以後語り3
晴れ!!
どこまでも続く雲一つ無い青空が広がり、太陽が冬の寒い大地を暖める。冬にしては過ごしやすい、そんなある日のこと。
「私に弟子が出来た」
クロムが校長室に入るなり呟いた一言に、グレイダーツは飲みかけた紅茶を気管支にひっかけた。
「ダグゴボッゲホッ!! ケッホッ!! ケホんんんんんん!?」
涙目になりながら目線で「マジで言ってんのお前に弟子が!?」と訴える。その目には、有り得ないといった感情が多分に込められていた。
「中々に優秀な人材だぞ。まさか、お前の学校にこんな生徒が居るとはな。将来有望だ」
そう言って妖しい笑みを浮かべる彼女に、グレイダーツは一言投げた。
「実験体として?」
「お前ならいつでも大歓迎だぞ?」
お互い睨み合い剣呑な雰囲気になるも、いつもの事なのでお流れとなる。
「それで? ただ報告をしに来たって訳じゃねぇんだろ?」
「あぁ、そうだ。要件としては、初めての私の弟子だし、色々と優遇してやりたくてな」
優遇の言葉に少しだけ思案するグレイダーツだったが、悩ませた思考を投げ捨てて適当に返事をした。
「べっつに、やりたい範囲でやれば? お前には立派な研究室やったろ?」
「ん? いいのか?」
「逆に聞くが、私に確認しに来る様な事か?」
「……」
開きかけた口を閉じ、言おうとした言葉を飲んで彼女は踵を返した。
「そうか、なら問題無いな」
「……?」
訝しげな視線を向けるも、彼女に届く事はなく。出て行く彼女を見送ってから、椅子に再び腰掛けてグレイダーツは口直しに紅茶を含みながら呟く。
「しっかし、アイツに弟子か。ちょっと気になるな。
人体を治す治癒魔法を極めた癖に、人間の見方と倫理観がバグってるうえ、気難しい性格のアイツに弟子。
……嫌な予感がするな」
………………………
「というわけで、これが私の研究室のスペアキーだ」
クロムはそう言って、1人の生徒に鍵を手渡す。
小柄な体躯に、綺麗な紫の髪を低い位置でツインテールにしている、可愛らしい顔をした生徒……ティオへと。彼女は鍵を恭しく受け取ると、喜びのあまりガッツポーズで礼を言う。
「やったぁー!! 研究室だー!! ありがとうございます師匠!! 我、精進します!!」
「新しい薬が出来たら教えてくれたまえ、行き詰まれば、私も共に調合を考えてみよう」
「うむ!! では早速!!」
そう、彼女『も』クロムの弟子であった。出会いは何度か、ティオの出た学会に彼女が紛れており、こうして目をつけたのが始まりだ。
新しい薬を開発し、自分をモルモットにしてでも効果を示す……価値ある物を生み出す彼女の姿勢、そしてDNAを弄る、人間という生命の設計図に挑戦するというある種の『神業』にクロムは感動を覚え、こうして勧誘した次第である。研究室という極上の餌をぶら下げて。
そして思惑は実り。勧誘は成功する。
彼女がどんな薬を作るのか、直接見てみたいというクロムの望みは叶った。それに、自信が思いつかないような効能や物品を生み出す彼女は、まさに金の卵と言えるだろう。
最後に老婆心だろうか。有能な若者というのは見ていて飽きないものだ。
そんな期待を向けられているとも知らず、ティオは大きなテーブルにフラスコ瓶や無数の薬品に素材を並べ、最後にドンと書き殴った状態の調合表とメモを置く。
そこで、作業を始める……前に、まだ来ていない『一番弟子』について聞いた。
「そういえば師匠。同志は今日来るので?」
「さぁ。アイツは私の手を借りるのは稀だから──」
言いかけた所で、研究室の扉がガチャリと音を立てて開いた。視線を向ければ、今し方話をしていた『一番弟子』が姿を見せる。
「噂をすれば」
「おぉ同志、久しぶりだな!!」
ティオは入ってきた女子生徒に気安く挨拶をする。出会ってまだ数ヶ月、されど数ヶ月。後輩ながらも中々に癖の強い、しかし面白い同志に向ける感情には、歳の差を超えた親愛があった。
「あら、久しぶりです師匠、先輩」
「む、先輩などと他人行儀でなく、名前で呼んでくれて良いと言っているだろう」
「ふふっ、そうでしたね。ティオさん」
