胎動11
牢屋にて、魔法使い専用の魔力を吸収する手錠をかけられたアラドゥは、窓から見える朝焼けに目を細めて物思いに耽る。自分の野望は、思いはここまでかと考えて……しかしどこかスッキリとした気持ちであった。
実験の為に作り出した少女に思う事が無いとは断言できないが……救出された事を聞いてそれでよかったのかもしれないとセンチメンタルな気分になる。
だが、ひとつだけ心残りがあるとすれば、一度蘇ったらしいヴァルディアの残滓に告白できなかった事だろうか。もし告白できていれば、どんな返事がもらえたのだろうと思考する。けれど……まぁ、断られるだろうなと諦めが先にきた。彼女はそういう人間だと知っているからだ。しかし、そうだとしても告白はしたかったと思った。
同時に、自分だけでなく復活したヴァルディアをも倒した2人は、強い魔法使いだったと感嘆する。この時代に、英雄たりえる魔法使いが生まれた事は、喜ばしい事かもしれない。
まぁ……自分にはもう、関係ない事だが。
そんな事を考えていると、コツコツと2つの足音が聞こえてくる。ここは独房なので、誰か訪れたのかと顔を上げると、見知った旧友の姿があった。
「よぉ、久しぶりだなアラドゥ」
「久しぶりじゃ」
見目麗しいが、年齢は自身と同じグレイダーツに、オールバックの白髪が印象的な賢者デイルであった。2人は複雑そうな顔をしていて、自分を詰問しに来た訳じゃないと分かると、不思議な事に自然と笑みが浮かんでいた。
「笑いにでも来たのか?」
気安く話しかけると、2人ともため息を吐き。
「……なんで、こんな事したのかと思ってな」
「何人も殺してしまったお主の野望とやらを、直接口から聞きたくてのぅ」
「簡単だ、もう一度ヴァルディアに会いたかったんだ。会って……告白したかった」
アラドゥにも、罪悪感が無い訳ではなかった。人を殺した事をしっかりと罪として意識しているし、償いが出来るのなら何だってやるつもりである。
ただ……ここまで堕ちてしまった理由はたったひとつの願いだった。その事を知り、2人は少しだけ悲痛な面持ちになるが。
「馬鹿野郎が。ヴァルディアが恋愛ごとに興味ある訳ねぇだろ」
「彼女は……大罪人じゃぞ、分かっておるのか」
「分かってる。分かってるけど……昔惚れた女に会えるなら、こうなってしまう人間もいるって事だ」
彼の目には覚悟が見えた。覚悟とは、道を選択する事でもある。その事を理解している2人は、もう一度諦めのため息を吐くと後ろを向く。
「変わったな」
「恋は人を変えるものだよ。良い方向にも悪い方向にも」
その言葉を聞き、立ち去ろうと一歩踏み出したところで、アラドゥはひとつ気掛かりを思い浮かべて口を開いた。
「少しだけ待ってくれ」
「……なんじゃ?」
「俺の作った『器』に罪はねぇ。処分するのだけは、どうか勘弁してやってくれねぇか」
頭を下げるアラドゥに、難しい顔をする。例の少女、リアがクロエと名付けた少女はかなり特殊だ。錬金術で作られ、魔物としての肉体を持ちながらも人と同じ脳を持つ。キメラとはまた違う、人の形を成した魔物とも言える存在は、貴重な研究サンプルになるだろう。なるだろうが……研究はクロムに一任する事にした為に、倫理的になるとは断言できずにいた。
しかし、同時に可哀相にとも思う。ただ、思い他人と会う為に、器として生み出された自我のある少女の事を。だから、グレイダーツは言った。
「……クロエは、リアに保護させるつもりだし支援もする。私の方でも監視しておいてやる。安心して罪を償え」
「そうじゃの、研究される事は避けられぬが、学園に通わせるくらいならしてやりたいとわしは思うよ」
「……ありがとう」
そこで、まるで今思い出したかのようにグレイダーツは振り返ると。
「ひとつ尋ねておきたいんだが、誰が支援してくれたんだ?」
