死者蘇生①
前話、会話を修正しました
翌日、部活動が終わるとリアとレイアとダルクは揃ってアイスクリーム店の裏、探偵事務所『底の虫』へとやってきていた。ダルクが誘ったとはいえ、正式な依頼である。ジルから説明したいとの事と、情報交換の為だ。あと報酬の件についても話し合わなければいけない。
だが、メインとなるのは依頼者からの直接の説明会である。というのも、依頼は電話で簡易的に行われたので依頼者兼被害者からの説明会は初なのだ。そこに一応探偵として参戦する3人も加わろうと考えてのこと。
そしてダルクが「ガチャ」と事務所の扉を開くと、ジルの他にもう1人の女性がソファに座っていた。被害者の女性でマリアという名の学生だ。見目は麗しく、ダルクとはまた違う濃いピンクブロンドのミディアムヘアが印象的である。
マリアは3人の姿を見ると立ち上がり、まずレイアに近づきそして。
「きゃー、なにこの娘かわいい!!」
「わぷ!? な、なにを」
たわわな胸でレイアを抱きしめた。身長の低いレイアは、マリアの胸に顔を埋めさせられて息苦しそうだ。やけに大人の色気のある女性だなぁとリアが思っていると。
「貴方達が学生の探偵さんね。私はマリア、よろしくね」
「うん、俺はリア」
「私はダルクだ、よろしく」
「あら、俺っ娘……いいわね!!」
マリアはレイアを撫で回しながら挨拶を口にする。レイアは抜け出そうと必死だが、ガッチリホールドされてしまっていた。
「い、息がくるし……」
「あっ、ごめんなさい!!」
解放されたレイアはコホコホと分かりやすく咳をする。一方、事の成り行きを見ていたジルは「まぁ、みんなソファに座ってくれ」と促した。まだ撫で回したいのかマリアはうずうずしながらもソファに座る。
皆がソファに着席すると、資料をテーブルに置きながらジルは確認の為に口を開いた。
「では改めて。探偵事務所『底の虫』への依頼確認をします。まず、マリアさんが襲われた謎のスライムについての調査……それから行方不明の友達の捜索でしたね?」
「はい、まず黒いスライムですけど……いっぱい目のある粘液性の化け物でした」
「言葉だけじゃ想像しにくいな。絵とか書けます?」
「はい、紙とシャーペンを貸してもらえれば」
ジルはマリアに紙とシャーペンを渡した。すると、彼女はデフォルメされた1匹の化け物を描く。スライムのような楕円形の物体に目と口が浮かんでいる。
「こいつか……」
リアとレイアも覗き込む。そして同時に「むぅ」とため息を吐いた。こんな魔物は知らないし、生物としても知らない。どんな風に襲われたのかとか詳細を聞きたくなったリアは「詳しくお伺いしても?」と問う。
「えっと、学校からの帰り道です。人気のない路地裏に入った時にどこからか嫌な匂いがして」
「匂い?」
「はい、ドブのような嫌悪感を感じる匂いでした。それから、ズルズルと何かを引きずるような音が聞こえて、背後を振り向くと楕円形の粘液体がいました。魔物だと警戒して思わず後ずさった瞬間、まるで傘のように広がって飲み込もうとしたのかな? ガバって遅いかかってきて」
「それで、どうしたの?」
「咄嗟にある魔法を使いました。《平穏の壁》っていう、実家に伝わる秘伝魔法です」
マリアは少し変わった形の十字架をしたネックレスを見せる。
《平穏の壁》……リアは似たような魔法を聞いた事があった。効果は《結界魔法》と大差なく、一枚の結界の壁を作る魔法のはずだ。だが効力は弱く壁としても脆い。しかし代わりに『神様からの加護』等が宿っているとされている魔法だ。主に神職を行う者に与えられる魔法であり、こういった加護や祈りの魔法は割と数多くある。そして、あるかは分からないがゲーム的に属性を付けるなら『聖』。更に副次的効果として『聖』属性は拡散するとされているので、マリアが《平穏の壁》を発動すれば暫くはその場所は清められた神聖な場所、『聖域』となる事だろう。
