文化祭と魔王『転』②
リアは大きく目を見開き、「ハッ」とした表情で目を覚ました。空に流れる青空を見上げながら直前の記憶を辿り、強烈な痛みがある筈の胸元に手を当てる。しかし、そこにある筈の刺し傷は何処にも存在しない。
いや、傷口だけでは無い。戦闘の音すらもしない事に気がついたリアは、身体を起こすと首だけを動かして辺りを見回す。
「……ウユニ塩湖?」
鏡のように空を映す浅い湖面は、指で突けば波紋が広がる。だが、服や体が濡れる事はなく、水滴は指に残らない。
そんな不思議空間を味わったリアの直感は、即座に答えを導いた。
「ははーん、さては夢の世界か死後の世界的な奴だな?」
過去に味わった本に入り込んだ時と似た感覚がするも、先程の攻撃で死んだ可能性を考慮してそう呟き……両目から涙が溢れた。
やり残した事が沢山ある。後悔も沢山ある。
だが、それよりも悔いる事は……。
「死……母さん、ルナ……」
母に何も恩返しや親孝行が出来ず、妹を戦火の中に残したまま消えてしまう事への、強い後悔が湧き上がる。
それに──ルナは、無事だろうか?
彼女をもし死なせてしまったならば……自分は。そう考えて、拳を地面に叩きつけて立ち上がった。
「駄目だ、死んでも死にきれないッ!!」
吠えるように叫ぶ。まだ死ぬ訳にはいかないと。どうするじゃない、必ず戻る、そんな気持ちを闘気に変えて深呼吸をしたリアの元に──ある筈のない、返事が返ってくる。
「お、やっほー孫ォ!!」
「へあっ!?」
突然自分へ向けて「孫」と呼んだ──自分と似た制服姿の女が、手を振って此方に歩いてくる。その隣には、あの日立ち寄り《境界線の籠手》を手に入れる原因となった本屋、その店主が着ていたモノと同じローブを着た女が半歩後ろをついてきていた。
「諦めが悪いのは……とても良い事だ。そしてようやく本当の意味で、立ち向かう『覚悟』ができたようだな」
狐の面で表情は分からないが、彼女は強気な笑顔を浮かべている、そんな気がした。
…………………
「説明しよう!! ここは君の内なる世界的なアレだ!!」
そう言って制服姿の彼女は指を鳴らす。すると、何処からともなく3つの椅子が現れた。
リアは取り敢えず出された椅子に座りながら質問を……というより説明の続きを促す。
「普通に分からん……どういうことなの」
「魂の心象風景、心の中の部屋、みたいなサムシングだ!!」
「つまり? えぇ……精神の部屋的な?」
「たぶん!!」
「たぶんって。というかそういった話の前にさ。あんたって俺の婆ちゃんなの?」
リアの質問に、彼女は眉間に皺を寄せ、唸りつつも応える。
「正確にはクラウが魂を少し分離させて生み出した、もう1人の私──的な存在だな。本来ならばリア、お前に憑依した時点で色々と説明できていた筈なんだが」
「あぁ、記憶を思い出したから分かってる。デイルに邪魔されて出てこれなくなったんだろ?」
「いい直感と推測だ、その通り。
そして遺品である私の目的は、今度こそヴァルディアに引導を渡してやる事だ。まぁ……それについては、そこの彼女が詳細に説明してくれると思うぞ」
指を向けられたのは、椅子に腰掛け、腕を組んで静観していた狐面の女。クラウの指名を受けた彼女は頷き、仮面の下で口を開く。
「ドウモ、本来は死ぬ筈だったルナを救いに来た十数年後のお前だ」
「これは丁寧に……はん?」
「時間がないから、ダイジェストで説明してやろう。ほれ指パッチンだ」
パチンと狐面の女が指を鳴らせば、強く吹き抜ける風のように記憶の波が過ぎ去っていく。
先の戦いで《境界線の剣》を振り回しヴァルディアを倒そうとしている自分。
しかし、がしゃ髑髏を倒す為の決定打となる攻撃が繰り出せず、更には守るべき妹をあの『槍』で貫かれてしまい、泣き叫ぶ。
ヴァルディアは、その顔を見て帰った。何故か、絶望を見れたからか、自分の魂に興味が失せたのか分からないが、結果的に生き残った。
しかし、リアの心は死んでしまった。学校へも行かなくなり、周りの救済の声を無視して塞ぎ込み、闇の中で蹲っていた。だがある日、親友がそんな自分をぶん殴って立たせに来てくれた。
そこからは、彼女なりの人生だ。学校へ通って、魔導機動隊に入り、新たな友や仲間ができ、遊戯部のメンバーとは週末に集まっては色んなことをした。
怒涛の、それでいて濃密で楽しい15年の月日が過ぎた頃には、リアは自分の生に満足してしまった。
だから、親友や仲間とヴァルディアを探し出して討伐し、ひとつの夢に向けて人生の舵を切った。
時間を超える研究。
世界の修正力に抗う方法の探究と追求。
昔の自分への干渉と、実力の修正方法の話し合い。
