文化祭と魔王『起』
「大丈夫かの?」
「どうにかな」
デイルが受け身をとってくれたお陰で、リアは軽い打撲くらいの傷で済んだ。ほんの少し痛むが、行動に問題はない。
それよりも……。
ヴァルディアがいなければデイルに幾つもの質問を投げたい。もしかしたら自分の中にクラウの魂のカケラ……のようなモノが入り込んでいるかどうかも調べたい──。
だが、リアはすべき事を思い、言葉を飲み込んだ。
デイルが自分に魔法をかけた理由は、なんとなく察しがついた。単に、自分の事を心配した上での苦肉の策だったのだろう。
クラウの魂のカケラ(仮)が自分の中に入っていく時、確かに胸元に白い炎が揺らめいていた。
《魂の渇望》は、生命力を消費して、莫大な魔力を前借りする魔法。
そう、言うだけならば簡単な事だが、その実かなりの難度の魔法だと言う事が嫌でも分かった。
……少しでも匙加減を間違えば、暴走を起こし自分の魔力で死ぬ。
使い過ぎれば反動により、身体がもたないか下手をすれば即死。
また、タイムリミットは分からないが、仮にコントロール出来ても消し方が分からなければ生命力が尽き、やがては生命力の根源である魂を燃やし尽くして死ぬ。
なんとまぁ、メリットに見合う分のデメリットが満載である。
そんなヤバい魔法を発動しかけていれば、止めるようとするのが普通だ。誰だってそうするだろう。勿論、自分もそうする。
けれど未知なる魔法故に下手に《解呪》をかけるわけにもいかず、結果的にデイルは『忘却による停止』という最も合理的な手段に出たのだと察した。そう……30分ほど前の記憶を飛ばす代わりに性別が変わる《性転換魔法》によって。
……が、記憶通りならばあの時、胸に灯った炎はクラウの魔力だったのだが。デイルの勘違いはそこである。
《魂の渇望》は発動していたように見えただけ。それに、そもそもこの魔法が発動すれば莫大な魔力を感じる筈なのだ。つまりデイルの早とちりが、リアというひとりの人間に絡まる運命を殊更にややこしくしたと言えよう。
しかし、非難することなど出来ない。デイルが自分に、最も最善で最良の手を尽くしてくれた事が、記憶を見た今だからこそ良く分かったからだ。それに、永遠に恨まれるかもしれない事も覚悟していた筈だ。こんなに心配してくれた彼をどうして憎めようか。
(とばっちりとは言え……勝手に手帳を見たのは俺だ。文句を言う権利は……無いよな、やっぱり)
かと言ってこのまま放置したまま、普段通り接する事が出来るか分からない。
だから、リアはこの事は全て終わってからゆっくり話し合う事に決めた。
……そうしてリアは女の子になって数ヶ月経った今日、自身が女体化させられた原因を知ったのであった。
………………
と。
女体化させられた理由を記憶の想起と共に知ったリアであったが、その事は取り敢えず置いておいて。
あの記憶のせいで、新たな疑問と不安が湧き上がっていた。
(もしかして、俺の中に婆ちゃんが居る? いや、憑いてるの方が合ってるかな……どちらにせよ『運命を引き寄せる』か。
なにそれ普通に怖いんだけど。
というか婆ちゃん『あちゃー』じゃねぇよ!! 今の状況は流石にあちゃーで片付けられるもんじゃないぞ!?)
この数ヶ月、思い返せば──いろんなことに巻き込まれた。
それが祖母の言う『運命』を……ヴァルディアとの繋がりを引き寄せた結果だと言われれば合点がいく。
つまり、彼女とこうして対峙しているのは、偶然ではなく必然なのだと。
そんな事を考えていると、デイルから「来るぞ、構えるのじゃ」と此方に注意を促す声が聞こえた。
前を向けば校舎の中……小さな瓦礫が落ち砂埃が舞って視界が悪いのにも関わらず、大きな黒い影が降りるのが見えた。同時にチリチリとした殺気にも似た視線を感じる。思わず背筋に嫌な汗が流れた。
身構え、戦闘態勢を取る。右拳を下段に下げ、足に魔力を纏い《縮地》で飛べる準備をして……いたところで、ふと思った。
──自分がこうして、失くした記憶を思い出したのならば、必然的にヴァルディアも何かしらの記憶を想起した可能性があるのでは? 少なくとも、クラウの魂のカケラによる『運命』を引き寄せる効果が発動していたならば……寧ろ逆の可能性もなきにしもあらず?
