死者蘇生④
車に乗って、やってきたシエルの家。一軒家で一見すると別に不可思議なところはない。二階建てのそこそこお金持ちな一軒家といった印象だ。やはり、当たりはチカの家かなと3人は思いながら、ダルクがノートPCを取り出し電子キーをハッキングして解除すると中に入った。
中はシン……と静まり返っている。人の気配は無く、長らく人が使っていない感じがする。
「お邪魔します」
靴を脱いで、上がるとシエルがピクリと反応を示す。
「なんか、懐かしい感じがする」
「まぁ、君の家の筈だからね」
「それだけじゃないって事かな? 他には何かない?」
「うーん、少し悲しい感じもするかな」
その感情の意味は分からず、部屋を捜索する。リビングはテレビとソファ、食事用のテーブルと椅子しかなく、がらんとしている。使用している感じというか、生活感が感じられない。
「ここには何も無さそうだな。2階行くか」
ダルクの判断で、4人はさっさと2階に上がった。時折、シエルは周囲を見回し考え込むような仕草をする。記憶が刺激されているのだろうか? リアとレイアは心配そうにしながらも見守る。
そして、ひとつ目の部屋に入った。
中はキングサイズのベッドがひとつ置かれており、部屋の端には鏡台や化粧台が置かれている。テレビなんかも完備してあるが、ダルクは中に入ると床に指を這わせて埃を取る。うっすらと埃がついた。長らく使われていないどころか、人の出入りが無かった事が分かる。
「シエルの両親の部屋かな?」
「たぶん、シエルはこの部屋見てどう思う?」
「う、うーん……」
シエルは部屋を覗き込んで俯いた。すると、目から雫がこぼれ落ちる。
「あれ、おかしいな。なんで涙が……?」
リアは紳士にハンカチを取り出すと涙を拭う。シエルはありがとうと礼を言うと目を瞑って。
「とても悲しい気持ちが湧き上がってくる……。私は、寂しかったのかな?」
「そりゃ、中学生で両親がいないのは辛いだろうね」
レイアが肩に手を置いて慰める。シエルは一度頷くと「次の部屋に行こう」と歩みを進めた。
…………………
次の部屋は可愛らしくも白で統一された部屋だった。ダルクはまたも床を指で摩るが、今度は埃はあまりつかなかった。この部屋は利用されていたようだ。そんな部屋に入ってすぐに。
「うぅ、いた、痛い……!!」
頭を抱えてうずくまる。リアとレイアが「大丈夫!?」「無理しないで」と慌てふためく中、シエルは譫言のように呟く。
「うぅ、マリアちゃん……私の親友!! そうだ、なんで忘れてたんだろ……」
暫くすると、頭痛が治まりシエルは頭から手を離して部屋をまじまじと眺め回す。1人用のベッドに勉強机。PCにテレビが置かれており、この部屋で生活が完結している事が分かる。
すると、またもピリッとした感覚で脳裏にある光景が過ぎった。
「なに、この記憶……」
突如流れる自分の忘れていた記憶。黒いスライムのようなものに追われて、意識を失う。
次に目覚めた場所は実験室のような所で、培養槽に浮かんでいる自分。それを研究者……というよりも、先程見た追手の女性が見つめている。ふと、自分の腕に視線を移すと……黒いスライムが鎌のように展開していた。自分はそれで培養槽を切り割って……。
「シエル……?」
「リア、私なにか重要な事を思い出したかもしれない」
それから、4人で情報を共有する。シエルの記憶の断片から、ダルクは幾つか予想を立てる。だが、口にするべきか悩み、ひとつだけ予想を言った。
「実験でシエルに誰かの記憶を埋め込まれた、という可能性……あると思うぜ」
「そんな事可能なんです?」
「現在医学の最先端と……ほら、アラドゥの時にいたミ=ゴのような、知識ある不思議な存在がいれば不可能じゃないかもしれないだろ?」
レイアはミ=ゴを見たことはないので首を傾げている。リアは端的にピンク色の甲殻と6本の鍵爪のような腕を持つ化け物だよと説明した。
「……魔物ではないんだね?」
「そうだな、奴らは死んだら溶けて消えたし」
「世の中、不思議な生き物がいるんだなぁ」
「オクタ君も充分、不思議な生き物だけどね?」
いるんだなぁというレベルではないと思うがお昼を食べてホワホワしたレイアの思考レベルでは事の重要さを理解できていない様子。そしてそれはシエルも変わらず「私、改造されたのかな……」と不安を漏らした。
「まぁ、改造するにしても敵さんの終着点が分からない事にはな」
「終着点?」
「結局、何がしたいのかって事だ」
ダルクはそれから、シエルの腕を取ると。
「さて、じゃあ鎌の話に移るけど。シエルは魔法使いじゃないよな?」
「うん、私は普通の中学生の筈だよ」
「そか、まぁ授業の一環で魔法に触れる機会はあったかもしれないが、その程度って事だ。そんな娘が、培養槽を……仮にガラスだとしてもぶち破る力があるとは思えない」
「……私に、なにかあるかもしれないって事だね」
「あぁ、忘れているだけで、君は自力で研究室から逃げ出した筈なんだ」
暫し静寂が降りる。リアとレイアは場の空気を読んで黙っている。そんな中、シエルは唸り声を上げて記憶を探ろうと必死だ。ダルクはその彼女に聞こえないように、携帯端末を取り出すとSNSでメッセージを送った。リアとレイアは携帯端末のバイブレーションで気がつき直ぐに画面を見る。
『シエルは人間じゃない、もしくは人間じゃなくなったのかもしれない』
そのメッセージを見た2人も、正直心当たりはあった。あのラーメン屋での一軒である。いくら消化が早かろうがあのレベルの物量を腹に収めて……腹が出ないなんて事があるだろうか?
