胎動12
時刻は21時ごろ。ルナとレイアが帰り、静かになった病室で、クロエと共に寝転がる。その時、突然ベッドの真上に《門》の扉が現れた。見覚えのあるその扉に身構えたリアだったが、ガチャリと音が鳴ると同時にお腹へ衝撃を感じる。
「リアー!!」
落ちるように現れたギルグリアを「ぐえっ」と声を漏らしながらも受け止めた。彼女はリアに抱きつくと暫くの間、すりすりと匂いをつけるように頬を擦り付ける。
「また無茶をしたらしいな、デイルから聞いたぞ」
腰を跨ぐ形でリアの上に座り、上半身を起き上がらせたギルグリアは、リアの頬に触れると瞳を覗き込んだ。
「我が花嫁に怪我が無くてよかった」
心底ホッとした様子で言うギルグリアに、少し照れくさくなったリアは「花嫁になった記憶はねぇぞ、でも心配してくれてありがとうな」と返した。ギルグリアはいつものやりとりに柔らかく頬を緩める。
そんなやりとりをしていれば当然クロエが起きるわけで。しかし、ギルグリアは起きたクロエと視線を合わせると射抜くように睨みつけた。金色の瞳には、ドラゴンとしての威圧感が出ている。
「この魔物になり損なった子供は?」
「そんな言い方するなよ。保護したんだ、仕事先で」
分かりやすく頬を膨らませ怒ってますよとアピールしながら庇うようにクロエを抱きしめたリアに、ギルグリアはバツが悪そうな顔で訂正する。
「いや、言い方が悪かったな。奇跡的に人として成り立っている子供と言うべきだったか」
クロエはギルグリアの視線に怯えてしまい、リアに強く抱きついた。リアはあやすように「ごめんなクロエ……」と頭を撫でながら「そろそろ腰から退いてくれ」とギルグリアにお願いする。彼女は名残惜しそうに退くと、クロエを興味深そうに眺めた。
「……ドラゴンのように種族として独立している。これが、本当の意味でのホムンクルスか。なるほどな、英雄どもの杞憂も分かる。魔法の転換期になるやもしれんぞ……」
ギルグリアの言葉に、この世界でのホムンクルスについて思いを馳せる。人体錬成は禁忌ではないが……死体と同じで全部を錬成すれば魔物化するのが通例である。だから、リアはクロエから視線を外しギルグリアに問いかけた。
「もしかして、魔法の歴史に残るくらいの存在なのか?」
「あぁ、間違いなく。我が生き見てきた禁術の中でも、最高の成功例と言ってもいい」
「……奇跡か」
禁術という部分に思う所はある。彼女が産まれるまでには、沢山の人が生贄となった。だが、彼女自身に罪はないと思うし……リアも問う気もない。たとえ器として産まれてきたとしても、彼女に沢山の選択肢があってもいいじゃないか。そしてできるだけ、幸せに生きてほしいと願っている。
クロエは何の話か理解しているのか目を伏せて、黙ってしまった。彼女にも思う所はあるのだろうが、その辺は彼女自身で消化していくしかない事だ。そんなクロエを見て、ギルグリアも思う所はあったのか、慰めるために手を伸ばして頭を撫でようとした。すると、真顔で手を叩き落とし拒否されしょんぼりする。
人の文化にもだいぶ馴染んできているなぁとリアは思いながら、人を気遣えるようになったドラゴンの成長に心が温かくなった。ギルグリアはしょんぼりしながらも「そういえばお土産があるぞ!!」と気を持ち直して、虚空から紙袋を取り出した。
「ジルから聞いた、街で1番美味いらしいプリンだ。お見舞いにはお土産を持参すると聞いてな、少しバイトとやらをして買ってきたのだ」
紙袋を受け取ると、中には高級そうな小瓶に入ったプリンのセットがあった。だが、それ以上に気になる言葉がある。
「バイト!? ギルグリアが!?」
「うむ……ジルのあいすくりーむ専門店とやらで接客をやったぞ。どうやら、高圧的? な我の接客がウケたのだとか。ジルが言っておった」
ジルさんも色々と苦労してんなぁと思いつつも、ギルグリアの変化に素直に驚いた。同時に、この変化は良い変化とも思う。
「ありがとうな」
「うむ……!!」
礼を言うと、ギルグリアは嬉しそうに、それから照れくさそうに頬を朱に染めた。
