文化祭と魔王『転』
彼女は思った。
(そう、なるのか。誰かが致命的な傷を負う未来は変えられないと。先輩の推測は正しかったんだな)
無数の準備をして、仮面の女はここに立っている。だからこそ、良い方向に物事が運ぶ事実を嬉しく思う反面、過去と未来への『システムじみた』修正力にどこか薄ら寒さを感じた。
──が、小さな歴史が変わり、こうして此処まで辿り着けた事に変わり無し。
仮面の女はぐったりと横たわるリアと介抱しながら、こちらを警戒するルナに目を向けた。
彼女にとって、リアかルナが傷つくことは想定内だった。想定内としつつ……この『物語』においてのターニングポイントであるリアに妹を守る為の力として《境界線の籠手》を渡したのだ。
結果として、リアは期待通りにルナを守り抜いてくれた。しかし代わりに、本来ルナが辿る筈の結末をリアが受け止める事となった。
「……頑張ったな」
リアの成長性と努力を労い、女は小さく呟いた。
………………
狐面を付けた女は、事前に準備しておいた白く小さな狐面を取り出し、ルナの隣で片膝をついた。ルナはそんなら彼女からリアを少し遠ざけるように抱きながら、声をかける。
「貴方は……?」
ルナは表情は全く見えないのに、狐面の女からとてつもない親愛を感じた。気のせいでは無い、しかし理由が分からない。
ローブからサラサラと風に靡く黒髪を見て、黒髪ロングの知り合いなど居ただろうかと記憶を探る。そんな時、狐面の女がそっと自身の頭に手を伸ばし、優しい手つきて乱雑に撫でてきた。
(……温かい)
知らない人の筈なのに、ルナはどうしてかその手を振り払えない。
この人は敵ではない……と思う。
元々、デイルから渡されたお守りから現れたのだから、そう信じるしかない。
しかし、ある意味で『愛情』に敏感なルナだからこそ、彼女から感じる温かな感触と視線の意味が分からなかった。
そうして考えている間に、狐面の女はリアの胸元に《白い狐面》を置くと立ち上がり背を向ける。小さな狐面は、リアの胸元に置かれた瞬間に、端から小さく白い炎が灯り始めた。
ルナは知らない事だか──白い炎は、命の炎だ。
つまり、この面には究極にして原点とも言える『魂』から溢れる『生命力』が宿っている。
それも、ひとり分だけではない。
狐面には、十数人ほどの人々の生命力が込められている。
狐面の女が出会い、絆を結んだ人々の。背中を押してくれた友人達、たったひとつの願いに向けて走り続けた人生に、付き合ってくれた人々の思いが込められて出来た、魔法の道具である。
だから、後顧の憂なし。
狐面の女はゆっくりとした動作で《境界線の銀剣》を引き抜いた。
もし、リアが剣を使い続けた末に辿り着いたであろう、デイルと対になる《結界魔法》の奥義。その境地を。
「最高のタイミングで起こしてやるよリア。お前には未来へ突き進む義務と、資格があるからな。
それからルナ……どうか、幸せな人生を」
「!!」
ルナは彼女の背が一瞬、リアと重なって見えて……徐に手を伸ばす。
「お姉……様?」
狐面の女はルナの呟きを合図にしたかのように《縮地》で地を蹴った。
…………………
レイアを襲っていたがしゃ髑髏の本体である髑髏に、狐面の女は剣で斬りつける。美しい一閃の煌めきが線を作り、がしゃ髑髏が真っ二つに割かれた。
くぐもった悲鳴に似た叫びを響かせながら、髑髏の内部の黒い粘液体が散らばる。しかし、致命傷とはならなかったのか「グチュグチュ」と嫌悪感のする水音を鳴らしながら切断面を結合し始めた。
一方で怒涛の攻撃から解放されたレイアは一旦距離を取り、肩を上下させながら息を整える。そして同じく一度距離を取った狐面の女に声をかけた。
「す、助太刀感謝するよ!! って、もしかすると夏休みに堤防にいた……?」
「あぁ、久しぶりだな少女」
「なんと、凄い魔法使いだったんだね」
「……凄い、か」
含みのある呟きをした後、彼女は《境界線の銀剣》を地面に突き刺すと……もう一本の剣を抜いた。
「少女、この剣を貸そう。少しだけ手伝ってくれるか?」
