文化祭と魔王①
新学期が始まり、中間期間のテストが終わった10月頃。
秋の風が程よく涼しい、1番過ごしやすい気候になった。
そして、あの夏休みの一件から今日まで何か事件が起きたり巻き込まれたりするなんて事はなく、平和な時間が過ぎ去っている。だが、ヴァルディアとの因縁が断ち切れていない以上は警戒は怠れず、ピリピリとした警戒を保つ為に気を休める訳にはいかず、少し疲れていた。
ただ、なんとなく……自分にはこれから遠くない内にヴァルディアと戦う事になる、そんな予感がするのだ。まるで、決められた運命に向かっているような感覚とも言えよう。
まぁだからと言って、自分から動いた所で得られる物も無く、結局は待ちに徹するしかないのだが。
……時が来れば、流れに任せて動く事になるだろう。
……逆にそう考えると常に覚悟をしなくて良い分、精神的に気楽である。
さて、話は変わり。
学校の事であるが、今年は体育祭の時期を削り、OB・OGと共に主催する文化祭に力を入れるらしく、長い期間が文化祭準備に当てられる事となった。
体育祭は、代わりに球技大会を開催するらしく、サッカー部や野球部の面々が歓喜の雄叫びをあげていたが、はたしてこの学校で普通の球技大会なのできるのだろうか。魔法でドンパチやらないか心配である。
さて、話を文化祭に戻すが……ここ数日、大聖堂に幾つかの大型の展示用ガラスケースが持ち込まれていくのを目にしている。最初の頃は、大規模な絵画展をやるらしい話を聞いていたのだが、OB・OGの一部が本気を出したせいで歴史的遺産の有名な黄金のマスクや、魔法で保護されているミイラ(魔物ではない)……更には恐竜の化石から始まり、魔法の歴史に関わる物品など数多くの……歴史的価値がヤベー物で溢れ返ってしまっていた。
結果、廊下や使われていない教室すら用いた展示会になり、もはや美術館の域にまで達している。
こうも物が溢れ返ると、無駄にだだっ広いだけの廊下も狭く感じてくる。
更に人の数も普段の倍はあるから、もう毎日がお祭り騒ぎであった。
まぁ、そのおかげでメイド喫茶をやる予定だったらしいうちのクラスの出し物が無くなったのは幸運ではあったが。特にアデル君の落ち込みようは面白かった。
……正直、彼は苦手だ。いい加減、告白してくるのをやめてほしいものである。諦めて、新しい恋を見つける方が彼の為になるだろうし。
と、そんな訳で。
これがここ数ヶ月の出来事だ。
……………
そして、ここから俺の物語は大きな分岐点を迎える事になる。
元から、ヴァルディアという存在に狙われている事が分かっていたにせよ、それは小説のように順序良く起承転結がしっかりとした物語ではなかった。
唐突に始まり、目まぐるしく進んでいく。その中で俺はやれるだけやったさ。
ただ……世界という絶対的な秩序の中で、観測された運命に逆らう……つまりは運命を捻じ曲げ、自分の向かいたい未来の道を進むなんて経験は、もうする事はないだろう。
そして立ち向かう『覚悟』と命を賭けてでも戦うなんて経験は、流石の俺でも中々に刺激が強すぎる体験だった。
けれども、生きて笑う事が出来れば、過程なんてどうだっていいのさ。
たとえ半分、人を辞めたとしても、(ま、いっか)で終わらせられるくらいには、どうやら俺は能天気な性格になっているようだ。
………………
遊戯部の部室で珍しく、生徒会の仕事らしい資料を読んでいたダルクが、他の面々に向かって疑問を投げる。
「展示物にミイラとかあるんだけど、なんでアレって魔物にならねぇんだろう?」
「……さぁ? 魔物の元になる『濁った魔力』が溜まらないからじゃないっすか?」
「そうなんだけどさぁ、でも展示してあるミイラだけじゃなく化石も魔物に変化した痕跡が無いのっておかしくない? 今は都市部にあるから魔物化しないのは分かるけども。なんで昔、魔物になってねぇんだろ?」
