小話+導入
ジリジリと暑い日差しが照りつける。蝉の音が街中を奏で、暑さを助長し運動する気力を無くすような道を全力疾走する女性が1人。
彼女は人の多い駅までやってくるが、足元に浮かぶ黒い影を見て顔を青くし、駅のトイレに駆け込むと扉を閉じで息を潜めた。これでもう見つからないでくれ、私はここにいないと必死で願う。
だが、背後で「ピチャン……」と滴が落ちる音が鳴った。
「ひぃ!?」
天井を見上げると、ジワジワとその化け物は姿を現す。コールタールのような黒に近い緑色の粘液体に、沢山の人のものに見える目玉と、弧を描く口が浮かんでいる。体表にはポコポコと気泡が浮かんでは消え、角度によっては玉虫色の光沢があり、存在感を放っている。
そして鼻につくえずきたくなる程の悪臭が、目の前の悪夢のような光景を加速させる。
化け物は「ガバッ」と大きな口を広げるように、天井いっぱいに広がると、触手のように身体を分裂させて周囲を包み込む。最早、逃げ道はなく。
そうして、女性は悲鳴をあげるより先に粘液体に包み込まれる。
……1分後。
駅から何事もなさそうに女性が出て行くのを駅員が目撃する。それが、この後行方不明となる女性を見た最後の瞬間だった。
………………………
時は進み、2年生の夏休み前まで経過した。クロエは入学してからは飛び級生と言う事で一気に人気者となった。普通に可愛いく天才というキャラクターにより一部ではアイドル扱いだ。また、ルナとリアとよく一緒にいる事から、色々と噂や妄想をする者が後を立たない。そしてクロエと過ごす内に、リアは不本意ながらクラスメイトから『お母さん』と呼ばれ始め、若干定着しつつあるので全力で阻止している。
さて、クロエについでなのだが、あの事件からもずっと体調は良く。研究中のクロムも太鼓判を押すほどである。そして事実上完成形のホムンクルスであるがゆえに、研究の対象としてはこの上なく。またより調べる事で医療技術の進歩に繋がると、あのクロムが目を輝かせたくらいだ。ので、かなりの回数研究室に赴く事となった。結果、クロエは毎回疲れた顔で帰ってくる。
そうして、いつもの健康診断を終えたクロエとリアは揃って遊戯部の部室に向かっていた。
遊戯部の面々とは既に顔馴染みとなり、無事に入部届を受理、正式に部員となった。そしてクロエは興味を持ったのは必然かな、ゲームである。ボードゲームの類から、テレビゲームまで凡ゆるゲームにのめり込み、時には対戦してはその頭脳や反射神経を光らせる。ボードゲームに関してはまさに天才的であり、ルールを覚えると途端に勝てなくなってしまった。まぁ、今時はチェスも麻雀もオンライン対戦できるので、相手には困らないが。
のだが、そんな彼女は本日、ぐったりとソファに倒れ込んでいた。エアコンの風を浴びて全身を冷やしている。
「お外は暑い……夏嫌い……」
「まぁ、確かに暑いよなぁ」
7月中旬だというのに、薄着でも薄らと汗をかくくらいには暑苦しい毎日が続く。ところで余談だが、リアの胸は薄着故に強調されてしまっている。その男子達の煩悩を刺激するエロスは数々の男の視線を釘付けにし、リア自身も彼らの反応を楽しんでいる。TSしてから生まれた新たな楽しみである。男とはここまでわかりやすい生き物だったのかとほくそ笑んでは、たまに煽って弄ぶくらいの余裕が生まれたと言う事だ。
話は戻り。つくづくエアコンを開発した人は偉大だと思っていると、残りの部活メンバーも続々と入室してくる。皆、期末テスト終わりということもあってか疲れた顔をしていた。
そして、皆が定位置についた所でレイアが話を切り出す。
「みんなテスト……どうだった?」
すると、待ってましたとライラが眼鏡をクイっと上げて「余裕だな」と無い胸を張る。実際、ライラは学内ランキングでも上位に位置する程の頭脳派なので、もしかしたら勉学においてはこの中で1番賢いかもしれないくらいだ。
そんなライラの答えに反抗して、クロエが頬を膨らませる。
