以後語り6
春休み初日。霜の張る、まだ肌寒い朝のこと。
ひんやりとした空気で目が覚めたリアは、もぞもぞと布団の中に体を沈め直そうとして気がついた。ルナが絡みつくように抱きついている。彼女は首の下に右腕を通し、左手で胸元に手をかけていた。まるで湯たんぽ代わりのようだ。
おかげでお互いの体温が溶け合い、心地の良い温もりが染み渡る。
「ぬくいな……」
微笑みながら頭を軽く撫でると、ふにゃっとした表情をするルナ。何かいい夢でも見ているのだろうか。まぁ、それなら無理に起こしてやるのは可哀想だ。だが、そうなると起きるのは困難になる訳で。
「……仕方ないなぁ」
と呟いて、ルナの顔を見ながら布団をかけ直す。
「ふふっ、幸せそうな顔しやがって」
起こさないように、そっと頭を撫で続ける。そうして時間を潰していると、ようやくまた、眠気が襲ってきた。
リアはルナの頭を起こさないように抱き寄せると、耳元で囁くように言う。
「愛してるぞ、ルナ」
勿論、家族として……最近なんだか不安定な感じで断言がし難いが……今は家族として。愛していると呟き、額に軽いキスを落とすと、リアは微睡の中に沈んでいった。その表情は優しさに溢れている。
………………
ルナ、起きてた。
そして、さっきのリアが行った一連のあれこれも寝たふりで過ごした彼女は……非常に興奮していた。
(お姉様……私も愛しています)
寝ているリアを起こさないように腕の中から抜け出すと、そっと鎖骨付近にキスをするルナ。
にしても、中々にレアな行動である。普段のリアならば、別に気にせずに起きるし、ルーティンとなっている朝の軽い運動を始める時間なのだが。春休みだからだろうか? 今日は二度寝する事にしたらしい。
そのおかげで、こうして胸躍る展開になった訳だ。
(ふへへ……)
リアの腕の中に戻り、抱いていた腕に力を入れて胸元に顔を埋める。
外が肌寒いせいか、お互いの体温でぬるま湯みたいな温かさの布団内はとても居心地が良い。いや、それ抜きにしてもこんなにおいしいシチュエーションを捨てるなんて勿体ない。もちろん、じっくり堪能する。
(お姉様が起きるまで、私も……)
だからルナもまた、目を閉じた。
こうして春休み早々、2人は時間の許す限り惰眠を貪るのだった。
春休み最中のこと。
今日は生徒会の役員の顔合わせと掃除があるため、リアとルナ、それからレイアは共に学校へと足を運んでいた。
因みに役職だが……リアは雑務、レイアは庶務となった。雑務は全体的な補佐らしいが、恐らく書記のルナを手伝う事になるだろうなとリアは思っている。
そして生徒会長がエスト。
副会長は前風紀委員長のクロバ。
会計はダルク。会計補佐には昨年、会計をしていたファリムが務める事となった。
……………
「サッカーやるぞ」
生徒会室の引き継ぎ作業と掃除を手伝っている最中、今年の予算案をパソコンで制作していたダルクが突如、生徒会メンバー全員に向けて言い放った。全員が同時に疑問符を浮かべる中、代表してエストが問う。
「取り敢えず、説明しろ」
「へーい」
ダルクがパチンと指を鳴らすと、ファリムが無言で生徒会室の大型モニターの電源を入れて、予算データを表示。それを見ながらダルクは告げる。
「えぇー、皆も知っての通り、今年はイベントがとりわけ多い。そのせいで予算案がかなり細かくなっている」
「確か他校と合同の決闘大会もあるんだっけ? 血肉湧き踊るな!!」
「クロバ、声デカイ。あと気安く肩を組むんじゃあない、ステイステイ」
ダルクは絡んでくるクロバを鬱陶しそうに着席させると、今度はファリムが代わりに口を開いた。
「その為、今年は部活動に予算があまり行き渡りません。それを終業式に告げた所、かなりのブーイングがありました。特にサッカー部。あそこは部員が多く、更に大会での地区予選を控えているのもあってブーイングも一際だった」
付け足してダルクが続ける。
「一応、今年の5校交流イベントでアピールできる場面を用意してあると伝えたが、それでも奴らは不満らしくてな」
