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文化祭と魔王『想起』


 朧げに景色が見えた。

 それはどうやら入学前に日課となっていた、いつもの何気ない修行の風景だ。


 太陽は中途半端な位置にあるが、なんとなくお昼過ぎだというのは分かった。また修行の内容は、結界の耐久性を上げる為、家の近くにある滝に向けU字の結界を張り貯水し耐えるという、地味だが自身の成長を確実に実感できる修行のようだ。


 ……と、ここで(あれ?)とリアは猛烈なデジャヴのようなものを感じる。その『いつもの風景』でしかない筈の光景が、強く記憶に残っているような気がした。


 何故? と思い考え込んでいると、ちょうどデイルが休憩を言い渡した様子で、自分が結界を解き始めたのが分かった。そうして、滝の水を慎重に流し終えた時である。


 自分の視線が近くの小岩に向く。そこには、暑くて脱いだまま忘れたのであろうデイルのローブがあった。


「……置いてった訳じゃなさそうだよね。忘れてったなら、一応持ち帰ったほうがいいか?」


 この時は(尊敬する師匠にも抜けてるところがあるんだなぁ)とか思ったっけと、懐かしく感じながら見ていたリアであったが、次を思い浮かべて、意識の中で(……あれ、このあとどうして女の子になったんだっけ?)と、ずっと前に疑問に思ったが副作用だと説明されて放置していた、欠落した記憶の景色だという事に気がついた。


 そして考えている最中、自分の視線が下を向く。ローブを持ち上げた時に、ポケットから何かが落ちたようだ。


 それは、手のひらサイズの大きめな手帳のようで、表紙の革でできたカバーの色褪せ具合から、それなりに年数を重ねた物だと分かる。それから手帳は細い金属の鎖と小さな南京錠で物理的に封がされている。また、同時に何らかの魔法で『封』がしてある事にも気がついた。


「師匠の手帳?」


 南京錠と鎖に付与された魔法は、ありきたりで簡単な魔法による『封』だと気がついた。確か、ある程度の条件を満たせば開くモノだ。


 が、『解呪』系統の魔法が得意な者ならば、易々と破壊できる代物であり、現在は廃れた魔法だ。また、先の説明通り破壊が容易な為に、かなり簡易な『封』であるともいえよう。


 そんな、ある意味でレアな物品を見たリアは、なんとなく手帳の鍵に触れる。

 瞬間「カチャン」と小気味良い金属音が鳴り、南京錠と鎖が外れた。


…………………


 ここからは今の自分は知らない、しかし過去で確かに体験した現実の出来事なのだろう。そう思い、リアはこれから起こることを傍観する。


…………………


「うわ、開いた?」


 正式な手順による解除が行われた事で困惑するリア。自分は特に何もしていない、強いて言うならば触れただけだからこそ、余計に解除できた基準が分からない。


 しかし、同時に好奇心がムクムクと膨れ上がるのを感じる。


 他人の手帳を勝手に見るなんて行為はとても褒められたモノではないし、場合によっては信頼を落とす行いだと理解はしていても、気になってしまうものは気になるのだから仕方ない。


 それに、既に鍵は外れてしまっている。鍵の掛け方が分からない以上、手帳に触れた事を言い訳出来ないわけで。


 どのみち『封』を外してしまった事は謝らなければならないのと、見た事を話さなければバレない。そんな邪な考えから開いた手帳の23ページ目あたり。今まで流しで見た《魂の渇望》という魔法も気になる所だが、それよりも……そこに記された一文を見て、リアはピタリと動きを止めた。


『これはクラウ・リスティリアの手帳である。

 《結界魔法》が得意なそこの貴方!! まぁ、どうせデイルだろうけど。

 次のページを見るなら、覚悟して見てくれよな!!』


「なんじゃこりゃ……というか、クラウって婆ちゃんの名前だよな」


 更に下へ読み進める。


『さてと簡潔に書かせてもらうが、この手帳を見ているお前には、私がこの世への未練としている事をひとつ擦り付ける。


 そう、アイツだよアイツ。もし私の死後、結界を解いてこの世に出てきたら『運命』を引き寄せる魔法をかける。


 まぁ、お前には負担をかけると思うが、友達の最後の我儘だと思って我慢してくれ』


「……意味分からんが、婆ちゃんがデイルに宛てた、手紙? いや、遺言?」


 丁度、そのページ目を読み終えた時、周囲を冷たい風が吹き抜けた。春先に咲く色鮮やかな花弁を巻き上げ、吹き抜けていった風は……ついでに次のページを数枚、ペラペラと捲っていった。


「……あ、ちょ」


 慌てて戻そうとするも、捲ってしまった以上は『手帳』に封じられた『魔法』は発動してしまったようで、ページから滑り落ちるように光の文字が溢れ出し、リアの周囲を囲むようにして魔法陣を形成していく。その内、幾つかの魔法陣が自分の身体の中に吸い込まれていく。


