以後語り9+胎動1
晴天。雲一つない午前のこと。
ここグレイダーツ魔法・魔術学校の円形闘技場は熱気に包まれていた。
とは言っても、今回はあくまでも交流会に留めようと言う事で。他校の生徒達の魔法披露の場となっていた。当然、リアとレイアも軽い手合わせをして場を盛り上げる。ただ、結界魔法は有名だが使い手がいない。召喚魔法はあまりにも珍しく、色々と邪推する生徒達も多く、また麗しい乙女でもある2人の名前はかなり広がった。
ただ、2人とも恐らく今の実力でもし、本気でやり合った場合……会場が消し飛ぶので、早々に飽きてしまい他校の生徒との交流に時間を費やしながらも有意義に過ごした。ビッグイベント、とは名を打っても、所詮はお祭りなのだ。気楽なのが1番である。
……それにしても、と思う。リアはレイアがまさか《境界線の剣》を使えるようになっていたとは思ってもいなかった。過去の自分からの贈り物だと言っていたが……それだけで使えるようになる代物ではない。やはり、天才はいる。
そうしてイベントは移りゆく。
次に待っているのは、他校との交流会と魔導機動隊主導の特別授業・体験入隊である。
特に魔導機動隊の体験入隊は目玉イベントとも言える。なんせ、名前の通りに魔導機動隊に数日間仮加入し現場を学べるからだ。魔法学校を卒業した者で魔導機動隊に入隊する者は多い。だからこそ、将来の為の良い授業になるだろう。魔物との戦闘から始まり、対人戦闘のイロハも学べる、実戦向けの職場体験だ、リアも当然ながらワクワクしながら自分が活躍する姿を妄想し……。
と、リアは思っていたのだが。現実はこうである。真新しい革のソファに腰掛け、出されたコーヒーに口をつけながらリアは口を開いた。
「なんで俺が探偵事務所に?」
「私が推薦したんだ。なんせ、この探偵事務所『底の虫』は魔導機動隊と提携してるからな」
胸を張りドヤっと言うダルクに、リアはジト目を向けつつ続ける。
「いや、俺が聞きたいのはそういうことじゃなくて」
「分かってる分かってる。リアっちの言いたい事は。だから簡潔に言うけど……新しく依頼が入ったから手伝ってほしいんだよ」
ソファに深く腰掛け、手を組みニヤリとするダルク。そこで、リアは「あぁ、そーゆー事か」と理解する。
以前にも話した事だが……リアは心の何処かで非日常を求めている。だから、今回の特別授業がこうして探偵業に変わった事に思う所はあれど、断る気はなかった。当然だがその事をダルクは理解した上で誘った訳である。まぁ、どちらにせよこれが自分の体験入隊になる以上、断る事は出来ないのだが。
それに、依頼が入ったということはつまり、求めている非日常がすぐそばにあるという事だ。少し不謹慎にも思うが、胸がざわつく感覚がある……。
そんなこんなで、リアを入れて探偵事務所『底の虫』は始動するのだった。
……………
離れた席にいたジルが、頭を下げて口を開く。
「そういう訳で、今回の依頼はダルクとリアちゃんの2人に捜査してもらう事になったんだ。突然の事ですまない……。もっと事前に説明すべきだったな。それに君の意見を聞いてから依頼を……って、そこはダルクに任せたはずだが?」
「忘れてたぜ」
てへぺろと悪びれた様子がカケラもないダルクにリアはイラッとしつつ。
「……ジルさんが悪い訳じゃないですし、謝らなくて大丈夫ですよ」
と言って話を切り上げると。
話の詳細と説明をジルに求めたリアは、簡単にこう説明された。
まず、今回は連続死傷事件が案件らしく、依頼は魔導機動隊の、そういった異常事態を専門にする部隊からの協力要請からだそうだ。成る程、確かにそういった案件は探偵向けだと思うリアであった。それから、魔導機動隊と提携しているという言葉の意味もここで理解する。魔導機動隊は、何かと忙しい組織だ。犯罪の取り締まりから魔物の討伐や警備、更には迷子の保護まで幅広く請け負っている。そんな組織だからこそ、探偵という存在は実に扱いやすく、また頼れるのだろう。
それはさておき。話の続きだ。今回の連続死傷事件では、遺体が酷く惨い話ではあるが、まるで獣に噛まれたような傷を残して亡くなっている事もあり、人間の手ではないと考えられているらしい。
なら、何が犯人なのか?
