閑話①
前を歩くリアを見ながら、ダルクはぼんやりと考える。
例えば、初めて会った日から感じていた微妙な違和感が解消された。それから、女の子にしてはガサツ……というよりも男っぽい言動が目立つ理由も分かった。
あとは、男子からの告白に対して妙にドライなのに対して、女の子を相手にしている時、距離を開けたりボディタッチに赤面したりとした理由も分かり、気持ち的にはスッキリした。
彼女にとって……私達やレイアと友達で居たいからこそ元男という事実を秘密にしていた事も、気持ちは分からないでもない。
(だから余計に、私にバレて良かったのかねぇ……リアっち。私の性格は良く分かってる筈だし、なんなら弱みとして利用するとか考えなかったのか)
なんて疑心が湧いてくる自分を……ダルクは鼻で笑った。
(いや……たった半年の関係で、この私を信用するに値する友達だと思ってくれたってことかね?)
ならば……リアは今まで出会ってきたことが無い程のお人好しだと思い、ダルクは頬が緩むのを感じた。
もしも彼女と違う……そう、違う形で出会っていたならば。
例え彼女と同じ性別だとしても、恋心を抱いたかもしれない、なんて空想しつつ。
(それはそうと、リアっちの男だった時の容姿ってどんな感じだったのか、めっちゃ気になるな。今度、妹のルナを揺さぶって昔の写真でも見せてもらうか)
………
ライラ邸のバカでかい玄関門のセキュリティを通過して潜れば、駐車場に見慣れぬ車が2台止まっていた。更に玄関先には黒いスーツを着た、厳つい筋肉と強面の表情をした男が2人立っている。適度な緊張感を漂わせながら背筋を伸ばし、腕を後ろで組んで仁王立ちする様は、まるでSPのようだ……いや、本当にSP的な人達なのかもしれない。
そんな2人の男はこちらに顔を向けたまま、玄関前を動かない。お互いに変な空気が流れ始めた。
「……誰だあれ」
「さぁ? ライラ先輩って結構なお嬢様ですし……俺達が昔話をしてる間に何かあったのかな?」
「本人に聞いてみなけりゃ分かんねぇが……入って良いのかね? 玄関門のセキュリティはパスできたけど」
「……玄関前の人に聞いてみたら?」
「近寄っても大丈夫? 殴ってこない?」
「普段の信用の無さ的に、有り得なくも無いですね」
リアは若干、言葉のトゲをダルクに刺しながら玄関への歩みを進めた。まぁ、玄関前にいるということはヤバい人達ではないだろう。
流石に近づけば、向こうから声をかけてくれた。
「失礼、お嬢さん方。ライラ様のご友人の、リア様とダルク様で間違い無いでしょうか?」
「「……様?」」
発言の中に潜む、強烈に違和感のある敬称に庶民の2人は怯んだ。しかし黒服の人は怯む2人を見て少し考える素振りをした後、口を開いた。
「あぁ、すみません。私はデルヴラインド様の身辺警護をしております者で。一応確認の為にお名前をお伺いさせていただきました。ささ、どうぞ、お入りくださいお二方。ライラ様とデルヴラインド様がお待ちです」
「まって、なんか怖いんだけど。帰りたいんだけど?」
「デルヴラインド様って。もしかして社長さんが今、来ている……いや、居られるのですか?」
「はい、お二方とお話しする事を楽しみにしていらしておりました。さぁ、どうぞ」
SPの1人が扉を開き、もう1人が両手で中へと催促してくる。
「なにか、私達はライラが父親呼ぶような事してしまったんか?」
「そうだとしても、ここで引き返したら小さな遺恨を残しますよ……。それに謝るならいい機会じゃないですか?」
リアはダルクの手を引いて玄関を通る。なんとなくだが、たぶんダルクは関係無いだろう。しかし、こんな時間に大企業の社長が自ら出向いて来るなんてどんな案件なんだろうか。まさか娘に会いに来ただけなんて事は無い筈。それに自分達になぜ会いたい理由も不明だ。
どっちにしても、天才や上流階級の人間の行動など、魔法のように予想出来ないもので。
ダルクを安心させるための言葉を垂れ流しながらも、内心ビクビクと怯え身構えながらリビングに続く廊下を進むリアであった。
………………
時刻は遡り、21時頃のこと。ティオとレイアは今日一日の疲れからか風呂に入った後に即ウトウトと船を漕ぎ始めた為、ライラはコーヒーを片手に「私はここで寝るから、2人でベッド使って良いぞ」と促す。2人は眠気が限界だったのか、コクコクと無言で頷くと寝室に歩いて行った。ついでにティガもデータ整理の為のスリーブモードに移行するようで、共に飛んで行った。
それ以降、声のひとつも聞こえないので、恐らく2人はベッドに倒れ込むと同時に眠ったのだろうと思いながら、リビングのソファに座りノートPCを立ち上げた。
現在ライラの家にある施設や設備の情報は、全て本社と衛星のバックアップサーバーに保存している。そして、そこには勿論、ティガのデータもここに保管してあり、デルヴラインドという会社の核とも言えるだろう。