そんなリアの考えはだいたい当たっているのだが、それを証明できるのは事の全てを俯瞰して見れる者のみである。
………………………
「……《結界魔法》!!」
真正面を見据えて身構えていたのだが、斜め前方より嫌な魔力の流れを感じて咄嗟に結界を張る。すると、硬質なモノ同士がぶつかり合う音が聞こえ、次には結界の砕ける独特の音が響いた。
「なんで俺の結界っていつも破壊されてしまうん?」
その後に、即展開されたデイルの結界を打ち砕き、何か大きな物体が迫ってくるのが見える。
「そう項垂れるな、向こうは結界魔法の対策をしておるようじゃ。それに……リア」
「狙いは俺だろ? 分かってる」
リアは足に纏いストックしていた魔力を使い《縮地》で数メートル空に逃げる。空に逃げると、敵の全貌が見えた。それは予想外な事に、ヴァルディアの従えるがしゃ髑髏の手刀による『ただの横なぎ』であった。
対象を逃したがしゃ髑髏の手刀は、そのままデイルに向かう。彼は構えを変えずに黄金剣に魔力を纏わせ、骨の腕を斬り断とうと振り下ろす。
が、まるで予想通り……だったのだろう。手刀は勢いを落とし地面に叩きつける事で反動をつけると、上へ軌道を逸らした。光の斬撃が、届かない場所まで。つまり──空だ。
「はー!? そんなんありかよ!!」
結界を足場に縮地を使いたいが、骨の大きさ的にギリギリ逃れられそうに無い。
……朧戦華術で唯一の受け流し技である《流転》を使うかとも考えたが、あの質量を受け流せる程、自分の技術もまた高くない事を知っている為にこれも却下。
結果、瞬間的に導き出された対処策は防御するか技をぶつけて相殺するしかない。そこで、リアが選んだのは──。
「《一刀睦月》」
…….相殺だ。
結界で空中に足場を作ると、《境界線の籠手》に魔力を溜め手刀を作る。
──そんな、迎撃の準備をしていた……1秒にも満たない刻の間に。
リアの眼前に、薄黒い靄のような人影が迫ってきた。なんの気配も魔力も感じず、ただただヴァルディアの影のような形をした影は、リアの耳元まで口を持っていくと囁くように言った。
『貴方のおかげで、とても眠気の覚める……記憶を思い出したわ。だからお礼として、貴方にはまず絶望の色を見せてもらうわね?』
「ッ!!」
言っている事を理解する為に思考を回す余裕は無い。
リアは影を振り払うようにそのまま、結界の足場を強く踏み締めて身体を捻り、不安定な空中で《一刀睦月》を放つ。
瞬間、ぶつかり合う巨大な骨の手刀と己の籠手。
籠手の『破壊』は発動しているのか軋む音が聞こえるが、しかし暫し拮抗し──押し負けた。
「ぐがッ!?」
衝撃と圧力を籠手でカバーするも、質量までは殺しきれず、リアの身体は大きく吹き飛ぶ。そうして、強く地面に身体が転がった。肺から息が全て吐き出され、鈍い痛みが全身を襲う。だが、意識はある。このまま地面を2、3転すればそれこそ、このまま再起不能になる。それだけは避けなければとリアは右手の《籠手》の指を地面に突き刺し、左側に大きな結界を張り壁にして、左手を突き、起き上がりながら減速する。
その間に見えたソイツを、視界に留めながら。
お互いの攻撃により生じた衝撃で土埃の霧が晴れる。その先に佇むのは15m弱はあろう、人と獣の骨を継ぎ接ぎに組み合わせたように見える魔物。中心には巨大な人のモノに似た頭蓋骨があり、その眼孔や口元からは絶え間なく黒い魔力が瘴気のように流れている。その周辺には、先程手刀を放ったであろう手が少なくとも3本は見えた。
アレが、ヴァルディアの持つ『がしゃ髑髏』の全容。
それを見て少しだけ臆しそうになって、リアは足を叩き喝を入れて立ち上がる。
痛い。
だけど、狙いが自分ならば、ここで運命を断ち切るしかない。でなければ待っているのは……死よりも酷いモノかもしれない。
だから、と足に魔力を込めて、痛む腕を持ち上げ拳を構えようとした
──その時。
「お姉様……!!」
「え……?」
いつも聞いていた日常に必ずある、彼女の声。
そう自分の大切な妹のルナが、背後から走り寄って来るのが見えた。
リアは怪我一つない妹を見て安堵する。
だが、同時にヴァルディアの囁きを思い出して息を詰まらせた。
(俺の絶望……まさか)
遠くて見えない筈なのに、リアはがしゃ髑髏の隣に佇むヴァルディアの口元が、ニタリと弧を描いた気がした。