そう考えたところで、リアはふと思った事を言った。
「まさか、知性を持った魔物……とか?」
「オクタくんの存在もあるしな。前の『澱み』も知性の片鱗はあった。無いとは言い切れないんだよなぁ」
ダルクが賛同するように呟くと事務所に静寂が降りた。知性を持った魔物が本当に出現したとなれば、歴史的な出来事になる。オクタくんは少し特別なケースとなるので、また次回に話すとして。
確かに、これは中々に厄介な案件のようだ。
…………………
という訳で初日のこと。まずは現場調査である。場所は市内の住宅街の一角。普通の一軒家だ。規制線が張られ、まだ魔導機動隊の調査員やら科捜研やらが出入りしている。こういう所に学生が入れるものなの? と思ったリアであったが……今回特別に発行された魔導機動隊の隊員証と探偵の名刺を見せれば現場に入れてもらえた。というより、リアに至っては「決闘大会、見ましたよ」と握手をされたくらいである。余談だが、リアの名刺も作られており、格好いいとちょっと気に入っていた。勿論、先の調査員の人とも名刺交換したくらいである。ちょろい。
そんなやりとりを終え、リアは小声でダルクに話しかけた。
「本当にいいんすか? ……遺体とか、まだあるんでしょ?」
「まぁ……リアっちには少しキツイかもしれねぇな。……現場の遺体とか見るの初めてだろ?」
現場に進む傍ら、そんな会話をしつつ玄関をくぐり現場であるリビングに向かう。事前に説明を受けたが、事件発生からまだ数時間しか経過していないらしく、現場は荒れたままらしい。それに、こういった事件の遺体も見るのは初めてだ。
少し緊張してきたリアは深く深呼吸をすると、気合を入れ直す。学生気分ではダメだと。
そして、リビングの扉を開いた。
待っていたのは、かなり荒らされた現場と横たわる1人の遺体であった。壁や天井、床には大きな爪痕のようなものが残り、血が飛び散っているうえ、部屋もかなり荒らされておりまるで1匹の大きな獣が暴れたような惨状だ。そこに横たわる1人の遺体の腹には大きく噛みちぎられた跡があり……ふわりと漂う濃密な血の香り、それから遺体の姿に思わず吐き気が込み上げてきたリアは口元を抑えた。
「キツイなら私だけで調査するけど……」
心配するダルクの言葉にフルフルとリアは首を振ると、一度唾液を飲み込む。
「大丈夫です、いけます」
「そか、でもキツかったら言えよ?」
気遣いに感謝しつつ現場に足を踏み入れるとより血の匂いが濃くなった。が、リアは目を逸らさず現場を見る。気合いとかそういう事ではなく……これは自分に任された仕事なのだと義務感と、あと弱いかもしれないが正義感で、どうにか堪え込む。
まずは、真っ先に目につく遺体に目を向けた。女性の遺体で、顔は恐怖で歪んでいるように見える。
「名前はニア・エーサー。家族は旦那と娘がいるが、2人が買い物で外出中に襲われたようだ。死因はおそらく失血」
「つまり、犯行時間はそれ程、長くないって事ですか?」
「そうなるな……。なんか気になる事でもあるの?」
「うーん。遺体を見て思ったんですけど、腹を噛みちぎられて死んだにしては、顔がこう、恐怖に歪みすぎてるように感じるんです」
まるで、化け物でも見せ続けられ精神的にやられたようだと思うリア。そんな彼女の感想に思うところがあったダルクはふむと考え込み現場を歩く。リアも彼女に続いた。
「そう言われれば……それに強盗とかでもないのに、態々ここまで現場を荒らす意味も分からねーな」
手袋をして、大きな爪痕を残すソファに触れながらダルクは唸る。リアも習い、確かにと思いながら改めて現場を見る。
……それにしても、爪痕が多い。それに遺体に対してもひと噛みしかしておらず、その場所以外は綺麗な事に気がついた。損傷が少ないのだ。
「……殺しが目的って訳でもなさそうですね」
「そうだな。ただ、共通するのは全ての遺体にひと噛み、噛みちぎられた跡がある事だ」