全員がそれを聞いて「へぇー」と初めて聞いたといった反応をしたところで。ダルクが満を期して、言い放った。
「ので、地区予選の前にサッカー部を潰す事にしました。5校交流の為の犠牲だ、奴らへの部費を取り消す事にした。その方が予算振り分けが楽だし」
「コラテラルダメージというやつです」
敬語の彼女には、なんとも言い難い威圧感が伴っている。しかし、だからといって、はいそうですかで話を終えれる訳がない。エストが反論代わりに口を開いた。
「流石に可哀想じゃないか? それに、潰すって言っても、どうするつもりなんだ?」
真っ当な質問である。それに対してダルクは酷く面倒くさそうに言うのだ。
「実は明日、生徒会とサッカー部で試合をする事になりました。強制全員参加だ」
「試合……?」
「そうだ。部費を賭けた試合だ。素人の生徒会には負けないとか言って許可してくれたぜ」
「なんとも、まぁ……」
急な展開に色々と思案し勝手に疲れるエスト。とは言え、知らぬ間に好き勝手しているのはダルクの方なので、エストも被害者である。そんな彼女は、最後にひとつ気になる事を問う。
「分かった、試合をするという事はな……しかし11人も集められないぞ? 春休み中だしな」
「その点なら問題無い。同点でもサッカー部の敗北って事にしてあるから」
「……? それと人数に何の関係が?」
「要するに……」
ダルクは緩やかに歩みを進め、リアの前に立つと肩を叩いた。首を傾げハテナを浮かべるリアに、ダルクは期待を込めた表情で言った。
「リアっちにゴールキーパーをやってもらう。これで納得頂けたかね?」
「あぁ……」
意味が分かり、ついでに無慈悲さも分かってしまったレイアが、納得の声を漏らす。
「とはいえ、だ。
この学校の頂点に立つ我ら生徒会が、無得点で終われないのも事実!! ナメられたら終わりだからな!! そこで明日の為にサッカーの練習をする!!」
説明を終え、ようやく最初の台詞に戻ったダルクは、どこからかサッカーボールを取り出した。
どうやらサッカー自体は避けられないらしい。早々に諦めをつけたリアは、鞄から体操服を取り出した。
…………………
体操服に着替え、貸し出し用のスパイクを履き、場所はサッカーゴールのある芝生のグラウンド。
さてここで、魔法の使用が可能なサッカーの簡単なルールを解説したいと思う。
まず、専用ボールを壊したら負け。
勿論用いられるボールは特別だ。
……そのボールは、誇張無く最強のボールである。千度以上の高温に耐える耐火。絶対零度でも大丈夫な耐氷。磨ぎまくった包丁も刺さらない耐刃。大気圏から落としても割れない耐衝。あとは防塵などなど、ありとあらゆる防御機能を詰め込み、最後に魔力でコーティングされている。つまり、生半可な魔法をぶつけた程度では破壊できない。
それ以外は、魔法を使う際に出来るだけ『派手な演出』を心がける事くらいで、基本的に普通のサッカーのルールに則っている。
つまり、ファールにさえならなければどんな魔法も許されるヤベースポーツである。同時に魔法の派手さを売りにし、20年ほど前から熱狂され始めた新感覚サッカーでもあるのだ。
そんなこんなでグラウンドにやってきた生徒会役員一同は、ひとまず1人ずつ『技』を打ってみる事にした。最初は勿論、ずっと動きたくてウズウズしていたクロバである。彼女は炎の魔法が得意分野だ。
「技名……思いついた!! いくぞ、我が爆炎よ……煌めけ!! 《太陽フレア》ァァア!!」
空中で凄まじい炎の嵐を纏ったボールを半回転して蹴り抜くと、ドォンと響く低音が地を走り、ボールはゴールネットに突き刺さり、ついでに突き抜けて壁にめり込んだ。
「ふぅー」
腰に手を当て満足げなクロバの頭をエストがシバき「壁を破壊するな!!」と説教を始める中……他の役員共はコソコソと話す。
「これまじ?」
「当たったら死ぬやつです」
「これは確かに、部費を求めるのも分かるな……主に治療費で」
「割と何でもアリだぞ、魔法有りのサッカー。あとこの手のスポーツしてる奴は無駄にタフだから病院なんて滅多に行かねーぞ、部費は打ち上げ費用って聞いてるしな。さて、次は私だ」