 そして手帳の向こう側で、白い炎のような魔力が揺らめくと、徐々に人の形を成していった。


 淡い光を纏いながら、胸に白い炎を灯した妙齢の女性だ。顔立ちは整っており、空色の瞳は透き通って綺麗だ。それから髪は艶やかな黒の長髪なのだが、跳ねたくせっ毛が多く、若干残念な雰囲気を醸し出している。


 そんな、突如現れた彼女は、自身の身体を確認するかのように腕や胸元をペタペタ触るとニカッと快活な笑みを浮かべて言った。


「『うぃーっす!! 幽霊のクラウさんやぞー!! 久しぶりやな、ようやく私の遺言を見たかデイル!! んじゃ、早速やけど話を……え、あれ? デイルじゃない? ……あの、誰や君は?』」


 互いに困惑する状況に陥る。しかし、リアは先に確認……というより、この状況で真っ先に思いついた問いがこれしかなかった。


「そういう貴方は……まさかとは思うんですけど。もしかして、クラウ婆ちゃん?」


 質問を質問で返すなとはよく言うが、しかし目の前の自称幽霊に対して、逆に質問をできた事自体を褒めたい気分である。そんなリアの問い返しに、目の前の自称幽霊は「『婆ちゃん!?』」と少し驚きと慌てる動作をした後、ゆっくりと口を開いた。


「『いや、まて君……私にめっちゃ似てるな……?

 な、なぁ……あり得ないと思いつつも聞くけど……君の名前、リア・リスティリアだったりする?』」


 目の前は婆ちゃん呼びに驚愕すると、次には全てを察したかのような顔で問い返した。その問いに、良い返事が浮かばずに、リアは軽く頷いて肯定する。


 それを聞いて、婆ちゃん……もとい、クラウ・リスティリアは額に手を当て、天を仰ぎ見ながら呟いた。


「『……あちゃー』」


「なにが『あちゃー』なの? 嫌な予感しかしないんですけど。あと、ちょっと頭が事態に追いつけてないし、そろそろ説明!! 諸々の説明くれ!!」


 そう言って肩を掴み揺さぶろうとするリアだったが、自称幽霊へ伸ばしは手は空をきってすり抜けた。


「は!? そういや幽霊って言ってたけど……幽霊!? サラッと流してたけど、幽霊ってマジ?」


「『せやで、と……もう儀式は終わりそうだな』」


 クラウの霊体はリアの質問に肯定する、それとほぼ同時に周囲を展開していた文字列が幾何学模様を描き、長く伸びた線は丸い魔法陣を、リアを取り囲むように展開した。


「『……まぁ、どうにかなる、しなくちゃあならない。孫にこんな事を押し付けるような婆ちゃんですまんな』」


「……もう訳が分からないよ」


「『大丈夫!! その時が来るまで君の中で居候させてもらうだけだ。そんで知りたいであろう事は、私の『魂』の記憶からだいたい分かると思う!! まぁよくある、『脳に直接!?』みたいな感じで。


 ま、とにもかくにも、時間が無いから最後に!!

 これから厄介ごとに巻き込まれやすい体質になるかもしれんが、好奇心で手帳を開いてしまった自分が悪いと受け入れてくれ、結構組むのに苦労した《呪い》と《魔法》なんでな、今更止めれねーんだわ、すまん。あ、あと、遺品として渡したのに一度も開かなかったデイルを恨め』」


 優しい目でニカッと笑う彼女の姿は、徐々に原型をなくしていき靄になると、リアの胸元に向かって吸い込まれるように消えていった。


 そして周囲の魔法陣が縛り付けるように回転しながら幅を縮め、身体に触れるかどうかの位置まで来たところで「キュオンッ」と独特な音を立て一際強く輝いた後、消える。


 途端、胸元に熱を感じ始めた。

 と言っても熱い訳ではなく、まるで春の陽気に似た温かさだ。そして(さっき婆ちゃんの靄が入っていった場所じゃん)と思ったリアは、咄嗟にシャツを捲り上げる。すると丁度真ん中……よりは心臓寄りだろうか? 白い炎のような魔力が揺らめいているのが見えた。