「支援……?」
「知恵の支援だよ。誰かが知恵を貸してくれた筈だ」
「ふっ、言外に馬鹿にしているのか。まぁいい、たしかに支援してくれた者がいたが」
「……名前や顔は?」
「……知らん。そういえば顔も知らない。支援してくれた理由は、器の少女の完成が見たいとかだったと思うが」
「そうかい。まぁいい。しっかり罪を償えよ」
手を振りながら、最後の別れと旧友の顔に戻ると手を振り、2人は独房から出て行った。再び鎮まり返った部屋の中で、アラドゥは色んな気持ちを感じながらも、思考の中で光り輝く言葉を……ふと会話中に聞こえた名前を口にして。
「クロエ」
良い名前だと、一度も撫でてやらなかった器の少女を思い浮かべて、口角を上げた。願わくば、幸があらんことを願って。
別に信仰心がある訳ではないが、登りゆく太陽にでも祈っておいた。
……………………
「で、どう思うデイルよ」
「ふむ、確実にバックがいた筈じゃ」
「私もそう思う。たぶらかした何者かがいる」
廊下を歩きながら、先のアラドゥの様子を見てきた2人はそれぞれの感想を口にした。アラドゥの表情とやりとりを聞き、決して狂った訳でもなく理性はしっかり残っている事を確認する。だからこそ、彼が難易度の高い錬金術である『人体錬成』から始まる技術を用いた『器』を作ろうと考えたキッカケがある筈だと考えての問いだったが正解だったと思う。つまり、話を持ち出した何者かがいる可能性があるという訳だ。アラドゥに、それとなく話を流した何者かが。
「リアとダルクの言っていたミ=ゴって奴か? よく調べる必要があるな……」
「わしの方でも探ってみよう」
「あぁ。頼む……が、気をつけろよ。ミ=ゴの話を聞く限りじゃ……アラドゥを誘惑した奴がそいつらとは限らないからな」
「真に黒幕がいる可能性か」
しかし、言っておいてなんだが、そんな者が本当にいるのだろうか。まるで雲を掴むような話だと2人は思う。けれど、同時にこのフワフワとした違和感や疑問は決して間違いではないとも考える。
……前にジルが対面したイナニスと名乗る女と大学生の件も思い出して、完全に否定するのは早計だと言わざるを得ない。あの一件にも不可解な箇所は沢山あった。今回も似たようなものだ。
「これが何者かの悪意か、それとも」
「善意ならば、逆に厄介じゃのぅ」
「それか……遊んでいるのかもな」
………………………
クロエの経歴を聞いたルナは、ふむと考えると。
「クロエちゃんって産まれて1年くらいなんですか!?」
「そうなるのかな?」
リアの隣でベッドの布団に潜り込みピッタリと引っ付き甘えるクロエ。黒髪なのもあって本当の妹のようである。そんな彼女にルナは頭に幾つか問題を思い浮かべて。
「むむっ、では質問です……」
正直羨ましい、私も甘えたいと思いながら、質問を投げた。問いは様々だ。数学に歴史、最近習った魔法についての考察など、リアであっても首を傾げる質問すら投げかけた。しかし、その全てに答えてみせるクロエ、若干論文じみたものまでスラスラと口にした。横で見ていたダルクも普通に凄いな、この娘のスペック……と感心しつつ、同じ気持ちのリアはクロエの頭を撫でて誉めた。
「凄いじゃないか、これなら魔法学校にも通えるぞ」
「私凄いの?」
首を傾げるクロエに、ルナは「くぅ……」と声を漏らして。
「……悔しいですが、クロエちゃんはかなり賢いですね。もしかしたら私よりも。しかーし!! 魔法学校は魔法が使えなければ入れません!!」
「魔法……」
クロエはルナの言葉に少し考えてから、右手の人差し指を突き出して、クルリと円を描いた。すると、魔法陣がひとつ空中に浮かび上がりポヨンと黒い物体が落ちた。
「……スライムの召喚とかならできるよ。ヴァルディアって人の知識から学んだ」
「魔物の召喚……」
