文化祭と魔王『起』②
「逃げろルナ」
「……お姉様?」
「狙いは俺じゃねぇ、逃げろ!!」
戸惑うルナに注意を向け周辺を警戒しつつ、退路を探す。
しかし、当然ながらヴァルディアは動いた。彼女のがしゃ髑髏が巨体を軋ませながら、自身の魔力と骨片を振り撒く。
骨片達は其々が周囲の砂利や石をも素材にして、人型の魔物へと変化していった。そんな俗に言う、ゴーレムやスケルトンのような魔物には、無駄に巧妙な細工が施された装備や、剣や槍などの武器を担いでいる。あとは、先に見た魔物や図鑑に記された魔物に似た存在がチラホラと見受けられる。
因みにだが、魔物の大群が生成される間にかかった時間は、たったの数秒である。
たったの数秒で目の前に、数えるのも億劫になりそうな程の魔物の軍隊が出来上がっていたのだ。
リアは相手の戦力を見て、無意識に呟いた。
「……無双ゲーで見たな、こんな光景」
普通の魔物も加わった事により、まるで百鬼夜行なその光景は、戦意を削ぐのには充分であった。しかも、そこにはまだ、がしゃ髑髏とヴァルディアも居るのだ。
そんな化け物と魔物から、果たして妹を守りながら隠れられるだろうか? 頑張れやれば出来ると言いたいところだが、ハッキリ言って無理だと思った。
「お姉様……私が狙われているんですか? 心当たりが無いのですが……もしかしてヤバい状況ですかね?」
「狙いは間違いない。それと現状はどう考えてもヤバいでしょ……。でも、大丈夫だ。師匠に頼んで《門》で遠くに……師匠?」
そういえば、吹っ飛ばされてから彼の援護が来てない。それに彼の性格ならば、流石に遠くから見て無事だと分かっていても、直ぐに側まで駆けてくるか、声で無事を確認してくる筈。
リアはバッと振り返り、心の中で(ま、どうせ大丈夫だろう)と思いながら安否を確認する為に視線を巡らせ……見つけた。砕けた地面に上半身を埋め、L字の状態で沈黙している。
「勘弁してくれよ……」
恐らくは自分に向かう髑髏の手刀、その軌道を変えるか根本から叩っ斬ろうと黄金剣で対抗したが、質量に耐え切れず同じようにぶっ飛ばされ、このザマになったのだろう。
……いくら英雄と言えど、歳には勝てなかったのだと察した。
これが自分の引き寄せた運命のせいなのか、はたまたデイルの過信が招いた結果なのかは不明だが……恐らくは気絶しているだけであろう師匠に向かって、リアは思わず毒を吐く。
「肝心な時に!!」
……退路は断たれた。
リアは現実を受け入れ、妹を守る為に拳を握った。
──時。
トントンと肩を叩きながら、見知らぬ大人の男女が前に歩み出てくる。変にドヤ顔の2人にリアは困惑した。
「え、誰?」
「どうも学生サン、魔導機動隊員デス」
「どうも?」
「アイツが今回の襲撃犯か?」
「はえ? えっと、そうなります?」
「オーケー、なら後は任せな!!」
ハッキリしないリアの回答を聞き、満足気に頷いた男女は、共に魔法陣や魔力銃などの武器を構えながら叫んだ。
「「よし、行くぞお前ら!!」」
「お前ら?」
そんな人達どこに? と思って再び背後を向けば。
皆、歴戦な顔立ち(リアの感想です)をした老若男女が、魔導機動隊を名乗る2人の横に並び立つように十数人ほど走り寄ってきていた。更には空から飛び降り登場する人や、地面からコンクリートを砕いて登場する人までいる。
あと、ついでに上空の魔物を狩っていたシストラムが舞い降りた。
なんとも、まぁ壮大な味方の増援だ。
そして彼等は空気を震わせる程の声量で『おう!!』と叫ぶ。
その熱気と闘気、魔力のうねりに気圧され……リアの表情に余裕が現れる。
心にある覚悟の熱さが、心臓の鼓動に合わせて全身を駆け巡っているような気分だ。
余裕のなかった心に産まれた感情は、どこまでも前向きにリアの背中を押した。
押しはしたのだが……。
さてどうしたものかと、次の行動に困る。
「ルナには師匠を連れて、安全な場所まで逃げてほしいけど、アイツは逃してくれそうにないな」
強迫観念を抱くほどに──目を離すのが、心配で仕方なかった。
もしルナが自分の見ていない場所で傷付き、果ては死んでしまったらと、考えるだけで怖気が走る。きっと、後悔なんて言葉が生温いくらいに、自分自身を責め続けるだろうと思った。
惑い、眉根を寄せるリアを見て、ルナは両手をグッと握りしめる。
そして──。
「私は……お姉様が傷つくのを黙って見ていたくはありません!!」
ぐいっと歩み寄り、強く言葉にする彼女に、自然とリアの頬は緩んだ。
「……そっか」
「……ここは感激で抱きしめる場面のはずでは?」
