文化祭と魔王⑥
近づいてきたリアを、身体を構成し直しながら蹴り飛ばす。リアは籠手と結界でガードするも、彼女の蹴りは結界を突き破る威力で放たれ、ガードの体勢のまま吹っ飛ばされた。
そして、ヴァルディアは流れ出した『ほんの少しの、自分の血』を見て、あの日の記憶を想起する。
荒れ果てた地で、互いに複雑な笑みを浮かべながら……最後に交わした『友達』との会話。
…………………
「よぉ、散々やってくれたなぁヴァルディア。まったく事あるごとに私達へ「殺しに来なさい」って煽るから、ちゃんと来てやったぞ。命削ってでも、私が1番乗りしたかったからな」
そう言ってニッと笑うクラウの全身は切傷や打撃による攻撃をくらって来たのか、至る所に血が滲んでいる。側から見れば既に満身創痍……しかし、それでも彼女からはいっそ美しいと表現したい程の魔力と生命力を放っていた。
それは、ボロボロになった制服の胸元から、ギラリと光る白い炎のせいでもあるのだろう。
求める物、渇望すべき場所を求めて、命を削り燃やしてでも前に進む魔法。
お互いに、臨戦態勢にはまだ、入らない。まるで放課後の教室で話す雑談のような軽さで、2人は言葉を交わす。
「えぇ、見てたもの。貴方の命の輝きを」
「分かってるわ。もう空から地から、いやらしい攻撃してきやがって」
「ふふっ、でも乗り越えた貴方の……見れたわ。クラウ・リスティリアの命の輝きを。とても美しくて、見惚れてしまったわ」
「意味分からんのだが、褒められてんのか?」
「褒めてるのよ。それで……」
ヴァルディアは無理矢理に、話と雰囲気を変えた。己が敵として、世界を脅かした黒幕として、数々の命を奪った元凶として、口元に笑みを携えながら。
「いい加減、終わりにしましょう? 私を殺しに来たのなら、さっさと決着を」
そうでもしなければ、いつまでもこのぬるま湯のような雰囲気の中で、温かな魂をずっと魅せてくる彼女と、喋っていてしまいそうだから。
自分は欲望に負けた。ひとつの花火を見たいが為に大勢の人を殺し世を乱した。
狂っていて、しかし罪人としての意識もあるヴァルディアは、魔王として振る舞い……どちらかが死ぬまで戦うつもりだった。
けれど、彼女は複雑な表情を変えぬまま、「そう、だよなぁ」と諦めの溜息を吐いた。
「私はいつだって、前を向いているって思われがちだけど……みんな勘違いしてるぜ。
私はここに来て、お前と話すまで『覚悟』なんてまったく、出来てなかったんだからよ。
お前が黒幕だって知ってるのは私のクラスの連中だけだし……狂気が消えてりゃ、説得して、狂気のせいにしてさ。私は……連れ戻したかったんだ」
何を言っているのか分かっているのに、それが彼女の口から出た言葉とは思えずに、ヴァルディアは言葉を詰まらせた。自分の知ってる彼女ならば、誰よりも美しい銀色の魂をした彼女ならば……自分がした罪を精算する為にも「殺して楽にしてやる」と言ってくれるものだと思っていた。
驚き口が開くも言葉が出る事は無い。けれどそんなヴァルディアを無視して、彼女はひとり天を仰ぎ見ながら、再び口を開いた。
「お前のせいで死んでいった人達は当然、納得なんて出来ないだろうよ。それでも……私にとってお前は『友達』なんだ。楽しかった時間、共に笑い過ごしたあの日々は、偽物なんかじゃないんだ。そんな、最後まで中途半端な気持ちでいる私に、友達を殺す事なんて出来るわけねぇだろうが」
言い切って、彼女は脱力するように深い溜息を吐いた。
いつも見てきた彼女とは違う。弱々しいその姿にヴァルディアは……落胆した。見える魂の輝きが、少しだけ鈍くなったように感じたからだ。そしてただ、純粋に「じゃあ、なんで一番に来たの? 待ってれば良かったじゃない、誰かが私を殺すのを」と疑問を投げた。
