胎動7
暫く身体を休め水薬で体力と魔力を半ば無理矢理に戻してコンディションを整える。そうして準備万端にしてから《門》をくぐった。
《門》の先は、狭い寝室のような場所に繋がっていた。
「ぬいぐるみとか置いてあるところを見るに、あの娘の部屋かな?」
ダルクが警戒しながら辺りを見回す。リアも同じく警戒しながら周囲を探った。その時に、ふと一冊のノートが目につく。小さく日記と書かれたノートを徐に手に取り開くと、歪な文字で感情がつらつらと書き綴られていた。主だった事は『人の命を犠牲にした自分は、生きていて良いのか?』という疑問と『私よりヴァルディアという人の方が、大切なんだ』という悲しみに満ちた言葉の数々である。
そんな日記をそっと閉じて、テーブルに置き直す。見てはいけないモノ……だけど、知れてよかったと思った。あの娘は思っているよりも人間らしく物事を捉えて考えているらしい。
(絶対にヴァルディアを復活させてなるものか)
ふんぬっと気合を入れ直して、目を閉じ気配を探る。その時だ、膨大な魔力の渦が地上に流れているのを感じた。
「どうやら、アラドゥは地上にいるみたいっすね」
「地上か……確かここにくる前に、拓けた場所があったなぁ」
リアの気配探知に、ダルクは暫し考え込む。どうにも囮のような気がしてならないが……しかし何をするにしても邪魔になるアラドゥを捕らえる事を優先と考えれば、乗った方がいい気もする。
「行くかー」
「ですねー」
今度は捕まえるなんて生温い展開にはならないだろう。捕まえるか、殺されるかの2択になる。そんな確信をしつつ程よい緊張感を持ちながら、2人は駆けていった。
………………………
《門》を発動させたかったが、妨害の結界が張ってあるのか発動できず。結果的に援軍で戦力的に期待していたギルグリアも呼べなかった。本当に欲しい時に使えないドラゴンである。
だが電波は通っていたので一応通報は入れつつ……ミ=ゴを警戒しながら外に出ると、分かっていた事だが、木々の少ない拓けた場所に、仁王立ちし大刀を肩に担いだアラドゥが立っていた。
「……ふん、生きていたか」
2人は分かりきったことをと思い、同時に自分達を態々待ち構えていた事も理解する。あと律儀な男だとリアは思った。
「よぉー!! 邪魔しに来たぜ」
「貴方を逮捕します、理由はもちろんお分かりですね?」
「やってみろ……出来るものならな。《魔装》《剣戟纏い》ッ」
魔法を発動させたアラドゥの見た目が変わっていく。極東の戦装束のような服の上から、前後左右、隙間無く青白い甲冑のような魔力の装備を纏う。魔力で出来た装備は間接など関係無いらしく、見た目だけでも堅牢さが増した。更に上から、ヒュンヒュンと風邪を裂く音が鳴り響く。あれが剣戟纏い、纏う斬撃であり……近づいただけで攻撃を受ける状態だ。
「簡単に斬り裂かれそうで怖いぜ」
「そうですね……ッ!?」
アラドゥがドンと踏み込むと姿が掻き消えた。だから同時にリアとダルクは《縮地》で距離を取ろうとしたが。
「遅い!!」
「うぉおっ!?《境界線の狩籠手》!!」
振り下ろされた瞬速の大刀を避け切れないと第六感で悟ったリアは即座に《境界線の狩籠手》を纏うと受け止めた。だが、それは悪手である。
「くぅ……!!」
近づくだけで斬り裂く斬撃が、細かい傷を増やしていく。細かい傷で済んでいるのは、完全に近接していないからだろう。だが、押し込まれるのも時間の問題だった。だから、大刀を受け流して出来た一瞬の隙を突くように、足に結界を纏うと蹴りつける。
「《戦突長月》!!」
「ぬるい!!」
だが、左手で受け止められた。だから即座に妨害の《結界魔法》を展開する。しかしアラドゥの『剣戟纏い』は拘束の為の《結界魔法》を斬り裂き魔力に返した。