そんなメインサーバーにある自分の使用領域にアクセスしたところで、手が止まった。
「……先に写真とかの整理をしようか、な」
ライラにとって、産まれてからこうして友達と遊ぶのは初めての出来事だった。何かと怠そうにしてはいたが、ティオが来て、レイアを誘い、そしてダルクとリアが来てからの日々はとても新鮮であったし、正直に楽しかった。
だからこそ、こうして撮影した写真達は、彼女にとって綺麗な宝物と呼べるくらい、大切なモノになった。数日前までは予想もしていなかった感覚である。
「……まったく。あの2人は何処をほっつき歩いているんだか」
だからこそ、共に花火を眺めるというイベントを行えなかったのは残念だったようた思う。流石に花火の前には帰ってくるだろうと思っていたから引き留めず、先に帰ったが……まぁ、己の性格ゆえに仕方ない結末だったと諦めよう。また来年もある、なんて考えたところで苦笑する。
(私も少々、強引な性格になってもいいのかもしれないな。アイツが変わろうとしているように)
いつだって無茶振りに付き合ってくれたティオという存在が、いかに自分にとって有難い友人かを再確認したところで。
ササっと整理を終えたライラは小さく口角を上げて暫し余韻に浸る。
そしてフォルダを閉じて、次の作業に移った。
「さて、何から進めようかね」
情報データを開きながら、さっきとは違った意味で口元を緩める。
今日はとても大切で大変な1日であったが、同時に研究者としてはとても実りのある1日であった。
こっそりと採取し手に入った『澱み』の細胞データや、放射線から得られた魔法とは少し異なる未知のエネルギー波、グラル・リアクターの出力やシストラムに関する挙動と不具合。
それらの参照及びデータ整理という作業に新たな発見を期待して。徹夜で作業する気持ちでマウスカーソルを動かしてはキーボードを叩く。
やる事もやりたい事も沢山あるが、夏休みはもう直ぐ終わりだ。学校が始まれば、休みの日くらいしか別邸に帰る暇は無い。
(……ひとまずの課題は、シストラムの調整と予備のグラル・リアクターの出力と稼働率アップ、それからティガの手を借りずに稼働させる事、かな? ティガのプログラムは最早、私にすらどうもできねぇから、明日にでも本人に思考パターン又はそれに類似するフィールをプログラム化しでもらうとして……。
シストラムは流石に学校に持ってけないよなぁ、さてどうしたものか。下手に別端末へデータをインポートする訳にもいかないし。
いや、待て……レイアの得意な魔法の《門》って、私が研究中の量子テレポートにも活用できるかも?
あ、そうなるとダルクの《鍵箱》も使えそうだ。ふむ……シストラムを部位ごとに分けて、起動時に即結できるようフレームと本体を小型化して、コックピットは1人用の空間に収めたいな。なら、慣性制御含む操作プログラムと今開発中の《情報の保管庫》を用いた脳による直接的な操作を……。
あぁ、考えが散乱する。取り敢えず纏めよう)
そうして楽しく頭の中であれやこれやと考えては紙に殴り書きしていた時である。テーブルの隅に置いてあった携帯端末が着信音を響かせた。
「……」
こんな時間に誰だろう、まだ帰ってきていないリア達だろうか?
キーボードを打つ手を止め、携帯端末を手に取る。通信先は非登録な為に何処の番号か分からず、いつもの癖で逆探知すると『魔道機動隊・開発部門』と表示された。
……開発部門、の部分を見て無視してもいいかと放置すると着信はおさまった。のだが、一息つくよりも前にまた携帯端末が着信音を響かせる。今度は登録してある番号で『デルヴラインド・社長』と表示されていた。つまり、社長の番号を持っている人物かつ、魔道機動隊で武装の開発をしているやつなど1人しかいない。
「親父ィ」
ため息を吐いた。別に嫌いではないし仲も悪くない……どころか、母親と共に気持ち悪い程に溺愛されているのが分かるくらいには大切にされていると思う。しかし、自分の父親には少々面倒な性格をしている。
常に、テンションが高めで話が長い。反抗期というほどのものじゃないが……鬱陶しいと感じるのは仕方無いだろう。逆に母は父とは真逆で感情の起伏が浅い。というよりも身内以外には冷え冷えである。マジでどうやって結婚まで行ったのか、娘なのに全く想像できない。
と、そんな親父だから(用件を聞くのは明日でいいだろう、本当に急ぎの用件ならば直接出向いてくる筈)
なんて考えたのがフラグだったのか……。次の瞬間、玄関門のチャイムが鳴った。
こんな、訪問するには失礼な時間に訪れる図太さに少々思う所はあるも、ライラは腰を上げ面倒そうに玄関へと向かった。