ダルクは遺体のそばに近寄ると、傷口を覗き込んだ。流石にリアは遠慮して、割れた窓ガラスから外を眺める。
ダルクは傷口を見て思った。普通の獣にしては……中々に大きな噛み口だ。これは魔物の仕業に間違いない。そうは思うものの……遺体に対する知性の片鱗が、頭を悩ませる。
(それに、犯人は『逃げている』。逃げる知性があるって事だ)
そこで……ダルクは事前に準備していたとある魔法を試す事にした。まず、傷口から相手の体液……この場合は魔物の唾液を採取する。
そして血と混ざる唾液を《錬金術》で分離し、そして試験管に移すと……持っていたアタッシュケースを開く。リアはなんとなくアタッシュケースを覗き込み、そのメカメカしい中身に疑問符を浮かべた。
「なんすかその装置……」
「ライラに言って作ってもらったんだ。名付けて、痕跡追跡マシーン」
「痕跡追跡?」
「そう。こいつを使えば、なんと!!」
唾液の入った試験管を装置の設置部分に差し込み、魔力を流し込む。すると、ふわりと幾何学模様の魔法陣が浮かび上がる。そして、先端が矢印の形をした、金色に光る道標のようなものが空中に漂い始めた。
「やったぜ。この装置は……まぁ、犯人の体液とかが必要にはなるんだが……数時間前まで居た犯人の痕跡を追尾する、《時間魔法》を盛り込んだ装置だ」
「《時間魔法》を?」
《時間魔法》とは。最高難易度を誇る時間を操る術であり、今は法律で禁忌にすべきか検討されている魔法・魔術である。何故なら、タイムトラベルやタイムリープなどが出来る可能性があるからだ。それの何処がダメなのかと言われれば……主に歴史を変えられる事を恐れている。歴史とは人類の歩いた軌跡であり、不変のもの。それが誰かの手で変えられた場合、大変なことになる。また《時間停止》などを使えるものが現れた場合、どんな犯罪を起こされるか分からない。だからこそ、永遠に封じられるべきだと検討されているのだ。
ただし、現時点で時間停止や過去に逆行できる魔法使いは居ない。それ程に大規模で高難易度な魔法・魔術。
なのに、その片鱗を使っているともなれば天才の域ではない。異常だ。
「実は私も手伝ったんだぜ」
「え」
「《時間魔法》は、触りくらいならやったからな」
ウインクするダルクにリアは戦慄した。この先輩は……どのまで、魔法が使えるのだろうかと。もしかしたら、自分が考えている以上に凄い存在なのかもしれないと思った。それはそうとして、そして、そんな装置をサラッと作ってしまうライラも相当な天才だろう。仕組みとか聞いても殆ど分からない自信がある。
あと遊戯部は正直……天才達の溜まり場みたいだと思った。ライラだけでなく、ティオもレイアも天才だから。そうして慄くリアとは対照的に、ダルクは楽しそうに機械を持ち上げると口を開いた。
「これで犯人を追ってみる。行くぜリアっち!!」
服を引っ張る先輩は……とても、無邪気に見えた。まるで今、専念すべき事に集中している、そんな風に思う。だからこそ、リアはため息を吐くと。
「そうですね、もう被害者を生み出さない為にも。急ごう」
この先輩になら、ついて行ってもいい、面白そうだ、なんて思うのだった。
…………………
光の道標は住宅街を走り、畝るように右へ左へと続いていく。そして現場からそこそこ離れた閑静な住宅街に来た時である。
「ぁぁぁぁああ!!」
悲鳴をあげながら、ひとりの少女が一軒家の窓から飛び出してきた。驚きで硬直するリアとダルク。そんな2人を見た少女は、叫び声そのままに近づきリアへと抱きついた。
「た、助けて……助けて!!」
「どーどー」
リアは戸惑い混乱している様子の少女を落ち着かせるために背中を撫でるが、焦り散らす彼女には無意味なようで。どう事情を聞こうか悩んでいると横からダルクが助け舟を出した。
「お嬢さん、何を助けてほしいんだ? ほら、簡潔に。せーので言ってみよう。せーの!!」
「突然、家に魔物が!!」
「あら、さっそくビンゴか?」
