閑話②
外に出れば既に玄関のセキュリティーゲートを抜け、1台の黒い高級車が勝手に駐車場へ停車する。まぁ、見慣れた実家のリムジンだなと思っていると、黒服のボディガードが急いで出てくると、後方のドアを開く。
するとほぼノータイムで跳ねるように1人の男が飛び出した。若い顔立ちをした男だが、その目つきは猛禽類のように鋭く、スーツとシャツに靴まで黒に染めたその姿はまるで犯罪組織のボスのようだ。また統一感など無く乱雑に切られた深緑色の髪が、黒に統一されたスーツのせいかとても目を惹く。
似ていないとライラは父親を見る度に思うのだが、他人が見たらだいたい皆んな目つきがそっくりと言われる……。そんな、ライラにとっては見慣れたデルヴラインド社の現社長であり父親である『ディオ・デルヴラインド』は、顔にそぐわない陽気な雰囲気で手を上げ口を開く。
「よぉ、久しぶりに来たぞ娘。中々、楽しそうな夏を過ごしてるようじゃあないか、えぇ?」
無意識で別に他意は無いのだろうが、若干ドスの効いた声で和やかに、そう言った。
「久し振りの再会にしちゃあ、穏やかな様子じゃねぇな」
だから、事前に連絡すら寄越さずに来た父親に向けて若干トゲのある言い方で返すと、ディオは手に持った黒いアタッシュケースを軽く叩き。
「……いくら反抗期だからってやんちゃが過ぎるんじゃねぇか? 正直なところ、お前とお前のお友達さん方が起こしたアレコレのおかげでこっちはてんわやんわだ。それにお前の開発したシストラムとやらのせいで、国のトップ共が煩くてな。全く心配性な連中は面倒だと思わねぇか?」
彼の言っている心配とは、シストラムで飛び回った事か、それとも『澱み』についてか。ライラはなんとなくだが、ディオの自分に向けたやんちゃという言葉と、お友達方という言い方から両方だなとあたりをつけ溜息を吐いた。
「立ち話で終わりそうに無いか。入ってくれ。あと黒服の……たぶんタケさんとシューさんだったっけ?」
「は、はい!!」
「名前を覚えて……光栄ですお嬢様」
みんな似たような格好してるし、名前間違えなくてよかったと思いながら、指示してもいいかと申し訳なさそうに口を開いた。
「……2人は玄関先で警備してて、込み入った話になるから」
「了解です」
「うん、頼む。あと多分もう少ししたら私の友達のダルクと後輩のリアって少女が来ると思うけど、2人はそのまま通してくれ」
そう言った瞬間、ディオを含めた3人が驚愕の表情で固まった。そして
「お嬢様に新たな友達が……?」
「しかも後輩だと……!!」
「まさか、若干色々とズレてる俺の娘に……こりゃ帰ったら母さんと祝杯だな」
「どつくぞテメェら」
あまりにも失礼な台詞に、ライラはピキピキと顔の筋肉を痙攣させながら普通にキレた。
…………………
リビングに入ると、ディオは我が家のように堂々とソファへ腰掛ける。そしてアタッシュケースをドンと机に置いた。
「こんな時間だしさっさと要点だけを一方的に話すぞ。まずは魔道機動隊の開発部門室長の立場から……『グラル・リアクター』だったか? 父親としては素晴らしいと褒め称えて賞賛したいし、動力源の革命的発明だと今後の発明に期待したい……で終りたいが、連合国のトップ陣はこの永久的エネルギー源を欲している反面、反社会的組織もしくはテロリストの手に渡る事を恐れて量産を差し止めに来た。これはあの鋼鉄の鳥……シストラムも同様だ。現在の魔法使いや戦闘機の最高速度を超える機動力に武装という脅威を恐れている」
父親の長い説明に、ライラは「ふむ……」と少し熟考し、言葉で説明するのは面倒くせぇなと折をつける。
「分かった、リアクターとシストラムの設計図のデータの類いは後で本社に送っておく。そしてまぁ、魔道機動隊の懸念だが、それは安心してくれ。設計図を読めば、今のリアクターは量産したところで、私の操作が無ければ起動しないから。と言ったところで、連合国としては危険物として押収したいのが本音だろうな」
