文化祭と魔王②
「ところで、ここ1週間くらいティオとライラの姿を見ねぇんだけど、なんか知らね?」
唐突な問いに、リアも興味を引かれる。
まぁ、メールでもすれば分かるのだろうが、プライベートに踏み込むのも良くないかなと思いしなかった。まだ遠慮が強いのは果たして美点なのだろうか。今後、人との交流次第で変われていけたらいいなと思いながら耳を傾ける。
ダルクの問いには、この中で唯一事情を知っているレイアが反応した。
「あれ、知らないんですか?」
レイアはこの間、ティオとライラから聞いた事情をそのまま説明した。
シストラムの塗装に用いられた特殊な塗料とリアクターからのエネルギーで強化される特殊な魔力合金。そんな先進しまくっている科学と魔法の技術に目をつけた魔道機動隊……というよりは、この国の上層部らしい研究機関が2人に此度の文化祭においての、防犯と防災対策の為の試作機器開発などに手を貸してほしいと頼んできたらしい。
が、勿論それは建前であり、彼女2人の技術を欲した結果、文化祭をダシにして勧誘したのは誰が聞いても察する事だろう。
しかし、それを承知の上で承諾したのは、報酬の羽振りが良かったからだ。ライラには魔道機動隊の技術部門への推薦状と此度の文化祭でのシストラムの展示を。ティオには同じ技術部門への推薦状に、研究室と貴重素材の優先配布に、学会への名簿登録が報酬として提示されたのだとか。
ぶっちゃけると、ライラに関してはシストラムとグラル・リアクターの初期型を手放し、既に改良版の2号機(Mark2)を開発中だったので特に痛手はなく、拒否する理由もない。
ティオにいたってはシストラムの研究結果は全てライラに移譲しているので、その点は問題なく。結果的には、タダ同然で欲しかった研究室どころか材料の提供までしてもらえる事となる。
あとは、馬鹿にしてきた学会の博士連中より先に、連合国への正式な名簿登録がされる等、本当に良いことしかなかった。
話を聞いてる時も「見下してきたアイツらを、今度は私が見下す番だ……クックック」と悪どい笑みで喉を鳴らして笑っていたくらいである。
そうして粗方の事情を聞いたダルクは「あぁ、あの何に使うのか分かんなかった、無駄にデカいハンガーデッキとベースの搬入、それと第三訓練場の使用申請をしたの、ライラだったのか……。で、ティオはいつも通り自分の欲に忠実だな」と、興味無さげに返事をしながらも、真面目な表情でつぶやいた。
「……アイツらだけやってる事のスケール違いすぎて笑えるぜ」
……これに関しては流石のリアもまったくもって同意だ。レイアも隣で頷いている。
いくらベクトルが違うとしても、2人の天才の異常性は群を抜いて高いと言えるだろう。
……だが、リアは同時に思う。目の前でケラケラ笑う先輩もまた天才だと。学校に入学する前までは、ちょっとだけ自信と自尊心が高かったリアも、半年以上通った今はなりを潜めてしまっていた。
流石に、同級生に対して今は魔法で劣る事はないと自信を持てるが、3年生以上の先輩達には普通に尊敬するくらい実力が並び立つであろう人は多い。例を挙げるならばエスト先輩とダルクだ。
エストの用いる《鎖魔法》というのは一見簡単なように見えるが、それを用いて『拘束』等の動作をさせるとなると、繊細な魔力操作が求められる。しかもそれを何本も同時に扱えるとなると、かなり凄い事なのだ。
次に口にはしないがダルクもまた、悔しいが凄いとは思っている。それは彼女の魔法の多様性だ。魔法使いは普通にひとつの魔法を極める為にはそれ相応の鍛錬をしなくては、上手く扱えないのが普通なのだが、彼女はこの歳で幾つもの高難易度な魔法を修めている。正直、この先輩に関しては本気を出せば《結界魔法》ですら数日で覚えてしまいそうな程のポテンシャルを感じる。
……澱みでの一件で、それをよく見せつけられた。
まぁそんな訳で、要するに。
リアは思った。この世代も、50年前と引けを取らないレベルなのではないか? と。
……………………