「部屋でめちゃくちゃ暴れてるの……。それで、どうにか隙を見て逃げ出したんだけど……」
そこでようやく落ち着いたのか、少女はリアから離れると続けた。
「あの、魔導機動隊に通報してほしいの」
「正常な判断が出来て偉いぞー」
ダルクは少女の頭を撫でながら褒める。それから「まぁ、魔導機動隊としての初仕事だな」とリアに言う。リアも緊張感を持って頷き返した。そして、少女と目線を合わせると口を開く。
「とりあえず、君は安全な場所で待機しておいて。お姉さん達が調べてくるから」
「お姉さん達が……?」
「そ、今は魔導機動隊に仮入隊していてね。ほら名刺」
名刺を受け取った少女は、驚きつつも納得した様子で。どうやらイベントの事は一般人にも知れ渡っていた様子だ。まぁ、決闘大会が一般公開されていたので納得ではあるが。それから、少女は2人に向かって頭を下げ言った。
「あの、お願いします!!」
「任せとけ」
安心させる為に笑みを浮かべて、リアは胸を拳で叩き言うのだった。
…………………
少女の自宅に近づくと、その惨状が顕になった。外から見ても悲惨なくらい、窓ガラスが砕け散り、窓枠の歪んでいる。何か大きな物体が突っ込んだような様子だ。
それから、壁につけられた大きな爪痕が目につく。
「先輩、装置は?」
「ここを指してる。いるぜ……覚悟決めろよリアっち」
「先輩こそ。でも、せーので覗いてみましょう」
「そうだな、せーので」
「「せーの!!」」
2人は壁に背を預けて、砕け散った窓から中を覗き込む。すると、そこにはいた。
蟷螂のような体躯に、黒い甲殻と油ぎった皮膚を纏う昆虫のような魔物だ。両手部分には大きな鎌のような爪を持っている。目は6つあり、その全てが何処を見ているのか分からない。それに加えて、脚はなぜか8本あり、歪さがより不気味さを加速させていた。
口に当たる部分の顎は発達しており、見るだけでもその脅威を感じられる。あんなのに噛みつかれたら、とてもじゃないがタダでは済まないだろう。それに……血が乾いてこびりついているのか、赤黒く染まっている。
そんな魔物が暴れたのか部屋は悲惨な状態だ。しかし、今は落ち着いているのかジッとしており、場は静まり返っている。
リアはダルクにハンドサインを送る。人差し指でくいくいと。すると、ダルクはばつ印を作り首を横に振る。
特に深い意味はない、なんちゃってハンドサインを送り合うと2人で沈黙する。しかし黙っていても事態は進行しない訳で。ダルクとリアは同時に、今度は意味のあるグッドサインを送り合うと、互いに飛び出し、魔物に向かった。
「《結界魔法》!!」
即座に討伐しても良かったのだが……一応、結界で閉じ込めてから判断する事にしたリア。理由は、この魔物が本当に連続死傷事件の犯人かを確かめる為だ。
そうして、飛び出した2人だったのだが……次の瞬間には耳を疑うような出来事が起きた。
『ま、魔法使い!?』
「えっ」
「は? 喋った!?」
魔物が喋る。ありえない現実に、2人は思わず閉口する。なにか嫌な汗が流れ、緊張感が場を包む中……静寂を破り、魔物は懇願するように言った。
『た、たすけてくれ……もう……人を喰いたくない』
今にも泣き出しそうな子供のように。魔物が首を垂れた。
突然の事に言葉を失うリアの代わりに、ダルクが魔物に質問を投げる。
「お前、知性があるのか?」
『俺は人間なんだ……!! 今はこんな姿だが……!!』
「んんんんん──?」
今度は反応できたダルクすら大量の疑問符を浮かべた。
人の遺体が魔物化する事はたまにある。だからこそ法律で火葬する期日が決められているし、埋葬の仕方や儀式も地方によって差はあれど、大きく変わる事はない。
そんな、人由来の魔物であるが……仮に魔物化しても人の姿から変わる事は稀だ。だからこそ目の前の存在は異様で異常なのである。……いや、それ以前に魔物が知性をもっていることがおかしいのだが。
そんな……元人間だと言う魔物の登場に、嫌な予感がするダルクとリアであった。