「だろうな、じゃなきゃあ俺もこんな面倒な組織に属してねぇ」
「なら情報公開をしてもいい、なんならシストラムと搭載中のリアクターも持っていって分解研究してくれて構わねぇよ。勿論、デルヴラインド本社へな」
そう言ってライラは含み笑いを浮かべた。それを見たディオも合点がいったらしく、驚きの表情の後に、口を開いた。
「成る程、企業案件に持ち込めば、国に面倒な干渉はされずに済むな。なんなら『隣の連合国に本社を移す』とでも言って脅せば引き下がるか。だが、お前が簡単に引き渡すような性格してねぇのは知ってるぞ。他に何を考えてる?」
ライラはディオの疑いの目に思わず笑みを溢した。その表情はいつもの気難しいものや思慮しては浮かべる笑顔ではなく、まるで子が親におもちゃを強請るようなそんな顔であった。
そうして、ライラは大仰な仕草で両手の平をディオの前に差し向ける。
「金くれ」
「は?」
「金、くれ」
「……お前の口座には数億はあったと思うが? まさか、全部使ったのか?」
「……」
「そういや本社にある金属類もそういやゴッソリ無くなってたが、まさか買い取ったのお前か?」
「……」
無言の肯定に、ディオは額に手を当て「オーマイゴッド」と呟いてから続けた。
「お前の金だから文句は言えんし、それを差し引いても、今回のお前の発明は本社にも利益をもたらしそうだからいいか」
子も子なら、親も親で大概、思考回路がぶっ飛んでいた。そしてディオは話のまとめに入った。
「よし、なら国のお偉いさん方には、シストラムとリアクターの案件はデルヴラインド本社の案件、そして親子による商談として成立した、現行危険性は我が社にしかない……とでも報告しておこう。情報の公開もお前の名前で出すとして、だとしても近いうちに公式での説明と発表を求められると思うが、それでもいいか?」
「あぁOK、頼むわ親父。その頃には最新型も完成してるといいな」
「成人しないうちは程々にしろよ。まぁ、後継として発言権が欲しいなら名声を広げるのは悪くはないが」
「おう……あっと、ひとつ忘れてた」
ライラは急ぎ手元のPCを操作すると、カタカタとキーボードを叩き、操作を終えると心なしか嬉しそうな微笑みで伝える。
「リアクターとシストラムには、私の友達も共同開発、研究の手伝いとかをしてくれてさ。だから、公式に発表するなら開発者名に2人記載しといてくれ」
「2人もか? 優秀な人材だな、了解した」
そうして話がひと段落し、ライラの淹れてくれたコーヒーで喉を潤したディオは、話の当初から気になっていた事を問うた。
「ところで、なんでロボットを作ろうと思ったんだ? お前ならパワードスーツとかを考案しそうだと思うんだが」
「勿論、考えなかった訳じゃあない。けどさっきも言ったろ、共同開発だって。シストラムの開発は元々、私の友人が作りたいって言い出した事がキッカケなんだ」
「それで作ったと? それにしては少々入れ込みすぎじゃあないか?」
「……面白そうだと思ったんだ、作る理由なんてこれで充分だろ?」
ディオは理由を聞いて、一言だけ大切なことを問い掛けた。
「……楽しかったか?」
「もちろん」
後悔も後腐れも無い爽やかな笑顔で、彼女は友人達を心の中で誇りながら頷いた。
………………
「成る程なぁ、特殊ガスをリアクターの高出力エネルギーでプラズマ化してんのか。確かにこれなら少量で莫大な推進力が得られる。だが、リアクターのエネルギー変換効率が原子炉より下回っている以上、大型のスラスターでないと出力調整が難しいか」
「あぁ、だから今のシストラムを小型化しようと思ってる。草案の書き出しもまだだけど、そんなに難しい事じゃないさ。ただひとつ、衝撃緩和とコックピットのG制御が難しい。装甲の問題は塗料で誤魔化してるが、そこもなんとかしたいところだ」
「相転移炉の副産物で得られた、特殊なフィールドエネルギーによる対G重力ねぇ?