2番手のダルクは、煤けたサッカーボールを回収すると、トントンと足で踏む。そして器用に胸の高さまで軽く蹴り上げると……身体がブレる。
風が吹き抜け、芝生が幾本か千切れ舞う。地面には、強く蹴り抜かれた後がくっきりと残っていた。そんな中、ダルクはと言うと、サッカーゴールのゴール線を飛び越えた先で浮いたボールをトラップし呟く。
「《宿地》」
「サッカー……」
レイアが困惑の様相をしている。リアとルナも同様である。エストは単純に呆れていた。大人げ無いと。
これは、勝負になるのだろうか。明日への不安を抱きながらも、取り敢えず一通り練習をするのだった。
…………
なんてダルクの事を言える程、生徒会メンバーの魔法熟練度は半端ではなかった。リアはもう鉄壁のゴールキーパーだ。なんせ、ゴール前に結界1枚貼っておくだけで、シュートの威力がtを越えなければ破れない壁になるのだから。リアはただ棒立ちしていれば良いだけだ。
次にレイアだが、《召喚:シストラム》や《召喚:西洋甲冑》《戦乙女》はルール違反に抵触しないのだろうか。
彼女はひとりで一軍を回せたのだ。パス回しからシュートまで一通り。だが、最終的にがらんどうな西洋甲冑にボールを入れて、ゴールに突撃させれば良いじゃんとなった。しかもゴールした瞬間に、派手な魔力の花火が打ち上がる演出を混ぜて。派手な演出が必要だからといっても、適当にやれば良いってもんでもないだろうと思う。
余談だが《門》で直接、ボールをゴールに叩き込むという、最早サッカーでは無い技は、流石に相手が可哀想すぎるという事で封印する事になった。それをやっちゃったら、もう勝負とは言えない。
次いでルナだが、常にボールが空を飛び、自由な軌道で動き回る。お分かりの通り《念力魔法》だ。しかもシュートで勢いまでつけられる為、強力なストライカーとなった。
ファリムに至っては、ステルス性能が高過ぎた。透明化されたボールは、いつの間にか仲間の誰かに渡されており、パスコースも影の薄さを利用して確実に通す。時には本人が透明になり、ゴールにボールを転がした。
最後にエストだが、彼女はディフェンダーに徹し、時に遠くから反撃するカウンターの役目を担う。《鎖魔法》が大活躍する場面である。
グラウンドを縫うように張り巡らされた鎖は、一歩進むだけで足を取られるし、パスコースも全て塞ぎ切る。あげく、鎖で鞭打つようにシュートすれば、瞬きの間にゴールしていた。というかそもそも、ボールに鎖が差し込まれているので、仮にボールを取られても自分の元に引き寄せられるのが強い。
……いや、いや。サッカーやろうよ、と人の事は言えないが……リアは思うのだった。
そして1時間が過ぎた頃。もうそろそろお開きかと皆が集まった時、ダルクが纏めとしてこんな事を言い出した。
「よし、思ってたよりも戦力高いな皆んな。そこで提案だが、相手の心を確実に折る為に、あえて数点入れさせてやってから逆転しようと思う。二度と生徒会に逆らわないようにな!!」
「鬼か?」
エストの呟きに、クロバ以外の全員が同意する。ファリムは興味が薄いのか、眠そうに目元を擦っていた。
そんなファリムではあったが、突如何か思いついたかのような顔をすると、サッカーボールを拾いリアに渡した。
「リア後輩、なんかドラゴンっぽい技やって」
「無茶振り!?」
「ルナ後輩も手伝ってあげて」
「私にも!? 先輩、今日はテンション高いですね……」
「……? そうだろうか」
可愛く首をかしげる先輩の眼差しに押されてリアはボールを受け取る。どうやらテンションが高まっているらしい先輩の期待に応える為に、四苦八苦する事になるのだが……ルナが楽しそうに協力してくれたので、まぁまぁ楽しい思い出にはなった。
ついでに、ドラゴンっぽい技はルナが氷の龍を出した事でどうにか合格を貰えた。
……今度ギルグリアにそれっぽい魔法でも聞いてみようか。そんな事を考えつつ、サッカーという名の親睦会は幕を下ろすのだった。