本来はルナに使う筈であった《魂の渇望》による生命力の譲渡の魔道具作り。
時空を渡る際に邪魔となる肉体を捨て、幽霊の状態となる魔法の習得。
無限とも言える過去改変の可能性から、取捨選択する為の膨大な計算。
最後に、『覚悟』。
それらはたった数年で終わった。
しかし、彼女の人生はあまりにも濃いものだった。そんな1人の人生を見て、衝撃に呆けた顔をするリア。その手元には、白い狐の面が浮かび上がっていて──《魂の渇望》という魔法の使い方が記憶に刻まれた。
「なんとまぁ……怒涛のようで、順風満帆。でもルナの欠けた人生は完全には潤いはしない。俺にとってルナは、妹はそんなにも大切な存在だったんだな」
リアにとって、ルナの存在はまさに精神的支柱であると心で理解した。
狐面の女は、手元の面を撫でて物思いに耽るリアの肩に手を置くと口を開いた。
「私の人生に、いっぺんの悔いは無い。
だから、お前がルナを助けて、今日ヴァルディアを倒し、そして進む未来を見せてくれ。それが私の夢なんだ」
「……辛く、ないのか?」
なぜだろう。目元が熱い気がして、リアは思わず狐面の彼女に問いかけた。すると、彼女は明るい声で言うのだ。
「いいや、辛くない。満足な人生だったよ」
「そっか……」
リアはそう返すしか出来なかった。だが、狐面の女は気がつかない。
本当の意味を。リアがこの場で、少しだけ微笑んだ理由を。
…………………
「さて、孫と女。魂の世界とはいえ、現実の世界と流れる時間は同じだ。話が終わったのなら急ぐぞ!!」
グイッと握り拳をつくり、クラウは立ち上がる。リアと狐面の女も、つられて立ち上がりながら呟いた。
「あー、やっぱり都合良く時間の流れが遅くなってたり、止まってたりはしなかったか」
「あぁ、そうだな婆さん」
「おいまて、婆さんじゃなくてお姉さんダルォ!?」
クラウの台詞を受け流し、狐面の女は話を続ける。
「お前の怪我は治ってないが、5分くらいならどうにか動ける程度には回復できてる。魔力も滅茶苦茶に滾ってきた頃だろう。だから、まぁ……気合いでヴァルディアを殴れ。
ヴァルディアの生命力が尽きるまで《境界線の籠手》の破壊力でぶっ飛ばせば──殺せる」
「えっ!? 怪我治ってるとかじゃねぇの!?」
「寧ろ、ここまでよく都合の良い展開になった方だよ。我慢しろ、男だろ」
「賢者の魔法で女の子にされたけどな!! で、俺の本来の役割は分かったけど、婆ちゃんは何をするの?」
言われてふむと考え込むクラウ。だがしかし、彼女は思っていたよりも思考に集中するのが嫌いな様子で、軽く肩を含めて言った。
「未来からの来訪者さんのさいで、本来の私の目的が奪われたんだよなぁ。
人間を辞めて殺しきれない存在となったヴァルディアの魂を引き剥がしてあの世に連れて行くのが目的だったんだけど……」
「あの世……え、あるの?」
「それは……死んでみないと分からん」
そう言ってクラウもリアの肩をポンポンと叩くと。
「ま、保健的な存在だな。殴り殺しきれなくても、弱った所を私が彼岸に連れて行く。
……どちらにしてもリア、今お前の本体が起動し始めた《魂の渇望》の燃料となって消えるから、気にせず前へと進め」
口を開き、何か言おうとしたリアの頬を両手で挟み込むと、クラウは穏やかな笑顔で続きを口にする。
「本来、私は既に死んでいるんだ。死者は消えなくてはならない、自然の摂理って奴だ」
「むーむー!!」
「でも、そうだなぁ……ついでだし1つ頼み事を。ノルン……お前の母さんに、色々と苦労をかけて済まなかったと伝えてくれ」
クラウは手を離すと、気合を入れるようにリアの強く背中を叩く。リアは軽くよろめきながら……「伝えとくよ」と返した。
2人のやりとりが終わるのを見守っていた狐面の女は、仮面を撫でながらリアの隣に並ぶと肩に手を置く。
「さて、私の本体が時間を稼いで道を切り開く。そしてお前を──最高のタイミングで起こしてやるよ。
後は頼んだぜ、リア。英雄に憧れていた頃のお前なら……やれると信じてる」
彼女の活に、リアは強く力を込めて一言「任せろ」と言った。
そして無言で互いに拳をぶつけ合った。
…………………
ルナが見守る中……仮面がパキリッと音を立てて、白い炎を灯した。突然燃え始めた仮面、しかし熱を感じない不思議な炎に驚いている間にリアの一度止まった心臓が強く脈打つ。血が結界の隙間から流れ、リアの身体が小さく跳ねた。
「お姉様!?」
ルナはリアの反応に驚きと心配を混ぜこぜにした声色で顔を覗き込んだ。
TRPG用の自作シナリオをプロットにしたので、若干の矛盾や抜けてるところは許して……。
あと数話で本編は終わります