ところで、目をキラキラとさせて紙袋を見るクロエ。プリンという物の存在を知ってはいるが、どんな味なのか知らず気になる様子。だから、リアは「食べた後、歯磨きしろよ〜」と甘やかして一つ取り出すと彼女に差し出した。ギルグリアが少々面白くないといった顔をするが、ここは抑えてもらうしかない。だから、話をずらす代わりにひとつ感謝を述べる。
「ギルグリア」
「なんだリア?」
「言うタイミングが無かったからさ、今言っておこうと思って。ギルグリアの修行のおかげで生き残れた。これからもよろしくな」
「……うむ」
腕を組み師匠ツラをするが、顔がとてもニヤけているギルグリアであった。
…………………
「ところで気になっていたのだが、そこで寝たふりをしている少女よ」
「ありゃ、バレたか」
騒がしくしすぎたせいか、布団からもぞりと起き上がったダルクにギルグリアは近づくと、彼女の顔をガシッと両手で掴みこねくり回す。
「お主から赤龍の匂いがする。それにその瞳は……」
ギルグリアがドラゴンである事を知っているダルクは内心で(あ、やばいやつかな?)と焦る。だが、杞憂であった。
「成程。お主、我の親龍の血を体内に取り入れたのか……よく生きているな」
「えっ、どういう意味?」
ものすごく興味深げに言ったギルグリアに問い返す。リアも少し気になり耳を傾ける。ギルグリアは機嫌がいいのか、饒舌に語った。
「ドラゴンの血を取り込む、という事は《契約》の魔法と似たような事なのだ。ドラゴンに認められなければ、血に拒否され猛毒と化する。つまりお主は我が亡き友である赤龍の残留思念とも言うべき存在に『認められた』事になる。稀有な魔法使いだ。誇るが良い」
どうやらレイアの言っていた副作用よりも、もっと怖い事実が隠れていたようだ。
「まじ? こわ〜……」
目をパチパチとさせ、本音を漏らす。パニクってはいないが、内心で顔は真っ青であった。
そんなダルクを他所に、ギルグリアは優しい笑みを浮かべた。
「しかし、死骸となり、ヴァルディアに操られても誇りを失わなかったという事か。流石は龍よ。我も誇りに思うぞ」
うんうんとひとり頷き、腕を組んで感心するギルグリア。リア自身もそんな話は始めて聞いたので驚いているが、それ以上に感謝が上に来る。ギルグリアはどうやら人間である自分を認めてもくれているらしいと。それに長年生きるドラゴンに認められるという事は、かなり誇りになるのではないかと思う。口にしたら調子に乗りそうなので胸の中に仕舞っておくが。
そんな訳で話にひと段落ついた。そこでギルグリアはリアの方に振り返ると言った。
「あぁ、ドラゴンの血を取り込んだ2人に言っておくが……再生能力や治癒能力がかなり強化されている筈だ。そこの少女の手も、治っているだろう」
そう言われてダルクはギプス越しに力を入れてみると痛みを感じない。嘘だろと思い、勝手にギプスを外してみると折れた筈の骨が繋がっている。
「すげぇ……」
ダルクはドラゴンの血はここまで恩恵を与えてくれるのかと驚く同時に(あぁ、人間辞めたんだな)とも思う。しかし悲しくはなく、どこか達観して考える。生き残れたのはこの血のおかげだ。ならば、運命として受け入れようと。
リアも傷口やらを確認し、全て塞がり痕も残っていないのを見て、ドラゴンの血って凄いと感心した。そりゃ、皆(特にグレイダーツ)が欲しがるのも分かるというもの。
それから、暫く雑談をしてからギルグリアは時計を見て帰って行った。
因みにだがプリンはクロエにとってはかなり美味しかったらしく、好物にランキングインした。
………………………
そろそろ寝ようと考えていた時に丁度、病室のど真ん中に突如として《門》の扉が現れた。またも見覚えのある……いや、何度も見た扉である。
ガチャリと扉が開くと、奥からリアが全幅の信頼を持つデイルの姿が現れた。
「お見舞いにきたぞぃー」
「昼間に来いよ」
「すまんのぉ、やる事が多くてな。ほれお見舞いのプリンじゃ」
「あ、ありがと」
まさかのギルグリアと品物が被ったが、言ったらまた喧嘩しに行きそうなので黙って受け取った。