しかし、ならば彼女は何かと言われれば分からず。だが、だらかと言って見放すつもりもない。最後まで責任を持って付き合うつもりの2人はそれぞれ似たような文で『だとしても、最後まで付き合うよ』と返した。ダルクはそのメッセージを受け取りニヤリと笑みを浮かべる。良い娘達だと。
そうして3人が絆(?)を深めていた時、シエルは勉強机のテーブルに一枚の写真がある事に気がついた。小さな額縁に入れられて大切に保管されている。シエルは気になり徐に、写真に手を伸ばすと見た。
「これ……?」
写真に写る、薄い緑色の髪をした幸の薄そうで儚い印象を受ける少女と、今の自分の姿……要するにシエルが仲良さそうにしている様子が写っている。裏を見るとシエルとチカと可愛い文字で書かれていた。
「……私?」
その中に写る幸の薄そうな少女を見ると、心臓が痛い程に高鳴った。そして、その姿が自分と妙にしっくりくる。本来の身体はこっちだと言わんばかりに疼く。そんなシエルの横からリアが写真を覗き込む。
「どうした? なんか見つけた?」
「うん、この写真なんだけどね」
シエルは皆に説明した。自分の身体は確かに『シエル』だが、この写真に写る『チカ』の事を自分だと思う事。そう思う理由は直感でしかないが……それでも妙な胸騒ぎがして、落ち着かない事を伝える。3人は顔を見合わせると首を傾げた。
「妙な話だなそりゃ」
「でも、君は間違いなくシエルだよ?」
「分かってる、分かってるんだけど、このチカって娘が私だとやっぱり思うの」
「ふむ、新たな謎ってわけか」
……………………
「ところでみんな」
部屋を出ようとしたところで、シエルは皆を呼び止めた。
「あの、私が逃げる時に使った……かもしれない『鎌』を出してみたいんだけど」
「それは……」
もしかすると、それをしてしまえば彼女は人間ではないかもしれないという証明になる可能性があった。だが、ダルクは乗り気で対応する。リアとレイアは彼女に任せる事にした。
「分かった、魔法の種類が分からない事には難しいっちゃ難しいんだが、やるだけやってみるか!!」
「うん!!」
ここに居るのは魔法使いとしては一級品の3人である。なので、彼女らはそれぞれ分かりやすく魔法を説明する。
「まず、魔力の流れを読む必要がある。魔力は基本的に血管のように全身に張り巡らされた回廊を伝って発動するんだ」
「そこに方向性を持たせるのが、魔法陣や脳による構築だね」
「感じ取るには幾らか訓練が必要だが、シエルならすぐに出来そうだな。さて、じゃあ目を瞑って全身の魔力を感じてみてくれ」
「分かった、やってみる」
シエルは目を瞑り魔力を探る。すると、血管の中を流れる血を感じとるかようにエネルギーの奔流を感じる事が出来た。
「これだ……あとは『鎌』の形に変えて……!!」
その時、ずるりと音を立てて、シエルの右腕から粘液体が溢れ出して滴った。黒いスライムのようなその粘液体は、シエルの腕を覆い尽くすと目玉をいくつも浮かべる。更に、常に流動しており、角度によっては玉虫色の光を放つ。
異臭がした。嗅いだ事の無いような、不快になる臭いに3人は警戒をする。それを見るだけで精神が削られる感じがして、とても良くはないモノだという事が嫌でも分かった。そして、そんなスライムを出したシエルも困惑した。
「なに、これ……!?」
スライムはシエルの要望通り、鎌の形をとる。粘液体の筈なのにも関わらず、一目で鋭さを感じる形だ。これならば人体など一撃で真っ二つに出来るだろう。
リアは……粘液体の目玉がこちらを射抜くのを感じて……後ずさらず、シエルに近寄ると抱きしめた。
「取り敢えず、落ち着いて」
「りあ……!!」
「大丈夫、ゆっくり引っ込める事だけを考えるんだ」
「……うん」
リアの温もりに騒ぐ心を落ち着けられたシエルは内に意識を向ける。すると、粘液体はずるりと音を立ててシエルの身体に吸収されるように消えた。
「2人とも大丈夫か?」
「俺は大丈夫、シエルもほら」
「怪我とかは無いかな……?」
「じゃあ、今のがシエルの魔法か何か。逃走する時に用いたモノって訳だ」
ダルクの思考の裏に黒いスライムの事が過ぎる。過ぎりまくる。ますます深まった謎とシエルの身体の秘密に、恐らく迫れるであろう「『チカ』の家に行こう」と提案する。
「そうだね、シエルの秘密も知りたいところだし」
「でも、私……不安になってきて……ごめんなさい」
シエルの焦燥を聞き、今度はレイアがシエルを抱きしめた。
「君が何者だろうと、些細なことさ。心があって、こうやって意思疎通が出来ている。それで充分じゃないかい?」
子供をあやすように言葉を伝える。シエルの表情が幾分か和らいだ。
「そうかな……」
「少なくとも。今はそう思う事にした方が心が楽だろうし……ここに居る皆は君の事を怖がったり遠ざけたりしないから、さ」
シエルの目がリア達を見回す。3人、それぞれ視線が合わさると頷いたりサムズアップしたりと答えた。シエルは彼女らに感謝を抱き、一言「ありがとう。みんな」と口にするのだった。