すると、クラウは「フッ」と薄く笑うと、ゆっくり顔を前に向ける。その目には、覚悟とまではいかなくとも、力強い意志が籠っていた。
「最初に言ったろ? 話に来たって。他の連中の殆どはお前を殺す事で一致団結しちまってるからな。他の奴に行かれたら、最後の話も出来ねぇじゃんか」
「でも、貴方には私という友達を殺す覚悟は無いのでしょう? 今話して分かったと思うけど、私は私の狂気を受け入れているし、殺さない限りこの地獄は永遠に続くわよ?」
「分かってる。でもひとつ違うぞ? 覚悟が無いんじゃない、出来なかっただけだ。時間さけあれば……悩み、苦しみ、涙を流して慟哭しながら、お前を殺しに行ってるさ」
そう言ってから、彼女は剣を鞘から抜くような仕草と共に、銀色の西洋剣を引き抜いた。周囲にはヴァルディアが反応する前に、幾つもの結界が張り巡らされており、逃げ場を無くしていた。
言葉とは裏腹にようやく敵意を感じさせたクラウを見て、ヴァルディアもまた待機させていた骨とスライムで出来た肉塊のような化け物を作り出す。
「だから此処からは私の我儘だな。他の奴らもそろそろ到着する頃だろうが、援護という名の邪魔はさせない。私とお前との一対一だ」
「あらあら、殺す『覚悟』も無い人間が、この私を倒せるかしら?」
「ハッ、挑発しやがって。でも、覚悟が出来なかったからこそ、お前を倒すとっておきの『魔法』を準備してきた。だから『永遠に眠っていてくれ』。ところで、始める前にシュレディンガーの猫って知ってるか?」
折角、漂い始めた戦いの雰囲気をぶち壊して聞いてくるクラウに無用で、がしゃ髑髏の骨槍を仕向ける。
「生きてるか死んでいるかは、観測するまで分からない。結果、箱の中の猫には死と生が両方存在する事になる……みたいな実験、だったかしら?」
飛んできた骨の槍や、がしゃ髑髏の腕を切り落として、クラウは返す。
「大凡その通り!! そして私がこんな質問をした意味、お前なら分かるだろ?」
「……」
彼女は、ヴァルディアは一瞬だけ、目の前のクラウから自身を超えるような狂気を……いや、執念のような怖気を感じた。はっきり言えば、底の知れない気味の悪さが渦巻いて見える気分だ。
「……結局のところヘタレた私に裁く権利なんざねぇのさ。だから!! お前の生死はこの世界とお前に丸投げするぜ!!
そして仮にお前が生きていたならば……その時はきっと『殺す覚悟』が出来てる。
んじゃ、行くぜヴァルディア。ここから先は、世界の選択だ」
彼女の美しい魂に濁りが混じる。でも、ヴァルディアはそれすらも美しさのスパイスのように見えて「あぁ、やっと本気になってくれるのね。……その魂が濁りきる前に、私が綺麗に散らしてあげるわ!!」と、黒い魔力を解き放った。
…………….
吹き飛ぶ中、真後ろに幾つもの小さな結界を作り《境界線の籠手》でそれを掴んで、減速する。そうして掴んだ結界が2、3枚割れるのを目視して心の中で(ヤバい……壁にぶつかる前に減速しねぇと)と焦った時、ふと気がついた。
妙に、感覚が引き延ばされているように感じると。それを認識して周囲を見た時、景色から徐々に色が失われて、時間がゆっくりと流れていく。秒がとても長く、自分は吹き飛んでいるというよりも、漂っている気がしてしまう程だ。
(……なんだ? 今から走馬灯でも見せられんのか?)
前にデイルから、走馬灯は死を意識した脳が過去の経験から助かる方法を探す為に観る事もある、なんて雑学を聞いていたせいか……怖いとは思った。
しかし、死に直面した時に感じるらしい寒さとかは無いな、そんな事を思っていると、背後からフラッシュバックするように白い光が迸り、リアの脳内をある日の記憶が通り抜けた。