「いつか私が天に立つもん……」
「ふっ、いつでも受けて立つぞクロエちゃん」
「……む、子供扱いしてる」
「ふふっ、嫌ならば精神的にも早く大人になる事だ」
ばちばちと目線をぶつけ合う2人を見て、リアは(仲良くなったなぁ)とほっこりする。
一方、この中で1番テスト勉強に時間を費やしたティオはげっそりしながら口を開いた。
「私はクロム先生のテストが辛かった……。単位の為、そして自身の成長の為に頑張りはしたが……暫くは勉強したくないな」
「あー、調薬と回復魔法ですか?」
「うむ」
「俺もテストあったんですけど、微妙だったんですよね……」
「僕も回復魔法は微妙だったかなぁ」
調薬や回復魔法は難しい。将来の為に医療系の資格を取ろうと思えば、実技と筆記合わせてかなりの難易度となる。まだ2年生のうちでもかなり難関なのだ。赤点をとっていない事を祈るばかりである。
それはそうと、ティオは薬学も併せてクロムの授業を履修した為にかなりの勉強量となった事だろう。まぁ、本人からすれば将来の為と思えば苦難ではなかったかもしれないが。
そうして、感想をツマラなさそうに聞いていたダルクが話を転換する為に口を開いた。
「テストの結果がどうであれ……もうすぐ夏休みだぜ!!」
そう、7月も半ばを過ぎてリアやレイアにとって2年目の夏休みがやってくる。
「と、言っておいてなんだが私は忙しい」
嘆かわしく悲しそうな目で、ついでにとても事情を聞いてほしそうな顔で言うので、優しいリアは話に乗ってあげた。
「なんか依頼でもあるんです?」
「そうなんだよなぁー!! 今回は守秘義務は無いから話しちゃうぜ」
ソファから飛び降り、テレビをつけるダルク。ちょうど夕方なのもありニュース番組がやっている。ニュースでは、行方不明者に関しての情報が飛び交っていた。
「ニュースにもなってるんだけど、最近の『連続失踪事件』について知ってる?」
ライラはPCで素早く検索して、まとめ記事を見つけ速読すると。
「ここ1ヶ月の間に多発している失踪事件……既に被害者10人、というやつか?」
「そうそれ。依頼者はマリアって娘なんだけど、彼女の証言により……謎の影のような黒いスライムに襲われたらしい事が分かっている。もちろん関連は不明だが、無関係じゃない可能性が高いと私は考えてるぜ。あと、被害者は基本的に10代女性だ」
「黒いスライムか……去年の『澱み』の一件を思い出すな」
あれは大変だったねと皆で話していると、会話に混じれないクロエが強引気味に割って入った。
「むぅ……それで、依頼っていうのは被害者が襲ってきたスライムらしきモノの特定と、被害者の救出?」
「そうなる、けどメインは『知り合いが行方不明になったから捜索してくれ』って依頼だ。被害者のマリアって娘の知り合いに行方不明者がいるらしくてな。他の失踪者の捜索は国からの依頼になる。ってな訳でリアっちとレイア!! 手伝って!!」
きらーんとウインクして謎のポーズを決めるダルクにティオが呆れた顔で「後輩を巻き込むな」と正論をかざす。
「だって、ソロじゃ不安なんだもん。ジル公は頼りないし。それに、私がもし被害者になったらみんな悲しいだろ!?」
ぶーと唇を尖らせて言うダルクに、皆が一様に「ダルクなら大丈夫でしょ」と意見が一致する。心配はするが、どうにかなったりはしないだろうという謎の信頼感があった。
「酷いぞみんな!! 私だって普通の女の子なんだぞ」
「普通の女の子は失踪事件の捜査なんてしないんだよなぁ」
リアが呟くと皆が頷いた。ダルクは不服そうにしながらも話を続ける。
「それで、手伝ってくれるよね?」
リアとレイアはうーんと考え込む。
「ぶっちゃけ、俺を誘うのはなんか分かりますよ? それで手伝うのもやぶさかでもないですけど」
「僕を誘った理由が知りたいね」
リアは協力、レイアは疑問を浮かべてそれぞれ口にする。レイアの疑問を受けたダルクはにっこりと笑顔を作って答えた。
