハッキングして解錠する。それから、片手に拳銃を持って先行した。家はがらんとしており、人の気配はない。という事は。
「地下室か、しまったな、エルさんに聞いとくべきだったか?」
「いや、さっき入り口をハッキングした時に怪しい部分を見つけた。だから、ここだ」
ダルクは廊下の床板に指をかけて引っぺがすと、小さなモニターとキーボードが姿を表した。起動するとパスワードを打ち込む画面が表れる。ダルクは慣れた手つきでノートPCを接続すると、両方のキーボードを叩き錠を解除した。すると、ガタンと音を鳴らしながら床下が沈んでいき階段が出来上がった。
「……行くぞ」
3人が頷くのを見てから、先に進む。途中、リアが横に立ち《結界魔法》の準備をし、レイアは後方を確認しながら短い階段を降りると、病院のような白くて無機質な廊下が姿を表した。どこか近未来的な雰囲気を放つその場所を進んでいく。やがて末端まで辿り着くと、そこには機械仕掛けの門があった。
「開いたら即バレるなこれ」
「かと言って他に部屋はないし、行くしかないよね」
「準備はいいか? 特にシエル」
「……いいよ」
「よし、じゃあ行くか」
ダルクはバンッと門を殴ると、機械の解錠音がガチャガチャと鳴り、扉が開いていく。既にハッキング済みのようだ。
そして、扉の先には広い空間が広がっていた。そこでまず目につくのは、幾つか淡い緑色に照らされた巨大な培養槽のような物体だった。中には被害者らしき少女達が浮かんでいる。リア達はその一つに駆け寄ると見上げた。呼吸器らしきものをつけている様子から生きてはいるようだが……。エルの話を聞く限り、既に実験された後という事になる。ショゴス、不定形の化け物を植え付けられた、どんな魂でも受け入れられる器として。
「後で迎えに行くからな」
リアは一方的に約束すると先を急いだ。
…………………
研究施設を更に進むと、また別の部屋への入り口が見えた。4人は駆け寄ると、ダルクがまず少し扉を開いて覗き込む。
中は研究所らしく紙束が散らかっているが……そのちょうど中心。巨大な魔法陣が淡く緑色に光り輝いていて、赤い石が空中でエネルギーを放つようにメラメラと炎のような光を滾らせている。そして、倒れている男が1人。
ハンドサインで開くぞと問うと、全員が頷いた。だから、ダルクは扉を開き中に入ると、男の元へ駆け寄る。
男は痩せ細ってはいるが、シエルの部屋で見た写真の人物と同じだった。アールグレスだ。
「おーい、黒幕くーん。大丈夫か?」
ダルクは頬をペチペチと叩きアールグレスの反応を窺う。アールグレスは薄く目を開くと、小さな声で「チカ……」と呟いた。
「お父さん……?」
シエルが問いかけると、アールグレスの薄く開いた目がシエルを捉える。すると……小さな声で呟いた。
「ち、違う……チカは……」
ダルクが舌打ちを鳴らす。言いたい事は短くとも察せられた。シエルの姿を見て、チカではないと断言してのだ。ダルクにとって、それは許せる台詞ではなかった。確実に、琴線に触れる言葉だ。
「違わねぇぞおっさん。チカの魂を無理矢理引き出したのはお前らだろうが」
胸ぐらを掴み上げて鋭い目で睨む。アールグレスはより苦しそうにしながらも譫言のように。
「チカを……取り戻さなければ……キルエル……に」
ガリっと歯を噛み締める音が響く。ダルクはアールグレスをゴミクズのように投げ捨てた。
「駄目だな」
ダルクはシエルの肩に手を置き、頭を振った。
「悪いシエル、いやチカに、か? こいつの理想は……実験も既に放棄して、天使にご執心なようだ。言葉なんて聞いちゃいないどころか、目の前の『奇跡』すら見ていない」
「……考えた言葉、無駄になっちゃった」
目を伏せる彼女の気持ちを察して、リアとレイアも口を閉じる。
その時、再び地鳴りがした。しんみりとする時間はないらしい。ダルク投げ捨てたアールグレスに近寄ると、頬を思いっきり叩いた。
「おらー、言え。天使の召喚の止め方は?」
「キルエルが……過去に私を……飛ばしてくれる」
「はぁ……」
ダルクは重いため息を吐き出すと、大きなマーカーペンを取り出し魔法陣に書き加えていく。リアは光を放つ賢者の石を結界で囲み、レイアは外の様子を見に行く為に駆けて行った。シエルは……アールグレスに語りかける。
「お父さんは、どうしてそんなにチカを生き返らせたいの?」
「……」
目を瞑り返答しないアールグレスに、チカは一方的に話しかけ続ける。
「いや、いいよ。私をここに来た時点で想いは伝わっていると思う。でも、シエルって娘には悪い事をしたと謝ってほしいかな。それから……チカにも。私は誰かを犠牲にした死者蘇生なんて望んでいなかったよ。死者は死者なんだから……受け入れて生きていくしかないんだ」
アールグレスの頭を撫でながら、シエルは「だけど、ありがとう」と言った。
…………………
ダルクが魔法陣に書き加えているのは、単なる魔法陣破壊の為の術式だったのだが。頭を振って口を開く。
「無理だ止まらない。というか、資料拾って一通り読んでみたけど、どうやらこの石には巨大なプールよりも多くの魔力エネルギーが蓄積されているみたいだ」
「この石、砕いてみる?」
「いや、余計な事をして悪化するのもな。爆発したら流石に死ぬ」
「《結界魔法》……」
「貫通するタイプだったら、その、アレじゃん?」
「しゅん……」
リアも結界に絶対の自信は持てなくなっているので、項垂れながら同意した。
ダルクは携帯端末を取り出すと、レイアに電話をかける。レイアはすぐに電話から出ると焦った様子で口を開く。
『門が開きかけてる!! すぐに来て!!』
すると、また地響きがして。事の行き先がもう手遅れな事を全員が察した。
「だとよリアっち。対話か戦闘か、ご立派な天使とやらとご対面といこうか」
「……私も行く」
「シエル……?」
「何か、声が聞こえるの。私もその、神話生物みたいなものだからかな」
「天使の声、かぁ。じゃあ危ないけど一緒に行くか」
「うん、大丈夫。もう私は簡単に死ねる身体じゃないと思うから」
「そういう問題じゃないんだけどな。でも、シエルの事は俺が守るよ」
「リアの事、頼りにしてる」
ここにきて、シエルは何か吹っ切れたのか、口元に少しだけ弧を描き笑みを浮かべる。怯えている様子はなく、同時に自信に溢れていた。
新作みたいな奴の構想3つくらい練ってたらかなり遅れてしまった……
実は死者蘇生の後、2つのエンディングを考えているのですが、どうするか悩んでいるのでかなり遅れる可能性が