ひとりのローブを着た女が、顔に着けた狐の面を撫でながら、城の頂上に腰掛け俯瞰する。
「時間にズレが生じていなければ、今日か明日に、アイツは来る。いやはや運命が近づいてくると言うのは思っていたよりも……怖いなぁ」
忙しなく動く生徒や、OB・OG達を見ながら、彼女は独り言を続けた。
「にしても絵画展ね。俺の時は普通の文化祭だったのに。これもバタフライエフェクトなのか? まぁ、どっちにしろ、私は運命の分かれ目にしか立ち入れない。『俺』か、ルナ。世界が私の観測した歴史に収束してくれるなら、どちらかが気を失う程の傷を負う筈だ。その時に、後を託せばいい」
まるで自分に言い聞かせるように呟く。そこには、心配以外の感情は無かった。
「さて、アイツはもう潜んでいるのか。っん?」
その時、女はどこからか視線を感じた気がした。それはヴァルディアのような邪悪なものではなく……どこか懐かしいような。と、注意が逸れた瞬間。
「ピキッ………」と一瞬、ガラス板に亀裂が入るような、不気味で嫌な音が響いた。
「なんだ……?」
音の発生源を探る為に周囲を見回す。すると、異常はすぐに見つかった。
デイルが張ったであろう侵入者感知用の《結界》に、紅色の亀裂が出来ていた。遠くから見ても分かる亀裂は、大きな破砕音を響かせ瞬く間に広がり、やがては青い秋の空にまで到達する。
「なにが起きている? こんなこと私の記憶には……」
今日までの未来を、世界の歴史を知っている女は困惑し、狼狽える。しかし、すぐに意識を切り替える為に深呼吸をすると、仮面の奥で強く歯を噛み締めた。
「……落ち着け、分かっていた事だ。歴史に私が介入した時点で、何かが変わる可能性を。今は目的に意識を向けよう。この禍々しい雰囲気の魔力は間違いない。予想外だが、まさか真正面から乗り込んで来るとはな」
至る所にある、歴史的遺物から黒い炎のような魔力が吹き荒れ、線を繋ぐように広がっていく。恐らく、遺物や絵画を媒介にしたのだろう。瞬く間に巨大な魔法陣が、城の敷地を駆け巡り、より強い光を放つ。
この魔法を……女は知っていた。《魔物の創造》と《眷属の招来》。どちらも精神を蝕む異端の魔法だ。効果は名前の通りである。
魔物の軍勢が来る。だからこそ、これから起こる大惨事は簡単に察せられた。確かに魔法使いは沢山いるが、1年はともかく、高学年でも専攻次第では戦う魔法を使える者はいない可能性が高い。
「……クソ!!」
目的はひとつ。その為に、自分はここにいる。
目的の為に全てを捨て、命を燃やしてここにいる。
だけども、自分の幕を下ろすまでは幾分か時間と余裕はある。ならば、動かない理由はない。
そう考えた時、胸の炎が大きく爆ぜたのを感じた。
「……やはり、ここが分岐点なのかッ!! 確かに観測した未来と大きく逸脱している。なら、俺が動いても『世界は容認する』!! なんせ、ここから先はもう、観測者の居ない未知の未来だからな。やっとだ、やっと辿り着いた。でも……。
その前に、助けるぞ。助けなければいけない。死者を出すなんて事は、絶対にしない。
俺のせいで、俺が起こしたバタフライエフェクトで、他人が死ぬのを見過ごすなんてしたら、あの世で皆に顔向けできねぇから、なッ!!」
とてつもなく強く、意志のある覚悟を決めた女は、白い炎の灯る胸元を強く握りしめて、城の上から飛び降りた。
空の亀裂は既に限界まで達して、まるで別世界を写すかのように赤黒い巨大な穴が開いていく。
秋空の日差しが陰り、仄暗い闇が舞い降りる。空気が変わったように感じた。ぞわりとした冷たい怖気が背筋を撫でる。
そして、原因となった亀裂の穴から複数の影が落ちていくのが見えた。
「……魔物」
女は一瞥してから、落下するまでの間に女は剣を引き抜く動作で、冬空の月のような輝きを放つ銀色の剣を抜いた。
…………………
ほんの少しだけ、時は遡り、リアとレイアは部室でグッタリとだらけていた。
ダルクもまた、生徒会の仕事が忙しい様子で部室に顔を出す日が少なくなったせいで、今部室にいるのは2人だけだ。