「……」
「残念な人を見るような目!!」
リアは呆れたような態度をしながらも、若干だが内心嬉しく感じていた。どうやら妹も、自分と同じ考えと気持ちだと分かったからだ。それに、他に選択肢が無い以上、ルナが提案するまでもなく、リアは同じ事を頼むつもりであった。
あと……見方を変えれば、共に居た方が安全かもしれない。デイルは放っておいても死にはしないだろう。お互いに守り合いつつも、自分はヴァルディアを戦闘不能にしなくては。
そう思った所で……リアは純粋に「ん?」と自分の考えに違和感を持った。
何故「デイルは死なない」などと断言できるのだろうか? と。
何故、自分自身がヴァルディアを倒さなくてはならないと強く思ったのだろうか? と。
強烈なデジャヴを伴う違和感は膨れ上がり、視界が一瞬ブレたような気がした。しかし、瞬きを繰り返せばなんてことはない。
例えるなら、この光景を遠い昔に夢で見た、そんな感じである。
「お姉様? 大丈夫ですか?」
「あぁ……」
妹にも心配される程、自分の顔色は悪くなっていたらしい。リアは一先ず違和感を振り払うように頭を振ると、気を入れ直した。
「よし、じゃあテロリストをぶちのめして平和を手に入れに行こうか」
「はいっ!!」
この場を引く事、彼ら大人に任せるのが正解なのは分かっている。
だが、リアは……この戦いだけは逃げてはいけないと思った。なぜそう思ったのかは分からない。
けれども、それがきっと、妹を守る最善なのだと信じて。
…………………………
時は数分遡り。
場所は、校長室の隣。クロムの研究室にある隠し部屋の中に4人はいた。
過去最高に集中したかもしれないと、胸のドキドキと息切れで若干ダウン気味のレイア。グレイダーツの頭を膝に乗せ心配そうに覗き込むカルミア。
そして何やら怪しい薬品を地面に並べ始めたクロム。
最後に弟子……レイアのおかげで危険から身を遠ざけられたグレイダーツ。彼女は全身を蝕む脱力感と倦怠感から、大の字で寝転がりながら、取り敢えず動く口で呟く。
「おきた」
「師匠!!」
グレイダーツの声を聞いてレイアも駆け寄り、目を覚ました彼女を見て、カルミアと2人で良かったと胸を撫で下ろす。
彼女はそんな2人を見て、取り敢えず自分の身体に魔力を巡らせてみる。やはりと言うべきか、胸の不老の石に干渉された結果、膨大な魔力の反動を受けて気絶したらしい。結果、今の自分には殆ど魔力が抜けた状態だと言う事が分かった。
ここで心肺が停止しなかったのは……たた幸運だったからなのだろうか?
どうにも、ヴァルディアの動きが読めずに、モヤモヤとしながらも……成すべきことをする為に彼女は意識を切り替える。
胸の石が再起動し始め、周囲の魔力を吸収し始めている。過去に何度か見た光景だ。このまま放置していれば、一月も有ればヒビは復元するだろうし、稼働力も回復する筈だ。
ので現場、命に別状無し。
「治療はいらねぇ。だからその怪し気な薬品と注射器仕舞え」
「……本当に大丈夫なのか? 軽い問診くらいならするぞ?」
「いらん。というかお前……しれっと採血したいだけだろ。前から私の血を欲しがってたし」
「……流石にやらない。ッチ」
小さく舌打ちをして器具と薬品を手早く片付けるクロムをジト目で見ながら、グレイダーツはポツリと言葉を投げかける。
「……私は正直、アイツの思惑が分からん」
「思考?」
「だって1人で襲撃してきたんだぜ。狙いは私らの弟子だって分かってはいたし、この私が一本取られたくらいには対策してきたようだけど……詰めが甘いと思わねぇか? それに、行動が中途半端に感じるんだよ。まるで、友人の家に遊びに来た、みたいにな」
天井を見上げながら、グレイダーツは複雑な心境を言葉にする。
いつもならここで、憎まれ口か戯言でも言いそうなクロムだったが……彼女も思う所はあった。
だから、少しだけ昔を思い出して──薄く鼻で笑った。
「アイツに計画性なんてねぇだろ」
「どう言う意味だ」
「そのまんま。ヴァルディアは、昔からそんな奴だよ。行動する前に計画を練っていても……やると決めた日にやる奴だった。だから計画はあっても入念にはしてないんだろうさ」
「……それは50年前の事も含めてか?」
「流石にあれは予想外だろ。人類を敵に回して遊ぶなんて思う訳ねぇだろ。狂人にしても、私は共感できる程の深い闇に、足を突っ込んではいない」
そう言ってクロムは、寝転がるグレイダーツの隣に腰を下ろして、胡座をかいて座る。いつもより砕けた態度から、彼女が今回も無関係で居るつもりはない事が分かった。