……ふんわり蠱惑的に微笑む彼女。頭の中は常にピンク色なのにも関わらず、その所作には無駄な上品さが醸し出されていた。
整った顔立ちに綺麗な杏色の瞳、亜麻色の長髪にトレードマークのベレッタが光り、優しい雰囲気を感じさせる。
2年生にして、ルナの親友であり、そして常に性癖全開で、気に入った女の子を毒牙にかける事に全力を尽くすレズのやべー奴。
セリアの姿がそこにはあった。
……………………
クロムが彼女を弟子に誘った理由は、単純である。面白そうな娘だと思ったからだ。
彼女の作る法律スレスレの『薬』や『発明』は、長年人体と治癒魔法に専念し灰色の半生を過ごした身からすれば、とてつもなく色濃く、また眩しく見えた。
その先にある欲望がたとえ邪なモノだとしても、目的に向かって全力で突き進み、さらに実力を見せつけてきたセリアの姿は、自分には無い生々とした活力に溢れている。クロムはそんな彼女を間近で見ていたいと思ったのだ。
尚、流石のクロムも今の時点では気がついていない。可愛い女の子が大好きなセリアの射程圏内に、自分もまた含まれているなんて。ティオ? 答えるまでもない。
そんな2人は出会って速攻、意気投合した。分野は違えど、魔法と薬学を研究する者同士。この出会いは運命的であったといえよう。
今では互いに同志として認め合い、足りない部分を埋め合って、切磋琢磨しながら魔法薬の研究に勤むほどだ。
自分が師として教えられる事は、マンドラゴラ等の特殊な素材の加工や、人体の構造、自身の持っている薬学や魔法の知識。それくらいだろう。
しかし、これでいいのだ。時々手を貸すだけで、彼女達は爆進的に成長していくのだから。
……成長の果てに、セリアの制御が利かなくなる未来は、はてさてどのくらい先になるだろうか。その日が来るまで……楽観的なクロムには、被害者が生まれるという考えすら浮かんでいなかった。
だが、弟子を取るというのはそういう事だ。たとえ英雄と呼ばれる人間だろうと間違い失敗する事はある。人間だもの。
…………………
「ところで、同志は何を作っているのだ?」
ティオは己の研究を一旦休憩して、フラスコ瓶を振っていたセリアに聞いた。フラスコの中の水は半透明の桃色で、揺れる度に甘い匂いを振りまいている。
そんな純粋な疑問に、セリアはうっとりとフラスコの中身を眺めながら答える。
「女の子が飲むと、他の女の子を性的に襲いたくなる薬よ」
「……効能はともかく、欲望をコントロールするという点は中々に凄いな」
思わず「ちょっと、何言ってるのか分からない」と口にしそうになったが飲み込んだ。ゾッとして流れた冷や汗のおかげだ。そして代わりに適当な褒め言葉を送った。
セリアはそれを分かった上で話を続ける。
「ふふっ、大丈夫。使う相手はもう決めてるわ」
「そ、そうか。ふはは、にしても……前回のスライムに続き、よくもまぁこう何度もぶっ飛んだ効能の薬を作れるなぁ。
理性に働きかける技術や、人の興奮や趣向を操る効能……。
凄いのになぁ。本当、まともな事にその技術を使えば、同志としても手放しに褒められるのだが……」
「そうね……。ま、その辺の話はほっといて、実はまだ使用実験をしていないのよねぇ」
セリアは立ち上がり、ティオの元ににじり寄り始めた。
「え、あ……。まって。さっきのは褒め言葉!! 褒め言葉だ!!
師匠からも何か……あれ!? いない!?
ちょ、同志!! 落ち着くのだ。まず、フラスコを机に置いて……。
やめ、来るんじゃあない!!
ヒェ、我に……我に近づくなぁぁあ!!」
「ふふっ」
その後に響いた悲鳴を聞き、隣の校長室からグレイダーツとカルミアが駆けつけてたり、カルミアが裏切りセリア側に回ったりと中々にカオスな現状になったが、なんとか自体は収束するのだった。
…………………
「んぉ? なんだティオか、今日は部活に来ない筈じゃ……。なんか疲れた顔してんな」
「……ちょっとな。暫く部室に顔を出すからよろしく頼むぞ」
「それは構わんが、メール見たぞ。研究室手に入ったんだろ? どうした?」
「うむ……同志が少し怖くなってな」
「あぁ、あのバイタリティがヤベー後輩か……」




