エピローグ②+小話
あれからの、学校の話である。
文化祭なんぞ勿論、続行出来ない現状、1週間の休校となった訳だが──グレイダーツは修繕の終わった校長室の椅子に腰掛け、魂が出そうな勢いで深く溜息を吐いた。
彼女の手にはタブレット端末が握られており、そこにはデカデカと『グレイダーツ魔法・魔術学校でテロ発生!! 犯人はなんと同級生!?』との見出しから、魔導機動隊や自分への批難や、ヴァルディアについて発表した情報から、憶測や記者の妄想がつらつらと書き綴られていた。
「……やっぱデイルさぁ、お前ヴァルディアの事を世間に公表して、お涙を誘う展開にしたかったのは分かるけど──事件に飢えてるマスコミが綺麗事書く訳ねーだろうが。はぁ」
ぶっちゃけた話、最高のセキュリティーを誇る学校にテロリストが侵入……あまつさえ、大量の魔物の侵入を許すなど、前代未聞の大問題である。
死傷者こそ出なかったものの怪我人は多く、世間からのバッシングは酷いものとなった。
あの場にいたOB・OGが、マスコミに向かって『真実を伝えろよ?』と圧をかけていなければ、余計に酷かったと思う。後は、単純に一般人にはほぼ被害が無かった事も起因する。
だが、時に真実とは嘘や虚言よりも厄介な展開へと世間を導く事がある。最悪な事に、最前線で戦った複数の生徒と自分の弟子であるレイア。そしてテロリストの打倒者であるリアの事まで公開されてしまったのだ。情報規制をして、まだ名前などは判明していないものの……ネットではお祭り騒ぎとなってしまっており、彼女達の身が心配だった。
まぁ、それを伝えたところでレイアは特に気にした様子は無く、英雄願望が燻っていたリアに関しては「俺も遂に有名人かな?」と楽観視どころか、逆に喜んでいる節があったが。
常に人材に飢えている魔導機動隊や他の4連合国に目をつけられるやもと考えると、グレイダーツは胃が痛むのを感じた。
さて、一旦彼女達の事情はさておいて、次に自分達へ向けた世論についてだが……考え始めたところでグレイダーツは胃薬を飲んだ。
「学舎にテロリストの侵入を許した挙句に、数兆円の絵画を破壊したら、そりゃバッシングされるか。デイルもいたし」
中傷はほぼ無い……というより、そんな書き込みを見つければ持てる権力全てを持って書き込んだ奴を割り出し、直接ドつき行くと事件のインタビューの際に、生放送のテレビに言ったからだろう。
最後に何をトチ狂ったのか「言葉に気をつけて誹謗中傷してね」と語尾にハートがつきそうな声色で注意したのは無かった事にしたいのだが……どうにも随分と効いたようだ。
ただ、英雄という括りの中で常に権力を持っていたグレイダーツやデイルに向かっての誹謗はそこそこあった。が、別にこれはいい。真摯に受け止めていくべき声だからだ。
厄介なのが『ヴァルディア』をデイルが公表してしまった事。50年前の戦争がたったひとりの魔法使いが起こしたという事実に、恐れや恐怖を抱く人々は多かった。
現代においても今の世界に不満を持って、テロリストになる人間は少なからずいるのだ。この問題は後々に煮詰めて議論し、連合国間でもっと話し合いと協力体制の場を設けるべきだなと考える。
最後に……グレイダーツの胃を痛めるものがある。
それは、何故か自分に対し送られるラブメッセージや変態コメントであった。
元々、メディア露出は少なく、写真も出回っておらず、学校に来るまでグレイダーツの姿を見る者はほぼいない状態だったせいか、70歳超えなのに若々しい……寧ろ幼い容姿の彼女に変態達の嗜好が向くのは自然の理である。
リアル、ロリババァでインタビューの際にあざとさも見せつけたとなれば、こうなるのは仕方ない。
「最悪だ」
ネット掲示板のページを閉じてタブレットを机に放ると、片手で目を覆い天を仰ぐ。すると、『椅子に腰掛けていたカルミア』が背後から手を伸ばしてくる。
「やめてくれ」と言っても……以前よりも行動が頑なになり、自分を抱いてはよく撫でるようになったメイド。蕩けた顔で自身を撫で回してくる彼女の存在に、グレイダーツは目からは生気が薄れていくのを感じた。
