文化祭と魔王『承』
ヴァルディアが生み出した魔物とOB・OGの人々や学園の関係者に先生、生徒達が戦い始めて……どのくらい経っただろうか。
たぶん、10分も経ってない。しかし、たった10分程度の攻防で身体と精神の疲労はかなり蓄積していた。まだ全然、ヴァルディアへの道は開けていないのに。
途中で助太刀に来てくれたレイアだったが、どうにもヴァルディアの周辺は《門》を阻害する空間になっており、直接殴りに行くなんて事は出来なかった。
けれども、グレイダーツ校長から託されたという《召喚:シストラム》をレイアが繰り出し、自分も『破壊』の火力を上げて暴れ回っているうちは割と良い感じに減らせていると思っていた。活路は幾らでもあるなんて楽観視していた。
それこそ、都合の良い考えだったのだと、数分前の自分をぶん殴りたい。ヴァルディアは自分達が希望を抱く様をただ、眺めていただけにすぎなかったのだと。
結果、自分達は最悪な展開を引き寄せてしまった。
「まぁ、ぶっちゃけ見て見ぬ振りはしていた。俺じゃなくても、他の誰かが倒してくれるんじゃないかと期待してた」
「でもまさか……君に一直線だとはね。しかも滅茶苦茶強くね?」
「お二人とも、喋ってないで回避に専念してください!!」
ルナに言われ、飛来する鋭い骨の攻撃を籠手で受け流し回避する。
そう、がしゃ髑髏だ。コイツは他の人や攻撃には目もくれず、さっきからこちらの身ばかり狙ってきやがるのである。
カサカサと無数にある骨を動かしながら機敏に動き回り攻撃してくるのが厄介で、たまに繰り出す溜め攻撃は、デイルを吹っ飛ばした攻撃と同等の威力があった。
それが非常に厄介で、なかなか攻撃に転じれない。というより、自分が取れる手段が広範囲に影響するかもしれない為に、下手に技を撃てないのもある。
きっと、ヴァルディアはそれを計算に入れて人が集まるように仕向けたのだろう。見事に皆、引っかかってしまった訳だ。
(かと言って撤退したら戦えない人に被害が。いや、どのみち俺が引いたらコイツも付いてくるから無理なんだけど。あぁもう!! キモいし鬱陶しい!!)
カサカサと機敏に動くがしゃ髑髏にイラつきながらも、3人は上手く立ち回り隙を探す。ルナは関節を凍らせ、時には《念力魔法》で体幹を崩そうと試み、レイアはシストラム(召喚)の機動力で撹乱しながら突撃と撤退を繰り返す。
リアは完全に自分へとターゲットが向いているのを利用し、掴みと殴りで意識をこちらに向けさせる方法でタンク役を務めている。
が、この連携は3人の魔力と体力が尽きれば瓦解する。
そんは焦りが表情に出始めた時。ふとリアは魔物の群れの奥で君臨するヴァルディアに、視線を向けた。するとヴァルディアは、がしゃ髑髏に指示を送るように、態とらしく人差し指を向ける。
瞬間、敵意が薄れたのを感じ、リアは回避の為の行動を中断した。
「ぬぉおおおおお!!」
「っ!? お姉様なにを!?」
ドォン!! と打撃音と軽い衝撃が響く。軽い土埃の中で、がしゃ髑髏が自身の骨を黒い魔力で固めて『槍』にし突き出した。それをリアが両手の大きな籠手で掴み、ルナに向かうのを阻止する。
そして、さっきまで分散していた攻撃が一斉にルナへ向かう。それをリアが丁寧に結界で弾き、ようやく頭を切り替えられたルナも氷でガードする。
リアは事前に察知できて良かったと思うべきなのか、これもヴァルディアの遊びの内なのかは分からないが、どちらにせよ自分の直感は間違っていなかったと、ひとまず安堵した……のも束の間。
「重ッ!!」
槍の重さが増した。というより、少しずつ角度が上がっていく。リアは槍を握り潰そうと試みるも、分かっていたが破壊の効果は何故か無効化される。こんな時に《境界線の剣》が使えればと思うが……。
(……仮に《境界線の剣》で攻撃しても斬れないだろうし、意味ないか。うん?)
まただ。
やってもいないし確証も持てないのに、どうしてか強く無駄だと思った。明確なビジョンが脳裏に浮かぶくらいである。さっきからちょくちょく起きる謎の症状になんなのだろうこれはと、眉根を寄せたその時。
槍の角度を無理矢理に曲げ、がしゃ髑髏が身体全体の質量を乗せる。ついでに魔力噴出により勢いまでつけて、リアを貫こうと迫ってくる。
《身体強化》で強化された筋肉と骨が軋む感覚がした。ついでに綺麗な石畳が、自身の足元を中心にひび割れ始める。
「あ、無理……」
リアの呟きにレイアがシストラムの腕を叩きつけて切ろうとしたが、やはり斬れない。しかし切り替えてブレードをがしゃ髑髏本体に突き刺し、前進するのを止めようと試みる。
ルナは《念力魔法》と《氷魔法》によって抑えようとするが、嫌がらせのように飛来する骨や隙間を縫って飛びかかってくる魔物のせいで集中しきれずにいた。
正直、2人のサポートは余り効果が無い。
籠手で掴んだ槍が、ギリギリと嫌な軋み音を響かせながら、少しずつ前に前進していく。結界で矛先を止めようとしても、先が触れた瞬間に硝子のように崩れ去る。
また、逸らそうと左右に力を加えてみるもビクともしない。
まるで地面とおしくらまんじゅうをしている気分で、これは梃子でも動きそうにないなと思った。
そして現状、両手でやっとの状態だ。ここからでは技を放つ体勢に移行できない。一矢報いて、という考えは捨てざるを得ない。
リアの額に大粒の汗が浮かび流れる。まさか、こんな事でピンチに陥るなんて誰が考えるだろうか?
