昔語 終
「ストップストップ!! 頼むセドリアさんッ!! その口閉じてくれェ!!」
リアが両手でセドリアの口を防ごうとするも、霊体のセドリアに触れられるはずもなく透けて通る。そして、その行動自体によって、墓穴を掘ってしまう。
「な、なんや? 聞いたらまずい事……でもないと思うんやけど?」
「いやですね、その通りなんですけどね!?」
「この反応……え、マジなのかリアっち?
これはこれは、どういうことかなぁ〜 色々と気になるなぁ? えぇ?」
「……」
夏なのに冷たい汗が流れる。
ダルクは鼻先がぶつかりそうな距離まで「ズイッ」と顔を寄せてきた。逃がさないと、言葉にしなくとも伝わってくる
しかし同時にリアは思った。ダルクにだけは自分が元男だったという特大のネタを握らせる訳にはいかないと。どんな風に利用してくるか分からないからだ。
(どのみち……いつかバレる覚悟はしていたが……今じゃない!! というか先輩に先にバレたら、絶対に揺すりのネタにされるッ!!
考えろ、考えるんだ俺……突破口は、ある!!)
その時、リアの思考に電流走る。
彼女は性別の違いを指摘する時、疑問形であった。つまり、言いようは幾らでもあるのだ。
「聞き間違えたんじゃないですか?
俺は最初から女の子ですよ?」
「おむつ変えさせてもらった時に見たし、付いてたと思うんやけどなぁ……」
「先に言えや」
言い訳をした。それが意味する事はつまり……自分が元は男だった事実を肯定した事になる。
ダルクのねっとりと熱の籠もった腕が、締め付ける力を少し強めた。
「セドリアさんはそう言ってるけど、リアっちー、どういうことなん〜?」
「どういうことって……」
「マジで元男なん? 元男なのを隠して……私らとボディタッチしてたんかぁ?」
ダルクの視線が突き刺さる。しかし鋭い視線に反して頬の筋肉は緩み、口元には笑みが浮かんでいた。リアは思った(コイツ……上手く口車に乗せて情報を引き出すつもりだ……脅しのネタにする為にッ!!)と。だから負ける訳にはと、苦しく言い訳を試みる。
「……っく。い、いや第一俺が元男なんてあり得ないって!!
先輩、風呂で俺の裸見たり、胸触りまくったりした事を承知の上で言ってます?
それでも疑うなら染色体の検査でもなんでも受けますよ?」
我ながら完璧な証言ではないだろうか?
いくら魔法と科学、そして医療が発達した社会といえど、完璧な性転換など出来はしない。更に、遺伝子情報の操作など不可能。
これは勝ったな、と脳内で勝利宣言をしドヤ顔を見せるリア。しかし彼女の立場は、ダルクの質問で逆転してしまう。
「そう言ってますけど、セドリアさんどう思います?」
「どう言われても、私の勘違いだっかも……。あっ、まてよ、そういえば《性転換魔法》ならワンチャン女の子になれるな」
リアは思わず「えっ」と声を漏らす。
(おい、なんでその魔法を知っているんだ)と驚きを隠せなかった。そして、リアの反応を見たダルクは勿論、追求する。
「その魔法はどのようなモノで?」
「学生時代に見つけた遺跡の文献を元にクロムとデイルが完成させた魔法や。
文献の内容から、昔ある文明が女子不足で滅びかけたようで、その中でも頭の良い叡者って役職の奴が儀式的手順を用いた魔術により性転換を行なう術を開発し、そして子孫繁栄の……って、歴史の話を出したら長くなるから置いといて」
軽く溜息を吐いてから、セドリアは続ける。
「使うとな……驚く事に性別が逆転するんよ。
と言っても、理想の女の子になれる訳やないけど。元が良ければ美少女になれるよ。逆も然りや。と言っても、女体化にしか使用された記録が無いからなんとも言えんけど」
「ほうほう……ところでついでに聞きたいんだけど、体型とかは?」
「体型? うーん、女性らしい肉付きに変わるかなぁ。胸の大きさとかはホルモンと遺伝子次第やと思う。
……学生時代に、ワンチャン美少女になりたいとかほざく男子共のせいで無駄に使用回数は多かったからな。それはもうちゃんとしたデータを……クロムの野郎が作成したから、合ってるはずや。
オエッ、軽い地獄絵図を思い出してしもた。アイツら今、何してんやろ」
口元を押さえて堪える動作をしながらセドリアは言った。そんな彼女に、ダルクは最後の質問をする。
「ふむ……あ、最後に《性転換魔法》を使える人は?」
「私とデイル、クロムやね」
「……ねぇ、リアっちの師匠ってあのデイル・アステイン・グロウだったよね? ねぇねぇ?」
「何が言いたい?」
「むふっ、えぇ? リアっちまだ逃げ道探してんの? 諦めて説明しろよー」
疑念は確信に変わったと言いたげに、ダルクは含み笑いをしながらウザ絡みをしてくる。
どうしてこう、間が悪いのだろうかと己の運に恨みながら、リアは深く溜息を吐く。そして(今隠し切っても、先輩にはいつかバレそうだしな……。隠そうとする方が、逆に弱みが増えて、後々自分の首を絞めることになりそうだ)と諦めて。
「……っち、あーもう」
軽く舌打ちをしてから、自分の人生が大きく分岐したあの日の事をポツポツと話し始めるのだった。
…………………
茶々を入れまくられるかと思いきや、ダルクは話を静かに聞き茶々を入れる事は無かった。
一方でセドリアはデイルの様子が気になるのかちょくちょく口を挟んでは説明を求めてくる。デイルとの関係性……師弟関係や日常が気になるらしい。