リアはその知識から、彼女に問いかけた。
「もしかして、実家は神職?」
「え、なんで分かったんですか!?」
「いや、聞いた事がある魔法でね。加護のある壁を作る魔法で合ってる?」
「そうです!! 凄い、魔法博士みたい!!」
リアは照れながら「じゃあシスターとかやってるのかな?」と続けた。マリアはまた驚いて「休みの日はお祈りとかしてます!!」と元気よく答えた。
「シスターさん初めて見たよ。ご利益ありそうだし拝んどこう」
「やめい」
「痛って!?」
「バシィ!!」と音が鳴る。ダルクがマリアに向けて両手を合わせたところで、ジルからのツッコミと共に頭をしばかれた。そんな2人を見てもマリアはにこやかで「あまり知られていない神様ですけど、たぶん幸運の加護とかありますよー」と胸を張った。
そんなやりとりを見つつレイアが総合して気になった事を口にする。
「そうなると、この化け物は『神様からの加護』とやらを嫌がった事になる?」
「私が壁を作ったらそそくさと逃げていきましたし、可能性はあるかと」
だが、それ以上の情報はなく、この話は一旦保留する事となった。
「なんか、スライムと失踪事件は関係がありそうですね」
「やっぱ、そう思うだろ?」
繋がりを感じるのは魔法使いの勘が故か。
…………………
ジルはコホンと咳払いすると「それじゃあ2つ目の依頼の話に移ろう」とマリアに話を促した。
「はい。『シエル・レッドフィール』という名前の友人が失踪しました……」
悲しそうに目を伏せるところを見るに、かなり親しい間柄なのが伺えてなんとも言えない気分になるリア。何か言葉をかけた方がいいだろうかと思案して、無責任かもしれないが口を開いた。
「大丈夫です、必ず俺達が見つけ出しますから」
「……はいっ!!」
少しでも元気づけられたようで。マリアは気持ちを少し軽くしながら携帯端末を取り出すと操作して写真を一枚選び、テーブルに置いた。
写真には銀髪ロングの儚さそうな印象の女の子が写っている。
「彼女がシエルちゃんです。彼女一人暮らしで、ご両親にも連絡が取れないし、私が探さなくちゃって思って」
「失踪して何日くらいになります?」
「今日で10日です」
「1週間以上か……」
1週間も行方不明になるとまず命の心配をしなくてはならない。これは急がなくてはと思いながら情報を集める事に集中しようと、ダルクは地図を広げた。そんな中、レイアが簡単な質問を投げかける。まだ慣れた訳ではないが、自分の役割を少しづつ理解したようだ。
「君達の学校はどこなんだい?」
「私達はウィンターセフト中学の2年生で」
「えっ!? 中学生なのかい!?」
「はい? そうですけど」
中学生に身長で負けた……おっぱいも負けた……とショックで打ちひしがれるレイア。一方、ウィンターセフトと聞いて脳裏に情報がよぎったリアは言葉にする。
「ウィンターセフトってお金持ちな人が通う中学で有名だったような?」
「お金持ち……というよりは、癖のある人が通う事で有名ですね。勿論、お金持ちの人も多いですが」
「なるほど。それじゃあ、探偵事務所の事は誰かに聞いたの?」
「ここの事は友達に教えてもらって。それで募集用紙から電話番号と住所を特定して、こうしてお邪魔させてもらってます。安くで調査してくれるって書いてあって、その。私お小遣いそんなに貰えないから」
マリアは付け加えるように「あ、でもシエルちゃんはお金持ちのお嬢様らしくて、世間に疎いのが可愛いんですよ!!」と被害者の情報を自慢げに口にする。これで、被害者が珍しい中学に通い、お金持ちだが一人暮らしで両親とも仕事の関係か疎遠かもしれない……という情報が揃った。
そして、ダルクがジルに目線を向ける。幾らで依頼受けたの? と目で問いかけると、ジルは黙って両手をパーに開く。
(捜査前に10万も貰えたら充分すぎる。そしてセコイなジル公……相手は中学生だぞ?)
