閑話③
夏休み終了まで残り2日くらいのこと。リアと母ノルンは他愛無い会話をする。
「言い忘れてたけど、私明日から暫く家を開けるわね」
「家を開ける?」
「2〜3ヶ月くらい、ね。実は私がデザインした服を気に入ってくれたスタイリストの人から「一緒にパリコレに参加しないか?」って誘われて。お給料も結構良いのと、楽しそうだから行こうと思うの」
うふふと楽しそうに笑う母に、リアは別に止める理由も無く。楽しそうにしている様子を見て「そか、気をつけてね」と短く激励を送った。ノルンはそんなリアの言葉を聞いて、頬に手を当て微笑んだ。
「ありがとう〜、まぁそういう訳で宿は暫く閉店ね。にしても、ルナちゃんもリアちゃんも18歳以上ならモデルを頼めたのになぁ。年齢制限って面倒」
「ルナは喜んでやりそうだけど俺はやらねーよ」
「……うふふっ。いつまでそう言っていられるか、見ものね」
怪しげな流し目でリアを見るノルン。女になってから半年、日に日にノルンから可愛い洋服の押し付けが強まり、リアは若干辟易していた。きっと今も頭の中でルナやデイルと共謀し服を着せる計画でも立てているのだろうと思い、リアは逃げるように「じゃ、明日早いから。おやすみ!!」と自室に逃げた。
「で、なんで俺の部屋にいるんだ」
ベッドに寝転がり、寝る準備を整えているルナに問う。
セリアはどうやらライラ邸に泊まりに行っている間に帰ったと聞いたので、ベッドに空きはある筈なのだが、そう考えたところで(まぁ、いつものように甘えたいのかな)と思いつつも、自分もベッドに向かう。
すると、ルナは掛け布団の縁で口元を隠しながら笑う。
「うぇへへ、いいじゃないですかお姉様。どうせ学校が始まったら同じ布団で眠るんですから」
「そうだけど。ちょっと狭いから奥詰めて」
「出てけって言わないんですか?」
「言っても聞かないだろ?」
笑みを浮かべて言えば、ルナは二ヘラと口元を緩ませる。
そうして2人並んで布団に入る。田舎なせいもあり、夏の終わりかけには少し肌寒くなる季節だ。そのおかげか、隣の温もりが心地よい。
リモコンで照明を落とせば、窓からの月明かりだけが部屋の光源となる。
……隣でルナが何故かモゾモゾとしているせいか、無駄にムードが出始めた頃。ルナが口を開いた。
「お友達とのお泊まり会は楽しかったですか?」
「んっ、まぁまぁ……」
「その言い方だと……ふふっ、とても楽しかったんですね」
「……うん」
気恥ずかしくまぁまぁと言えば、察したルナがニヤニヤとしながら問い返してくる。
リアは図星を突かれ赤くなった顔を見られないように、逸らした。
初めて出来た友達と先輩達とのお泊まり会……というには、あまりにも濃い1日であったが、『澱み』の件が片付いた後は普通に遊んだりシストラムの制作に参加したりと、充実したお泊まり会であった。
思い返せば口元が緩むのを止められないくらいには、リアにとって輝かしい思い出になっている。
そんなリアの姿を微笑ましく思いながらも、ルナは今度は少しだけ真剣な声で続けた。
「しかしよくまぁ、お姉様は行く先々で厄介ごとに首を突っ込んでいきますね……。お母様も私も、魔道機動隊の方々から事情を聞かされた時は、とても心配しました」
「うっ、母さんにも散々言われたんだ……もう説教は勘弁してくれ」
「……ふふ、分かりました。でもお姉様なら大丈夫だと信じているので、心配はあまりしていませんでしたよ?」
「……そか」
そう言って、背中にピタリと引っ付いてくるルナにリアは何も言い返さず目を閉じる。そして無言の間が流れているうちに、リアは眠りに落ちていった。
一方ルナは、今日も今日とて相変わらず。思考は常にピンク色で染まっている。
(……夏用の若干透けてる寝巻きにすり替えたのに、普通に着てくれましたね。気がついてなかったのでしょうか?
いや、今そこは大切な事じゃない……。
もう!! 折角お姉様の破廉恥な姿、そして柔肌と匂いを堪能できる機会だというのに……どうして背を向けるんですか!! ブラ紐しか見えない!! うなじがセクシーですけど!!