ダルクはリアの目を見つめた。彼女も目線を返し、周囲にカメラ等がない事を確認した。魔法を使えるのは凄いが……それが魔物となれば話は別だ。たかがスライムとはいえ、魔物の召喚が出来ると知られればどんな魔の手や厄介ごとが舞い込むか分からない。
「クロエ、魔物の召喚は使わないようにな」
人差し指に《境界線の狩武装》の一部を纏うとスライムを小突いて消し去る。クロエはリアの言っている意味をしっかりと理解しているようで深く頷いた。
「分かってるよ、私も解剖されたり実験体にされたりするのは嫌だ」
「よろしい」
「でも、魔法が使えるところを見せたかった。だから……その」
ルナを見るクロエの目には、誉めてと言っているように見えた。そんな目で見られたルナは、心にくるものがあり。
「もぅ、分かりましたよ。クロエちゃんは凄いですね」
素直に実力を認めて、頭を撫でる。気持ちよさそうに目を細めて笑みを浮かべるクロエは年相応に見えて可愛らしかった。
同時に、この子に対してはまず、世間の常識や外の知識を教えるところから始めないといけないなと思いながら退院した時のことを楽しみにするリアであった。
…………
1時間後のこと。クロエが眠ったのとほぼ同時くらいの頃に、慌ただしく病室に入る者がひとり。白髪を揺らし息を荒らげて開口一番に「2人とも大丈夫かい!?」と心配を口にする。親友のレイアであった。
リアは久しぶりの友人の顔に手を上げて答える。
「久しぶりー、俺は元気だよ」
「私も元気だぜー、骨折が治るまで時間かかるけど」
マイペースな2人に安心したレイアはホッと胸を撫で下ろす。
「師匠から掻い摘んで話は聞いたよ。英雄と戦ったんだって? 本当に無事でよかった……」
「あぁ、今回ばかりは先輩がいなくちゃ危なかったぜ」
「私、頑張りました」
胸を張るダルクに、レイアは小さく笑う。それから、リアのベッドに近づくと、率先してルナが話しかけた。
「レイアさんもお見舞いに来たんですか? 今はかなり忙しい時期だと思っていたのですが」
「あぁ、僕の方は特に大きな事件もなく平和だからね。レポートも早めに済んだのさ」
ルナの問いに受け答えした後、レイアは少しソワソワした様子でリアに問いかける。
「それよりも……どうだった?」
「アラドゥとの戦いか? まぁ……」
レイアもどこか戦闘狂の気質があるのかワクワクとした様子で聞いてきたのでなんと説明しようか迷うリア。取り敢えず、冒頭から軽く説明し始める。ある程度、話を聞き終えたレイアは。
「僕も一戦、したいな」
もうこりごりなリアとダルクは思わず苦笑をこぼしてしまった。それから、2人にそれぞれ目線を向けると興奮した様子で口を開いた。
「それにしても、時止めの《時間魔法》に新しい境界線魔法だって!? 退院したら是非見せておくれよ2人とも!! 凄い気になる!!」
「俺はいいぞー」
まるでおもちゃを前にした子供のように目をキラキラとさせているレイアは、やはりリアと同じく魔法オタクなのだなぁと同感するリア。ダルクは「あれ全魔力で1秒しか止められないうえ、超疲れるから勘弁してくれ」と真顔で答える。
そこに、レイアは言葉を足した。目には真剣さが篭っており、有無を言わせない圧力があった。
「あと、先輩はもっと自分を大切にしてください。ドラゴンの血で重大な副作用が起こったらどうするつもりだったんですか……」
ここは乗っておくかと思ったリアも、レイアに続けて「そうですよ、今も心配しているんですからね」と身を案じた。後輩の心配をこそばゆく感じたダルクは、少し顔を赤くしながら「分かってるよ、流石の私も命の危機レベルじゃなけりゃ無茶しねぇさ」と素直に受け止めるのだった。
小話か、新しいTRPG用シナリオが思いついたら続きを書こうと思います。
あと、普通にスランプです……。読み専になってる気がする。