ダルクはマリアの話になるほどなぁと思った。なんだかんだ、彼女もお嬢様という事だ。10万は中学生のお小遣いにしては充分すぎる。そしてこの男はセコイと学習した。
さて、それじゃあ被害者の身辺情報を集めようかと思ったダルクは舌で唇を湿らせてから口を開いた。
「シエルさんの家の場所と、最後に見た場所は?」
マリアはテーブルの地図を見ると、ここですと指で押さえた。シエルの家の場所が分かるとダルクは素早くメモをとる。それから地図に印をつけた。
「それと、最後に見たのは通学路になります。一緒に途中まで帰っていたので、ここかな?」
新たにメモに住所と内容、そして地図に印をつける。それから、もう一つと問いかけた。
「ふむ……よく行きそうな場所とかご存知ですか?」
「うぅん、シエルちゃんは1人だと家に篭ってる事が多くて。でも、私がかなり遊びに連れ回しました。あ、こことか!!」
マリアが地図を指差す。地図には色々と遊べる施設が入ったショッピングモールの場所が示させれている。ここから二駅程の距離でそんなに遠くはない。ついでにウィンターセフト中学からも近い。
そこで、ダルクは「あっ?」とある事に気がついた。依頼者からの要請は、シエルという娘の捜索ではあるが、国からの依頼により他の失踪者が最後に目撃された場所の情報は事前に仕入れている。そして、その場所がウィンターセフトの近辺に固まっている事が分かった。
その事を皆に共有すると、マリアが思案顔で身を震わせる。
「私、あのスライムの化け物が犯人なんじゃないかなって思ってるんです。そして、今も狙われてるかもって思うと……凄く怖いです」
彼女の言葉にジルが難しそうな顔をした。
「うーん、俺としては事件が解決するまでここにいなさいって言いたいけど、それをすると未成年誘拐になっちゃうからなぁ」
「難儀ですね」
ジルの言葉に、リアが言葉を付け足した。そして、それはマリアも理解しているので頭を振って断りを入れる。
「でも、家族が心配するので帰ります。その、今日はありがとうございました」
「礼を言うのはこっちだよ。貴重な情報をありがとう。俺は今日から捜索に移らせてもらうよ」
「私らも明日休みだしな。朝からウィンターセフト付近に行ってみようぜ」
ダルクの提案に、リアとレイアが頷く。そうして話は一旦終わり。マリアはジルの車で自宅まで送られる事となった。帰り際に、マリアは3人に振り返ると。
「あの、よろしくお願いします!!」
頭を下げてお願いする。彼女の必死さ等が伝わった3人は「任せろ!!」と胸を叩いて了承する。明日から忙しくなりそうだ。
……………
あの後、報酬や契約について話をして……翌朝。3人は駅で待ち合わせしていた。先に着いたのはダルク。何気におめかしして他所行き用の洋服を着こなす今時女子なスタイルである。そして残りの2人はというと。リアは上下共に黒に白い線の入ったジャージで、レイアは青いジャージに短パンを履いた、なんともダサい格好で現れた。
「なんでジャージ!? 君ら17歳だろ、もっとお洒落しろよ!!」
「えー、遊びに行くんじゃないんだからいいじゃないか」
「だよね、先輩こそ遊ぶ気満々な格好じゃないですか。今日は真面目に情報収集や捜索をするんじゃないんですか?」
「そうだけど……君らに言われるのなんか癪だな」
ダルクはやれやれと肩をすくめた。何を言ったって無駄だなコイツらと諦める。
「まぁ、いい。今日は朝一で、まずウィンターセフト中学に行って情報を集めるぞ。あの中学にはあと2名行方不明の学生がいるからな」
「了解です」
「分かったよ」
ビシッと態とらしい敬礼をするリアとレイアに満足したダルクは「うむ、では出発!!」と先陣を切って歩き始めた。ここから二駅乗り、隣町まで移動する。
「ふぁ」
「先輩眠そうですね」
「昨日、データのまとめ作ってたからな。それに黒いスライム対策もしなくちゃだし。ほれ、これ渡しとくぜ」
ダルクはアンティークものの十字架を2人に渡した。効果があるか分からないが、教会でしっかりと祝福を得た道具である。これを用意するのにツテを総当たりしていたので、寝たのは随分と遅かった。
十字架を受け取った2人は、それぞれ感想を述べる。
「本当に効果あるのかな?」
「マリアは熱心な信仰者だからこそ効果があったのかもしれないからね」
神様とかあんまり信じていないリア達、ダルクも実際そこまで信じてないが。折角、用意したのにケチをつけられるのは気分がよろしくなく。
「うるせー、あるのと無いのとじゃ、安心感が違うだろ。神様だって私らみたいな麗しい乙女なら守ってくれるさ!!」
麗しいと自分で言うのか。それとリア的に自分は乙女に入りますか? と若干気になるところである。が、そんな気持ちを振り切って爽やかな笑顔で答えた。
「それもそうですね。ありがとうございます先輩」
素直に感謝されるとそれはそれでむずがゆい気持ちになるダルクであった。




