昔語⑦
「楽しそうな提案だけど。私の命を対価に得られる権利がそれだけというのは……些か遺憾だわ」
遺憾と言いながらも怒った様子はなく、ただ肩を竦めてヴァルディアは言う。それを聞いた少女は首を傾げて問い返した。
『言い分は理解できる。けど、ならば貴方は私に何を求める? 私は所詮、語り部でしかない』
「そもそも気になる事がひとつあるのだけれど、貴方は何を理由に生贄を私にしたの?」
『賽の出目』
「つまり適当なのね。じゃあせっかくだし貴方が完成した経緯でも見せてくれないかしら? 私が貴方に抱いた、たったひとつの好奇心を解消しておきたいのよ。なんで……貴方に『魂』があるのかを。それくらい出来るでしょう?」
魂という単語を聞いた少女は、若干だが片足を引いた。まるで目の前のヴァルディアに対して、恐怖を感じたように。
しかし、所詮は語り部でしかない少女は、その時に抱いた奇異なる感情を理解は出来ない。だから、言われるがまま少女は提案する。
『……私を作った人の記憶の、断片を見せることくらいなら』
「その記憶が……命を賭けてまで見る価値のあるモノだと、期待はしておくわ」
不気味な笑みで、ヴァルディア言う。少女は血の流れていないのにも関わらず、心臓があるべき場所に痛みが走った気がした。
………………
少女が「パンっ」と軽く手を叩けば、まるで盆回しのように景色が回る。元から普通の世界ではないと考えていたヴァルディアは、別段驚くことなく巡る景色を楽しむ。
廊下から外、海すらも越え……最後に到達した景色は……2世紀ほど昔だろうか。煉瓦造りの街並みの中を進むと、木造の洋式の家に辿り着いた。だが、進むのはその家ではなく……離れにある小屋であった。
木造建築の小屋の中、中央に吊るされた小さな豆電球が1人の男を照らす。
男の前には巨大なキャンバスが置かれており、周囲は粘着質な液体で極彩色に彩られ、男の手には絵筆が握られている。誰が見ても、彼は画家なんだと思うだろう。
無精髭を生やし、痩せこけた男だ。小さな椅子に座り、巨大なキャンバスに絵を描いている。だが、不思議なことに使われている絵具は白、灰、黒だけだ。
これが何を意味しているのかとヴァルディアは考えて「あぁ、そういう……」と白黒の少女を見る。少女に反応は無い。
また、景色が回る。
男が小さな人のモノらしき骨を砕きすり鉢で粉にし、水や脂を加えて塗料にしている様子を映す。
それから傍に白黒の少女に似た女性の写真を交互に見つつ、彼は筆を走らせる。
再び景色が回った。
絵はもう、完成間近なようで、彼は小さな筆で細かな装飾や影を書き込んでいく。
ただ、異常さが部屋の中に満ち始めている。
部屋の所々に黒く粘ついた液体が飛び散り、また魔法陣のような紋様が書き込まれた紙が散乱している。別の机には魔導書らしき書物が数多く積まれ、大きな用紙に目一杯の魔法陣と、儀式に使うようなグラスやナイフ等の小物があった。
中には、ヴァルディア自身が読んだことのあるタイトルの本もある。
「この男の……執念から生まれたのが貴方なのかしら?」
『そうだと思う』
少女が手を前に向けると、景色が遠ざかり軈て元の廊下へと戻った。
その間、ヴァルディアは思考に浸る。目の前の少女には、綺麗とは思わないが『魂』が宿っている。
(あの本には『無から魂を生み出す業』なんて書いてなかったし……これはこれは、興味深いわね。でも……)
思考をやめて、少女に目を向ける。ヴァルディアの目には光は無く、代わりに不気味な魔法陣が瞳孔の中で淡く光る。
それは、ヴァルディアとクロムが生み出した悍しい魔法のひとつであった。
正式名称は決まっていないが、効果は相手の『命を見る』事ができるようになる。
クロムはこの魔法を『命の証明』と『生者の識別』。そして『魂への干渉』『魂からの医療・治療』など、あくまで善意的な行いを主に開発していた。
しかし……ヴァルディアも彼女に同意して手伝ってはいたのだが、彼女はクロムのような『聖者』ではなかった。
……人間観察に飽きてきた彼女は、これを使って人の魂の『観察』と……『干渉』の実験に使う為、裏で試行錯誤して開発を終えていたのだ。
そんな邪悪な眼を白黒の少女に向けて、無機質な声で問うた。
「……それ程、面白くない光景を見せてくれたお礼に。そろそろ選択肢を選んであげましょう」
『貴方は……』