面倒な魔法を、と悪態をついたその時、大刀が振り上げられる。このままでは致命の攻撃をくらうと舌打ちした時、両手に魔力銃を持ったダルクが割り込んだ。
ダルクは《縮地》で飛び回りながら、リアに当たらないようにしつつ四方八方から撃ち込んでいく。それをアラドゥは大刀を構えるだけで弾き始めた。そこを隙と見たリアは身体をひねり左手から逃れると同時に結界を1枚張ると踏み込む。
「《天重水無月》!!」
「ぐぬっ!?」
ドンっと地面にクレーターが出来る頃には、アラドゥは距離をとっていた。リアとダルクは互いに目線をぶつけ合うと頷く。今度はこちらから向かう。リアは《一刀睦月》の体制のまま、アラドゥに近接すると放つ。しかし……。
「《魔将の悪戟》!!」
「やばっ」
まさかの斬撃返しを行ったアラドゥに驚きながらも、冷静に《破霜月》で音速の横殴りを繰り出し、《魔将の悪戟》で生じた斬撃を殴り飛ばした。
互いに技を振り抜いた状態の所を、ダルクが魔力銃で縫うように甲冑の目元へ魔力弾を放つ。だがここで、まさかの2本目、左手に新たに現れた大刀が綺麗に魔力弾を弾いた。
くるくると大刀を回転させ、アラドゥが《縮地》で飛んだ。背中に危機感を感じたリアは出来るだけ分厚い結界を張る。だが……。
「くっ!?」
反応して振り返り《境界線の狩籠手》で防御する前に背中へ衝撃を感じる。(斬り裂かれた!!)と理解した瞬間には血が散り、背中に痛みを感じたが、気にもとめず《神無淡月》を横に放つ。流石のアラドゥもゼロ距離から放たれた高威力の一撃を受け流せないと判断したのか、空に身を捻り避けた。そこへ滑り込んだダルクがアラドゥの足元に《武器庫の門》を開き一斉に銃撃、本人は真横から狙い澄ました弾丸をかろうじてある甲冑の隙間に撃ち込む。
しかし同時に100発以上放たれた弾丸のうち、ダメージになりそうなものだけ大刀と『剣戟纏い』の斬撃で落とすと、他は甲冑で受け止めた。少しだけよろめいたが、綺麗に着地して再び大刀を構え、また姿が掻き消える。今度はダルクの元に現れたアラドゥだったが、読んでいたリアが間に割り込み、そして。
「捕まえたァア!!」
「なに!?」
大刀を2つとも握りしめた。強力な腕力で鋼が歪み、まるで万力に絞められたように動かなくなった大刀に力を入れて、逆に押し潰してやろうとするも、《境界線の狩籠手》から噴出する魔力の推進力には敵わず。
「《紅転如月》ィ!!」
「っち」
大刀から手を離し、リアの鋭く空を斬る回し蹴りを《縮地》で避けた所に隙が生まれる。ようやく訪れた好機に、ダルクは無数の加速装置のついた音速の槍を投擲。周りの木々を吹っ飛ばす勢いで迫る槍を見たアラドゥは脳内で「仕方ない」と呟き、今度は黒い大刀を引き抜くと槍の先端に合わせて振り抜き、まさかの半分に斬り裂いてみせた。
さしものダルクも驚き動きを止めた。今のは完璧に決まったと思った。あの槍は特別性で、先端の硬度は魔道機動隊でも採用されている高硬度の合金で作られているのだ。それを軽々と半分に斬った技量と黒剣に、流石の彼女も引いた。
「まさか、この私のお気に入り『ソウル・ブランド』を抜かせる魔法使いがこの時代にいるとは……」
「ソウル・ブランド……教科書で見た」
「私が人魔大戦の時から、愛用している剣だ!!」
「また《縮地》!?」
リアの手刀とアラドゥの黒剣が互いに切り結ぶ。「ガキン」「ガキンッ!!」と重い鉄がぶつかり合うような音と共に風が吹き荒れる。一撃が必殺の威力を誇るアラドゥの斬撃をいなしているリアも流石ではあるのだが……『剣戟纏い』までは対処出来ず、切り傷が増えていく。しかも纏う斬撃は防御にもなっているようで、隙を見たと思って入れた拳をも弾いてみせた。ただ纏っているだけではないらしい。
「クソがッ!!」