……ヴァルディアなら、考えそうだ。
「お姉様!!」
「リア!!」
「巻き添えを喰らうから来るな2人とも!!」
「でも!!」
走り寄り、槍やがしゃ髑髏を凍らせ止めようとするルナであったが、効いている様子はない。
レイアは盾代わりに《西洋甲冑》を召喚するも、骨の槍に触れた瞬間、魔力が掻き消え静止した。シストラムは一旦下がり、リアを貫こうと前進する槍の中央下から、両腕のブレードを打ち上げるように振るうも、ビクともしない。
「ぬぅ……ふんぬっ!! ぅぐぉおおおおおお!! 動かっ、ない!!」
リアは若干、汚い叫び声をあげ、全力で籠手から魔力を推進力として噴出してみるが、動かせない。それどころか、ねじ込むようにまた少しだけ槍が前進してくる。しっかりと握りしめている筈なのに……。
(弾く、蹴る、切る、塞ぐ、逸らす、握り潰す、逃げる……駄目だ。この姿勢から動いたら力が分散して……)
無理だ。今の完全な拮抗状態を崩せば……死ぬかもしれない。
「死を身近に感じるのは、どう?」
「え?」
焦るリアの耳元で、ヴァルディアの質問する声が聞こえた。湿っていて寒気のする声色で。
「死の淵に瀕した貴方の顔、とてもいいわ」
「ッ!!」
がしゃ髑髏の眼孔から、ぬるりと這い出るようにヴァルディアが現れた。そして「トンッ」と軽やかな音を立てると。
「だから、死に顔も見せてくれる?」
リアの背後でそう言って、手に持つ骨の槍を背中から心臓付近に突き刺した。
「がっぁ!?」
肉を切り裂き骨を砕いて突き抜けた槍は、役目を終えるとヴァルディアの手によって引き抜かれる。瞬間、リアの胸元で鮮血が舞った。
胸を劈く痛みと傷口に湧き上がる熱に、リアの身体はゆっくりと地面へ傾いていく。
「……あとで魂を縛ったら、新しい肉体を作ってあげるわね」
がしゃ髑髏は槍を引き、狙いをレイアに変えた。彼女はリアが貫かれたのを見て……怒りの表情で顔を歪ませる。しかし、行く手をがしゃ髑髏に阻まれ歯噛みした。
「お姉様? いや、いや……!!」
ルナは血の気の引いた顔で、現実の光景を受け止められずに呆然としながら、カタカタと歯を鳴らした。
そんなルナを、痛みで流れる涙で霞んだ視界に収めながら、リアの心はようやく──炎が灯った。
理不尽に対する怒りよりも、自分達を襲う勝手な理由よりも……この矛先が目の前で涙を流す妹に向かう事を止めなければならないと。
──ようやく『覚悟』が出来た。俺は、ヴァルディアをここで殺さなくちゃいけない。
傷口に結界を張り、出血を抑えつつ、傷口が痛むのを気力で耐えながら、倒れそうな身体に力を入れて、強く地面を踏みしめる。そして、握りしめた強い拳でヴァルディアに殴りかかった。
…………………
その右手の拳は、油断していたヴァルディアの右肩を削ぎ抉りながら穿つ。次いで襲い来る衝撃に、ヴァルディアは吹き飛んだ。
「……まさか。あぁ、この程度では絶望なんてしないのね。やっぱり私が見初めただけはあるわ」
魔物を操り、空中で自身を受け止めさせて止まる。抉り取られた右腕は既に再生し始めているが……心なしか再生速度が低下していた。
一方で、一矢報いたリアは……そのまま、ルナの元に倒れ込む。受け止めたルナは、リアが生きているのかどうか分からない。
ヴァルディアは、ローブに付いた埃を払い落としながら、再びリアの元へゆっくりと歩み向かう。
ルナは目を閉じ動かなくなったリアを抱きしめながら、睨みつけ考える。打開策は無いかと。
そこにはリアと同じく恐怖はなく、代わりに強い勇気と覚悟があった。
だが……ヴァルディアにとって残念ながら、ルナ・リスティリアは脅威では無い。ルナとて力の差は自覚している。恐らく、自分が立ち向かっても殺されるだけと、心のどこかで思ってしまっている。
しかし、それでも闘争心の炎が消えないのは、目の前で反撃してみせたリアを見たからこそ。
リアとルナ、2人の運命の歯車は、大きく軋みを鳴らし回り始める。
これは、リアとルナに課せられた『物語』だ。
だからこそ──。私が介入できる。
ルナの首にかけられたペンダントが、唐突に淡い光を放ち……そこから黒いローブと狐の面を付けた女が飛び出した。
イキテマス




