死者蘇生③
マリアに連絡するには今の状態はよろしくない、余計にややこしく話が拗れると考えた3人は、報告を保留する事にした。そうしてやってきたのは、彼女達の思い出の場所であるショッピングモール。道中、シエルに覚えているか聞いたが、記憶に無く初めて来たとのこと。この周辺に住んでいれば、スーパーや衣服店に世話になると思うので、初めてのはずはないのだが。思い出す……なんて都合の良い事は起こらないようだ。そして、肝心のシエルだが、見た目が美しい令嬢なのもあってか人目を引く。ついでにリア達も美少女ではあるので、さらに人目を引いた。ダルクは顔の良い奴らめと思い警戒しつつも。
「じゃ、ラーメンでも食うか!!」
目についたラーメン屋の扉をくぐる。大手チェーン店のラーメン屋である。そしてリア達4人分の食券を買うととてもいい笑顔でこう言った。
「お店の人ー!! ヤサイマシマシチョモランマァ!! あとカラメニンニクマシマシ でお願いしまーす!!」
「YES!! チョモランマ!!」
「ちょ、先輩!?」
「食えねぇって!!」
シエルは首を傾げているが、チョモランマの意味を理解しているリアとレイアは必死に止めようとした。それにニンニクマシマシもやばい。だが、2人が注文を中止しようと口を開いた瞬間にダルクは《鍵箱》から素早くタバスコを取り出す。スプレータイプの防犯グッズである。
「シュッ♡シュ♡」
「がぁ!?」
「ごっほっ、ごほごほ!!」
口の中、喉にダイレクトアタックされた2人は涙目で咳き込む。
そんな悶絶する2人をよそに、ダルクはシエルの手を優しく引いた。シエルは若干引きながらも今は彼女達しか頼れないので仕方なく着いていく。
リアとレイアはお水を取りに行ったので、ダルクはカウンター席にシエルと隣合って着席すると本題に入った。
「さて、君のことはチカかシエル、どっちで呼べばいいかな?」
シエルは「あ……」と口を開いて固まった。それから「鏡を貸してもらえませんか?」とダルクに頼む。ダルクは《鍵箱》から化粧用の鏡を取り出すとシエルに渡した。シエルは鏡を覗き込んで唸る。考え込みながら真剣な目で自身の顔を見て、呟くように言った。
「私は……チカの筈。なのに、自分の顔を見ていると不安と焦燥感に駆られます。もしかしたら、私はチカではないのかもしれません」
幾分か迷った末に彼女は意を決したように口を開いた。
「だから、私の事はシエルって呼んでください。皆さんがそう呼ぶ方が正解な気がします」
「いいのか?」
「はい、その方が私も心が楽です」
「分かった、シエル」
会話が終わった頃、リアとレイアも帰ってくる。2人は揃ってダァンとコップを叩きつけるように置くと。
リアはガシッとダルクの首に腕を回してヘッドロックを決めた。ギシギシと音を立てて首をがっちりホールドする。
「この野郎!! メスガキみたいな声でシュッ♡なんてやりやがって!!」
隣にいたレイアも光の灯らない目で、ダルクの頬をペシペシと叩く。
「すごく辛かったんだからね、先輩も辛い思いしようね」
「ちょ、うぉおおお」
そうして、暫くの間3人は戯れ、側から見ていたシエルは思わず笑った。愉快な人達だと思う。
それから程なくして解放されたダルクは「酷い目にあったぜ」と愚痴をこぼす。酷い目にあったのはこっちだと言いたげな目でダルクを見ながら、リアが口を開いた。
「それで、さっきは何の話をしていたんです?」
「あぁ……名前の呼び方についてだよ。ほら、この娘見た目はシエルちゃんなのに自分の事チカだって言うだろ?」
「なるほど……」
「それで、一応チカじゃなくてシエルって呼ぶことに決まったところだ」
そこで、リアとレイアもシエルに向き直ると自己紹介を口にした。
「俺はリア・リスティリア。よろしく、シエルちゃん」
「僕はレイア・ヨハン・フェルク、しがない《召喚魔法》使いのお姉さんだよ」
ダルクが思わず「お姉さんは無理があるだろ」と語尾に草をつけて笑った結果、今度はレイアにヘッドロックをされる。痛い痛いギブギブと腕を叩くダルクを見ながらシエルは挨拶を返した。
「その、よろしくお願いします、リアさんレイアさん」
「呼び捨てにしてくれていいよ?」
「なんなら、俺らもシエルって呼び捨てにするし」
「うん、分かった。よろしくねリア、レイア、ダルク」
ヘッドロックをようやく解除してもらえたダルクは喉をさする。
「もうすぐラーメンできそうだぜ」
「へいおまちどう!!」の掛け声と同時にドンっと巨大な丼が眼前に置かれた。
それは、形容するなら小型化した山であった。
麺の上に積まれた野菜の高さは頭二つ分くらいあり、醤油ソースがかけられている。ニンニクの良い香りが漂ってきて食欲を誘うが、ビジュアルの暴力が同時に襲ってくる。
リアとレイアは苦い顔を、シエルは単純に「え? 食べ物……え?」と困惑する。ダルクはいざとなったら《鍵箱》でしまっちゃえばいいやと考えているのでお気楽であった。
………………
「うぷっ、もう無理」
「僕も限界だよぉ……」