「だって、レイアさ……最近なんか影薄くない?」
「え?」
レイアはリア達を見回した。皆そそくさと目を逸らし、クロエだけ首を傾げている。彼女は目線を逸らした全員に向けて口を開く。
「うそ、僕って影薄いかい!?」
最近もアルバイトで召喚魔法のイベントをこなしたし、結構活躍してるんじゃないかなと内心思っていると、ダルクが核心を突いてくる。
「薄いっていうか、レイアの夢なんだっけ?」
「突然なんだい……? 召喚魔法を普及させてみんなが憧れ目指せるようにする事だけど」
「いやぁ、確かにアルバイトとかでは活躍してるかもしれないけど、その規模がね」
「小さいっていうのかい!? 結構、酷いこと言ってるよ先輩!?」
レイアは机に突っ伏して不貞腐れる。はぁとため息を吐き愚痴るように言った。
「君達みたいな活躍が出来たら苦労しないよ……うぅ……」
そんなレイアに人差し指を向けながら、キラッとした声色でダルクは「だから、レイアにも活躍の機会をと思ってな!!」と告げる。
「余計なお世話だよ……」
レイアはダルクの人差し指を握ると、徐々に反対方向へ折り曲げる。
「いててて、ちょ折れる!!」
「余計なお世話だよ」
「さっき聞いた!! あ、もしかして怒ってる!?」
「怒ってないよ」
でも目が笑っていないレイアに恐怖を抱きながら、暫く戯れるのであった。その間、部活メンバーはいつも通りの体制に戻っていった。
…………………………
とは言いつつも、レイアとて有名になる機会があるならばなりたいし、召喚魔法を広げるチャンスをみすみす逃すのも惜しいと思った。
ので、リアとレイアはダルクからの依頼に参加と答えて一旦、この話題を終わらせる。ダルクは痛む指をさすりながら。
「ふぅ……じゃ、夏休みの予定立てよう」
トンッとカレンダーを机に置く。前半1週間は既に赤丸がつけられているが、後半は丸々空いている。リアもカレンダーを見ながら、アルバイトの日を除いて予定を考えてみる。
出来ればこうして先輩達と、まだのんびりできる内に思い出を作っておきたい。来年になると先輩達は4年生だ。部活よりも進学の勉強や就職活動で忙しくなるだろう。だから、率先して手を挙げた。
「はいはい!! 夏祭りはどうですか!?」
「いいな、また浴衣着て行こうぜ。みんな予定空いてる?」
「私は無理矢理でも空けておこう」
「我は補講日以外は基本暇だからな。たぶん大丈夫だ」
「僕も大丈夫」
「私は夏祭り、初めてだから楽しみ。花火見たい!!」
「おー、みんな乗り気だな。良かったなリアっち」
「うん!!」
明るい笑顔で頷くリアの陽気なオーラに当てられて溶けそうになるダルク。自分は陰キャだった……? いや、そんな訳無い元生徒会長だぞリア充だと、揺らぐアイデンティティを立て直す。
「他には何かない?」
ライラはさっと予定表を開くと、スッと目を通して確認する。
「私の別荘でまたお泊まり会するか?」
「いや、それは確定事項だぜ」
「ふっ、そうか」
少し嬉しそうにしながら、ライラは「ならばまた予定を連絡しよう」と告げた。と、そこでリアは申し訳なさそうにしながらひとつお願いを言う。
「あの、夏祭りやお泊まり会にルナも連れてきていいですか?」
「ルナをか?」
「はい、実はルナもこの部活に興味を持ってて……。それにいつも俺の話を楽しそうに聞いてくれるし、今年の夏祭りやお泊まり会で一緒の思い出を作りたいんです。去年はできなかったので」
リアのお願いにダルクが感動したと頷きながら肩をポンと叩き、胸元に手を当てる。
「妹好きすぎだろ、でもリアの気持ちは伝わったぜ。私は構わないが、ライラは?」
「あぁ、全然良いぞ。部屋は広いし、リアの妹なら私も仲良くしたい」
「本当ですか!? ありがとうございます」
再びの陽の光のような温かみのある笑顔を浮かべるリアのオーラに、今度は2人揃ってやられるのだった。
短編シナリオです