クロエが目をキラキラさせているが、こんな時間に沢山食べさせる訳にはいかないので、「だめっ」と手の届かない戸棚の上に置いた。
「うぅ、明日の楽しみにする……」
「うん、そうしなさい」
そうして、デイルに向き直った。彼は事後処理やら色々としてくれた事を知っているので頭が上がらない思いだ。
「ありがとう師匠。それで、クロエの、その……どうなった?」
はっきり『処分は?』と聞くのが怖くて言葉を濁した。そんなリアに、デイルは微笑むと。
「安心せい。クロエはリア、お主が引き取る事に決まったぞ」
「本当か!? 良かった……」
1番の不安が解消されて、心底ほっとする。そして、これからこの娘をしっかり育てていかなければいけないんだなと責任感も感じる。会話を聞いていたダルクは「私も暇な時、手伝うぜ」と言葉を挟んだ。ありがたい話で、良い先輩だと思う。
「良かったなクロエ」
頭を撫でられていたクロエは、感情の出にくい顔だが、分かりやすく口元を歪ませて。安心と共に神がいるなら自身の運命の針路に感謝を送った。
「これから宜しくね、リア」
「あぁ」
クロエを抱きしめる。ホムンクルスだが、しっかりと体温を感じ『生』を実感した。ダルクとデイルはそんな2人を優しい目で見つめるのだった。
それから程なく。デイルは続きを話す。
「お主らの功績が認められて、なんと『民間公魔法使い』のライセンスが発行される事となったのじゃ」
「民間公ライセンスか、あって損はないな」
ダルクは「ま、当たり前の報酬だよな」といった顔をする。リアも将来の為にライセンスを取るつもりであったので、ここで貰えるのは嬉しい。
それから、ニュースで取り上げる為の顔出しインタビュー(ダルクは嫌がったのでリアのみ)が明日ある事を聞いたり、あの後の捜索結果やアラドゥについて聞いたりしてから、デイルはしみじみと言葉を口にする。
「しかし……よく勝てたなリア、それにダルクよ」
「ま、私は鍛えてますからねー」
暗に詮索するなよと言ったダルクにデイルは苦笑を浮かべながらも若者の成長を微笑ましく思う。だから、久方ぶりにリアの……弟子の頭を撫でた。今回は拒否する事なく受け入れるリア。
「よくやった、頑張ったのぅ」
「て、照れくさいな」
されるがまま撫でられ、褒められたリアは年相応の笑みを浮かべるのだった。これでも憧れの師である。伝説から褒められるという事は、これからを生きる中でひとつの自慢になるだろう。
…………………
翌日、電話のコールで目を覚ます。電話に出ると、母の穏やかなモーニングコールが聞こえてきた。
「おはようリアちゃん〜。聞いたわよ、子供を保護したんですって〜」
「あっ」
そういえば、母に連絡するのを忘れていた。
「あの、そうなんだけど、俺の所で預かっても!!」
寝起きで頭の回らない中、必死に言い訳をしようとするリアだが。
「大丈夫よリアちゃん。今度の休みにでもクロエちゃん、私に紹介してね?」
「あ……うん!!」
母の優しさに甘えてしまったが、どうやら賛成してくれたようでホッとした。
「それはそうと、また無茶したらしいじゃない。お母さん心配だわ」
「必要な無茶だったよ」
「デイル様から聞いてるわよ。それでも、大事な子供だもの。心配だけでもさしてちょうだい」
「うん、心配かけてごめんね」
母の声に、心が落ち着くのを感じる。
「母さんも元気?」
「私の事は心配しなくてもいいわよ、デイル様もいる事だし」
「そっか、夏休みになったらまた帰るね」
「ふふっ、楽しみに待ってるわ。それじゃ、ルナちゃんにも宜しくね」
「うん、また電話する」
電話を切ると、クロエが起きていたのか「誰?」と問いかけてくる。だから「俺の母さん」と返した。すると、クロエは少し考え込んだ後、こんな事を言った。
「なら、私にとってリアは母さんになるのかなぁ。……リア母さん?」
「うぐっ!?」
こ、これが母性か……と、心の奥底から湧き上がる庇護欲に驚いたリア。だが、この歳で母さんは少し遠慮してもらいたかったので。
「出来たらお姉ちゃんで」
「……残念。でも了解、リア姉ぇ」
ルナとはまた違った呼び方に、心がときめいたリアであった。