悪態をつきながら、刀と手刀の剣戟の最中、フェイントを織り混ぜるも対処されるが、そこへほんの一瞬気の緩みを入れる。するとすかさずアラドゥの一刀が繰り出された。
待っていた、この時を。
「なに!? 白刃取りだと!?」
「今度こそ、捕まえたッ!!」
引っかかってくれた事に感謝しつつ、綺麗な白刃取りを決めたリアは片足を振り上げ《戦突長月》を繰り出そうとした。のだが、まさかのまさかである。
「ッー!! 《魔将の悪戟》ッ!!」
「んだと!? うぉおお!!」
身体が浮かび、思いっきり振り抜かれた。流石のリアもこれには驚き、結界で足場を作ろうにも目視できず間に合わず、斬撃ごと吹っ飛ばされた。
大木に全身をぶつけて「くはぁ」と肺から空気を吐き出す。ぶつけた全身から軋むような痛みが走るが、アラドゥが掻き消えた事で止まれないと判断したリアは、《結界魔法》の応用で無理矢理身体を動かすと大きく距離をとった。それが悪手だとしても……距離を取らざるをえなかったのだ。
リアが避けた瞬間、大木が大きな音を立てて倒れた。そこには大木を切り倒す程の剣撃が加えられており、まともに防御していたら今頃、致命傷を負っていたであろう事が分かる。
飛んだ先で、リアとダルクは背中合わせに合流する。アラドゥの姿は健在で、こっちだけがダメージを負っている状態だった。
分かっていた事だが……強い。
苦虫を噛み潰したかのような顔で唾を吐くリアに、ダルクは『必殺技』の使い所を決めあぐねていた。『必殺技』を使えば確実に弾丸1発は決められると思うが……あの魔装と剣戟纏いが邪魔だ。
リアに大口叩いた手前、言い難いが予想以上に強く厄介でダルクも思考力を全開で回す。
だが、アラドゥが決め手を見つけるまで待ってくれる訳もなく。再び彼が《縮地》で掻き消えたのを同じくして2人も《縮地》で飛んだ。
あのソウル・ブランドという剣の特徴は魔力を纏いやすい点にあり、魔力の篭った斬撃は増えるだろうと予想して、リアは傷が増えるのを覚悟し近接に持ち込もうとするが。
近接した所を《魔将の悪戟》が襲う。
2発も放たれた致死の斬撃に、足を止めて迎撃する。放つは《皐月華戦・改》、その為に態々射線を考慮して立ち回ったのだ。
温存し魔力をチャージしていた右手を解放して、必殺の一撃を放つ。斬撃と破壊の打撃は一瞬だけ拮抗したが、リアの《皐月華戦》が押し勝った。そのまま、斬撃を飲み込むと「ゴォ!!」とアラドゥを飲み込みながら破壊の力が撒き散らされる。
アラドゥの背後の森は、まるで竜巻が通ったかのように荒れ、木々は薙ぎ倒されていく。
この一撃ならば……と思った。思ってしまったのがフラグだったのだろうか……。
甲冑の幾つかを剥がす事はできたが、アラドゥは大刀を振り抜いた体制のまま、大した怪我もなく立っていた。《魔将の悪戟》で、リアの《皐月華戦》を『斬った』のだ。しかし、ほんの少しダメージを入れる事には成功したようで、アラドゥは動かない。そこを逃すダルクではなかった。
すかさず、地面に杭を撃ち込むとアラドゥを包囲するように鎖で囲った。檻のように囲まれた鎖には他者が触れると爆発する魔術が組み込んであり、完璧に包囲する事ができた。見た目だけならば。
「これで俺を拘束した気でいるなら、甘い。甘すぎる」
「あぁもう!! いい加減、止まれや爺さん!!」
瞬間、ダルクは鎖の魔術を自分で発動し、アラドゥを爆発で包み込む。「ドォンッ!!」と地を揺らす程の爆発だ。だったのだが、甲冑をパージするだけで受け流したアラドゥが、新しい『魔装』を纏いながら爆煙を背後に現れる。
(こいつぅ……)
ダルクは冷や汗を流して、舌打ちをした。しかし『次元が違う』とまではいかない事に安堵する。事実、一度彼の魔装を剥がす事に成功しているのだ。勝機が無い訳では無い。
でも活路を見出すのも難しく、さてどうしたものかと考える2人であった。