…………………
「リアちゃんも、ルナちゃんも、もう心配させないで」
「ごめん母さん」
「ご、ごめんなさい」
1週間休校になったので、自宅へ帰省した2人を待っていたのは、遠い場所に行っていた筈の母、ノルンであった。
どうやらグレイダーツ校への襲撃は他の連合国でも結構なニュースになっていたらしい。この休みを機にゲームをやり込んでいて、全くニュース等を見ていたリアは知らなかったのだが、恐らくこの先も知らない方が幸せなのかもしれない。
それから、リアはその日の晩にノルンへと、祖母のクラウから預かった言葉を伝えた。彼女はそれを聞くと、優しく微笑んだ。
「確かに、母がいないのは少し寂しかったけど、その寂しさすら忘れるくらいに賑やかだったし、気にしなくていいのに。そう伝えられないのが、残念ね」
「母さん?」
「あぁ、ごめんねリアちゃん。少しだけしんみりしちゃった。伝えてくれてありがとうね」
ノルンはリアの頭を優しく撫でた。そこに込められた愛情と感情がどれ程のものだったのか──それはノルンしか知り得ない事だが……彼女はリアとルナの成長を、これからも応援していこうと思う。
でも……流石に次、学校に臨時職員として紛れても普通にバレそうだなとおもうのだった。
……………………
庭先にて正座するデイル。その前には腰に手を当て無表情のリアが立っている。
「さて、以上が師匠の気絶している間の出来事なんだけど……」
「うむ……」
「早とちりで、俺を女の子にした感想は?」
「すまない……」
「まぁ、恩の方がデカいから俺も文句は言えないけどさ。やっぱケジメは必要だよね。ってな訳で、話は終わり!!」
小声で「……前なら絶対に許さんかったじゃろうなぁ」と呟いたデイルに、家へ戻ろうとしていたリアの首がグルンと背後に傾いた。
「……なんか言った?」
「な、なにも言っとらんぞ!!」
無駄に怖い謎の角度からの睨みに、正直デイルは怯むと共に、この一年でだいぶ性格もマイルドになったものだと思った。
……………
リアはリビングでテレビ番組を見ながら寝っ転がっているギルグリアの隣に腰掛けた。そして、以前の自分なら絶対に聞かなかったであろう、ずっと疑問に思っていた質問を繰り出した。
「まじめに疑問なんだけど、そもそもドラゴンと人の間に子供って作れるの? あ、気になっただけでお前と子作りなんてしないから勘違いすんなよ」
ガバッと起き上がったギルグリアは、そのままダラっと残念そうに座り直す。
リアは鏡を見る度に、縦長の瞳孔を見る為、アニメなんかでは普通にある設定のドラゴンと人のハーフなんて実際出来るのかどうか、以前より知的好奇心から気になっていた。ただ、決して子供が欲しいとかは決して無い事を明記しておく。
リアの問いに対して、ギルグリアは「うーん」と唸りながら答える。
「我も……分からん」
「は、え、分からないの!?」
「そもそも、人の器状態のドラゴンは、自由に性別を変えれるからな。今の我には、人間の男には必ずついてるモノが無い。
それに、ドラゴン状態でも1年ほど時間を要するが……己の性別も変えようと思えば変えられる」
割と滅茶苦茶な事を言っているが、ドラゴンだからと言われればそれまでである。この世界で本当にドラゴンが居る事を知っている人間は限られているだろうし、実際のところ生態なんて全くの不明なのだ。
だから、リアはぶっちゃけ困惑した。
「えぇ……じゃあそもそもドラゴンってどうやって子孫繁栄してきたのさ? それに婆ちゃんや俺に惚れるのっておかしくね?」
「そう言われると反論しづらいが、まぁドラゴンはプライドがかなり高い事から分かるように、ほぼ絶滅した。この世界には我と友の2体しか居らぬのがその証だ」
「確かに」
「それと、まぁ中世時代の頃とか、割と人と暮らした時期もあったからな。人の価値観や感情というのもある程度、理解だけはしているつもりだ」
「の割りに、初対面は最悪だったけど?」
「恋、それも恋だリア。人間だって……やんでれ? だったか? あれみたいに恋愛感情で変に拗れる奴もおるだろう?」