くぅ、前に回れば起こしてしまいますし、こうなったらお姉様が寝返りをうつまで起きているしかありませんね。
にしても良い匂いですクンクンクン……)
そんな事を考えながらソワソワとしていたルナだったが、睡魔がやがて興奮を鎮静化させ、何も出来ず眠りに落ちるのだった。
…………………
グレイダーツは、学校の自室で新学期再開の準備や書類の処理に勤しんでいた。……ヴァルディアが実際に生きていたと証明できた以上、学校に潜入された時の対策と設備に金をかけた結果、要らぬ仕事が増えたとグレイダーツは苛立つ。もし、侵入してくるなら今度は本体だろう、その時には思いっきり殺すつもりで殴ろうと誓いながら、新入生の情報をチェックしていた時である。
ススっと無音で移動して来たグレイダーツの自称メイド、カルミアが紅茶の入ったカップとソーサーをテーブルに置くと、彼女へひとつの報告をした。
「ご主人様、先程……例の美術館から連絡がありました。裏にある金庫の中の『絵画』が幾つか盗難されたいたようです」
「前にジルの奴から聞いた呪われた絵画とやらも盗難リストに入ってるか?」
「はい。ただキャンバスが入れ替えられていたらしく、いつ盗まれたかは分からないそうですが……」
カルミアが自分の頭上に顔を近づけスーハーしているのを無視しながら、グレイダーツは目を瞑り、暫し思考に沈んだ。
それから数十秒、決意したように目を開くと軽く椅子からジャンプしてカルミアに頭突きを喰らわしたあと、口を開いた。
「計画通りにいく。学期明けのOB、OG参加型・文化祭の『絵画展』は開催のままにしてくれ。展示前の持ち込み場所は校長室で良い」
カルミアは赤くなった鼻を押さえて涙目で頷きつつも。
「よろしいので? 学園に持ち込むのは危険なのでは……」
「寧ろ私が管理できる方が良い。OB、OG達がなんで私の城で絵画展をやりたいなんて言ったか分からないが、罠なら逆に利用してやる」
「確かに、ここなら迎撃するにはうってつけですもんね」
「あぁ」
相槌をうちティーカップを持ち上げたグレイダーツは、カップの縁が口に付く前に鼻をスンと鳴らす。そしてティーカップをソーサーに戻し、カルミアを睨む。
「今回は何を入れた?」
「……ッチ。クロム様から頂いた媚薬ですが?」
「そうか、じゃあてめぇで試すか」
「……えっ?」
隙を見ては薬を盛ろうとしてくるカルミアに対し、最近張り詰めていた緊張や仕事の疲れからか、グレイダーツは素でキレた。そして、瞬く間に《西洋甲冑》を複数体召喚するとカルミアを拘束する。
「あっ、あ……まさかご主人様から私に……うぇへへへ」
「……少しは反省しろ」
「ば、罰ですか!? 私の身体に何を!!」
既に興奮して鼻息を荒くするカルミアの口に、ティーカップの紅茶を無理やり流し込む。すると、彼女は口元をダラシなく開き、全身の筋肉から力が抜けた。
頬を朱に染め息を荒くし、立つ力すら失ったカルミアの様子を見て、グレイダーツは深く溜息を吐くと校長室から早足で出て行き、隣の研究室に殴り込みに行くのだった。
………………
レイアはいつもの研究室でオクタと対峙していた。あれ以降、人の言葉を話せるようになった彼と、交流をしようと思い立ってから数日が過ぎているが、今のところ普通の友人とのような円満で円滑なコミュニケーションが出来ているように思う。
正直に言えば、オクタは未知の生物である。しかし不思議とレイアは1度も怖いと思った事はなかった。それは何度も助けられた事と『澱み』の一件で信頼を感じたからだろうと考えている。そして勿論のこと、彼も同じらしい。直接聞いたというよりは長年、《魔の糸》で交流を続けていた結果、なんとなくそういった感情は通じるようになっていた。
まぁ、そんな訳でレイアは彼の研究に参加はせずに、全ての研究や生態調査は姉弟子のネイトや兄弟子のルークに任せた、
そして本日レイアは朝早くからスーパーへ買い物に行き、雑貨類と飲食物……それから、以前より気になっていた彼の食事に関する研究の為、幾つかの品物を買ってきていた。
ここ数日で判明した事だが、オクタはどうやら記憶が無いせいか、炭酸飲料というものをとても気に入っていた。結果的にルークの備蓄してあったドクペが全て消えて彼が発狂したのは面白い思い出である。
……話が逸れた。そんな訳で謎の生物だとしても現代の食べ物を普通に食べる彼に、レイアはひとつどうしても食べさせてみたいものがあったのだ。
それをネイトが聞いた時、彼女は若干頬を痙攣らせ「鬼畜か」と言っていたが、好奇心が勝るのだから仕方ない。
「という訳でオクタくん!! これが海の幸のひとつ、蛸の刺身さ!! ささ、醤油につけて食べてみてくれよ!!」
『おい、以前に見た事があるぞ。これ私の持つ触手と似たような生き物の……』
「大丈夫だって!! ほらほら味見してみてくれたまえよ!!」
『同族では無い……しかし抵抗感があるのだが、食べないと駄目なのかレイア』
「君の生態を調べる為なんだ!!」
嘘である。単に、どんな反応を示すのか知りたいだけである。
「さぁさぁ、醤油につけてどうぞ」
そう言ってレイアは刺身を箸で掴むと、謎の影でどういう訳か顔の見えない彼のフードの下に、思いっきり突っ込んだ。
『むぐっ!?』
無理矢理に口に放り込まれた彼は若干咽せつつも拒まずに小さく咀嚼音を立てる。そしてポツリと一言呟いた。
『……美味い』
「えっ、美味しいの?」
『なぁ、その反応……やはり私の身体の触手に似ているからという理由で、食わしたのではないだろうな?』
「そんな訳無いじゃないか!! さぁ、残りもどうぞ」
『……』
もしかしたらこの夏、1番性格が変わったのはレイアかもしれない。人見知りが無くなり、ついでに遠慮というものを無くなったように感じる。
『澱み』の一件以降、よく話すようになったレイアと交流を持つ内に、オクタはそう思えて仕方なかった。