「……なに? 言いたいことがあるなら先に聞くわよ?」
白黒の少女は、考える事などしない。代わりに首を傾げ、疑問を投げる。
『私は語り部であり、館の主人でしかない。あの男が禁術に手を出し娘の遺骨を砕いてまで書き上げた存在、それが私。貴方が求めたから、彼の歴史を見せた。なのに貴方は何も感じなかったの?』
少女のある意味、純粋過ぎる問いに対して、ヴァルディアは満面の笑みで返した。
「感じなかったし、どうでもいい。ありきたりな悲劇なんて、とてもつまらないもの。貴方が作られた経緯というのは、些か面白いとは思ったけど」
『……ここに来た他の者達は、少なくとも喜怒哀楽のどれかを見せたのに。貴方は、狂ってる』
「……人外に言われると少しだけ傷つくわ。でも……なら狂人らしく、私は第3の選択肢を選ぶ事にするわね」
『え?』
ヴァルディアが詰め寄り、手を手刀の形にして少女の胸前に構える。
あまりにも素早く、そして自然な動きだったせいで、少女は全く反応出来なかった。
ヴァルディアは左手で少女の首を鷲掴みにする。そして少女が息を詰まらせる暇も無く、右手の手刀を少女の胸に捻り込み……何かを掴むように手を握り引き抜いた。
血の代わりなのか、ポッカリと穴の開いた胸から黒い液体が噴き出す。
訳が分からず、少女は驚き、困惑のまま、ふらふらと足をふらつかせる。
自分の中で何か大切なモノが失われていく感覚を味わいながら、少女はヴァルディアの右手に目を向ける。
そこにあるのは、淡く灰色の靄が渦巻く心臓のような臓器。しかし迸る事もなく、鼓動は一切していない。
『ガフッ、なんで、ゲホッ……私に、触れられるの?』
口から溢れる血を手の甲で拭い、純粋な疑問を投げかけた。
今までここにきた贄達も、自分を殺そうとする者は勿論居た。しかし、自身は幽霊のように誰にも触れる事は出来ない……その筈だったのに。
いや、そんな事、今はどうでもいい。
少女は己から抜き取られた心臓のようなモノが、己を構成する上で最も大切なモノだと感じとっていた。
その証拠に、徐々に失われていく手足や景色に焦りが生まれ、ヴァルディアに手を伸ばしながら口を開く。
『駄目。それだけは、返……して……』
「……何か勘違いしているようだけど、貴方なんて別に脅威でもなんでもないわ。それに人に死ねと言うのなら、自分も殺される覚悟を持つべきだと思うの。あと、貴方……語り部には向いてないわ。感動の誘い方がとてもチープ。だから、私が全て乗っとる事にする」
ヴァルディアは手の中で揺らめく靄を握り潰すと、少女の身体は燃えるように崩れて消えた。後に残る静寂の中、ヴァルディアは手に纏わり付く館の『呪い』を眺めて呟いた。
「そういえば、彼女は私に『賽を振る者』なんて言い方をしていたわね。残念ながら、貴方の出目は致命的失敗よ。私を選んだ時点で、ね」
………………
ヴァルディアは腕に渦巻く『館の呪い』と少女の鈍い『灰色の魂の残滓』を、片腕に吸収する。すると腕には刺繍のように薔薇と髑髏のような絵が浮かびあがった。
「……ここまで滅茶苦茶にしてやったら、裏にいるらしい黒幕とやらが出てくると思ったけど、そう簡単にはいかないか」
ヴァルディアは溶けた絵具のように崩れゆく景色の中、そっと手を開き魔力を放つ。すると、壁にひとつの扉が現れた。
白黒の少女が言った『語り部』の力は、正常に使えている事を確認できた彼女は満足気に溜息を吐くと、その扉の奥に向かった。
…………………
「それからの話。私らは普通に館の主人の死体を見つけたし、彼の絵を描いた経緯と黒幕の存在を匂わせる内容が書かれた日記を読んだ。そうしている間に数十分経ってたのか分からんけど……突然ヴァルディアが「なにもありませんでしたよ?」とでも言いたげな顔で合流してきよったんよ。
さっきの話は、その時にヴァルディアから聞いた話や。そんで、あとは普通に帰還した。した瞬間、ヒマラヤ山脈に鎮座していた謎の遺物も消え去ったけどな」
話の締め括りと「これがだいたい、アイツがおかしくなり始めた経緯だな。そんで今も生きてる原因は……私も良く分からん」とセドリアは言った。
……本音を言えば、リアもダルクも、彼女は元から狂ってるようにしか感じなかった。しかし、それを問いかけたところで、当時の混沌とした世代の中ではある意味、平凡と分類されてしまったのだろうと己の中で納得した。なんせ、グレイダーツやデイルを筆頭に暴れまくった奴等の中の1人でしかないのだ。