その結果、長々と話してしまったが、リアはデイルの《性転換魔法》で一方的に女にされてしまい、自分からなった訳ではないこと。そして今日に至るまでの簡単な日常話と、感情や性に対する感覚を説明し終えた。
特に、性の変化に対する事はダルクに弄られそうだと思い「性欲は無いし服はルナに選んで貰ってる。でも、こう言葉にし難いが自分が徐々に女性になっている自覚がある、微妙な状態」と今の認識を丁寧に説明した。
……こう振り返ってみれば、随分と女性の身体にも馴染んだものだ。もう自分が男だった時がどんな感覚だったか思い出せない程に。
なんて思っているリアへ第一声をかけたのはセドリアであった。
「はぇ〜、元男とは……到底思えんなぁ。あぁ、でもクラウの面影が色濃いし、アイツのDNAが優秀やったんやろか? イヤらしい身体もソックリや」
此方の顔や首元などを舐め回すように観察しながらそう言う彼女に若干距離を取りながらリアは返す。
「そういう言い方やめてください!!」
「あぇ? あ、待って違うんや。クラウが学生時代によう「自分の身体イヤらしくて楽しいわー男子の反応が」って遊んどったからつい、すまん」
「聞きたくなかったし、知りたくもなかった」
「いやでも、あの魔法でここまで美少女ならアタリやで!! アイツの遺伝子に感謝やな!! にしても……ひとつ疑問や」
下手なフォローのあと、彼女は訝しんだ表情で呟いた。
「デイルは、自分の弟子に私欲で《性転換魔法》をかけるような下衆では無い筈なんやけど……」
付き合いの長さから来る、信頼ある言葉だった。だからこそ、リアは彼女に聞いてみることにする。
「あっ、それは俺も思っているんです。最近特に……でも、はぐらかされてしまって」
「うーん、なんか君を女の子にしないといけない理由でもあったのか。
……まぁ、心の整理はついていけてるようやし、メンタルケアしながら何れ聞けばええんちゃう?」
「……元より、そうする予定です」
彼女にどんな話を聞いたところで正解など分からない。結局は、彼に理由を聞く他無いのだ。
性別が変わったところで当時、友人等いなかった自分は別段、困る事が無かった。またレイア達との縁を結ぶキッカケとなったから、もう恨んではいない。
が、しかしそれと理由を明確に知りたいのとでは話が別だ。
そうしてひとまず、会話を終わらせた2人。ここでリアは、さっきからだんまりを決め込むダルクに話を投げた。
「で、先輩はなんで黙ってるんですか?」
ぶっちゃければ、沈黙が不気味だった。だから問いかけたのだが、当人のダルクは頬を軽く掻きながら口を開く。
「いやぁ、色んなネタとして使えると考えた時に、そんな事ばっかりしてるから嫌われんだよ私……と思ってしまってなぁ。
それに思ってたよりもリアっちの事情が深かったから、下手に突くとまた嫌われそうだし黙ってようって思ったんだ」
はははと軽い笑いと共に、謎の紳士さを見せるダルクからリアは一歩距離を取ると拳を構える。
「……お前は誰だ?」
「ちょっと酷くね?」
「……さっきのは完全なる建前だよな? 本音は?」
「本音だって!! 今回は本当だから!!」
流石のダルクも少々キレながら言い返す。が、少し間を置いてからつらつらと言葉をこぼす。
「正直……色々と聞きたい事はあるけど、精神関連を聞き出したらキリが無さそうだしな。
ただ……前から疑問だった、リアっちの妙に無防備な行動や、男くさい仕草の答えが分かってスッキリしたわ」
と、そこまで言ってから照れ隠しのつもりなのか、何時もの調子に戻すかのようにリアの胸にビンタを入れ笑う。サラシを巻いているせいかダイレクトに痛い。
「けど、セドリアさんに便乗する訳じゃあないが、この身体と顔で元男だとは思えねぇーな。
それにリアっちには失礼かもしれないが、観察対象として見ればおもしれーわ。この先、どう転ぶんだろうなぁ?」
「なにが?」
「いやいや、それをここで言ったら面白くねぇだろ?
と、言いたいところだが、ここは素直にひとつだけ答えてやろう。
人間関係は見てて面白くなりそうだ。
リアっちの妹のルナは、事情を知ってあのアプローチだろ? それにリアっち男子と女子両方から何気に人気だから、今後が楽しみだぜ」
そして最後に「まっ、他の奴には今日聞いた事は黙っててやるよー」と肩を叩き、暗に「秘密、にぎってるぜ」と牽制のような事をしながら話を締めくくるダルクに……リアは言い返す適当な言葉が浮かばず肩を落とした。
「にしても、ふふーん。レイアの反応は的を得てたんだなぁ」
ダルクは最後の最後で、リアに聞こえない声量で呟くのだった。
……………
それからの話。
流石に夜の10時を差し掛かる頃には、人の声は疎らになり始め、セドリアから帰宅を促された2人は「また話を聞きに来ます」と告げ、帰路である静かな海岸沿いを歩く。その中でダルクが
「ま、私はリアっちの過去がどうであれ、今の関係性や態度を変える気はねーから安心しろよ。友達だしな!!」
リアの心情に寄り添うように、先輩らしい事を言ったり、肩に手をかけていつも通りのスキンシップをとったりと彼女なりにフォローを入れた。その言動にリアも有り難いと思い「はい、宜しくお願いしますね、先輩」と、さっきまで固かった表情を崩して返事をする。
関係を変えないと言う力強い宣言は、リアにとって最も嬉しい言葉だった。
筆が、筆が進まぬ。日本語がグワングワンと頭の中で回る、これがスランプか……。
という訳で、このまま広げた風呂敷を畳みに入るか、細かい部分に焦点を当てた話(閑話)を挟むかは決めてません