「……今動かれたら大パニックなんですけど。でも言われてみれば確かに。例えば昔の儀式的な処理をすれば遺体は魔物化しないとか? ミイラは臓物抜いて砂なり塩なりで乾燥させてから包帯巻いて石棺とかに入れるじゃん。同じように化石は土の下に閉じ込められて身動き取れないし。だから、こう上手い具合に条件が重なれば魔力が溜まる原理が崩壊する……なんて説を呈してみるが、どう?」
リアはレイアに目線で意見を求めると、彼女は困ったような顔で返した。
「僕にその話を振られても……突き詰めたら、そもそも『濁った魔力』の定義や条件とかも未だ不明なんだから。偶々、そうなったって納得するしかないんじゃないかい?」
「……そうだな」
結局のところ、リアも最初っからレイアと同じことを考えてはいたから、論を続けるつもりもなく頷いた。それから、この質問を投げた当本人に向けて問うた。
「で……なんで急にそんな疑問を? 生徒会の書類を片付けてたんじゃないんすか?」
その言葉を聞いて、ダルクは真面目に見ていた資料を机に放る。それはどうやら、学園祭に持ち込まれた品々のリストや警備についての書類のようだ。
そんな大切な書類を投げて深く溜息を吐いてから、彼女は大きく口を開く。
「端的に言うぜ、もうこれ絶対に何か起きる。だって、フラグ立ちまくりだもん!! だいたい絵画展ってなんでそんなもん母校でやりたがんだよォ!! 裏に絶対、黒幕的な奴いるだろォ!! いんや、濁す必要ねぇか。ヴァルディア絶対に来るだろコレ!!」
テーブルに散らばった書類を手のひらでバンバンと叩く。彼女は相当に苛立っている様子だ。
「勘弁しろよ……過去の因縁に私を巻き込むなよ……。それにさァ……グレイダーツ校長に抗議する為に、生徒会長の仕事真面目にやりつつ、もし何か起きた時、実際どうするのか聞いたら『逆に利用するんだよ、アイツがここに来るなら確実に殺せるからな。それに狙いは分かってる、対策も万全だ。ついでにOB・OGには魔道機動隊に勤務している奴もいるし、ここには英雄が3人に居るんだぞ。何か起きても、必ず生徒は守るさ』だってよ。いや、私は? リアっちとレイアには対策バッチリだって分かったけど、たぶん私も狙われてるよね? って、思ってグレイダーツに追加で抗議すれば『頑張れ生徒会長。というか我が校の生徒会長が、テロ如きでくたばるわけないだろう。ちゃんと評価はしているぞ?』とか言われたんだけど。いや死ぬから!! 私、万能キャラじゃねぇからァ!!」
気がつけば立ち上がって怒鳴り散らしていた事に気がついた彼女は、怒りの形相を引っ込め、どっかりとソファに腰を下ろした。
そして「はぁはぁ」と息を整えながら、今度は静かに口を開いた。
「そんな訳で、この学校には魔物になるかもしれない品々が大量に搬入された訳だ。しかも曰くある絵画も100枚以上。そして文化祭当日には一般人も来る、人質もバッチリだな!!」
彼女は言うと、また深く溜息を吐く。それからソファに寝転がると足をバタつかせ愚痴を吐く。
「やってらんねぇ……。しかも搬入の品も多すぎて把握できないのに、出店や衛生確認まで頭に叩き込めとか無茶言うなやエストォ、私もう限界だよ……」
「最後に本音出た」
「それでも先輩の愚痴は……その通りだね。僕らの身の危険も含めてさ」
「まー、嫌な予感は俺もあるしなぁ」
先の質問から、後半の愚痴を聞いて品物に厄介な物が紛れ込んでいないか、もしかしたらこれらの品を利用されるのではないかといった理由から全て把握しておかなくてはいけない。
更には場所まで覚え、その上で文化祭によくある屋台の許可や衛生管理までやらなくてはならないとなれば、後輩に愚痴りたくなるのも分かる気がする。
しかも、そこまでしても自分の身は自分で守らなくてはいけないのだ。
正直、過去の行いから自業自得な気も多少はするが、流石に可愛そうに思え2人は同情した。
「何か手伝うことあります?」
「僕達の力になれる事なら、なんでも言ってくれ先輩」
「後輩2人の優しさが滲みる……」
のそりとダルクは身体を起こすと、軽く頭を振って思考を切り替えた。