その中に自身の祖母がいた事は、多少驚きはしたが、まぁあり得なくもないと思いつつ。
リアは話を終えて……最も、不可解な疑問をひとつ口にした。
「それで結局、そのヴァルディアって人は……なんで俺やレイアを狙うんですかね?」
狙われる理由が分からない。祖母が何かしたかもしれないが、それは当時者同士で決着をつけている筈。というか、後世にまで因縁を持ち込まれても困る。
そんなリアの問いに、セドリアは「あー」と溜息混じりに口にする言葉を選ぶように数秒ほど口籠ったあと、恐らくこれが答えだろうという結論を伝えた。
「単に気に入られたんとちゃう?」
「……気に入られた?」
「せや。言うたやろ? ヴァルディアは人の魂が見えるんや。だから、なんか琴線に触れたんやろうな」
「……マジかよ、テロリストに目をつけられる理由がクソすぎる」
「お気の毒に、と言うのは皮肉か。それだけ君らの魂は綺麗か不思議な色なんやと思うよ。普通の人よりレア度高いんや」
「嬉しくねぇ」
「私の魂のレア度はウルトラレアかな?」
「先輩は自意識過剰すぎ」
………………
「それからなー、2年くらい友達やってたんよー」
話を続けるつもりなのか、そう語り出したセドリアであったが、リアとダルクは彼女の発言に全力でツッコミを入れた。
「いやいやいやいや!! ちょっと待って?」
「あれだけヤベー発言連発した奴と2年も友達続けてたの?」
当たり前すぎる2人の困惑に、セドリアは苦笑しながら答える。
「いやだってなぁ……。当時のグレイダーツは、同級生から採血してなんか怪しい実験してたし。クロムなんて言うまでもないレベルでヤベー奴だぜ? デイルは結界魔法の研究してたら、突然なんでもぶった斬れる剣作り出してしまうし。リア、君の祖母のクラウはもうやりたい放題な学園生活やって、ちょくちょく学校破壊してた。カオスすぎて、ヴァルディアのヤバさが霞んでたんだよ。勿論、私も付き合い方を考えはしたけど……あれ以降でもアイツはいつもと変わらなかったから……」
そこで言葉を切って、彼女は俯く。そしてポツリと秘密を呟くように言葉を吐き出した。
「私達の関係が本当の意味で終わったのは……ヴァルディアが裏路地で人を殺したとこを偶然、見た時や」
「人を殺……理由は?」
「『人の命の輝きを見たかったから』だって言われたな。そんで続け様に『希望と絶望、成功と失敗。人が足掻く時が一番綺麗に、命は輝く。私はそれが愛おしくて堪らないの。我慢できなかったの』なんて弁明しやがる。よう覚えとるよ、衝撃的すぎて。そのあと色々と問い詰めたけど、結局喧嘩別れみたくなって……ヴァルディアは《門》でどっか行ってしまった」
「……その後に起きたのが、まさか?」
「そやね、3ヶ月後くらいやったかな。魔物が急に溢れ始めた思うたら、人の密集している都市に向かって押し寄せて来たんや。幸いにもあの年はヤベー魔法使いばっかりだったし、どうにかこうにかぶっ倒せたけども」
セドリアは深く溜息を吐いた。まるで積年の思いを吐き出すように。そして、話の締めくくりとして一言、口にした。
「生きてたんなら、今度こそ殺さなあかんなぁ」
セドリアの呟きには、無数の感情が渦巻いていたように思う。
哀愁、怒気、悲壮、殺気……それらの感情が表に出るのは、それでも友達だったからだろうか?
……………………
なんて事を考え、場の雰囲気に合わせて神妙な表情をしていた時であった。
セドリアが突然「あっ!!」と、何かを思い出したかのように声をあげる。そして、リアに詰め寄ると。
「そういや君、リスティリアの長女って言ってたよな!?」
「へ? は、はい……そうですけど」
「私、1度だけ抱きあげた記憶があるんやけど、覚えとるー?」
「流石に覚えてないです」
「ははっ、そりゃそうか。まだハイハイもできん頃やったさかいなぁ……って、聞きたいのはそれじゃなくて。君は長女や言うてたけど……確か最初に産まれたの男の子やなかったっけ?」
「!?」
リアの表情が硬直する。それを見逃さなかったダルクは、逃がさない為にリアの肩に腕をまわす。
リアの心は、ただただ(あっ、どうしよコレ)と汗すらも流れないレベルまで達観していた。
状況は、最悪である。
最近SAN値が1桁なので、脳機能と精神が無事だったら続き書きます(クトゥルフ脳)




