文化祭と魔王『結』
狐面の女の銀剣は、一刀でヴァルディアの腕を斬り飛ばした。切断面からは黒い粘液が飛び散り、即座に再生するも、ヴァルディアは少し鬱陶しそうに頬をひくつかせた。
「なんなの貴方。あの娘と似た魂の色をしているけど」
「さぁ? でも、お前好みの澄んだ色はしてないのは自覚してるよ」
「……気に入らない」
「それは……お互い様だろう?」
崩れたがしゃ髑髏から寄せ集めた骨を使い、一斉に無数の刺突攻撃を繰り出すヴァルディア。しかし、それらは全て銀の剣のひと撫での一撃で消え去る。
戦局は圧倒的に有利である……ように見える。だが、ヴァルディアの顔には余裕の笑みが張り付いていた。
「ふふっ、もう少しでタイムリミットじゃない? 貴方の魂はもう、限界でしょう?」
ヴァルディアの発言を無視して、狐面の女は両腕を斬り飛ばす。そして、胸の中央に向けて剣先を突き付けた所で……両者の動きがピタリと止まった。
「軽く吹けば消えてしまいそうな魂ね。でも、最後の輝きは線香花火のように綺麗だったわ」
煽っているのか、本当にそう思っての賞賛の言葉なのかは分からない。けれど、ヴァルディアの言う通り、狐面の女からはもう『力』は感じられず、そこら辺を歩く魔法とは無縁の一般人と変わらないレベルにまで消耗していた。
だが。
狐面の女は、喉をクツクツと鳴らして笑い……ヴァルディアは怪訝な表情をする。
「負けを認めて笑ったにしては、やけに明るいわね」
「あぁ……」
銀剣にピシリと罅が入る。軽く触れれば崩れてしまいそうな罅だ。けれど狐面の女はその剣を下げる事は無く、切先をヴァルディアへと向け続け──独り言のように言った。
「私じゃ駄目なんだ。この場で歴史を変える権利が、私には無い」
「……はぁ?」
「未来に進みたいのなら、己が勝ち取らなければ意味は無い。だから、バトンタッチだ」
彼女が剣を離した。ゆっくりと、ゆっくりと……魔法でありながら重力に囚われる銀剣。同時に、背後にゆらりと倒れゆく狐面の女。
しかし、次の瞬間。
「ォォオラァァァアッ!!」
眩い銀色の籠手が、ヴァルディアを銀剣ごと殴りつけた。
………………
(やっと、役目を終えられた)
掠れゆく意識と視界の中で、彼女は思う。長い旅路だったと。
(後は頑張れよ、俺)
助けたい命を世界の秩序すら捻じ曲げて助けれた。本当に、彼女は心の底から消えゆく事に……人生に満足していた。
だから、後はこの重く心地の良い微睡に身を任せて眠ろうか。そう思って目を閉じようとした時だ。
ヴァルディアを殴りつける寸前、リアは彼女に言った。
「どうやら俺以外は満足していないらしいぜ」
(……?)
何を言っているのか分からず、しかしふと何気なく背後に首を傾けた時……リアの言葉の意味を知った。
『僕達は君を消させない。散々君の夢に付き合ったんだ。今度は僕達の我儘に付き合ってもらおうか?』
何もない筈の空間に、見知った手がいくつも伸びて、自分の肩や手を掴み引き込んでいく。
(……あぁ)
仮面が外れる。素顔になった彼女の目には涙が溢れ、口元は嬉しそうに歪でいた。
……………………
消えた狐面の女と入れ替わり、リアは胸を殴り抉った後、ヴァルディアを天高く殴り上げた。
「レイア!!」
「了解!!」
リアが呼び、レイアが応じる。彼女のシストラムがリアの足元を掬い上げ、逃げ場の無い空中にグンっと投げる。
そして──リアは落ちてくるヴァルディアの背後に《魂の渇望》によって強化された結界を作り、次いでに足場を作ると。
「ゥゥウRYYYAAAAAAAA!!」
残像を残す程に速く、そして一撃全てに全力の『破壊』を纏った攻撃がヴァルディアの全身を打ちつける。
吹き飛ばされた部位は再生するも、その再生を上回る速度で再び殴り飛ばされていく。
リアは身体の細胞の一片すら残さずに、ヴァルディアを殴り殺した。そして──。
「オラァァ!! 婆ちゃん!!」
『任された!!』
リアの背後から炎のように浮かび上がったクラウが、肉体を失い魂となったヴァルディアの首を鷲掴みにすると。
『……ッ!!』
『迎えに来たぜ』
驚愕の表情で目を見開くヴァルディア。ニヤリと笑みを浮かべるクラウ。そんな2人の魂は、煙のようにふわりと──消えた。
一拍の静寂が舞い降りる。そして、リアは消えていった2人、その先の空を見上げて呟いた。
「これで、やっと終わりだな」
ヴァルディアに本当の意味で恨みは無い。だが、未来からの来訪者によって、自らの手で倒すべき敵となった。
そう……だからこそ思うのだ。狂ったヴァルディアにも……あの世があるのか分からないが、哀れな彼女にも救いがあらんことを、と。
そして──リアは天に向かって、勝利宣言の代わりに拳を突き上げる。
そのすぐ後に、胸の炎が霧散し、傷口から血が噴き出し、結界が崩れ、リアの身体は緩やかに落ちていった。
全身を《念力魔法》の光に包まれながら。