レイアは再始動しだしたがしゃ髑髏を見て、無言で強く頷くと突き刺さった剣のグリップを掴み引き抜き構える。
その剣は不思議な事に、自分が丁度良いと思える重さとリーチであった。
そして2人は駆ける。左右に分かれがしゃ髑髏を端から切り裂いていく。狐面の女は全ての攻撃をまるで何度も見たかのように回避、レイアは避けられない攻撃を《召喚:シストラム》のブレードを盾や足場にしながら空中で動き回った。
結果、たった数十秒で最後には中央の髑髏を残すまでになる。無闇矢鱈と切り刻めれば楽だが……大きな攻撃を全方位に飛ばせば他の魔法使いや民間人に被害が出る。
レイアは(どうしたものか)と攻めあぐねる。そこへ、がしゃ髑髏の槍で髑髏の脳天を串刺しにしながら狐面の女が舞い降りた。
がしゃ髑髏とレイアを交互に見た彼女は瞬時に理解したのか、コクリと頷いた。そして──がしゃ髑髏を蹴り上げた。
一体どのくらいの重量があるのか分からないがしゃ髑髏は、紙風船のように空へ飛ぶ。そして、がしゃ髑髏が再び地に落ちる前に。
「オオォッラッシャァァァァァア!!」
寡黙な人物だと思っていた女の突然の咆哮にビクつくレイアを他所に、彼女もまた空へ駆けると、斬撃の雨霰をぶつけていった。刺突や大振りな斬撃全てに、鎌鼬のような光の刃が舞い突き抜けて、着地する頃にはもう殆ど原型を留めていなかった。そんな哀れながしゃ髑髏に、狐面の女は慈悲は無しと言わんばかりに剣先を後方へ向けて構える。
「《境界線の銀剣》」
三日月のような淡い光が弧を描き、がしゃ髑髏を斬り飛ばして消した。
……………………
がしゃ髑髏が消えた事は直ぐに周囲へと伝わったのか、戦いの中に歓声の叫び声が混じる。そんな中で驚きと戦いの高揚感によ?胸の鼓動のせいもあったのだが、少し冷静になったレイアは彼女に駆け寄った。
「ありがとう、僕だけじゃ倒しきれなかった」
「……」
「ところで、夏の堤防でひとつだけ聞きたかった事があったんだけど……」
こんな時にする話ではないが……彼女の使う《境界線の銀剣》や、戦闘のスタイルがどうにも、リアと切って話せないと思い口にする。
敵が味方か……はさて置いて、彼女に対し異様な好奇心が湧いたのだ。
だからこそ、ひとつ目。どうしても聞いておきたい事があった。
「その狐の面、僕も同じものを持っているんだけど、何処で手に入れたんだい?」
狐の面の右頬の場所には、浅く一直線の傷がある。
レイアの狐の面にも、似た……いや、同じ傷があった。
更にはこの狐の面を入手するには僻地で行われた祭りに参加しなくてはならない。それに祭りで売られていた面は全て手作りだった。狐を模した物でも、全く同じ面はない。
なのに、同じ面をレイアは持っている。強烈な矛盾がそこにはあった。
少し詰問するかのようなレイアの問いに、狐面の女は困ったように面を撫で、レイアの肩を軽くポンポンと叩いた。
「えっと?」
「話せない、と言えば……君は無理に聞き出そうとはしない人間だと私は知っている。すまない、リアを頼んだ」
その時、彼女の隣から小さなハム音とエンジン音が響く。彼女の隣にはいつの間にか小さな《門》が形成され、開いていた。
「私には、まだまだやる事がある。元気でな少女……。いや、レイア」
おかしい、名前を告げてはいない筈。そういえばリアの名前も普通に知っていた。彼女は何者なのだろう? と問いを口の中で転がしていた時、門の向こう側から、ひとつの黒い影が飛び出した。
銀色のフォルムと黒を主にした厳ついカラーリングをした……一台のバイクであった。狐面の女はそのバイクに素早く乗ると、アクセルを全開にした。
「うぇっ、けほっ」
排気ガスの独特な煙さと臭いに咳をする。そしてレイアが再び目を向けると、周囲の魔物を轢き殺し、時には剣で斬り払いながら、ヴァルディアの元へ一直線に走るバイクが見えた。
「……めちゃくちゃだな」
借りた《境界線の銀剣》に視線を落とし、笑い混じりに呟くと、レイアはひとまずリアの元へ向かうのだった。
仮面ライドォン……