……OB・OGの知り合いがいる訳もなく、文化祭で手伝いを頼まれもしなかった。なおかつ部活動での出店も企画も何も無い為に、リアとレイアはとても暇を持て余していた。
だから2人は揃って暇潰しに、校長室を訪れた。
展示物は殆ど運ばれてたとはいえ、特に重要な物はセキュリティーの強いこの部屋にまだ残っている筈。なら、展示され人でごった返す前に、のんびり鑑賞でもしようかという話になったからだ。
そんな2人をあまり歓迎はしていないが、特別拒む理由もないので仕方なく招き入れたグレイダーツは、小言のように「調べきれてない物品もあるから気をつけろよ」と言い、カルミアを監視につけ書類作業に戻って行った。
リアはグレイダーツの気遣いに礼を言い、改めて校長室を見回した。若干、古い紙類のような独特な匂いがする空間に、特に多いのは『絵画』だろうか。
ここ半年で絵画を見る時に若干警戒してしまうようになったリアは、若干距離を取りつつ『月』を描いたらしい白と紺色の塗料が印象的な油絵を見つめた。そして、正直に思った事を口にする。
「絵の価値については良く分かんねーや!!」
「僕達に美術の才は無いって事かな? 僕も絵の良さはイマイチ分からないなぁ」
「因みに、この絵は普通に3桁億円ですよリア様、レイア様」
「マジで? こっわ近寄らんとこ……」
カルミアの台詞に戦慄しながら身を引くリア。そうなると、他の絵画達も見た目以上の価値なのだろう。防護ケースに入れられてある奴は良いのだが……恐らくグレイダーツ校長が調べている最中であろう絵画は剥き出しで置かれていた。
「ここにある絵画って、全部が億単位だったりする……?」
「少なくとも8桁以上の額はつくと思いますよ?」
「ちょっとでも傷をつけたら、僕ら一生借金地獄の可能性が……?」
「殆どが魔法で保護はされていますが、検査中の物は保護を解いてますので、それだけ気をつけていただければ大丈夫ですよ」
「いや、安心できねぇから」
碌に動き回る訳にもいかず、早速来た意味を失いつつある2人。カルミアはそんな庶民的反応を見せる2人を微笑ましげに眺めつつ、ならばと応接室に案内し、紅茶と茶菓子でもてなす事にした。自分の仕事だと思う以上に、この2人をもてなしたいとは以前よりも思っていたからだ。
これを機に2人とも仲良くなるのもいいかもしれないと考え、口を開いた。
そうして暇で平和な午後を過ごしていた時である。リアとレイアの手の甲に突然、魔力の光が走り紋様を浮かび上がらせた。
「……ギルグリア?」
「オクタくん……?」
紋様は薄く脈打つと、眼前に自分達とは別の魔力の渦を感じる。それはすぐさま形を作り《門》を形成すると、ほぼ同時に2体の人影が飛び出した。
最近になってようやく人の文化とコミュニケーションを覚えてきた、ギルグリアとオクタである。
そんな、自身の魔力で無理矢理にこちらに来たらしい2人は、床に着地するとほぼ同時に口を開いた。
「懐かしい匂いがした、来るぞリア」
「古い魔力を感じた、嫌な予感がするぞレイア」
「「……ん?」」
異形は違いの存在に気がつき、目線を交差させた。オクタは毅然として警戒モードのままだが、ギルグリアには何処かオクタをも警戒しているように感じた。
2人に何か遺恨でもあるのだろうか? それは分からないが、リアとレイアは後にしてくれという気持ちで確認した。
「……つまりヴァルディアが来たかとしれないって事か?」
「ヴァルディアでないにしろ、何か危機が迫ってきていると思っていいのかい?」
早口で問い寄る2人に、オクタとギルグリアは互いに視線を外すと大きく頷いた。
そんな時。外から「パキリ」と、ハッキリ嫌な音が響いた。
リアにはとても聴き慣れた……《結界》に亀裂が入る時の音。つまりそれは、あのデイルが張り巡らせた結界に誰かが亀裂を入れたという事だ。
胸の鼓動が大きく脈打ち、咄嗟に右腕へと魔力を集中させる。
今日は自分の人生で1番の厄日になるかもしれないなと思いながら。