「……反論できない。ってか、それなら俺とその……エッチな事しても子供なんて作れなくね?」
「言われてみれば、前例はないな……むむ。人とドラゴンは子孫が……作れないということか?」
「俺に聞かれても……。ってか、そもそも俺だって元々男だぞ」
「……」
「……」
互いに沈黙するが、その静けさを第三者が切り裂いた。
「なら、貴方も今は女形態になってみてはどうでしょう? 主に、私の心労が減るのでそうしてもらえると有り難いのですけど?」
リアの隣に腰掛けて、棘のある口調でギルグリアに提案してきたのは、ルナであった。ギルグリアはルナの提案に対し、考え込む仕草のまま返した。
「むぅ、しかし我は女になった事が無い。ドラゴンの時も人形態の時もだ。つまり、やり方が分からん」
「ならば、わしからも提案してやろう」
「あ゛?」
と、そう言ったギルグリアの返事に返す形で、今度はデイルが割り込んだ。ギルグリアは目に見えて不機嫌になるが、以前のように突然喧嘩を始める事はなく、高圧的に「……聞くだけ聞いてやろう」と続きを促す。
「なに、わしが《性転換魔法》をかけてやようと言っておるのじゃ」
「……ほぅ、リアを女にした魔法か」
「おい、その言い方は誤解を生むから絶対に外で言うなよ」
ギルグリアの発言にツッコミを入れるリア。もし……この時デイルの方を見ていたら、結果は変わっていたのかもしれない。
「自力で戻れるなら問題ないじゃろ、ほーれ《性転換魔法》をくらえッ!!」
「は? おいちょっとま」
魔法陣が重なり合って、ギルグリアを中心に、リビングが淡い光で包み込まれた。
………………
光が収まると……そこには1人の女が立っていた。
スラリと伸びた、少し筋肉質だが滑らかで病的なまでに白い肌。長くボサボサとした白い髪。
引き締まるところは引き締まり、出る所は出ている抜群のスタイル。
そして顔だが、驚く程に美人……というより老人の見た目からは考えられない程に、少女っぽくなっていた。
黄金律とも言える程に整った目鼻口はまごう事なく誰もが美人で可憐と言うだろう。
黄金の目はリアと同じく縦長ではあるが、白く長いまつ毛と相まって、儚さを感じさせる。だが、その目で睨みを効かせれば、儚さは瞬く間に力強い印象に変わるであろう。
また、リアと同じく長い犬歯が口元から覗いており、薄い色の唇と相まってどこか妖艶さを漂わせていた。
さて、ここまで描写した存在だが、勿論のことギルグリアである。
「何をする貴様……んんッ!? 声が!!
それに身体も変化しておる!?」
「この魔法はドラゴンにも効くのか……」
「記憶は大丈夫?」
「うむ、そこの老ぼれに魔法をかけられた事を忘れる訳がなかろう」
ドラゴンにはその辺の耐性的なのがあるのだろうか? リアは疑問に思ったが、考えても無駄なので口にするのをやめた。
ギルグリアは己の体を弄り、変化を確認していた。一方でやった本人のデイルは複雑な表情だ。
「なぜ、美人なのじゃ。なんか腹立つ」
「それは暴論だろ……」
デイルの言葉にツッコミを入れつつ、リアはギルグリアに「体調とかは?」と声をかけた。
「む、体調は問題ないが……」
その時、ギルグリアの思考に電流が走る。
「……ふむ。これならばリアとスキンシップをとってもお主らに睨まれる心配は無いのか。そう考えるとこの形態、悪くはないな。子孫繁栄は出来ぬが」
あっ、やっぱり無理なんだと思うリア。
そんな、どこか的外れな事を考えているリアとは反対に、ルナとデイルは「ガリィ」と音が鳴るほどに歯を噛み締めると言った。
「なんで……私より色々と大きいんですか!! クソドラゴンの癖に!!」
「リアは別じゃが……お主が女と絡むのは見ていて腹が立つから許さぬ。TS百合は許さぬぞ!!」
「えぇ……」
流石に、ギルグリアは引いた。
リアも半眼で呆れた目線を送りながら、内心で軽く引く。それと同時にアニメ思考が走り、(え、ジャンル的にTSって百合に入らないの?)と思った。
そんな週末を終えて、明後日から心機一転の3学期が始まるのだった。