『あんな奴でも、どれ程の巨悪でもかつての友人である。だからこそ殺さねばならない。我らの手で』
クラウ・リスティリアの葬式にやってきたかつての級友達と交わした約束のひとつを、彼女は覚えているらしい。
ならば──多少、頭のネジが吹っ飛んでいる奴だが、頼らせてもらおうとグレイダーツは返事を口にした。
「違いねぇ、まぁ第一テロリストの心理を理解しようとするだけ無駄な事だしな。よぅし、それじゃ先の話をしよう。レイアもカルミアも、聞くだけ聞いてくれ」
出口に向かおうとしていたレイアをグレイダーツは呼び止める。彼女は急いだ様子で顔だけ振り返り応えた。
「でも、急いで戻らないと。リアが心配なんだけど」
「無策で戻る訳にはいかないだろ。それに向こうにはデイルを送ったから、大丈夫……だと思う」
「むぅ、分かった。話だけ聞いてから行くよ」
レイアは少し考えた後、踵を返して戻り、クロムと同じように腰を下ろした。カルミアは「私は役に立ちませんけど……」といつもの変態性を引っ込め、真面目な表情である。
「さて……レイアにはまず、私の代わりに学園の防衛騎士の指揮権をやるよ」
「指揮権?」
「私は暫く表に出れそうにないからな。でもお前は友達助けに行くんだろ?」
「うん」
「即答か。ならば遠慮せずに持ってけ。私が渡せる最大の武器だ」
「……持ってけって言うけど、その武器とやらは何処に?」
「……たしかに手渡し出来ねぇな。私動けねぇし。
記憶ごと渡すか。レイア、私の額にお前の額を引っ付けろ」
「……記憶ごと? よく分からないけど、こう?」
言われた通りに額を突き合わせると、互いの呼吸を感じられる程に近くなり、カルミアが分かりやすく頬を膨らませている。が、グレイダーツは無視してレイアへと、とある《召喚魔法》の記憶を2つ譲渡した。
「おぅ、ぐぅ」
まるで説明書を徹夜で読み込まされたような不快感を味わいながら、レイアは流れ込む記憶の整理に神経を向けるら、
その記憶の1つ目は、この学園の防衛機能であり、地下に眠る千体の西洋甲冑の所有権&操作権であった。
魔力で歪な形の『鍵』を作り、虚空に向けて《覚めよ、守りの兵達》と唱えれば、各所に備え付けられた隠し《門》を通って擬似生命体で動く《西洋甲冑》を呼び出せる。
魔力は既に装填済みであり、疑似生命も備わっている為に、レイアは額を離すと同時に唱え、開門した。
そして2つ目なのだが……。
「……これ、シストラム?」
記憶として渡さた魔法は、召喚魔法であり……召喚する存在は、見覚えのある猫のような頭部に6つのカメラアイを備えた人型のロボットであった。見間違える筈もない、ただカラーリングが鉛色になったシストラムである。
驚くレイアに、グレイダーツは端的に説明した。
「そう、シストラム。デルヴラインドの小娘が私の城の地下に部屋作ってたから、対価を要求したら設計図を渡してきてな。だから、まぁ……めちゃくちゃ魔力を持ってかれるけど、魔法で似た奴を召喚出来る様にした」
「簡単に言うね……」
サラッと作ったなどと言うが、それがどれ程に規格外な事か分かっているのだろうかとレイアは思った。だが、話をこれ以上長引かせる訳にはいかないと立ち上がると、グレイダーツに向き直った。
「でも、確かにこれなら、対抗できそう。使わせてもらうよ師匠。んじゃ、行ってくる!!」
「気をつけてなー」
走り去る弟子を目だけで見送ると、研究室に再び静寂が降りる。その静寂を最初に破ったのは、クロムだった。
「さて、では私も行くとしよう」
「私の護衛してくれねーの?」
「……いやに弱気だな。気色悪い」
「当たり前じゃん、今の私はそこらの小娘と変わらない、か弱い存在だぞ」
冗談めかしく言うグレイダーツに、クロムはため息で返した。
「殺しても死ななさそうな奴なんて、守るだけ無駄だろ。それに、私はこれでも医者の端くれなんでな。負傷者の治療でもしてくる」
「……本音」
「被検体は多い方が有難い」
「知ってた」
「じゃあな」
クロムはそう言って近くに置いてあった大きな医療バッグを背負うと、研究室の窓から飛び降り、出て行った。
「……はぁ、歯痒いけど仕方ないか。んじゃカルミア、私は魔力の回復の為に暫く休む。足が痺れたら辞めてもいいんだぞ、膝枕」
「では」
カルミアはグレイダーツの気遣いを受け取って、足を崩すどころか隣に寝転がると彼女を抱き枕にする。
「ふふっ、これでご主人様を守れますね」
「邪な気持ちが無ければ、文句の無い従者なのになぁ」
グレイダーツの物悲しい呟きを、カルミアは涼しい顔で聞き流すのだった。