 どこか美しさすら感じる炎と、事態の急な展開についていけずに混乱しているリアは、震える指でそっと炎に触れた。すると、脳裏を駆けるがごとく、幾つかの記憶が巡る。


「うっ、ぐぅ……」


 情報量に目眩と頭痛がして、片手で頭を押さえながら地面にへたり込む。そうしている間に、背後からデイルの声が聞こえた気がした。


…………………


 白い床に、白い壁。時折り通り過ぎていく白衣を着た人達。そして清潔感のある内装に反して、疎らにいる人の多くはあまり明るい表情はしていない。

 おそらく、そこは病院の待合室なのだろう。そんな場所に、一際存在感を放つ2人組がいた。


 今よりも黒髪の量が多い、少し若めのデイル。それから、年齢詐欺としか思えない程に若造りな美人のクラウである。


「別にあの時《魂の渇望》を使ったから、癌を患った訳じゃねぇって」


 問い詰めるような表情のデイルに、クラウは苦笑いを浮かべる。


「運が無かったんだなぁ、まさかこの歳で癌とはね」


「本当に運が無かっただけか? ……人魔大戦の後にクラウ、お主の右足は不自由になっただろう?」


「それも散々説明したろ? 《魂の渇望》の反動で、脊髄に傷が出来てしまった結果だってよ。というか、そんな事より」


 松葉杖を頼りにして、彼女は立ち上がると、天井を仰ぎ見ながら呟いた。


「やり残した事や、後悔が多すぎるなぁ」


「クラウ……」


「ひとまず、ノルンになんて説明したもんかね」


………………


 ぐにゃりと視界が歪むように場面が変わる。夜なのか、暗闇の中をテーブルの上のランプだけが周囲を淡く照らす。

 テーブルの上には乱雑に置かれた書物や紙束が置かれており、その中心には程よい大きさの手帳が置かれている。


 そんなテーブルに向かい、クラウは椅子に腰掛けながら、手帳に何かを書き込む作業を進めていた。


「流石に、どうやっても寿命は早まるけど。まぁ末期の癌だしいいか。結局、アイツは生きてるっぽいな。あの時の結晶は、未だに役割を果たしているようだし。かつての友達に言うのもなんだが、正直今となっては、そのまま死んでほしかったぜ、ヴァルディア」


 悪態を吐きながら、クラウは手帳を閉じた。それから、彼女は胸元に《魂の渇望》を発動させる。白い炎は、弱っているように見える彼女に反し、力強い印象を受ける。そんな炎を指先に移すと、クラウは手帳の裏表紙に描かれた魔法陣の中心へと持っていった。


 魔法陣が光り、炎は中心に吸い込まれていく。そして炎を吸い込み終えた途端に、手帳が何度か脈打つかのような光を発する。


「……今日の作業はこの辺にしとくかな」


 クラウは手帳をテーブルに付属してある引き出しの中に丁寧に仕舞うと、鍵をかけた。


………………


 命が尽きる日が分かったのなら、あの日に言った通り、私も覚悟を通す時だ。


 《魂の渇望》は、生命力を前借りし、魔力に変換する魔法だが、言ってしまえばそれだけだ。

 デイルやグレイダーツが懸念していたのであろう『魂を削る』程に使う事は、今までの人生で無かった。寧ろ、前借りした魔力の反動に身体が耐えられるかどうかが問題なのだが……協力者がアイツな時点で、結局納得しなかったな。ははっ、笑えるぜ。


 さて、まぁ……死ぬ事自体は人間である以上、避けられない事だ。何かの魔法や、現在医学に頼れば寿命は延ばせるかもしれないが、流石に末期の癌を治せるなんて好都合な事はなかった。現実は非情である。


 だから、こうしてデイル宛てに、遺品という名の『後悔の引き継ぎ』を行なっているのだ。まぁ、遺品と言っても、死んだからと言ってすぐに成仏してやる気はさらさら無いが。


 ……《魂の渇望》は、この世において私しか使った事がない魔法だ。そして、ずっと私が研究してきた魔法のひとつでもある。


 そこで、私はひとつの魔術を見出した。それは、何かに自分の魂をカケラでも移し残す方法だ。そしてこの手帳は、ヴァルディアを引き寄せる為の『運命』、或いは『必然』を引き寄せる『邪』な魔法を刻んである。


 まさか、アイツも私が死んだ事を知った後、私が殺しに来るなんて思いもしないだろう。

 ……ちょっとっていうレベルじゃないくらい、デイルには面倒事を押し付ける結果になるが、私と友達やってたんだし想定の範囲内で納得するだろ(投げやり)。


 その代わり、いざと言う時に、この手帳を引き継いだ者には私の魂を『薪』とする代わりに一度だけ《魂の渇望》を使えるようにしてある。詳しい説明や魔法の発動方法は、組み込んだ術式が脳内に直接送られるようにしてある。あとは日課となった仕上げの作業が終われば、これで取り敢えず後悔は無い。


 ……後悔は無いのだ。


 ……はぁ。


 ……我ながら本当に、好き勝手に生きた人生だったな。


…………


 視界が戻れば時間は加速していく。


 リアはそんな、吹っ飛んでいる最中でペンダントが光るのを見て、更に背後で誰かが己を受け止めてるのを感じる。まぁ、その誰か、は十中八九デイルであろうが。

 なんとも頼りになる登場だが、リアの内心は複雑であった。


 欠落した記憶を取り戻し、厄介ごとに巻き込まれている事、自分が女になった原因を知った事。そして恐らく間違ってはいない、しかしあの日においては全くの見当違いであるデイルの勘違いによって性転換させられた事を知って。


 吹っ飛ぶ中でリアは叫んだ。


「とばっちりじゃねぇか!!」

この辺の設定は元からフワフワしてた筈……。それに元のプロットの設定を思い出せない以上、ちょっと設定がガバガバでも仕方ないな!!(言い訳

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― 新着の感想 ―
[良い点] クラウさん(お婆ちゃん)もノリが軽い! [一言] どういう勘違いをしてなぜ女体化なのか……
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