こればっかりは俺も本社で試験してみねぇと何も提言できねぇな。んで装甲か……。ふぅむ、ダイヤモンドよりも硬くそして軽い特殊合金……まったく無理難題なこって。でも面白そうだ。俺も炭化タングステンかナノフィラメントあたりから着手してみよう。ただ、現状は魔力に頼った魔力合金で間に合ってるし、急いでる訳じゃあねぇだろ?」
「そうなる。それに今の金属でもまぁまぁいけてるが……どうせなら最高まで突き詰めたい。という訳で衝撃や振動を吸収する金属の開発がしたいから、出来れば本社からダマスカス銅とかチタンとかを送ってくれると助かるんだが?」
「いや娘よ、お前が思ってるより本社に素材残ってねぇから。そうだな、俺が作った魔道機動隊にも配備してるG耐久スーツとか送ってやろうか?」
「いらねぇ、デザインがダセェし。それなら代わりにカーボン繊維をくれ」
そんなこんなで長々と会話をしていると、思っていたよりも時計の針は進んでいたようで。玄関先から『ガチャ』と音が聞こえた。どうやら2人が帰ってきたようだ。
……………………
リアとダルクが部屋に入るなりソファへ座る事を勧めたディオは、時計を見て少し早口に残りの用事を済ませることにした。
説明しなくてはならないのは、魔道機動隊の動きについてだ?
……民間人を守る為に、基本的には手に負えないレベルの魔物が現れた場合は魔道機動隊に通報するか近くの民間公魔法使いが対処するのが常識だ。が、流石に法律で縛るには範囲が曖昧な為に法を定められず、絶対にそうしなければならないと言う訳ではない。
なので通報する前に討伐し、そのあとも事後処理などほぼ個人的に済ましてしまったリア達にペナルティを与える訳にはいかず、軽い注意と街を守った事への感謝状が送るという事で、魔道機動隊の上層部は落ち着いたらしい。
そう上層部は。
魔道機動隊と一纏めに言っても、組織内の部隊や研究職は無数にある。その中で、今回起きたアレコレをどうしても調査しなくてはならない組織があった。
「昔から異常な現象や遺跡、場所。魔物とは性質が異なる存在を探して調査、時には討伐する組織があってな。魔道機動隊の組織としては、あまり公に出ないから知られる事は少ないが……まぁ、そういった若干怪しい連中が来るかもしれないって事だけ伝えとくぜ。それじゃあ俺ぁ帰るわ。今後とも俺の娘と仲良くしてやってくれ」
「あ、はい」
「いえいえー、こちらからお願いしますよー」
説明された事を噛み砕き(魔道機動隊にそんな浪漫溢れる……じゃなくて、謎の組織があるなんて……)と考え込んでいたリアは気の抜けた返事を。
別に今後のことはどうでもいいしなるようになれと考えているダルクは、是非とも良いお付き合いをと愛想の良い返事を送った。
それを受け取ったディオがどう2人を見たか分からないが、彼は優しげな笑みを浮かべると軽く手を振り去っていった。まぁ、優しげな笑みを浮かべようが、鋭い目つきのせいで逆効果なのだが。
そうしてようやく訪れた平穏に、ぐっと肩を伸ばしダルクは呟いた。
「疲れたな。ライラ風呂借りていいか?」
「いいぞ、お前らの為に沸かしてあるよ」
「珍しく気が効くな!! よしリアっちも行こうぜ、汗流しに!!」
「良いですよ。って、引っ張らなくても行きますから」
「この快晴なら綺麗な星空が見えそうだな」
「そうですねぇ、海風が冷たいですし、のんびり天体観測するのもいいですね」
着物の帯を解きながら慌ただしく再びリビングを飛び出していく2人を見送ったライラもまた、「ふぅー」と長く溜息を吐くと軽く肩を回す。
「さてと、私も就寝の準備をしますかね。残りはもう明日でいいや」
今から作業を再開する気にはならなかった彼女はそう呟くと、ノートPCを傍に抱え客間に新しく用意したベッドに向かう。レイアとティオは先の騒ぎで来なかったところを見るに、きっとスヤスヤ眠っているのだろうことは予想するまでもない。ならば、そちらのベッドに向かって起こすのは躊躇われる。
その結果、翌朝何故かリアとダルクが左右を陣取り、更には抱き枕にされていた。
「……」
寝てればただの可愛い系美少女なダルクと、静かに寝息を立てる清楚系美少女のリアを交互に見たライラは、起き上がろうとした上半身を再びベッドに沈めた。