リアとレイアは麺にたどり着きはしたが、もう食べれないとギブアップする。ダルクも途中で諦めて《鍵箱》に収納した。一方で、シエルは初めて食べるのか目をキラキラさせながら今も尚、食べ進めていた。あの山のようにあった野菜を全て食べきり、麺を啜り終えるとスープまで飲み干した。
「ぷはっ……」
「嘘ぉお?」
「凄い……」
その華奢な身体のどこにあの体積が入るのか不思議でならない。そう思っていると、シエルがこちらに向く。
「あの、意地汚いかもしれませんが、勿体ないので残すなら食べましょうか?」
「まだ入るのかい!?」
「はい、何故かお腹いっぱいにならなくて」
ダルクはふとシエルの腹に目を向けた。腹は膨れておらず、胃が異様にデカい訳ではない事が分かる。凄まじい消化能力だなと思い、少々戦慄した。
それから10分でシエルはリア達の残し分もたいらげてしまった。思わず2人は拍手を送る。シエルは少し照れたような顔で「美味しかったです、また来たいです」と感想を口にする。リアとレイアも「美味しかったなら良かった」と店の人に感謝を送った。店の人は可愛い娘に感謝されデレデレしている。
そして「さて」とダルクが場を仕切った。
「シエルの事、どうすっかなー」
開口一番で悩み事を口にする。シエルの待遇を決めかねていた。だから、無難な案をレイアが提示する。
「やっぱり、素直に説明して魔導機動隊か病院に預けるのが1番じゃないかい?」
「そうしたいのは山々だけどさぁ。失踪事件の手がかりかもしれないし、探偵としては手放したくないんだよ」
それに、と。言葉には出さないが十字架に反応したところを見るになんかあるなと考えているダルクは、やはり魔導機動隊などの組織に手渡すのは得策ではないと考える。可能性としては、なんらかの実験で身体のどこか……特に頭をいじられたかもしれない。魔導機動隊はまともで優秀な組織だが、探偵という職業が成り立つくらいには頭の固いところがある。やはり、自分で調べたいとダルクは思った。
シエルは自分の事ながら主張はせずに縮こまっていた。どうするにしても、記憶喪失なのがネックだなぁと自分で理解っているからだ。
「なら、やっぱりシエルとチカ、2人の家にお邪魔させてもらって調べるしかないんじゃないかい?」
「シエル、君を少し連れ回してしまう事になるけど、いいかな?」
リアが問いかけるとシエルは「はい、私も記憶を取り戻したいですし」と乗り気であった。いや、シエルにも燻る不安感と失った記憶に対して、自分に何が起きたのか分かるかもといった希望や気持ちがあるのかもしれない。
「ここは、お互いに利用する事にしようじゃないか」
ダルクが手を叩き話はおしまいと席を立つ。行き先の方針が決定した事で、3人も席を立つと共にラーメン屋の外に出る。
その時だった。レイアの警戒網に、ひっかかる大人が1人。こちらに分かりやすく視線を送ってくるため、簡単に気がついた。どうやら、追跡者としては素人らしい。
「先輩、なんか跡をつけてる人がいる」
「ふむ……巻くか」
怪しいが捕まえて尋問するにしては情報が足りない。なので、レイアが《召喚魔法》で戦乙女を出すと、シエルを抱き上げる。瞬間、逃げようとした事に気がついたらしく、追跡者がこちらに走り寄ろうと足を動かした。だが、魔法使いではなさそうで、速度は遅い。3人はすぐさま《縮地》で高速移動しようと、地を蹴った。その時。
「待って!! チカぁ!!」
「!!」
シエルの事を追い求めていたのか、懇願するような声が聞こえてきた。だが、発動した魔法は急には止められない。4人は瞬時にその場から離脱するとショッピングモールの外に出るのだった。
………………
ジルの車付近には誰もおらず、警戒はしなくてもよさそうだ。だから、2人は思う存分、地面に膝と手をつき深呼吸をする。あれだけ沢山食べた後に《縮地》を使うのははっきり言って地獄だった。今にも吐きそうで、口元を抑える2人に、シエルが水を買ってきて手渡した。
「だ、大丈夫?」
「ありがと……」
「うぇ、うん、シエルこそ誰かに声かけられるとか無かった?」
「無かったよ。それにしても、さっきの人……私を探してたのかな。チカって呼んできた」
ダルクが思案顔で口を開く。
「絶対に何かあるな。やっぱ捕まえて尋問すべきだったか?」
「尋問はかわいそうだと、私は思います」
「シエルは優しい娘だなぁ。ほら飴玉あげるぞー」
「わーい」
知能指数の低い会話を繰り広げる2人を他所にようやく立ち直ってきたリアとレイアは立ち上がると。
「まぁ、過ぎた事を悔やんでも仕方ないですし、まずはシエルの家に行きますか」
「そうだなぁ。あ、2人ともジル公の車だから吐いてもいいけど、ドライブ大丈夫そう?」
「「吐かないよ!!」」
「あとジルさんの車もっと大切にしてあげて」
リアの言葉に乾いた笑い声を漏らすダルクであった。
「まぁ、それに調べていくうちにまた出会いそうだしな」
「……ですね、特にチカって娘の家に向かう時とか」
リアの言葉に3人は頷いた。
正直、この話も文章にしたら面白くはないなと思ってしまって、なかなか書けずにいました。それでも一応、この話を完結までは書くつもりですが、スランプなのもあり低速執筆になりそうです。そんなんでも読んでくれる人に感謝を。




